第一話『ひったくり現場』
数分前のあらすじ。
玄関開けたら異世界だった。
これで何かの物語の主人公なんかだとしたら、ここからその物語が始まるのだろう。
しかし、これは紙の中でも無ければ絵の中でも無く、ましてや画面の中でも無い。
今この瞬間、誰が何と言おうと現実でありノンフィクションなのだ。
つまり。
「全くもって問題なくない。むしろ問題しか無い」
と、俺こと蒼原森檎は、一人で無人の川に向かって、いっそのこと全てを投げ出したいという意味合いも込めて手頃なサイズの石を放り投げる。石と共に意思も、なんてね。
………………。
全く意味不明で、原因不明で、目的不明。脳内ではハリケーンレベルかそれ以上に、ありとあらゆる感情が渦巻いている訳だが、この世界(?)もしくは場所に来た時は、ハリケーンというか、もはや脳という一つの器を、脳みそという脳みそが突き抜けて氾濫を起こすのではないかと危惧する程に陥っていた。
とにかく、今はほんの少しだけ平静では居られる。
石畳、木組み、レンガ、透き通った水、美味しそうな食べ物が売られている八百屋的な出店が建ち並ぶ街――完全に『異世界』と評される景観の典型的なものだ。アニメやライトノベルで見たことがある。
しかし、仮にこの情報だけなら、まだ西洋かどこかの国にでも飛ばされた――そもそも飛ばされること自体が有り得ないはずなのだが――とも考えられた。
俺がここを異世界と断定した理由。それは、街中を当然の様に歩いている、耳が長く尖っていたり体毛に覆われたり全身メタリックなサイボーグ的――というような特徴を持った人間達を目撃してしまったからである。
何はともあれ、いつまでも街中で鋭い目付きをさらに鋭くして、防犯ブザー的な文明の利器で通報でもされると出落ちで呆気なく終了してしまうので、今はこうして透き通った水が売りなのであろう、周囲に可愛いお花が沢山広がっている河川敷的な場所で、妖精のようで虫のような小型の生物達と戯れているのである。
突然ながら、ここでプロフィール公開といこう。まあ、こんな平凡な男の情報を知ったところで、別に、悩殺級の可愛さを持つツンデレ系女子や世話焼きな後輩系女子や押しに弱いクーデレ系先輩女子といった、好みのラインナップに含まれるガールズが目の前に現れて親密な関係になる展開が待っている訳でも無いのだろうが。無いのだろうが。
突出したものは特に無い。美容院で良い具合にカットしてもらった黒髪の短髪に、睨んでいると勘違いされる悪い目付き、少し広い肩幅と日本人のおよその平均身長などでシンゴズボディは構成されている。
初期装備は学校――某マンモス大学付属の某マンモス男子校――の学ランを始めとした制服一式と指定の鞄、その中身(ライトノベルと『うぇ〜いお茶』とグミぐらいしか無いが)程度だ。
話を戻そう。
そんな訳で、とりあえず、使える筈が無いのにとりあえずスマートフォンをポケットから取り出す。機種は大手Orange社のもので、電源ボタンを押すと時刻表示の画面と共に、我が嫁である『ステージヴィーナス!』の推しキャラ・湯澤愛笑ちゃんこと『すまいる』たんの画像が表示される。
彼女は、青春女子中学生ジュニアアイドルアニメ『ステージヴィーナス!』の作中で、主人公達一〇人組のユニット内で三年生に位置し、一見ツンデレで子どもっぽい部分が見えるが、胸には熱いハートを秘めており、また面倒見も良く家事も万能というツインテールなツンデレ(ここ重要)美少女なのだ! その魅力は、俺の部屋を自身の分身(グッズ)で埋め尽くし、アニメ自体や彼女のセリフなどが細胞に浸透する程のもの。
話を戻そう。
ホームボタンを押して、ホーム画面に移る。ふむ、スマホ自体はまだ動くようだ。しかし、当然のことながら圏外――ではない。
ふむ。
何故、という疑問はこの際後回し。
と、いうことはまさか、こんな異世界チックな場所で使えるというのだろか。この最新鋭のとぅーるが。ひとまず、論より証拠。すぐさまメッセンジャーアプリ『LINE』を起動させ、一番上に表示されている、戦闘機をアイコンにしている奴に通話をかける。
