第18話 う・・・
テルルは、俺がコピーだと気が付いたってことをマリーに言わなければならないんだと言った。俺たちは2人で、マリーに報告するためにマリーの研究室に向かった。
マリーはなんてことない感じで「そうか」とだけ言った。
「私はさ、プロメがボロン3点セットを作り上げた時に気が付いてたんだ」
「人を複製できるってことにか?」
「なんでも複製できるってことは、人間も複製できるなって一瞬で思ったさ。あの事件が起きる前にな」
「さすがだな」
「だから事件が起きる前にもう、実験で自分の体をスキャンしてデータを保存したのさ」
「作ったのか?」
「試しに1回作ってみたよ。そうしたら、もう一人の私が出来た」
「作ったもう一人のマリーはどうした?」
「ゴミ箱に入ったよ。最初からそう決めてたからね」
「そんな・・・」
「どうってことないさ、私も科学者のはしくれだからね」
「一般大衆のような考え方は持っていないということね」
「そうだな、私は一般大衆のようなバカじゃないつもりだが、世界にバカは必要だと思ってる。バカは世界を面白くすると思ってる」
「確かにそうかもしれないわね」
「私はな、みんなの病気がDNA治療によって完治してからの笑顔が好きだった。しばらくして、新しい法律が出来る度に、みんなのDNAが徐々に改変されていって、心を無くしてしまいそうで怖かった」マリーは昔を思い出しながら語った。「だから子宮を捨てる法律ができた時、次に会ったらみんなの体もコピーしてデータを保存しようって思ったんだ。恋愛感情まで無くなったら楽しいバカ話もできなそうだったからね」
「法律ができた時なら、まだ子宮は間に合ったんじゃないのか?」
「いや、次に会った時にはもうDNAは改変されてた。3人ともな。テルルは既にかなり変わっちゃってるのを感じた。まだ笑えたけど、いつ笑えなくなるか怖かったね。コピーガードが体を流れる前にスキャン出来てよかった」
「違法じゃなかったのか?」
「違法だったが、この研究施設なら問題ない。研究のための保存だ」
「DNAを研究してたんだったな」
「そういうことだ」
「再生のために長く眠ったけど、DNAをいじる前には戻れないのか?」
「この施設には多くの人のDNAが保存されてる。その中にはもちろん3人のもある。だから元に近い形に戻すのは不可能ではない」
「なんでやらない?」
「みんな元々の体は問題があって入院してたんだ。慎重にやらないと病気になってしまうってのもある」
「病気だったんだっけな」
「それに、健康な肉体のDNAに書き換えるのは少し乱暴でもいいが、そうじゃないやつに新しく書き換えるのはリスクがものすごく大きいのさ」
「なるほどな」
「書き換えるってことはさ、前のを消すって事なんだ。そして簡単に戻すことは出来ないのさ」
「上書き保存ってことか・・・」
「子宮だって一から作っただろうが」
「そうだったな」
マリーがみんなの体をスキャンした時、マリーは別にいつかみんなのコピーを作ろうなんて思っていなかったという。ただ思い出として、記念撮影のような気持ちで体のスキャンをしたらしい。それが後に役に立ったんだが。
それからは平和な日々が続き、俺はテルルと遊んだり抱き合ったり、マリーの大きくなるお腹を見ながら研究室で雑談したりして過ごした。
「記憶ってどうなってるんだ?」
「記憶?」
「だって、スキャンしたデータで体を作ったら、スキャンした時のマリーになるんじゃないのか?」
「ああ、それはな、作った瞬間に古いプロメリの体はバラバラになって肉体に入り、脳を乗っ取ってるらしい」
「らしい?」
