第14話 DNA

 テルルが眠り、マリーと二人だけの生活が始まった。


 マリーは、地球の時間で3日に1回ぐらいの間隔で俺の部屋に真っ赤な服で現われた。そしてマリーは俺の子種を文字通り搾り取っていった、何回も。


「なんで真っ赤な服で現われるんだ?」

「お前だって真っ赤な下着を履いているだろうが」

「店には赤いトランクスしか売ってないだろ」

「この星では赤は性欲の象徴なんだ。男はいつでも赤を履いているが、それは男としての、なんというか、姿勢、みたいなものを表しているんだ」

「姿勢?」

「自分はいつでも行けるぞっていう欲望に対する姿勢だな。若者はもちろんのこと、歳を取って元気がなくなったとしても、自分はまだまだ行けるぞって死ぬまで赤いトランクスを履くんだ。まあ、伝統だな」

「そりゃまたすごい伝統だな」


「地球人だって、昔からの伝統で子孫繁栄を表現したいろいろな風習が残ってるだろ?」

「そうなのか? アフリカの少数民族とかの話か」

「いや、きっとネクタイにだってそういう意味合いがあるはずだ」

「そうなのか?」

「トランにはネクタイは無いがな、地球人の男しかネクタイを着けないのを見てすぐに性の象徴だろうなって感じた」

「見慣れるとそんなこと考えもしないが、最初はそうだったのかもしれないな」


「さあ、休憩は終わりだ。もう1回だ」


 マリーは俺の子種を枯れるまで搾り取った。搾り取っては研究し、研究しては搾り取った。そして何回か血も抜かれた。


 地球人とトラン人とでは、そのままでは子供ができないようだった。


 マリーは多くの時間、研究室にこもり、研究をしながらテルルの状況に気を配っていた。


 俺は暇な時間をショッピングフロアにあるゲームセンターで時間を潰した。

 音楽に合わせて体を動かすゲームにハマり、それに飽きると、銃でモンスターを倒すゲームにハマり、レースゲームにハマり、ロボットを操縦するゲームにハマり、暇な時間を潰した。

 ゲームセンターの隣にはスポーツジムもあり、ランニングマシーンや筋トレの設備もあった。運動不足にならないように、俺は体を動かした。


 ゲームセンターで体を動かし、スポーツジムで体を動かし、マリーと運動し、のんびりしたい時にはマリーの研究室で眠るテルルを見ながら過ごした。


 トランの映画やテレビの録画映像もあったが、残念ながら日本語字幕は付いていなかった。

 ショッピングフロアには本屋もあったが、もちろん読めなかった。


 俺はテルルを待ちながら延々と時間を潰した。ゲームに飽きてくると、マリーの研究室で日本のテレビを見て時間を潰す機会が増えた。



 そんな長い時間の中で、マリーはDNAの話を少しずつしてくれた。


 専門用語が多く、覚えるのに難儀した。覚えの悪い俺に、マリーは何回も同じ話をして、俺も多少は覚えた。要約するとこんな感じだ。


-------


 なあトミー、すべての生き物の体ってのはな、DNAにしたがって作られてる。


 単細胞の単純な生き物から、人のような複雑な生き物までな。


 人の体ってのはものすごく複雑なんだ。知ってるか?