そして。
『ん? 委員長、お前今日休みなん?』
本当に繋がった……! 因みに委員長は俺のことだ。清楚で可愛くなくてすみません。よし、とりあえず今置かれているありのままの出来事をぶちまけよう。
「休みというか、そうせざるを得ない状況なんすよねぇ……俺、今どこにいると思う?」
『また腹壊したってやつ? 腸、弱すぎんだろ。早く病院言ってこい』
「殺人兵器の癖に、腹筋したら腹壊す奴はどこの誰でしたっけぇ〜?」
『はははっ、寝言は寝る前に言え』
「いや、寝てから言うだろ」
そう、今俺が通話している奴こそが、かの有名なのか知らないけれど、かつて空手で全国行って、今は何故か陸上部でハードルをやっているハイスペックノッポ君なのだ。
『あれ? それシンゴジン? よう、サボり?』
「バーサーカーじゃん。あ、そうだよ、そのことについて連絡しようとしていたんだよね。先に言っておく、私はおサボりではございませんのよ」
一人乱入しまして、こちらは学校でトップの力と筋力を誇る、我が校のバーサーカー殿でいらっしゃる。脳筋だけど。
とにかく、会話が脱線する前に要件を伝えよう。
「パチと思われるかもしんないけど、俺今異世界に居るらしいんだよ。なんか、それっぽい街でそれっぽい亜人達が行き交っていて……」
『……』
ノッポとバーサーカーが沈黙している。当然だろう。俺だってこんなこと言われても信じない。
「まあ、とりあえず、俺にもよくわかんねぇんだけど、玄関開けたら異世界みたいな場所に居て──」
『それがまた新しく思いついた物語の設定? だったら後で聞くから、寒いのは分かるけど早く来いよな』
信じていない。全くと言っていい程信じていない。人間不信ならぬ蒼原不信。日頃の行いが功を奏するとは言うが、その原理を今ほどに憎く感じたことは無い。きっと、オオカミ少年はこういう気持ちだったのだろう。
因みに、物語という単語に関しての注釈を含む近況報告。
俺は今、新人賞に応募するための原稿を執筆している最中なのであって、猶のこと、このような得体の知れない場所で油を売っている場合では無い。
「全く信じてねえのな……俺も、フィクションだったらよかったのにって思ってるよ。しかし、現実は変えられないのさっ」
残念ながら、この状況はノンフィクションであり実在の人物、及び団体は少なからず関係があるのだ。ここでも論より証拠。言って駄目なら見せてしまえばいい。
『じゃあ、写真でも送ってくんね?』
「オーケー任せてくれ」
『まじかよ』
軽く返答すると、一度耳からスマホを外して画面を親指で操作。そういえば、しばらく爪を切っていないから、今すぐにでも切りたいなと思うのだけれど、こういった異世界的な場所に果たして爪切りのような物はあるのかと思考を張り巡らしていると、丁度写真のカメラロールから件の激写したこの世界の風景の写真が現れる。
LINEで、それを添付したメッセージを送り、再び通話画面に戻って反応を窺う。
『なんだこれは』
いい反応だ。
「ほらね? ほんとうでしょ? あ、言っとくけど合成じゃないからね? お分かり頂けましたかな?」
精一杯、煽る。しかし、二人はこんな低レベルな煽りに反論するよりも、送られた写真とにらめっこして視力を減らす方を優先しているらしい。スマホの画面は目に悪い。
『違和感が無い……いや、お前の存在自体が違和感だけど……』
おっとー? ここにきてノッポ君の反撃ですか? ふむ、君は知らないだろう。君が所属する陸上部の面々から、本当に竿が付いているのかと疑われている程に、君のそれは小さいのだと陰ながら心配されていることを。ナニとは言わないが。
『まんま、異世界だな!』
ありがとうバーサーカー。君はそのまま終始脳筋でいてくれ。
『……で、お前、今はどうしているんだ?』
「ご想像通り、健全に彷徨い歩いている最中だぜ」
『心中お察しするぜ』
その返答を聞く限り、まるで俺の精神が荒れ狂っているように聞こえるのだが。過去数十分前までの精神状態だ。今はお先真っ暗な未来に少なからず怯えているだけなのだが。
