第13話 おやすみ

 俺たちはここにたどり着くまでに、結局2か月以上かかっていた。


 俺がこの星に来たのは紅葉のきれいな10月の中旬だったが、さっき見たテレビはもうすぐクリスマスだと言っていた。CMではいろいろなサンタがいろいろな商品を宣伝していた。


 食事を食べ終わった後も、お茶を飲みながらマリーはテルルから旅の話を聞いた。2人はすごく楽しそうだった。そんな笑う2人の様子を俺がじっと見ていると、マリーが俺の視線に気づいた。


「生きてるって感じがする、トミーありがとうな!」

 マリーは俺の目を見て言い、俺の肩を強く叩いた。


「さっきの姿では笑えないんですか?」俺はマリーに聞いてみた。

「笑えないんだこれが」

「あれは何なんです?」


 マリーはテルルの顔を見て、話していないのかという顔をした。


「私には難しくて、正確に分かりやすく話せないのよ」

「そうか、じゃあ何の話をしてある?」


 2人の顔が少し真剣になった。


「私の専門分野がメインね。この惑星の地球との違いのことや、この星系の惑星のことや、歴史のこと。ニオンが温暖化暴走で住めなくなって、ナーヌとトランに逃げ出して、そこで文明を新しく築いて、人口が増えて戦争して、科学技術が上がって惑星間戦争が始まって、あとモコソの登場から少し」


 俺が旅の途中で聞いた話だ。


「モコソはジルコン?」

 マリーが聞いた。モコソの問題点といえばジルコンらしい。神アプリってやつだ。


「ジルコンの途中までね。爆発的に普及して大衆がジルコン様の言うがままに動くようになって、いいことも悪いこともあったってところまで」


「社会問題の解決までか」

「そうね」

「うん、けっこう長い話だったな」

「そうね、旅の途中で少しづつ話したのよ、トミにも分かるように」


「そうかそうか、じゃあ私の番ってわけだな!」

「お願いできる?」

「専門家だからな!」

「さっきトミにあなたのことを少し話したのよ、全ての病気を治せる人だって。そうしたら、神か!って言ったわよ」

「人間だよ私は。そしてトミー、君のおかげで私は人間らしさを取り戻せた」


 マリーは立ち上がって俺の手を取り「ありがとう」と言って俺の手をブンブン振った。


「それで、あの小さな姿は何か聞いても大丈夫なんですか?」

「うん・・・うん・・・いいんだが・・・どうするかな・・・」

 マリーは顎に手を当てて、話す順番を考えているようだった。


「うん、最初に大切なことを言う」

「何です?」


「私と子供を作ってほしい!!」


「はい?」


「私と子作りをしてもいいし、イヤなら精子の提供だけでもいい!」


 俺は助けを求めてテルルの顔を見た。テルルは真剣な目で俺を見返してきた。


「この人は何を言ってるんだ?」

「前に、私には子供を作れないって言ったこと覚えてる?」

「ああ」

「マリーは作れるのね」

「いや、そういうことじゃなくてだな・・・」


 美女と子作りはイヤではないんだが、何が何だか。テルルは俺とこんなに長く生活していたのに、俺とマリーがそういうことになっても怒らないのだろうか。いや、そもそもテルルとは何も無いけども。無いけれども、俺の頭がすごく混乱している。