 そのものすごく複雑な体を作り、維持し、動かすための情報がすべて小さな小さなDNAに書き込まれてるってわけさ。


 DNAってのは細胞の中に入ってる。

 そして体を構成するいろいろな物質が細胞の中で、DNAに書き込まれた設計図を見て作られてる。

 体に必要な栄養だったり、体の部品だったり、ただの連絡用メッセージだったりするんだが、それが小さな細胞の中で作られて、細胞の外に放出される。


 細胞ってのは、ひとつひとつが極小の3Dプリンターなのさ。


 それが体の中で、必要なものを必要な時に必要な分だけ作ってるのさ。


 そしてそのバランスが崩れたときに、人は病気になるんだ。


 地球でもDNAの解読は進んでるみたいだが、もう少しだな、結構なところまで近づいてる。


 私たちも昔、地球人と同じように必死にDNAを研究してた。長い長い間な。



 そしてな、ある時、私たちは全てのDNAを読み解くことが出来るようになった。

 読み解くってのは、理解したってことだ。ゴール地点だな。


 ゴールがスタートって話もあるがね。


 それでも私たちは、ゴールにたどり着いた。

 DNAに書かれている文字を読めるようになった。意味がすべて分かるようになったのさ。膨大なデータ量だ。

 私たちはそれを理解し、好きな場所を書き換えられるようになった。いや、それを目指して研究してたから、それがゴールだったからそれで良かったんだがね。



 その力を手にして私たちが最初にやったのは、幼い子供の治療だった。生まれながらにして病気の子供だ。


 彼らはDNAの設計図が間違ったまま生まれてきちまってた。だから薬じゃなかなか治らないんだ。

 だけどね、DNAの間違っている部分を修正してやると、子供の病気はウソみたいに治っちまった。うれしかったね、どんな病気でも治すことができた。

 正常なDNAとその子たちのDNAを比較して、問題になってる間違ったDNAの場所を探して、正常な子供の情報に書き換えてやるんだ。それだけでよかったんだ。


 小児科の難病患者ってのがいなくなったよ。



 次に薬の効かない難病になった患者の治療だ。ここはそういう施設だからね。

 長い間、治らない病気に苦しんでる人たちが、研究もかねて収容されてる場所だからね。


 彼らはどんな薬を投与してもいろんな数値に異常が出てたりする。

 筋肉が徐々にしぼんでいったり、骨が脆くなっていったり、逆に骨が太くなっていったりね、自然治癒力がほとんどなくて風邪がいつになっても治らない、治せないってのもあるし、満腹中枢が動かなくていつでも腹ペコってのもあるね。


 そういう難病もね、DNAの異常な場合がほとんどだった。変なスイッチが入っちまってるんだな。

 DNAにはさ、スイッチがあってさ、オンオフを制御しながら調整してるんだ。それで体のバランスを取ってる。普通の人はな。


 でも彼らのスイッチは壊れてるんだ。必要なものを作れなかったり、必要のないものを作り続けたりさ、それで体のバランスが崩れて病気になっちまったり、病気が治らなかったりするんだ。


 それで、長い時間はかかったけど、壊れたスイッチを治すことに成功した。この病院の難病患者もほとんどが回復した。

 これもうれしかったね、最高だったね。

 みんなが笑顔だった。

 夢かと思うほどにね。


 この技術はナーヌにも提供した。戦争相手の隣の星さ。


 戦争は冷戦状態だったし、経済や物流の貿易はあったからね。

 軍部の意向もあって、いくつかの交換条件と引き換えに貴重なDNA技術を売ったんだ。きっとナーヌは高い金を払ったと思うけどね、それでも平和的な出来事さ。


 2つの星で多くの難病患者が苦しみから解放されたんだからね。




 DNA治療は徐々に世界に広がっていった。


 各地でいろんな研究者が技術を応用して、様々な病気の治療法を確立していったんだ。


 DNAの治療ってのは生まれながらの病気に強い。


 施設に入っているような障害者の治療だな。体を動かせなくなるような脳の病気にも強いんだ。

 リハビリに時間はかかるが、寝たきりで体の不自由な患者は徐々に動かせるようになった。

 発達障害にも効果を発揮した。声の発し方や感情制御など、少しずつだが改善されていった。

 腕や足は生えなかったが、培養液で腕や手を作り出し、移植する研究もされた。その研究が完成するまでにはかなりの時間がかかったがね。


 刀でスパッと切られた時、すぐにくっつけたら大丈夫って話があるだろ? あれの応用で、結合部をスパッと切って新しく作った腕をくっつけると腕が生えるのさ。

 生まれながらの場合はDNAのいくつものスイッチを切り替えないといけないがね。徐々に新しく接合した部分と神経がつながって動かせるようになる。


 時間はかかるが、多くの苦しんでいる人の絶望が、徐々に希望に変わったんだ。世界が希望に満ち溢れていたね。



 それから世界ではゆっくりと、重病患者以外にもDNA治療が行き届くようになっていった。ありふれた病気の治療にも技術を応用するようになったのさ。ボケとかさ。


 高齢で脳の働きが悪くなっているのもさ、高齢で元気な脳って人を探して、そのDNAを分析すれば違いが分かる。違いが分かれば治療して回復させることが出来るんだ。


 さらに高血圧や、糖尿病や、貧血も、その辺の大きめな病院ならDNA治療ができるようになった。


 体質改善ってやつだな。


 たとえば、親戚みんな高血圧ってのがあるだろ? あれは遺伝だな。そして遺伝ってことは、DNAにそう書かれてるってことなんだ。DNAに書かれているのなら、書き換えることが出来るんだよ。


