第16話 天才です

 俺たちは最上階のラウンジに上がった。ストルン少佐の命令だ。

 ラウンジで食事をしながら話すことにした。


「太陽を見るのは久しぶりなんだ、ずっと夜の側にいたからな」


 ストルン少佐はピラフのようなものを食べながらそう言った。


 窓の外を見ると、相変わらず太陽は低い位置にあり、空は夕焼けに染まっている。

 空を赤く染めるキリアという名の太陽。地球の太陽の10分の1の質量なんだそうだ。それで赤が強いらしい。

 自転しない星トラン。潮汐ロックだっけ、地球の月と同じ理由で惑星の同じ面をずっと太陽に向けている。太陽は常にそこにあり、移動はしない。この場所に夜は来ない。

 地球でも白夜ってのがあるけどな、あれは太陽が移動するな。


「プロメって言葉は、前にもどこかで聞いた気がする」

「プロメは惑星直列ね。潮汐力で大きな嵐が起こるって前に話したわね」

 テルルとの話で出てきた単語らしい。すっかり忘れている。


「嵐って名前だ、かっこいいよな。ちなみにストルンは大波って意味だ」ストルン少佐が説明した。


「少佐、夜の側ってのはどうなってるんだ?」

「どうってのは?」

「雪がすごいのか?」

「いや、場所によってだな。一番寒い所は乾燥していて雪も降らない」


「昼側から周ってくる雲が夜の側に雪を降らせますが、雪を落とした後は乾燥した空気が夜側を抜けて昼側まで戻ります」

 プロメが説明してくれた。プロメはストルン少佐よりも知的で品がある感じがする。そして少佐よりも大人しい性格みたいだ。


「昼側でも場所によっては、夜側の空気の影響ですごく寒い場所がありますね」


「夜の側にも人が住んでるのか?」


「そりゃそうだ。工業地帯や軍事施設は、夜の側の地上に作ることが多い。住居や街は地下だな。それに地上の山の上には、天体観測の大きな施設もたくさんある」

 ストルン少佐がプロメを指さして言った。


「私がいた所は天文学の研究所で、この星で一番大きな施設でした。そこの維持管理をして起きてたんです」


 起きてたってどういうことだ?


「私は軍事施設だな。防衛衛星の稼働状況は私がチェックしていたんだ。壊れることなんてないけどな。プロメはここに来る途中で拾って来たんだ」


「防衛衛星って、今でも隣のナーヌからミサイルが飛んでくるのか?」


「いや、ぜんぜん飛んでこない。つまらない仕事だ」


 2人は、タイプは違うがテルルやマリーに負けず劣らず美人だった。美人というよりカワイイ感じだ。

 同じような顔なのだが、プロメは伏し目がちで儚さがある。ストルン少佐は目がクリっとしていて愛嬌がある。

 プロメはおしとやかな雰囲気だけど痩せてはいない。よく見るとグラマラスだ。

 ストルン少佐はバンキュッバン!みたいな生命力で満ち溢れていた。


 2人は顔や雰囲気が全然違うが、双子ってことは2卵生なのかもしれない。美人姉妹だ。


「なんだか、この星は美人ばっかりだな」


「なんだ、美人はキライか?」


 マリーが大きなステーキを食べながら言った。


「そんなことは無いが」


「話した通り、DNAで顔の作りは大きく変えられるんだよ」


「いじってるのかよ!」


「地球の整形手術とは違うぞ、生まれた時からこの顔だとDNAを書き換えてあるんだ」

「それって違うのか?」


「この顔が、ちゃんと子供に遺伝する」

「すごいな・・・」


 テルルは親子丼の味のグラタンみたいな見た目の食べ物を食べていた。初めてテルルに会った時もこれを食べていた。好物らしい。


「DNA技術の発達で、子供のDNAも調整して生まれるようになったの」

「生まれた時からイケメンに出来るのか」

「顔より重要なのは健康に関することだけどね。顔なんて年頃になったら自分で変えればいいし」

「そうか」

「そこからしばらくして、男女平等の考え方で、女性だけ出産という苦しみを味わうのは不公平だってなったの。そして出産が無くなった。子供は培養液で作るのね。そして、女性だけの生理も不公平だってなって、女性の子宮は機能しない臓器になったの。これも法律で薬を飲まされた」