大して変化が無い。
「まあ、お前らと話せただけでも大分気が楽になったよ。けど、事態が一切不明瞭なのは変わらねえ……とにかく、衣食住の最低限は確保しないと」
口ではそう言いつつも、実際にそれを一人で為せるかどうかは全く別問題だ。なにせ、明確なビジョンが浮かばない。この装備で異世界に来たとして、一体全体何が出来るのだろうか。
金銭感覚が分からない。言語が分からない。慣習や風潮、この世界で常識だと言えるものが何一つ分からない。それに、過半数のフィクションだと、必ずと言っていいほどに何かと戦い、何かが起こる。
しかし、それは神様だの女神様だのから恩恵を受け取れていたらの話。現時点で、そのような恩恵は見られないどころか展開も見られない。
つまり、このままただ呆けて突っ立っていたとして、世界は自分とは関係なく時が進むのだから、俺の存在そのものが隔絶されて放置されていくことになる。
すなわち、存在の消失。
そこまで思考が急速的に回転して、急激に体温の低下を感じ取る。ああ、悪い癖だ。事の結末を悪い方向ばかりに予測してしまう悪い癖。しかし、どうする。未知の世界で、数時間で順応して元の世界のように当たり前の幸せを享受出来るほど、俺は全能ではない。
『とりあえず、お前は金を稼げ。日雇いのバイトを――ってまず、それが記されたチラシがあるかどうかが分からないのか…………だったら、路上で稼げ。チップを貰え。それで食べ物食える金を用意して、どこか安全な場所でも探して野宿する。このプランが妥当だろう』
『野宿するときは敵に気を付けろよー? 法律すら分からないんだから、俺たちの常識が通用するかどうかも分からないしな。人とか魔物とかに襲われたら、とにかく逃げろ。人間において一番使える手段は護身じゃなくて逃走だからな』
やばい、泣きそう。
最初は信じてくれていないから、どこか話半分で聞き流しているのだと思っていたけれど、案外、真剣に俺の身を案じてくれていたことに対して思わず涙。心の中で。
「な、なんかサンキュー。ほんの少しだけ励まされた気分だわ。柿の破片一個分くらい?」
全国民に愛されるスナック菓子、通称『柿の破片』。あれは実にいいものだ。何故か親が定期的にまとめ買いをしているから、あの赤色のパッケージ見ない日は無いのだけど。
そんな国民的大ヒット菓子のサイズを、感動の物差しの例に挙げた感想に、彼らは笑って、
『おーし、帰ってきたらお前の竿を握り潰す。そして二度と竿無しなど言わせねえ』
『まあ、俺に妹を出現させてくれたら許してあげるよ』
感動を返してもらおうか。
というか、国民的大ヒット菓子と同等の扱いを受けたのだから、そこは誇りを持ってくれてもいいのではないかと思うのだけれど。
そして、どうやらウルトラノッポは『竿無し』と陰ながらに揶揄されていたのを知っていたらしい。面と向かってしか言ったことが無いのに。なるほど、陰口でもなんでもないところに、やはり男子校の逞しさといい加減さを感じる。
脳筋の妹願望など知らん。
「脳筋の妹願望など知らん」
二度も言ってしまった。
とはいえ、本当に、この数分間の軽口の叩き合いで得た報酬は意外に多かった。
彼らの言う通り、まずは金銭の確保だ。そこから食料を集め、徐々に生活最低限の基盤を築いていこう。
「とりあえず、なんだかんだありがとな。少なくとも、このまま立ち往生して老けるような展開は避けれそうだ……。手間かけさせて悪いが、親とか学校とか他の奴らには何とか誤魔化しておいてくんねえか?」
『言われなくてもそうしてやるつもりだよ。確かに、説明するのもばれるのも面倒そうだしな』
流石ハイパーノッポ。彼は憎いことに、こういった人に対しての気遣いは気持ちが悪い程に気持ち良く回るので、安心して『元世』での一通りの面倒ごとを任せられる。
『だぁいじょぶだって! 一日ひと月行方くらましたぐらいで騒がれねえって』
