第17話 プロメリ
テルルの話の続きだ。
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人が人として完璧になった世界。
知的生命体として、完璧な肉体と暴力性のない平和な精神を持った。文化に至っては、所有という概念を捨てて、お金も捨てたわけね。
労働は無く、すべてAI管理の機械任せ。完璧な安らぎの世界ってやつね。
食べ物はボロンで元素から合成する。コピーデータをもとに肉や魚や野菜の料理を作るの。まったく同じものをね。
膨大な料理をスキャンして、おいしい料理のデータを集めて、料理の味に一生飽きることは無いってぐらいのデータを集めてね。
そして今後は動物は一切殺さない。植物も完全にノータッチ。そういう仕組みを作ったの。
でもね、ひとつの事件が起きたのよ。
私たちに唯一残った強い感情、それは恋愛感情だった。
暴力をふるうような感情は排除して、物欲も無意味な世界になったけど、人を好きになって、好きな人を手に入れたいという感情はあったの。
そしてね、ある時、ある女の人が職場の大きなボロンを使って、好きな人を作ったの。
ボロンは人も作れたのよ。
その人はちゃんと好きな人に告白して、でも別の好きな人がいるからって断られて、それでも大好きで、何回か断られて、どうしようもなくなって、自分の気持ちが抑えられなくなって、好きな人をコピーして作ってしまったの。
でもね、作った人もやっぱり、別の好きな人がいるわけよね。だって同じ人なんだもの。
目覚めて、ここはどこだろうって思って、目の前には何回か告白されたことのある子がいて、「何でここにいるの?帰ってもいい?」って聞いて、そうしたら女の子は「ごめんなさい、ごめんなさい」って泣き崩れてしまった。訳が分からなくて彼はそのまま家に帰った。
そうしたら家にはもう一人の自分がいたのよ。
犯罪の無くなった世界での、犯罪だった。
人をコピーしてはならないって法律は無かったけど、絶対にしてはならないことだってことは誰もが分かった。
そしてね、恋愛感情もDNAから排除された。繁殖行動に付随する強い感情ってやつね。
さらにボロンの開発者のプロメは、絶対に人をコピーできないようにする対策を求められた。
ボロンの改良は簡単だった。人体の作製は禁止って設定すればいい。でもそれはハッキングで解除できてしまう。そこで、プロメはマリーと相談して、DNAに本能的恐怖心を強く植え付けて、本当に絶対に解除できないほどに強く恐怖心を植え付けたの。
でもそれだけだと、まだ破られる可能性はゼロではないの。それではまだガードが弱すぎるのよ。
絶対に出来ないようにしなければならなかったの。絶対にっていうのが重要ね。
それでね、コピーするためには、最初に体をスキャンをしなければならないわよね。フラッシウムという、素粒子スキャン装置でのスキャンがね。
この装置にスキャンされないためのガードを作らなければならなくなった。スキャンされなければコピーを作られることは無いから。
だけど素粒子を使ったスキャンのガードは、不可能に近かった。
でも天才のプロメは、1個だけ方法を思いついた。
人の体に特殊な重金属の合金を血液に混ぜて循環させれば、スキャンは完璧にならず、エラーになるってことを考えついたの。
二度と同じことが起こらないように、全ての人にその重金属を流す措置が施された。
そして、体に金属を流したことが、あの小さな金属の体への始まりだったの。
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「コピーガードの為に体を流れるようになった重金属の合金の名前を、プロメリって言うんだけど、これは作ったプロメの名前からね。プロメリは赤血球よりもずっと小さい状態で体内を循環するようになったの」
「体は大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。プロメが作ったんだもの」
「天才だもんな」
「でね、今までの話で病気は無くなったって言ったでしょ?」
「ああ、もう病院には誰も来なくなったんだろ?」
「いいえ、来る人はいるわよ」
「誰だ?」
「怪我人よ。切り傷、捻挫、骨折、ひどいのは体を動かせなくなる
「健康でも無理すりゃ骨は折れるか」
「骨折って痛いわよね、絶対に骨折したくないわよね」
