第20話 白衣

「ハイ、チーズ」


 マリーが言った。


「ガハッ!ゴホゴホ!何だ、ズギャンってこんなにキツイのか?」


 スキャンの瞬間、体に電気が走ったような痛みを覚えた、と同時に喉に痛みを覚えた俺は咳きこみ、操作したマリーに文句を言った。


 マリーを見ると、床に倒れ込み、汗だくでゼーゼーと息をしていた。


「おい、どうした!」

「やあトミー、久しぶりだなあ、子供は大きくなったぞ」

「子供?」


 マリーの指さすほうを見ると、赤ん坊がハイハイしていた。


「すまない、軍曹」


 後ろを振り向くと、ボロボロの服を着た少佐とプロメが立っていた。


「すみません、失敗しました」ボロボロの汚れた服を着たプロメが言った。「できれば、服をお願いします」


 俺は素っ裸だった。

「服か・・・」

 今スキャンしようとして脱ぎ捨てた服は、そこには無かった。

「とりあえず、私の白衣でも着てろ」

 マリーがクローゼットを開けた。俺はマリーの白衣を裸の上に羽織って前のボタンを留めた。


「何があった?」

「トミー、すまないがテルルともう一人の私を頼む。さすがに限界だ」


 俺は1回失敗して新しく作られたらしい。マリーが恐怖と闘って俺を再生させてくれたらしい。


「よし、俺がやる。指示してくれ」


 俺はマリーの指示に従ってタッチパネルを操作した。マリーはかなり離れた位置から指示を出した。近寄るのも今はキツイらしい。


 テルルとマリーが復活した。テルルもマリーも激しく咳き込んだ。プロメが冷蔵庫から水を出し、みんなに配ってくれた。


「2人も服を着てくれ、私のでいいか?」

 復活作業をしてくれたマリーは少し落ち着いたようだった。続けて指示を出す。

「3人はカロリーの摂取、ストルンとプロメの2人はシャワーと着替え、それから食事だな」


「上の食堂でゆっくり食べていてください。シャワーを浴びてから向かいます」プロメが言った。「それと、入館許可です」

 プロメが3人分の入館許可をくれた。


「モコソが無いので、ファミレスは使えません。上の食堂なら問題ありません」

 ラウンジはボタンを押したら出てくる。イラスト付きだ。


「後で私が新しいモコソを作りますので、少し我慢してください」


「留守番のマリーは、ほっといていいのか?」

「私のことは気にするな、早く行け」

「すまない」

 マリーは恐怖と闘ったばっかりで少しげっそりしているように見えた。


 子供は何か月ぐらいだろうか、かなり大きくなっていた。育てた経験がないから何も分からん。


 俺たち3人はラウンジに上がり、ボタンを押して飯を食った。38時間の断食はキツかったが、スキャンの後の出来事のほうが強烈で、空腹なはずなのに、どうも飯が喉を通らなかった。


「何があったんだろうか」

「さあな、じきに分かるさ」

「モコソ作ってもらったら、トミは真っ先に服を作ってね」

「セクシーだろ?」

「バカ!」

 全裸に白衣は少し寒かった。

「下のフロアで着替えればいいじゃないか」マリーが最高のアドバイスをくれた。

「そうだったな・・・」


 俺は全裸に白衣でショッピングフロアの洋服売り場に向かった。

 行ってみると、売り場に一瞬人影が見えた。不審に思って人影が見えたほうに、いや、俺のほうが不審者の格好なのだが、行ってみると、棚の陰にロボットがいた。服を補充するロボットだった。

 なるほどな、こうやって商品を補充してるのか、人が来ると隠れるらしい。


 俺は適当な服に着替え、出口で清算した。いや、無料なのだが、持ち出しの手続きはする。


 戻ってみると、少佐とプロメが合流していた。プロメが食堂のボロンで俺たちのモコソを作っているところだった。


 プロメは3人分のモコソを作って俺たちに配ってくれた。前のと同じ物だった。


 全員が席に着くと、少佐とプロメが事情を話してくれた。



 3人は双子から、4つ目の街で警察に追われた話を聞いた。


「みんなを吹っ飛ばしたのは、しかたなかったんだよ」

「吹っ飛ばしたのではなく、原子まで分解しました」

「どっちだって大した変わりはないじゃんか」

「こういうことは正確に・・・」

「まあまあ、喧嘩すんな」


「でも、仕方なかったんです。あのまま捕まってしまったら、そのほうが何というか・・・」

「後味が悪いんだよ。軍曹もマリーもテルルも、DNAいじられて人格が変わってどこかで生きてるってほうがさ」

「そりゃ分かったって」

「気にしなくていい」

「私もこれで良かったと思ってるわよ。それで、その後どうしたの?」


「みんなを吹っ飛ばした後、俺たちのいたビルに下から警察のロボが登ってきてたからさ、プロメと2人で空気ダクトに入ってさ、そのまま地上まで逃げた」


「あの辺の地上って、工業地帯じゃなかった?」

「そうだね。もう何も作ってないけど、その真っ暗な工場に逃げ込んだ」


「外はパトロールの車だらけで、しばらくそこに隠れていました。マリーさんに連絡して、必ず帰るから待っててくださいって言って。工場には小さなボロンがありましたので、それで食料を少しづつ作って潜伏していました」