「プロメの考えだした方法だな。このカプセルタイプのボロンじゃないとダメらしいが、私も難しすぎて解らんのだ。だいたい、あの金属の体の仕組みも分からん」
「天才のなせる業か」
「肉の体に戻れたんだから何でもいいさ」
「テルルは最初、同化させたモコソを使ってたけど、子宮再生で起きた後はモコソが使えなくなってた。体の中の金属を取り出したのか?」
「そうだ、眠っている間に徐々に取り除いた。ゆっくりと血を循環させながらな。骨もDNAを書き換えてカルシウムに変わってる」
「骨折する体になったってことか」
「うーん、骨折しにくい頑丈な骨の人ってDNA改変は残っているから、無理しなければ大丈夫だろう」
「マリーの中の金属は? マリーは眠ってないよな」
「私はな、徐々に体外に排出した」
「どうやって?」
「そりゃウンコだ」
「ウ・・・」
そこでマリーの顔色が急に変わった。
「ウ・・・」
「ウ?」
「ウマレル」
「はい?」
「テルルを呼べっ」
俺はテルルの部屋に走った。
テルルと2人でマリーの元に戻ると、研究室には謎のおそらく全自動分娩台があった。マリーはそれに掴まって痛みをこらえていた。
俺はテルルに部屋を追い出され、廊下でソワソワして待たなければならなかった。
親としてとかパパとしてとか父としてとか親父としてとか、自覚が無いのをどうすればいいのかグルグルと考えていた。
やがてテルルが扉を開けた。扉を開けた瞬間、部屋の中から鳴き声が聞こえてきた。部屋の中には、赤ん坊がいた。
ザバァザバァァァァァ
赤ん坊の泣き声で2人が起きた。ストルン少佐とプロメが裸でむっくりと起きた。
俺はまた部屋を追い出された・・・
「おまたせー」
扉の前でしばらく待っているとテルルが扉を開けてくれた。
部屋の中に入ると、小さな赤ん坊が白いタオルみたいのに包まれていた。それを汗だくのマリーが胸に抱いていた。
「健康そうだ。実験は成功だな」
マリーの発言は、俺に父親とか責任とか気にしなくてもいいぞという気配りが込められていて、俺は少し心が苦しくなった。
「俺もこいつを愛していいんだろ?」
「もちろんだ。父親だからな」
赤ん坊は男の子だった。赤ん坊の小さな手には、さらに小さな指が5本あって、それが動いていて、そんなことに感動して涙が出た。
「感動してるところ悪いんだけど、私はマリーと赤ちゃんで手が離せないから、2人を食堂まで連れて行って」テルルが2人を指して言った。
隣には起きたばかりの少佐とプロメが、赤ん坊を見ながらフラフラしていた。
「ちゃんと消化に良さそうな食べ物をゆっくり食べさせてね」
「大丈夫だ。2人は歩けるか?」
「はらへったー」少佐が言った。
俺は2人をファミレスに連れて行った。
「あ、モコソが・・・」プロメが料理を注文できずに固まった。
「そうか、こりゃ不便だな。モコソを忘れたら飯も注文できないな」
「俺が代わりに出すから、好きなのを言え」
2人に注文を聞いて俺が操作した。
「軍曹も父親になったか」
「赤ちゃん可愛かったですね」
「健康に育ってくれたらそれでいい」
「マリーが母親だからな、病気なんてちょちょいのちょいだ」
「そりゃ心強いな」
2人はクリームシチューのようなものを注文して、俺もついでにそれを食った。
中には野菜と一緒にホタテが入っていた。食べてみると、強いバターのような風味がした。
「2人もモコソを使う時はメガネをするようになるのか?」
「俺たちは軍用の帽子タイプだ」
「帽子?」
「帽子の中にいろいろ内蔵されてて、シャコンって上からモコソゴーグルが出てくるんだ」
「それを私がカスタムしてますので、いろいろ出来ます」
「いろいろって?」
「軍事機密です」