「そして私も、ここで子供を作れる体に戻れる予定なのね」

「はい?」

「時間はかかりそうなんだけど、そうしたら私とも子供を作ってほしいのね」

「はい???」


「まあまあ、そう興奮するな、少し落ち着け!」

「落ち着けるか!」

「そんなこと言っても少しは嬉しいんだろ?」

「そ、そんなことは・・・」だめだ、顔が少しニヤけてしまった。


「よし! 男はそうでなくっちゃな! こんな美人が2人も子供を作ろうと言ってるんだ。喜べ!」


「やったぜ!」俺はやけくそになって叫んでみた。


 顔がやはりニヤけた。どうやら俺は嬉しいらしい。





「それで、なぜ俺と子供を作る?」


 俺は頑張って冷静さを取り戻し(その為に冷たい飲み物を2杯飲んだけれども)あらためてマリーに質問した。


「それに、地球人とトラン人って子供を作れるのか?」


「うん、それも実験のうちなんだが、最初の質問に戻る」

「最初の質問?」

「あの姿は何なのかってやつだ」


「小さな黒い体、重いやつだな」


 俺は小さな黒いマネキンを思い出した。テルルを持ち上げたときは重かった。18キロって言ってた。


「重くないぞ」マリーが言った。


「トミ、女の人に重いって言っちゃいけないって知ってる?」


 テルルがまた怒った。


「あの姿でもダメなのか?」

「ダメに決まってるじゃない!」テルルが大声で言った。


 マリーはそんなテルルを見て笑った。



「あの体はな、人類の最終進化の到達点なんだよ」


「最終進化の到達点?」

「ゴール地点、完成形、これ以上進めない場所」

「あれがゴールなのか?」


 マリーは腕組みをしながら天井を見て話していた。


「私にも、あれが本当にゴールなのか、それとも進化の行き止まりの間違った道に迷い込んでしまったのか、正直今でも分からないんだ。でもあそこにたどり着いた。違う道に行くことは出来なかった」


「私たちは、幸せになろうとして、不幸をなくしていって、最終的にあそこにたどり着いてしまったの。みんなが願った。大衆がそう願ったのよ」


 大衆が願った・・・テルルは前にも大衆という言葉を使った。大衆が歴史を作る、頭のよくない大衆、神アプリの言いなりになった大衆・・・たしかそんな話だった。しかし俺の頭では・・・


「まったくわからん」



 マリーがこの施設を説明すると言って、俺たちはファミレスを出た。

 この建物は地上20階で地下30階ということだったが、1フロアの面積がものすごく広かった。


 地上の一番上の階には大きなラウンジがあり、様々な自販機が並んでいた。

 ラウンジを含む上の3フロアはデパートのようになっていて、何でも売っているようだった。

 ゲームセンターやスポーツ施設もあって、ゲームセンターには体を使うような大型のものが並んでいた。ここの入院患者のリハビリに使うのかもしれない。働いている職員のストレス発散に使うのかもしれない。


 その下には病室や研究施設が入っているということだったが、俺たちの手首にはめられたパスではエレベーターは止まれないということだった。


 俺たちは上の3フロアを見学すると、エレベーターで下まで戻った。俺たちのいたフロアは地下10階だった。


 しばらくの滞在場所として、マリーは俺とテルルに部屋をくれた。個室の病室ってやつだった。枕元に謎のスイッチがいくつかある。

 部屋の中にはシャワーもトイレも付いていた。小さな冷蔵庫もあった。何でも出てくるボロンは無かったから、いろいろな買い物は上のショッピングフロアでしろということらしい。

 俺は金を持っていなかった。


「買い物をする金を持ってない」

「大丈夫だ、ほとんど無料だ。ショッピングフロアの物は、持ち出す商品を出入口でチェックだけしろ。ゲームセンターとか少し有料の物もあるが、お前の腕のブレスレットで好きに遊べる。退院時に一括払いになるが、私が払う。金は気にするな」

「退院?」

「ここは病室だろうが」


 説明を受けながらマリーに、テレビは見れないのかと聞くと、モコソで見ることができると言ってモコソの使い方を教えてくれた。しかし良く分からないので地球のテレビをモコソで見られるように設定してもらった。マリーのあの研究室から電波を飛ばすらしい。WiFiみたいなもんだ。

 そのうちモコソを日本語音声対応に改造してくれるということだった。

 テルルの所で「俺のバッグ」と言ってボロンを使ったことがあったが、あれは特別だったらしい。



「お前はな、新しい薬の実験体ってことになってる。体は健康だが、新しく開発された薬を規則的に服用し、定期的に血を抜かれて、血液検査をすることになってる。薬はここから出てくる。1ハイドで3錠だ。」