「それでテルルはマリーに頼んで無くした子宮を取り戻したのか」

「そういうこと」


「マリーは?」

「私はいろいろと裏技を使ってな、子宮があるときの体のデータを残した。セーブポイントってやつだ」

「セーブポイント?」

「プロメの作った機械だ。プロメは天才科学者なんだよ」

「そんなことないです」プロメは少し顔が赤くなった。


「2人も取り戻すのか?」

「私たち2人も子供を産める体を取り戻す予定ですが、私はまだ子供を作るつもりはありません」

「私はガンガン子供を産むよ!」少佐が両拳を胸の前で合わせた。「でもな、トミー軍曹とはゴメンだな!」


「俺だってゴメンだぜ」


 俺が全員に子種を提供するわけではないらしい。



「それで、世界最大のボロンを動かす人ってのが来ると聞いてたんだが、どっちだ?」


「私です」


 天才科学者のプロメが小さく手を挙げた。



 プロメは俺に、ボロンの長い説明をしてくれた。


-------


 ボロンというのは、地球で言う3Dプリンターです。それの完成形です。


 究極の3Dプリンターであるボロンを作り上げるまでには、多くの人が多くの時間を費やしました。

 でもジルコンという神アプリによって、世界は適材適所が進んでいましたから、多くの才能ある人々が3Dプリンターを進化させていきました。


 最初はプラスチックでの立体物の成形から始まりましたが、徐々に使える素材を増やしていきました。

 いろいろな素材で立体物を作れるようになると、今度は複数の素材を使った立体物の作製に挑戦しました。最初は小さなペンから始まって、段階を経て複雑な電化製品まで作れるようになりました。


 つまり、3Dプリンターで3Dプリンターを作れるようになったわけです。


 それでも、何でも作れるわけではありません。

 3Dプリンターで3Dプリンターを作るときには、3Dプリンターに使われている素材をセットしないといけません。

 プラスチックや、ゴムや、何種類かの合金や、色々なものをセットしないと作れません。


 素材は作れないんです。


 私たちはその壁を越えようと研究しました。そして3Dプリンターの中で、化合物や合金やタンパク質まで作れるようになりました。


 素材を3Dプリンターの中で作り、その素材を使って立体物を作れるようになったのです。


 そしてここに、一人の天才が現れました。


 私ですが・・・


 私には、みんながどうして苦労しているのか分からなかったのです。

 私は、私の頭の中にあるものを作っただけなんです。3つだけ。

 まわりが天才だ天才だって言いましたが、私には理解できなかった。


 あまりにも天才天才って言われて煩わしかったので「そうです、天才です。それで、ご用は何でしょう」って言ったんです。そしたら、周りの人が天才天才って言うのをやめてくれました。


 私は頭の中にある3つの機械を作りました。多くの人の協力のもとにです。一人で作ったわけではありません。


 作った3つの機械は、ボロン、フラッシウム、スカッシウムです。


 ボロンは作り出す機械。

 フラッシウムは作り出す対象をスキャンする機械。

 スカッシウムは分解する機械。


 この3つがセットで機能します。


 ボロンは、元素一粒ずつ立体物を組み立てます。

 そのためには対象の元素が何と何で出来ているか知らなければいけません。そして元素同士がどう結びついているか正確に知らなければいけません。


 実を言えばボロンよりフラッシウムのほうが作るのが大変でした。

 フラッシウムは対象を元素一粒から記憶します。膨大なデータ量です。それを一瞬でスキャンして一瞬で保存します。そしてその保存したデータをもとに、ボロンで同じ物を作成します。


 そのボロンのための材料を集める機械がスカッシウムです。みなさんはゴミ箱と呼んでいます。


 地球でも学校の授業で、元素の周期表を覚えますよね。水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、窒素、酸素、フッ素、ネオン・・・・