プロメは世界最大のボロンを動かして核ミサイルから宇宙船まで作れると言っていたのを思い出した。宇宙船を作る予定だと言っていたような気がする。これからどうするんだろうか・・・
「子供が生まれて、これからしばらくは子守りが大変そうだ。それに2人もリハビリしないとな」
「リハビリ?」
「長期間あの中で眠ってたんだ。筋肉が衰えてる。テルルも大変そうだった」
「俺たちは体のつくりが特別だからな、そんなに時間はかからないと思う」
「プロメもそうなのか?」
プロメは、おとなしそうな性格に見えるが運動神経はすごかった。ギャップが大きい。外見は白すぎる肌で病弱に見えるぐらいだが、それはいつも隣にいる少佐との対比で誇張されているのかもしれない。
「私の体は少し裏技を使ってますので・・・」
「プロメは俺より強いぜ、鍛えればな」
「どういうことだ?」
「生命力がありすぎて、何もトレーニングしなくてもサバイバル能力の高いテレビディレクターの、ちょっと異常なDNAに変えてますので」
「テレビのデレクターってこの星にもいるのか・・・」
「これはこれで病気らしいぜ」
「大丈夫なのか?」
「カロリーを取れば問題ありません」
「2人とも少しのリハビリでいいってことか」
「そういうことだ。軍曹を鍛えてやろうか?」
「なんでそうなる・・・」
2人はそれからしばらくジムに通って体を徐々に慣らしていった。俺はそれに付き合っていた。
2人は体を動かし、肉を食べ野菜を食べ、また体を動かし、どんどん体力が回復していった。
ある時マリーから呼び出された。行ってみるとテルルと2人で揺りかごの中の赤ん坊をあやしていた。
「どうした?」
子供は少し大きくなったように見えた。
「どうしたじゃない。名前を考えた」
「ああ、そうか。名前か・・・」
「私がいくつか考えたからトミーが決めろ」
「俺がか?」
「イヤか?」
「いや、どんな名前だ?」
マリーはモコソ眼鏡を操作して名前を読み上げた。メモ帳だろう。
「マリトミ、トミマリ、ヨシオ、ピエール、アキラ、ピカード、ウーピー、ジャスミン、ケリー、マユマユ、マツコ、トランプ、プーチン・・・」
「ちょっとまてまてまて」
「なんだ?」
「もっとちゃんと考えよう」
「考えたぞ、地球人っぽい名前だろうが」
「いや、そうだが、そうじゃなくて、なんていうか・・・」
「気に入らないのか」
「トラン人の名前にしてくれないかな・・・」
「なんでだ、つまらんぞ」
「キュリウムなんてどうかしら」隣でやり取りを聞いてたテルルが言った。
「どういう意味のトラン語だ?」
「天才」
「キラキラネームだな・・・」
「いい、キュリウムにしよう。めんどうだ」マリーがスパッと決定した。
我が子の名前がキュリウムに決まった。キュリウムは揺りかごの中で、すやすやと眠っていた。
「マリー、テルルのほうはどうなんだ?」
「子供のことか?」
「ちゃんと子作りしてるぞ」
「ちょっと、もう少し言い方を気にしてよ」
「大丈夫だ、ちゃんと機能してる。機能はしてるが、妊娠はしてない」
「問題か?」
「いや、問題は無い」マリーは少し考えてから言った。「テルルの子宮は出来立てだ。いわば少女の子宮だ。だから、焦らなくていい」
「だから言い方を気にしてってば!」
テルルが顔を真っ赤にして怒った。
「それにだ、もう少ししたら宇宙を目指して移動する」
「宇宙?」
「みんなで宇宙だ」
「子供はどうする?」
「子供は連れて行かない」
「誰が面倒を見る?」
「ちゃんと考えてある、大丈夫だ」
この女性陣は俺に全てを話さないことが多い。
本気で話されても分からないことが多いし、俺の行動を読んで話すタイミングを計算しているようにも見える。