「どのぐらい隠れてたんだ?」


「4ナトリほどです」

「そんなにか!」マリーが驚いた。

「4ナトリってどのぐらいなんだ?」

「地球時間にすると、40日近くです」

「おいおい・・・」


「窓の外にさ、赤いライトがチカチカしてるのが見えるんだよ。でもな、工場の敷地には入ってこないってのは知ってたからな」

「じっとしていれば、いつかは居なくなるっていうのは分かっていましたから」

「それで?」


「しばらくして外のパトロールが明らかに減ってきたから、少しずつ工場を移ってさ」

「道路は極力使わずに、隠れながらここのゲートまで辿り着きました」

「警察は隣りの街まで逃げれば追ってこないはずなんだけどさ」

「ですが、街が変わってもパトロールの車は多いままでした。私たち2人は全ての警察に写真付きで情報が流されているのかもしれません」

「速度取り締まりの自動機械に撮られた写真だな」


「私たちがホッと出来たのはここのゲートをくぐってからです。ここは軍の管轄なので、ここに警察のパトロールは来ません」

「歩いてここまで戻ってきたのか・・・」



 2人は長い逃亡生活をしたらしい。野山や岩山や、森の中を抜けて歩いてここまで辿り着いたらしい。食べ物もギリギリだったのだろう、顔も少し痩せている。


「とりあえず、食べましょう!」


 テルルが元気を出そうと大きな声で言った。


「いっぱい食べて、ゆっくり休んで、それからにしましょう!」


 しかし少佐が手を上げてテルルの発言を止めた。


「いや、今回のでかなりの時間を無駄にしてしまったからな、ここまで来る間にプロメと相談して、新しい作戦を考えてある」


「新しい作戦?」


「とても楽な作戦だ。とても楽で、とても暇で、とてもつまらないが、まあ急がば回れってやつだ」

「遠回りするのか?」

「一番安全なのは地上を自動運転で窓を隠して行く方法だと思うのですが、それだと時間がかかりすぎます」

「どうするんだ?」

「救急車で軍用列車の駅まで行く」

「警察がウロウロしてる街を通るんだろ?」


「警察はサイレンを鳴らした救急車を、絶対に停めない」

「絶対か?」

「絶対だ」少佐が自信を持って言った。「そしてあたしたち5人は救急車の後ろに潜んで、1回も外に出ない。外も見ない」


 救急車の後ろのあの空間に5人で隠れて、大きな街5個分の長旅、救急車の中で数食分の時間を過ごすってことらしい。


「トイレはどうする?」

「トミ、私たちの旅した車と救急車は同じ車種なのよ」テルルが説明してくれた。

「同じ車種?」

「救急車は大きく改造してあるけど、私たちの車と同じで、トイレは付いてるのよ」

「そうなのか・・・」



「よし!」マリーが勢い良く立ち上がった。「休みたきゃ車の中でいくらでも休めるって事だな!」

「そのとーりだ!」

「食料をバッグに詰め込んでください」


「救急車は一般車よりもスピードは出せるが、たいして速くない」少佐が説明した。「長旅だな」

「甘いものもいっぱい持って行っていいぞ、ストレス解消には甘いものだからな」

 マリーがボロンでバッグを作りながら言った。



 女性陣が甘いもので盛り上がっているのを俺は微笑ましく見ていた。


 どうやら俺は1回死んだらしい。そしてやり直すらしい。まるでゲームみたいだ。セーブポイントからやり直し。


 マリーがどこかから救急車を1台、地下10階の入口まで持ってきた。


 俺たちはその車に食料や着替えを積み込んだ。救急車の後ろには、俺が乗った時と同様に、真ん中に硬いベッドがあり、その周りにイスが6個あり、それを機械が囲んでいた。

 救急車の中の収納ボックスには、酸素ボンベや謎の医療道具が入っていた。俺たちはそれを全て取り出し、代わりに食料と着替えを詰め込んだ。



「しばらくはあの恐怖の操作はしたくないんだ、慎重に行けよ」


 留守番のマリーが子供を抱きかかえながら見送りに出てきてくれた。子供は少し重そうだった。


「了解した。軍の駅に辿り着けたら連絡する」

「無茶するなよストルン」

「連絡が来なかったら・・・」

「分かっている。行ってこい」


「ハイハイデキルヨウニナッタンデチュネー」俺は子供の小さな手をチョンチョンして言った。

「キャハハ」子供は笑っただけだった。



 俺たちはマリーと子供に別れを告げ、救急車に乗り込んだ。


 目的地を設定し、運転は基本自動運転。サイレンを鳴らしながら制限速度を少しオーバーして走る。俺たちは外を見ない。そんな作戦だ。