 物質を元素まで分解して、中のカートリッジに別々に保存します。これがスカッシウムという機械の機能です。


 フラッシウムでスキャンするときは、素粒子を使います。


 素粒子の性質に詳しくなったので関係ないものをひとつ作りました。

 プラセオという通信機です。光の速度を超える通信機です。

 使うことなどほとんど無いですが、トランとナーヌの惑星間通信では使っています。


 地球からテレビのデータを送ってきているのも、プラセオです。



-------


「2人の子宮再生の準備ができるまでまだ少しかかる。もう少し待っていてくれ」


 マリーは研究室でいろいろと準備をするらしい。


「了解した。体を満喫するとするか、プロメ、あとでゲーセンいこうぜ」

 プロメは暖かい飲み物の入ったカップを両手で持ちながらコクリと頷いた。


「このメンバーは昔からの知り合いなのか?」


「この3人はな、私の患者だったんだ」

「患者って、病気だったのか?」

「そうだ。小児がんってやつだな」

「がんってトラン人もなるのか・・・」


「そりゃそうだ。がん細胞ってのはな、常に体のどこかで生まれてる。誰でもな」

「誰でもなのか?」

「そうだ。通常だと体はそれに勝てるんだが、生まれた時からDNAのスイッチが間違ってしまってるんだな、勝てないんだ」

「免疫力とかか?」

「誰しもが、がん細胞と常に闘ってるが、誰でもいつでも勝てるわけじゃないってことだ」

「そこでDNAの書き換えか」


「DNA治療でみんな完治して退院したんだが、みんな大人になってからもよく遊びに来てくれてな、雑談に花が咲いた」

「仲良しって事か」

「まあ、定期健康診断も私がしていたしな」


「定期健康診断ってこの星にもあるのかよ」

「地球と変わらんと言ってるだろうが」

「昼と夜が無いこと以外、本当に同じだぜ」

「違う所もたくさんある。探せばな」



「それで、いつごろ2人は眠るんだ?」

「しばらく準備のために研究室にこもるからな、2人はゲームセンターでも日光浴でも、好きにしててくれ」

「了解だ!」

「準備が出来たら呼ぶからな。寝る部屋も用意するからテルルに案内してもらってくれ」

「何から何まで、ありがとうございます」

「気にするな、楽しんでる」



 それからしばらくの間は、俺とテルルと少佐とプロメの4人で過ごした。

 スポーツしたりゲームしたり買い物したり、2人も取り戻した肉体を楽しんでいるようだった。


 少佐は元気いっぱいで声が大きく、プロメはおとなしいという対照的な双子だが、スポーツやゲームをすると、2人はほとんど互角だった。

 そして2人は俺とテルルよりも、ものすごく強かった。

 双子対俺とテルルのダブルスでスポーツの試合をすると、必ず双子チームが圧勝した。 



 少佐とプロメは軍属だということだった。

 プロメはミサイルや防衛衛星を作る人だって話を前に聞いた。忘れていた。


 その為、暴力性の排除や生殖行動に付随する強い感情ってやつの排除は受けていなかった。テルルが取り戻したジェラシーのことだ。

 2人は肉体強化を強めに受けていて、それは消さないということだった。スポーツで2人に勝てなかったのはこの為だ。


 マリーが言うには、2人はテルルよりも取り戻す改変が少ないから、少しだけ早く起きるだろうということだった。


 そんな中で、テルルの初潮が来た。


 テルルがマリーに状態を見てもらうと、機能は問題なく完璧だということだった。



 そして2人の寝る準備が出来た。


「寝る!」

「おやすみなさい」


 2人が眠りについた。



 2人が長い眠りについてしまうと、俺はテルルと子作りをした。

 テルルとの子作りは素敵な時間だったが、テルルはマリーほど積極的ではなかった。マリーがすごすぎるのだ。


 テルルはマリーと研究室にこもる時間が多くなった。俺の子種を突っつきまわして遊んでいるのかもしれない。



「DNAの改変はな、2例成功すればほとんど完成だ、わたしぐらいになるとな。地球人と子供を作る子宮は完成ってことだ」


 マリーのお腹は少し大きくなっていた。




 

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