 マリーがベッドの横の小さな機械を指して言った。


「1ハイド?」


「うーん、地球だと1日半ぐらいだと思う。なるべく飲め」

 1ハイドは1日半ぐらい。この星の時間は分かりにくい。


「何の薬です?」

「安心しろ、DHAだ」

「頭がよくなるってやつか」

「いいじゃないか」


「それで、血を抜かれるんですか?」

「それはしない。いや、何回か抜くかもしれないが、それよりもだ、私がたまに違うものを搾り取りに来るからな、その時は協力しろ」

「やったぜ!」

「その意気だ」



 マリーとの甘い時間を想像したが、そんな時間はまったく来なかった。


 マリーはテルルの子宮復活のために全ての時間を使い、忙しく動いていた。




 マリーが準備している間、俺とテルルはスポーツをしたりゲームセンターに行ったり地球のテレビを見てくつろいだり、色々なことをして時間を潰した。

 テルルは時々、マリーに呼び出されて何かの治療をしているようだった。


 テルルは地球のことを聞きたがった。


 テレビを見ながら俺は答えられることは答え、知らないものは知らないと言った。

 テルルの質問は鋭く、俺は地球人として何も知らないということを思い知った。


 1メートルとは正確にはどのぐらいの長さなのか、1グラムは何を基準にして決めているのか、1気圧はこの星より強いのか弱いのか、俺が当たり前だと感じているものの中には、地球にいないと知ることができないものがあると知った。


 テルルは教育番組でやるような知識はぜんぶ知っているようだった。そして俺にはその知識すら無かった。



「マリーの準備が出来たら、私はけっこう長く眠るんだって」

「眠る?」

「眠って生まれ変わる」

「どういうことだ?」

「なくしたものを取り戻す。もうすぐだわ」


 1週間ほどの時間が過ぎたころ、テルルの眠る準備ができたとマリーが言った。


 最初に行ったマリーの実験室には、部屋の中央に棺桶のような細長いバスタブが置かれていた。透明な蓋があり、中には乳白色の温かい液体が入っていた。


「裸になってその中に入ってくれ、こちら側に頭を載せる台があるから、顔は水面の上に出してくれ」


「出て行こうか?」

「いいえ、ここにいて」


 テルルは裸になり、乳白色の液体の中に静かに横になった。


「しばらく掛かる。そのまま待っていてくれ」


 マリーは壁に並んだ機械をいろいろと操作していた。

 テルルは不安そうに横に立つ俺を見ていた。


「私たちはね、最終進化の少し手前で、生殖能力を捨てたのよ」

「なぜだ?」

「完璧になるために。だけどそれはたぶん間違いだった。私はそう思ってる」

「俺にはよくわからん」

「だからマリーにお願いしたの。私の子宮を作ってほしいって」

「うん」

「そしたら、たぶん取り戻すことは可能だけど、赤ちゃんが第一次成長期になるぐらいの時間がかかるかもしれないって言われて。地球だと10歳以上かしらね、そしたら10年以上ね」

「長いな、そんなに眠るのか?」

「私がマリーにそう言われた時、それでもいいからお願いって言って、よしわかった、じゃあ厳密なシミュレーションをするからしばらく待ってくれって」

「厳密なシミュレーション?」

「とってもとっても難しいシミュレーションをして、時間の短縮方法とかを考えてくれて、そして、大丈夫だ、そんなに長い時間はかからないって言ってくれた」

「どのぐらいだ?」

「30ナトリぐらい眠るの。30ナトリは、地球だと、たぶん9か月ぐらい」


 いつのまにか隣にマリーが立っていた。


「そしてこの計画にはな、お前が不可欠だった。地球の男がな」

「この星の男はどうしたんだよ」

「あれは腑抜けになっちまったからな」


「女が来たらどうした?」


「来ないわ、男を探すようにプログラムしたもの」

「最近じゃ男か女か見た目じゃ分からないんだぜ」

「そうね、運がよかった。あなたで良かった」

「そうだな、トミーでよかったな」

「私はね、子宮と一緒にあといくつか修正を加える。違うわね、修正したものを元に戻す。そしてそこには、恋愛感情も含まれる。そしたら、私はきっと、きっとあなたを好きになるわね」

「ならなかったらけっこう傷つくな」

「分からないわ、あなたは私を好きになってくれる?」

「もう好きになってる」

「本当?」

「マリーとのことは浮気にはならないのか?」

「まだあなたに恋してないんだってば」

「そうか、俺はマリーに協力する。それが俺をここに呼んだ意味なんだろ?」

「そうね、お願い。マリーと子供を作って」

「おう」

「その次は私ね」

「おう、待ってるぜ」


「おやすみ」


「おやすみ」





 

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