「そりゃ、誰だって痛いのはイヤだからな」
「大衆はね、わがままを言い出したのよ。骨折したくないって」
「そのプロメリって金属で可能なのか?」
「プロメとマリーの2人で、骨を金属で強化する方法を考えちゃったのよ」
「2人掛かりなんだな」
「DNAにカルシウムよりプロメリを使って骨を作れって情報を書き込んだの」
「すごいな」
「体を流れるプロメリの量を増やして、それで骨のカルシウムの多くがプロメリに取って代わって、骨は強くなった」
「骨折しないのか?」
「するにはするんだけど、なんていえばいいのかしら」
「何が?」
「高いビルから飛び降りたとして、今までは骨が折れて内臓も潰れたけど、それが、骨は折れないけど内臓は潰れる感じ」
「なるほど・・・」
「それでね、体に金属が多く流れるようになって、そこから一気に肉体改造は加速したのよ」
「あの体までか」
「そうね。モコソが体内に同化されて、あらゆる機械が体内のモコソにリンクさせられるようになった。車もね」
「モコソゴーグル無しでも前は空中にアイコンが見えてたよな、あれって網膜に直接映し出してるってやつか?」
「いいえ、脳の視覚野に直接よ」
「脳・・・」
「脳って電気で動いてるでしょ」
「電気で動いてるのか?」
「そうよ。電気信号よ。だから赤血球よりも小さい金属を操って何でもできるのよ。天才2人が集まればね」
「マリーも天才だったのか」
「言わなかったっけ?」
「どうだったかな・・・」
「前に大衆の歴史を話したの覚えてる?」
「神アプリに大衆が動かされてってやつか?」
「経済を捨てたのは覚えてる?」
「もちろん覚えてる。何でもシェアするってやつだろ?」
「人が経済を捨てて労働しなくなったのはこのタイミングね。脳にモコソを同化させて少ししてから」
「労働しなくなって、みんな何してる?」
「ゲームよ」
「ゲーム?」
「地球でも、仮想現実とかVRとか始まってるわね」
「聞いたことあるな、でっかいゴーグルかぶるやつだ」
「そしてモコソと同化した人類に、ゴーグルは要らない」
「そりゃ重くなくていい」
「フルダイブってやつよ」
「わからん」
「仮想空間に入って楽しい幸せな世界に没頭して、ずっとずっと仮想空間で遊びっぱなし」
「こっちの世界に戻ってこなくなったのか」
「私も少しだけその世界に入ったことあるけど、まあ、なんというか・・・人としてダメになるわね」
「どんな世界なんだ・・・」
「仮想現実の世界に、さらに別の仮想世界への扉があって、その人の趣味趣向に合わせて何パターンも世界があるのよ」
「それって誰が作ってるんだ、労働してる人はいないんだろ?」
「その仮想空間を作ったのは、ジルコンよ」
「ジルコンってアプリだろ?」
「そうよ、世界最大のね。ジルコンが収集した個人データを基に、その人が一番楽しいと感じる世界を作る。あなたの潜在意識に眠る、あなたの好きな世界を望むままにってやつね」
「それでみんな戻ってこなくなったのか?」
「でもね、戻ってこないといけないのよ。トイレとか食事とか、お風呂とか」
「それがあったか・・・もしかして、それも嫌だって言いだしたのか?」
「彼ら大衆はそこまでのおバカさんではなかったみたいで、理由を思いついた」
「理由?」
「私たちは死が怖い。もう肉体は要らないから、金属だけになって死なない体にしてくれってね」
「本当はトイレに行きたくないだけ?」
「どうなのかしらね」
「それであの体になったのか」
「あの体は電気だけで生きていける。自然環境に最も優しい。全員金属の体にせよって命令だった」
「取って付けたような正義だな」
「あの体は、仮想空間だと自由もある程度効くんだけど、現実空間だと制約を多く受けるの」
「制約?」
「法律違反は全て出来なくなるし、感情も抑えられてしまう」
「あの禁止されてるパネル操作も出来ないのか」
「あれは、DNAに書き込まれた動物的本能ね」
「動物的本能?」
「あの柄と色を見ると動物的本能がものすごい勢いで反応するの」
「怖いのか?」
「絶対に触るな、これ以上近づくなって体が硬直する」
「マリーにも解除できないのか?」
「天才が絶対に解除できないセキュリティーとして作ったのよ」
「なるほどな」
「世界の全員を機械の体に変えて、その時はもう労働を強いるのは悪ってなってたから、重要施設の管理AIを管理する人を募集した。その管理人に立候補したのは女性だけだった」