 運転席と後ろのスペースにはカーテンがあり、後ろのスペースには窓は無い。6個あるイスに俺たちはとりあえず腰かけた。


 外の状況に関しては、プロメが外部カメラにモコソを接続してチェックする。


 救急車がサイレンを鳴らして発進した。


 俺たちの長い暇な旅が始まった。






「暇だな・・・」

 揺れる救急車の車内で、俺たちは大人しく自分たちが荷物として運ばれる時間を過ごしていた。外も見ることが出来ず、ただただ部屋が揺れている。

「何か面白い話しろよ軍曹」

「やめろよ、そういうのが嫌でサラリーマンにならなかったんだ」

「何の仕事してる?」

「山に登って写真を撮ってる」

「それで金がもらえるのか?」

「まあな・・・」


 俺は話が得意じゃない。俺の話はすぐに終わってしまった。


「つまらんな・・・」

「よし、アニメ見よう!」少佐が大きな帽子を脱いで言った。

「アニメ?」


「ストルンは日本のアニメが大好きなんです。アメリカの映画も好きですが」

「あたしのモコソにはアメリカのアクション映画と日本のアニメが沢山入ってるんだぞ!」

 少佐は帽子型のモコソを、救急車の真ん中のベッドの上に置いた。


「40年前の古いアニメとかあまり見たいと思わないんだが・・・」

 俺が来るまでは、40年前の古いテレビ放送を見てたってことを思い出しながら俺は少佐に言った。


「いや、テルルが受信を切っちまったけど、1回ネットのデータを大量に受信しただろ、あの中にネット配信の動画データが大量に入ってたのさ」少佐が帽子をポンポン叩きながら言った。


「あの後、ストルンから、なぜ切ったーってクレームのメールがすごい来たのよ」テルルが思い出しながら言った。


「まあでも、かなりのコレクションが出来たぜ」

 少佐が腕組みをしながら威張って言った。

「そりゃ良かったな。それで、何を見るんだ?」

「うーん、そうだなあ」

 ストルンはベッドの上に置いた帽子型モコソを操作し、空間表示ディスプレイを出した。

 空中にリアルなモニター画面が浮かぶ。俺のモコソにも付いてる機能だ。そこにアニメ一覧のようなリストが出ている。


「この空中に浮かぶ画面の仕組みはどうなってるんだ?」


「それはですね」プロメが説明してくれた。「赤、青、緑、黄色、白、黒に反射する6つの鏡面を持つ微小な立方体の金属を、磁場と静電気で空中に浮かべてひとつひとつを個別に回転させて制御しています。触ってもいいですが、吸い込まないでください」

「さすが天才ね」

「全然わからん・・・」


「よし、やっぱり新作がいいもんな。今の一番のお気に入りを見よう」少佐がリストから一つを選んだ。


 少佐がベッドに置いたディスプレイは、みんなで見るには適さなかった。みんなでベッドを囲んで座っているのだ。

 プロメが救急車に備え付けの、恐らくは心電図を見る時とかに使うであろう大きめな天井から吊るされているモニターを、運転席との空間を仕切っているカーテンの前に移動させた。

 天井にはレールが付いていて、モニターはそのレールをウィンウィンと音を鳴らしながら移動した。


 その大きめなモニターにアニメが流れはじめた。


 俺たちはそのアニメを見ながら、食べ物を食べたり立ち上がって運動したりして時間を潰した。

 俺は最近のアニメというのを初めて真面目に見たが、最近のアニメは絵がきれいで動きも滑らかで、戦闘シーンの迫力もすごく、びっくりしながら見た。

 そして少佐にたまに感想を言った。


 少佐は本当にこのアニメが好きらしく、「ここがすごいんだよ」とか「ここの演出は絶品だ」とか俺たちに解説してくれた。


 画面の中では、見えない剣を持った美人の女剣士が体のデカいヘラクレスみたいな筋肉の塊の敵と戦ったり、蒼い髪の槍使いと闘ったり、佐々木小次郎と闘ったりしていた。


「日本人ってのは召喚したりして戦わせるのが好きだよな」

「そうなのか?」


「それと、召喚されてどこかに行くってのも好きだな」

「そうなのか?」


「最近じゃ、召喚されて行ったら何故か最強ってのが人気があるらしい」

「そうなのか」


「軍曹もある意味、召喚されたクチだな!」

「そうなのか・・・」


「軍曹も最強なら良かったのにな!」少佐が楽しそうに笑った。




 

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