 例えばそうだな、毎日家族で同じ料理を食べていても、ひとりは高血圧になって、ひとりは糖尿病になって、ひとりは貧血になることがある。

 それは食べ物のせいじゃなく、DNAに最初から書かれているんだよな。

 若いうちはスイッチがオフになってるから表には出てこないが、ある時スイッチが入ってしまうと、病気が表に出てくる。自分ではそのスイッチは動かせないんだ。


 私たちは、そのスイッチを自由に動かせるようになった。とんでもないことだよ。



 マリーは俺にゆっくりとDNA治療の話を聞かせてくれた。その歴史の話を。

 俺はあるとき、マリーに聞いてみた。


「体質を改善できるってことは、アレルギーも治せるし、運動神経が悪いのも治せるって事だろ?」

「その通りだ。運動神経が悪いのも、頭が悪いのも、記憶力が悪いのも、体が病弱なのも、胃が弱いのも、肝臓が弱いのも、何でも治せるって事だ」


「体質改善は、ちょっとやりすぎじゃないのか?」

「それで苦しんでる人がいて、治せる技術があったら、治すんだよ。医者はな」

「そういうもんか」

「そうなんだ」


「でも全部は治さないんだろ?」

「そりゃあな。基本的には、よっぽど酷いのだけだな。生活に大きな支障が出ている場合ってやつだ」

「なるほどな」


「でもな、発達障害を治療するところで問題が出てきた」

「発達障害?」


「どこまで治療するのかって問題だ」

「どこまでってのは、どこまで頭を発達させるかって事か?」

「いや、どのレベルの患者まで治療するかって問題だ」

「ちょっとだけ障害があるのと、ただのバカとの違いって事か」


「そういうことだ」


 マリーと俺はその時も研究室にいて、お茶を飲みながら話していた。

 近くにはテルルが細くて長いバスタブに寝ていて、蓋が少しだけ開いていた。テルルには栄養補給の点滴がされていた。


「例えばな、ほんの少しの障害がある子供は普通の学校で普通の友達と暮らすだろ?」

「地球ではそうだが、ここでもそうなのか?」

「そうだ。初めて地球のテレビを見たときは驚いた。同じ過ぎてな」

「不思議だな」

「そうでもないさ。それもDNAに書かれているんだ、きっとな」

「どういうことだ?」

「全てはDNAに支配されているってことだ」

「よくわからないな。それで、普通の学校に通う障害のある子供の話はどうなった?」


「うん。一般の学校に通う軽い知的障害の子が、成績が悪かったとする。そして、その子を治療したとする。するとな、成績は上がるわけだ」

「そりゃな」

「そうすると、クラスで最下位の成績の子供の親が言うわけだよ」

「何を?」

「うちの子もこんなに成績が悪いのは障害があるからです。治療してくださいって」

「はあ・・・」

「そりゃ、厳密に言えば、障害が無いとも言えないんだこれが」

「どんな障害だ?」

「記憶力障害や、注意力散漫や、いろんな原因の場合があるから何とも言えないが、個性があるってことはDNAが他とは大きめに違うってことだからな、修正可能ではある」


「修正?」


「それを個性と呼ぶのかバカと呼ぶのかは、その親の考え方しだいとも言えるな」

「勉強はできないが、運動神経はバツグンってのもいるだろ?」

「そうだな。だけど、運動も勉強も、両方バツグンってのもいるだろ?」

「たしかにな。あれも遺伝なのか?」

「遺伝とランダムな変異と、まあ偶然って捉えてもいいがね。努力とは関係のない基本スペックってやつだな」


「それでその、クラスの最下位の勉強のできない奴も修正したのか?」


「そこで長い間もめたんだよ。その最下位な子供を治療したとする。するとな、新しい成績の最下位が現れるわけだ。その子の親も、うちの子もお願いしますって言うわけだよなきっと」