「宇宙に行って何をするって聞いたら教えてくれるのか?」
「地球を目指す」
「なんで?」
「秘密だ」
「やっぱりな・・・」
テルルとラウンジに飯を食いに行くと、双子が帽子をかぶって肉を食べていた。
帽子はけっこう大きめで、潰れたシュークリームのようなモコっとした形をしていた。
色は少佐が焦げ茶色で、プロメが暗い青だった。
二人の帽子の後ろから、赤い髪がシッポみたいに下に出ている。プロメはそれを三つ編みにしていた。
「それが軍用なのか?」
「軍用のモコソはこういう形をしています」
プロメがそう言うと、帽子が変形して小さくなった。戦闘機のヘルメットみたいだ。
「でも見た目がひどいので、こうしました」
再びプロメの帽子が元の形に戻った。
「帽子が大きい分、顔が小さく見えていいわね」テルルがそれを見て言った。
「お二人のモコソも新しく作りました。性能が上がっています」
プロメがポケットから10センチぐらいの四角形の黒い板を2つ出した。俺の分とテルルの分だ。
プロメはその板をテーブルの上に置いた。プロメがチョンと真ん中を触ると2つはパタパタと大きくなった。
「テルルさんはゴーグルとブレスレット二つになります。これで操作性がかなり向上しているはずです」
「ありがとう、嬉しいわ」
「トミハルさんはゴーグルと空間表示付きサブコンです」
「空間表示?」
「サブコンを机の上に置いて、モード、ニホンゴ、サブコン、空間表示と言ってください」
俺はゴーグルじゃないほうの半分を机の上に置いた。そして俺は言われた通りにその呪文を繰り返した。
「おお、空中に日本のパソコンみたいな画面が出てきたぞ」
「ゴーグルをつけるとキーボードが見えます。指でキーボードを触ると文字が打てます」
「おおすごい!」地球のパソコンのキーボードがゴーグル越しに見える。「それで、何を打つ?」
プロメは不思議そうな顔をして俺をじっと見て言った。
「・・・日記?」
「・・・」
ラウンジでの食事の時間は低い太陽の光を浴びながらゆっくりと過ぎていった。
「車からプラセオを下ろします」
二人が席から立ちあがった。
「プラセオって何だっけ」
「通信機です」
「地球に飛ばしたやつか」
「そうです。素粒子通信機です」
「光より速いんだっけな」
「少し表現が違います。速いわけではないです。同時です」
「やっぱりわからん・・・」
プロメはラウンジにある大きなボロンから台車を出した。手押しの台車だ。かなり大きい台車で、頑丈そうな金属製だった。
双子はその台車に飛び乗った。
「乗れ、軍曹!」
「これ、乗り物なのか?」
「プラセオは重いんだ、手伝え」
「わかったわかった」
俺は台車がズルっと動かないように慎重に上に乗った。
「出発します」
プロメが両手を前に出すと、台車はゆっくりと動き出した。
「いってらっしゃい」テルルが手を振って見送ってくれた。
台車はかなりのろかった。人の歩くスピードぐらいだ。
「この台車どうなってる?」
「何がだ」
「動く仕組み」
「秘密だ」
「軍事機密か?」
「いや、面倒なだけだ」
「なるほどな・・・」
台車はエレベーターで地下10階まで降り、マリーのラボの前の長い廊下をゆっくりと走った。
「なあ、テルルのいた施設にも、最上階の食堂に大きなボロンがあった。ここにもあったな」
「それがどうした?」
「他の所であのサイズは見たことないんだが」
今まで見たのは、ラウンジの壁の大きいのと、人を作れる大きなカプセルタイプと、料理が出てくる小さい取り出し口、他に何かあったかな・・・スポーツ施設のボールとラケットが出てくるやつ、それにテルルと旅をした車の中にも小さいのがあった。テルルが使いたがらなかったやつだ。