「女性だけって、何でだ?」
「男の人って心が弱いじゃない、それを暴力とか富とか権力とか、いろいろなものでガチガチに武装して生きてるじゃない」
「何とも言えんが」
「DNAの改変で暴力性とか欲望とか、男の人のほうが強めに改変を受けたのよね。それで、男の人は心の力を失ったのよ」
「心の力ねぇ・・・」
「志願者は女性だけだったけど、責任感のある女性はまだ多くいて、交代勤務で1カドリニごとに交代する決まりだったけど」
「カドリニって前にも聞いたな」
「1カドリニは地球で約5年ね。でも交代する予定の1カドリニが経っても2カドリになっても、誰も仮想世界から戻ってこなかった」
「2カドリニって10年ってことだろ? どのぐらいの間、留守番してたんだ?」
「もうすぐ23カドリニになるわね」
「それって・・・」
「女の人に年齢を聞くなバカーーーーー」
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俺はテルルとマリーと、眠る双子を見守りながら幸せな日々を送っていた。
その時俺のベッドの横にはテルルがいて、2人で天井を見ていた。
テルルは今まで俺に、トランという星の歴史をゆっくりと話してくれた。
トランの人類が歩んだ道、人類の進化の道、前に進むからにはゴールがある。これ以上進めなくなる場所がある。
それがゴールなのか、ハズレの行き止まりなのか。クリアなのかゲームオーバーなのか。
進む道の中で発明された3Dプリンター、何でも作れるボロン。まったく同じ物を作れるボロン。
「なあ」
「なに?」
「俺もコピーなんだろ?」
少しの間があった。でもテルルは起き上がって、コクリと頷いた。
「怒る?」
「いや・・・でも・・・」
「あなたは確かにコピーして作られた。そして作ったのは私たち」
「そうか・・・」
「それであなたが不快な思いをするだろうってことは、私たちにも予想できた」
「俺は、不快なんだろうか・・・まだ少し混乱してる」
「でもね、地球にいるオリジナルと、私の前にいるあなたは、どっちが偽物とかってことじゃないの。両方本物なのよ、体を構成する元素一粒までね」
「地球にも俺がいて、今も生きてるって事か」
「そうね、普通に生きてるはず」
「普通に生きてる・・・」
「あなたをスキャンした瞬間、少しピリッとしたかもしれないけど、それだけね。あなたは山を登ってたんだっけ?」
「そうだ。秋の山を登って、仕事で写真を撮ってた」
「地球のあなたは、そのまま写真を撮って、山を下りて、普通に暮らしてるはず」
「そうか・・・」
俺は、地球の俺が何も知らず、スキャンされたともコピーされたとも知らず、何事も無かったように平凡な日々を生きてることを想像した。
「なあ、テルル」
「はい」
「俺はこの星に来て、テルルと会って、テルルと車で旅をして、この星の地球には無い珍しいものを色々見た」
「そうね」
「地球と同じ物も多かったけど、同じだからこそびっくりした」
「私たちも地球のテレビを見た時、同じ過ぎてびっくりしたわ」
「そしてここでマリーとも出会って、ここの生活も嫌いじゃない」
「よかった」
「最近じゃストルン少佐とプロメも来て、ここも賑やかになって・・・俺はマリーと子供まで作った・・・」
「元気に生まれるといいわね」
「俺はな、ここに来てからの毎日が、すごく楽しかったんだ」
「私も楽しかった」
「地球の俺と、こっちの俺と、どっちが楽しい人生を送ってるかって言ったら、断然こっちだと思う」
「本当?」
「地球の俺に、交代しろって言われたら、絶対に断るぜ。こんな楽しい出来事、オリジナルになんか、絶対に譲ってやらんって思う」
「そこまで言う?」
「絶対にイヤだね。それにテルルも譲ってやらん」
「俺の所有物みたいな言い方、しないでよ、ね!」テルルが俺の脇腹にパンチを繰り出した。
「イテテ」
テルルが隣で笑っている。声を出して笑っている。
俺も笑った。声を出して笑った。2人して笑った。
俺は心の底から笑った。人生を楽しんで、心の底から笑った。
俺は、今この人生に幸せを感じてる。
それがすべてだ。それでいいと思った。
俺は、愛するテルルを優しく抱きしめた。
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