騒ぐだろう。彼は朝のニュースを見ていないのだろうか。俺は毎朝きちんとじゃんけんコーナーで一進一退の攻防を繰り広げているが。何だ、じゃんけんでの攻防って。
「それは暗に、俺の人気の無さを題材とした悪口か? 確かに、こっちが話しているつもりなのに相手の耳に全く届いていなかったり、輪の中で頑張ってギャグ的なものを発しても誰も反応してくれなかったりすることは多々あるけれど! なんか、自分で言っていて虚しくなってきたよ! いじめアンケートに書くぞ!」
忘れた頃に配られるアンケート。いじめに限らずとも、大体のアンケートはまるでアンケートの意味をなさない。面倒くさがりの男子高生しか居ない環境なのだ。四〇枚配られたとすれば、そのうちの三〇枚の回答用紙に『どちらともいえない』の③がマークされて提出されるという結末だ。
『お、もうそろ先生来るから、続きは後でな』
我が校はエスカレーターとエレベーターが付いている癖に、スマホの使用を禁じているおかしな一面がある。因みに、建物は一〇階階建てで地下もある。
「ほーい。またあとで」
『健闘を祈る』
『達者でな』
二人がそう言い残して、通話が終了される。親しい友人との通話特有の、切った直後の寂しさが訪れたが、今は瞬時に意識を切り替えて、目前のやるべきことを実践していく。
さて。
「物を盗んでもいいのかどうか、調べにいくか」
そう。法律のお話だ。もし、この世界の法律が元の世界――現世ならぬ『元世』に比べて、きちんと機能していない場合、目に付く物という物を好きなだけ奪えるという状況が発生する。我ながら屑が過ぎる考えだ。
しかし、正直、街を行き交う人々の言語は分からないし、逆を言えば向こうもこちらが言っているが分かる訳では無い。
俺の感覚は繊細が過ぎるので、街中や学校への通学路、人間関係において、小動物並みに神経が研ぎ澄まされて敏感に反応してしまうのだ。
だが、修学旅行でハワイに行ったときに気付いた。初の外国となる未知の場所においては、その敏感な感覚はあまり機能していなかったのだ。彼らの言語は分からないし、彼らからすれば俺の言っていることも分からない。
つまり、言語の壁があることによって、変に深くまで他人の内心を読み取る必要が無くなるのだと思う。それに日本人と違って、彼らは比較的大らかだったことも起因しているのではないかと思う。
まあ、この繊細な感覚があるからこそ、突飛だったり逆転だったりする発想が浮かぶ豊かな感性が機能しているのだけれど。逆を言えば、俺の能力と言えばそれぐらいしか無いのだけれど。
昔からかじりにかじっていた幾つかのスポーツは、今となっても血肉や細胞の一部となって俺の身体を循環してはいるが、その技能・体力面においては年々衰えつつあるので、今更得意分野としてステータスに加算する訳にもいかない。
話を戻そう。
つまり、何を言いたいのかと問われれば、言語や種族による見えない境界線があることによって、かえってそれが自分の精神耐久値の減少を少しでも緩和するために作用するのではないかという仮説を答える。まるでフラグのようだという、フラグが建った。
「はあ……行きますか」
いつまでも心中で一人ディベートを繰り広げている訳にもいかないので、無理矢理にでも竦む身体を動かして行動に移る。
そして、恐ろしく早いフラグ回収になってしまうが、やはり未知なる種族が多数行き交う未知なる場所を、『元世』においての常識のラインナップを記憶にとどめたままで歩くのには、やはり、それ相応の対価が支払われる訳で。
底が抜けた缶ジュースの中身の減り具合並みに精神が摩耗していく。缶ジュースの缶の底を開けたことなど無いけれど。
「貰いましたあああああああああああああああああああああああああああああっっっ‼」
…………
………………
「何を⁉」
という突っ込みが思わず口から出てしまった。そして、数秒間の空白が脳を支配
し、再び現実に意識が回帰して、本命の疑問を発する。すなわち、
「日本語⁉」
ジャパニーズ。蒼原森檎の人生において、もっとも耳に馴染み、通算使用回数は最多を誇り、日本各都道府県共通言語。