「そうか?」

「じゃあ何番目の子供まで修正すればいいんだって話になる」


「そうか。線引きが出来ないのか」

「そうなんだ。トミーならどこで線を引く?」


「そうだな・・・じゃあテストの30点以下ってことにしたらどうだ?」

「31点の子の親が文句を言うだろうが」

「平均点以下は?」

「次のテストで平均点が上がるだろうが」

「うーん・・・」


「だから、答えが出ないんだよ」



ザバァァァァァァァ 後ろで大きな音がした。


 テルルが起きた。


 9か月は経っていなかった。おそらく8か月ぐらいだ。




「起きたねテルル、おはよう」


 マリーが心電図みたいなのが表示されてる機械を操作しながら言った。


「おはよう」俺も挨拶した。


 テルルはマリーを見て、俺を見て、部屋を見渡した。


「ごほっ、ごほっ、おがおう」


 寝起きは声がガラガラのようだ。

 マリーが小さな冷蔵庫を開け、テルルにペットボトルの水を渡した。テルルはそれをゆっくり飲んだ。


「おはよう、うは、裸!」


 テルルは胸を隠して俺を睨んだ。あっちを向けということらしい。俺は素直に従った。


「私の服、どれでも着ていいよ。予定より少し早いが、ここまでくれば安静にしてなくてもいい」

 マリーがクローゼットを開けるボタンを押した。部屋の奥の壁が大きく開き、ウォークインクローゼットというにはいささか大きすぎる洋服部屋が現れた。


「うわー、いっぱいあるわねー」

「まだ油断はできないが、初潮が来れば完成だ」

「初潮?!」

「2回目だがな」

「何だか恥ずかしいわね」

 そう言いながらテルルはクローゼットに行って、マリーの服をいくつか借りて着替えた。その間、俺はまた壁にかかったモニターに映る地球のテレビを見ていた。


「もういいわよ」


 テルルの声に振り向くと、テルルが着替え終わっていた。白のブラウスに真っ赤な短めのタイトスカート、その上にマリーと同じ女医の白衣だった。そしてメガネをしていた。


「強そうでしょ?」

「メガネがな」

 マリーと同じ格好をしていたが、テルルは体が細い分、マリーのように強そうには見えなかった。


「ちょっと大きいわねこの服」テルルがマリーに言った。

「胸と尻がな。でも太るから大丈夫だ」

「太る?!」

「女性ホルモンの分泌が多くなるからな、脂肪が付きやすくなる」

「エー、いやだぁ、最初に教えといてよぉ」

「別にいいだろうが、私みたいな筋肉質にすることもできるぞ?」

「それは、迷うわね・・・」

 テルルは真剣に悩んでいた。



「子供出来た?!」

 テルルが思い出したように大きな声で聞いた。

「いや、まだだ」

「あら、ダメなの?」

「細胞分裂がな、なかなか順調にいかないんだ。それで、トミーの精巣を少しだけいじるかどうか悩んでる」

「俺の玉をどうするって?」

「まあまあ、気にするな」

「気にするぜ」



「おなかすいたー」



 久しぶりにテルルと3人で食事をした。ファミレスだ。

 注文するとき、メガネをかけたテルルはいつもより少しやりずらそうだった。


「体内に同化させていたモコソを取り出したの。だから今までと少し勝手が違うのよ」

「同化って埋め込むのと違うのか?」

「少し違うわね」


 テルルが注文に手間取っていると、マリーが横から操作してテルルの料理をマリーが選んでしまった。

「ゆっくり食べろよ、胃がびっくりするからな」


 マリーの命令でテルルは消化のよさそうなものをゆっくりと食べた。


 テルルは自分の眠っている間のことをマリーに色々と質問した。それにマリーは丁寧に答えた。俺との夜の営みもマリーは豪快に笑いながら話し、俺は隣で顔が赤くなった。


「来たわ、ジェラシー!」

「お、成功だな」

「取り戻したのって、ジェラシーなのか?」

「そうよ、そのうち燃える嫉妬心でどっちかを殺しちゃうかもしれないわよ」

「シャレにならん、やめてくれよ」


「でもまあ、嫉妬心の強さもDNAに書かれてるってことなんだ。テルルが取り戻したのは繁殖行動に付随する強い感情ってやつだ」

「眠っている間に、その辺の話もしたのね」


「そうだな。先天性の治療、小児病と障害者、一般のありふれた病気の治療、知能障害の治療をどこまでやるかの問題を話してる時に、テルルが起きた」


「なるほどね、そこからは大衆心理が大きく絡んでくるから私にも話をさせてね」

「そっちの問題はテルルに頼む」


「頭は良くないんだが・・・」


「DHAを飲んだだろうが」

「効いてるか?」

「どうだかな」




 

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