「でっかいのが欲しいのか?」
「別に欲しいわけじゃないが・・・」
「ボロンはな、裏側がでっかいんだよ」
「見えてない所の機械か」
「元素カートリッジだな。それに重い」
「重いのか、持ち上げたことないからな・・・」
「軽い元素から重い元素までたっぷり入ってるからな、重いんだ」
「よくわからん・・・」
「そしてカートリッジは近くのスカッシウムと繋がっています」
「スカッシウムって何だっけ」
「ゴミ箱です」
「そうか、分解するんだっけな」
「元素まで分解してカートリッジに入ります。全てじゃありませんが・・・」
「難しいんだな」
「・・・天才ですから」
「凡人にはよく分からんな」
話している間に台車は入口の受付まで来ていた。プロメが入口の扉を開けた。
外のひんやりとした空気が廊下に吹き込んだ。
「私たちの車にプラセオがあります。下ろすのを手伝ってください」
プロメは自分たちが乗ってきた大きなジープみたいな車の後ろに、台車を着けて停めた。台車は大きめだが、双子の乗ってきた軍用の車はかなり大きい。
台車がすごい小さく感じた。
「バコン!」大きな音を立ててジープの後ろのハッチが上に跳ね上がった。
車の中には真っ黒い四角い大きな塊が積んであった。1辺が1メートル以上あるだろうか、黒い鉄の塊に見える。
「これが地球からテレビの放送を送ってきてるのか?」
「いえ、地球のテレビを受信してるのはテルルさんの研究室にあります」
「地球に1個、テルルの研究室に1個、それで通信できるのか」
「そうです」
良く分からんが、始めの頃バッテリーが少ないとか言ってなかったっけ? テレビは見れなくなるんだろうか・・・
「じゃあ、これはどこと通信するんだ?」
「これは今は、ここに1個、別の場所に1個です」
「ここで作っちゃいけないのか?」
「プラセオは今のところ私の研究室のボロンでしか作れません。作るときは必ず2個セットで同時に作ります」
「ああ、素粒子の難しいミカンのやつか」
「ミカン?」
「対のミカン・・・いや、何でもない・・・」
「ウィーン」小さなモーター音と共にジープの後ろのバンパーあたりが動いた。出てきたのは、トラックの後ろに装備されているような折りたたみの昇降機だった。
「それで?」
「車の中のプラセオを、この昇降機まで押してください」
「押す?」
「気合入れろよ軍曹!かなり重いぞ」
少佐が荷台に飛び乗った。俺も後に続いた。
車の中から少佐と俺の2人でプラセオを押した。
プラセオはものすごく重く、昇降機に乗る頃には、俺は汗だくになっっていた。
重いプラセオの乗った昇降機をプロメが操作して、ゆっくりと地面に下ろし・・・「ガクン!」昇降機の台が壊れて斜めになった。ズズズーと重いプラセオが滑りだし、そのまま空中に放り出され落下した。
だが、落下した場所には台車が待機していた。
「ガンッ!!」
ものすごく重い音が地下空間に響き渡った。
プラセオはきちんと台車に乗っていた。
「大丈夫です。計算です」
「壊れないのか?」
「壊れません」
「やることが怖いな・・・」
車からプラセオを下ろす作業が終わると、台車を動かしながら3人でマリーの研究室に向かった。
マリーのラボに入ると、赤ん坊が泣いていた。しかしマリーは無視してディスプレイを見ながら研究に没頭していた。
「おい、泣いてるぞ」
俺はベビーベッドの中で顔を真っ赤にして叫んでいる赤ん坊を抱きあげた。
「子供は泣くのが仕事だって地球でも言うだろうが」
「しかしだな・・・」
俺が赤ん坊のキュリウムをゆっくり揺らすと、キュリウムは泣き止んで笑い出した。ウホーなんだこの感覚は!愛しくてたまらん!