何がどうしてそれが聞こえたのだろう。そして何を貰ったのだろう。驚愕に混じって、そんな漠然とした疑問を抱きながら、叫び声がした方へ駆けていく。地面からの振動がダイレクトに加わるローファーを履いているという事実すらも忘れて。
先程突っ立っていた河原のような場所を右手に、そして西洋風の出店が建ち並ぶ住宅街を左手に、目前の広場へと走っていく。その間、こちらに背を向けながら猛速度で逃走する黒服の姿が見えた。黒服の右腕にはバッグのような物が抱えられており、その背中を乙女座りで見守っている女性の姿が目に入る。
そして、黒服の男を数名の白服のおじさん達が追いかけ、他の人たちは女性に手を差し伸べている。
叫び。逃走。バッグ。座りつくす女性。
繊細で敏感で豊かな感覚がフル稼働される。察した。
「完全にひったくりの現場ですね!」
半ば反射的に速度を上げ、五〇メートル走並みの全力疾走でひったくり犯を追走する。
何故、奪われたというのに受け取ったという叫びなのかについては、今は無視。
こちらのただならぬ気配に気づいたのか、野次馬達は慌てて俺に道を譲り、そのまま、恐らく俺の背中姿でも凝視しているのだろう。黒服は速い。そして意外に白服は遅い。
因みに、私の五〇メートル走のタイムは六・七〇秒。
イケますね。
「はあ、はあ……」
しかし、確信を得た途端に浮上した仮説というのが、加速地点から通過した広場までの距離が目測五〇メートルだったのではないかというもの。広場を通過した地点で、黒服との距離は同じく五〇メートル程。
あ。
「はあ、はあ…………はあ⁉」
しまったと思った時には、時すでに遅し。
突然の無酸素運動や自分でも驚く突飛な行動。その反動が視界の点滅を誘い、鼓膜を激震させて肺を絞り上げる。口から溢れる吐息の勢いは増し、それ以上の酸素を身体が欲する。
つまり、百メートル走を全力疾走した直後に、全力以上の疾走をしてあの黒服へと追い付かなければならないという絶望的な状況なのだ。
「はあああッ! はああああッ‼ あああああああああああああ‼」
自然、足首から大腿四頭筋辺りにかけての硬直が開始され、痛みと共に悲鳴を上げる。
心臓は破裂しそうな程にポンプし、背面は腰から肩甲骨にかけて鈍痛が蠢く。喉奥からは血の味が這い上がり、口周りは痙攣している。
普段から運動をしていないと、いざ全速力でひったくり犯を追った場合、必ずそれに追いつくとは限らない。
均等に横道が配置されている住宅街に辿り着き、霞んだ視界で豆粒程度の大きさとなり果てた黒いシルエットを捉えたところで、肉体は限界を迎えて速度を大幅に減少。
直後、石畳の床にでも躓いたのか、その場でダイブするかのようにして倒れ込む。その拍子に、実はまだ持ったままだった学校指定バッグが放り出される。
同時、庇うようにして前に出された両腕両肘に重い痛みが走り、続いて両膝も同じ目に遭う。
痛い、痛い。そして心も痛い。
日々の運動不足がここにきて響くとは思わなかった。
日々の運動がここまで重要だとは思いもしなかった。
いくら足が速くとも、それを維持するだけの体力が備わっていなければ意味が無い、などという、スポーツ漫画の解説役のような分析を自分にぶつけることで、この体たらくを誤魔化す行為に走る。
「はあ、はあ、が、あ! はあ! はああ‼」
身体は大きく波打ち、激しい呼吸を繰り返すことによって肺胞が開き、それが今度は咳を催す。次第に胃の中で何かが躍るような気持ち悪い感覚を覚え、実際、それが吐き気として反映される。
とにかく、格好悪過ぎる。
もし自分が自分を主人公とした物語を描くのであれば、絶対にこのような残念な展開にはさせない。悪意を感じずにはいられない。異世界に招いたのなら、やはりそれなりの特性やら、フラグやら流れやらを用意して欲しいものである。
「——物凄く格好良いですね!」
その時、頭上から天使のような声が降り注いだのだった。
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