「軍曹、顔がニヤけすぎで気持ち悪いぞ」
「うるせーよ」
「トミー、赤ちゃんはな、泣くことで体が鍛えられてるんだ。泣きすぎは問題あるが、泣かなすぎも問題があるんだ。適度に泣くのがいい」
「ソウニャノカニャー?」俺は子供に聞いてみた。「キャハハ」と笑っただけだった。
「マリーさん、プラセオを1個どこかに置かせてください」
「ここにか?」
「他に良い場所が無いので・・・」
「こっちだな」
マリーは大きなクローゼットを開け、プラセオはその一番奥に置かれた。床に下ろす時もドカンと大きな音がした。おかげで子供が俺の腕の中で盛大に泣き出した。
「そろそろ宇宙に行く出発準備だな」マリーが双子に言った。
「軍曹も手伝えよ」
「はいよ」
その時、扉が開いてテルルとマリーが入ってきた。
「あれ?」
部屋の中にもマリーがいた。白衣は一緒だが、その下の着ている服が違う。
「留守番の私だ」
「はい?」
「子供は連れて行かないと言っていただろうが」
「でもそれって・・・」
「「いいんだ、黙れ」」
2人のマリーに同時に言われた。
「実験は成功した。本能に埋め込まれた人体作成作業の禁止だが、何とか出来るようになった」
「俺が操作しなきゃダメだったやつか」
「ものすごい恐怖だがな、頑張れば大丈夫になった。気絶も失神もしなかった」
「そんなに怖いのか」
「私はまだ体験してないがな」
もう一人のマリーが言って、俺の腕から泣く赤ん坊を取りあげた。
「それでな、トミー」
「なんだ?」
「保険として体をスキャンさせてもらいたいんだ」
「保険?」
「私たちはこれから宇宙を目指すが、失敗して死んだ場合、もう一度やり直す」
「死ぬのか?」
「いや、でも宇宙だ」
「そうか」
「失敗しなくても、もう一人の私が育児ノイローゼになったらトミーを作るかもしれないから覚悟しておいてくれ」
「ははは、面白そうだ」
「その場合、スキャンされた瞬間に育児ノイローゼな私が目の前に立ってるからな、本当に覚悟してスキャンされろよ」
「イヤなんだが・・・」
「まあ、おそらく大丈夫だろう」
「それでな、もう食事はしたか?」
「さっき食べたが」
「これから1ハイドの間、全員断食する。水分も水を少量だけにしてくれ」
「なんでだ?」
「スキャンの準備だ」
「胃に物が入ってちゃダメなのか?」
「いろいろと理由はあるが、まあいろいろだ・・・」
「秘密なのか?」
「めんどくさいだけだ。データ量の問題とか作成時のカートリッジ容量の問題とか体の中の物質バランスの問題とか説明すると長いんだよ」
「聞かなくていい・・・」
「みんな腹ペコで起きるだろうが」
「そうだったな」
「1ハイドは地球時間で38時間ぐらいだな」
「長いな・・・」
「寝てていいぞ」
「そんなに寝れねえよ」
「好きにしろ」
「少佐、旅の準備手伝うぞ」
「いや、それはスキャンの後でいい」
「なんでだ?」
「準備してからスキャンするだろ、そうするとな、復活した場合、また準備しなきゃいけなくなるからな」
「そうなのか」
「深く考えなくていいぞ、それより育児ノイローゼのマリーを気にしてろ」
「うーん、それな・・・」
空いた時間を、俺とテルルはテレビを見て過ごした。アメリカの長いドラマだ。
録画されてるのをまとめて見た。38時間では最後までたどり着けないが、何でもよかった。
テルルはブツブツと文句を言いながらアメリカのドラマを見ていた。
「この人さ、いつも「俺を信じてくれ」って言って勝手なことしてさ、それで最後には「こんなつもりじゃなかったー」って言うのよね」
「そうか?」
「それに無人島無人島ってさんざん言っておきながらめちゃくちゃ人住んでるわよね」
「そうだな」
「牛乳って何よ、牛はどこから連れてきたのよ」
「搾りたてじゃないだろ」
「ドラマってすぐにタイムスリップするけどさ、惑星は宇宙空間を移動してるって分かってないわよね」
「どういうこと?」
「地球の自転とか、惑星の公転運動とか銀河の回転とかで、私たちは常に移動してるってことよ。なぜ宇宙的空間座標を無視するのよ、科学的に考えたら時間移動した瞬間に、宇宙空間にポンッって浮かんで即死よ」
「まったくわからん」
「まあいいけど、学者として気になるわ」
「静かに頼む」
「ムキーーー」
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