第12話 ゲート
車の中でゆっくりと眠り、目覚めると雨は上がっていた。
テルルは白いボディースーツと黒い革ジャンに着替えていた。
「おはよう」
「おはよう」
「少し待ってね、友達に連絡する」
そう言うとテルルは、黒い革ジャンから黒い手袋を出してはめた。壁のディスプレイが起動し、ウインドウが開き、文字がたくさん流れている。何かのデータをやり取りしているようだ。
「チャットよ、地球で言うとね」
「なるほどな」
「終わり!」
友人とのチャットは30秒ほどで終わった。
「ここから先は、軍事的重要施設ってやつに指定されててね」
「軍事的重要施設?」
「ゲートを2つ通るんだけど、あなたは通れないのよ」
「どうする?」
「とりあえずゲートの近くまで行って、友達と合流する」
テルルは運転席に座り、車を発進させた。
「たぶんゲートには誰もいないと思うんだけど、あなたは後ろにいてくれる?」
「仰せの通りに」
俺は言われたとおりに車の後ろのシートに座って、窓から外の風景を眺めた。外は森というより弱々しい林に変わっていた。
テルルは車をゆっくり走らせ、海沿いの道を離れて林の中の一直線の道を走った。俺は外を流れる弱々しい太陽で必死に生きてる林をずっと見ていた。
川に掛かった橋をいくつか渡り、交差点をいくつか曲がった。しばらく内陸を走って、テルルはゆっくりと車を止めた。
「ゲートに着いたわ」
テルルは運転席でそう言った。しかし後ろの席からだと弱々しい林しか見えなかった。
「見ても大丈夫よ、たぶん」
後ろのシートでおとなしく座っている俺を見て、テルルが笑って言った。
「監視カメラとか無いのか?」
「見られるだけなら大丈夫よ」
俺は立ち上がってフロントガラスの向こうを覗いた。100メートルほど先に、高速道路の料金所のようなゲートが見えた。レーンは2つで右には緑のランプ、左にはオレンジのランプが光っている。そしてゲートの横には林の木々と同じぐらいの高さの灰色の壁があった。
「少しここで待ちましょう。友達が迎えに行くって言ってたの、何かいい方法を思いついたらしいわ」
しばらく待っていると、遠くからピピピッ、ピピピッという警告音が聞こえてきた。トラックが交差点で曲がるときのような音だ。トラックのよりも音量がかなり大きい。
そしてゲートの向こうに白とオレンジの車が見えた。車はゲートを通過して壁のこちら側に出てきた。
俺たちの車と同じ形で、カラーリングが違うだけに見えたが、屋根の上にはオレンジの激しく点滅するランプが付いていた。
「あれね、なるほど」
「ずいぶん派手な、自己主張の強い車だ」
「考えたわね、いいアイディアだわ」
「何なんだ?」
「あれはね、救急車よ」
地球のよりも大きな救急車は、ゲートを出た後こちらの車にまっすぐ向かってきた。一旦通り過ぎ、Uターンして俺たちの車の前に停めた。
バコッっという大きな音とともに後ろの扉が観音開きで開いた。そして上に付いたスピーカーから大きな声が響いた。この星の言葉だった。俺には理解できない言葉だ。
「何て言ってる?」
「重傷者を速やかに車に乗せなさい」
「重傷者って俺か?」
「その通り、これならトミもゲートを通れる」
「スキャンとかされないのか?」
「救急車の中の人が身元をチェックするから、ゲートではチェックしないのよ」
「救急車の中の人?」
「誰も乗ってないわ」
開いた後部扉から救急車の中が見えた。中にはベッドが真ん中にあり、横にはイスが、その周りの壁を治療用であろう機械が埋め尽くしていた。
「解剖とかされないか?」
「しないわよ!」テルルが怒って言った。「早く行ってベッドに寝て。私は後ろをついていくから」
俺はテルルの車から降りて、開いた救急車の後部扉から恐る恐る硬そうなベッドの鎮座する空間に乗り込んだ。
乗り込んだ瞬間にバコン!と後ろの扉が勢いよく閉まった。扉が閉まったと同時に天井の小さなスピーカーから声がした。
「コンニチハ」
「こんにちは」俺はスピーカーに答えた。
「アナタハ、チキュウジン、デスカ?」
スピーカーの声は何というか、ワレワレハ、ウチュウジンダ。みたいな感じだった。
俺はベッドに腰かけた。
「はい、地球人です」俺は真面目に答えた。第一印象ってのは大切だからな。
「オソイ、スワルナ、ハヤクネロ、ワカルカ?」
ちょっと乱暴な日本語だが、外国人にはよくあることだ。俺は気にせずに素直に従って、ベッドに横になった。
「ウゴクナヨ」
スピーカーがそう言った瞬間に、バチン!と俺の体は数本の頑丈な革のベルトで固定された。
「う、動けないですが・・・」
「シャベルナ」
俺が黙ると、車はピピピッっという警告音を鳴らしながら走り出した。後ろに窓は無く、外は全く見えなかった。
車はガタゴトと揺れながら長時間走った。車が走っている間、俺は硬いベッドに固定され、天井だけを見ていた。
1回スピーカーに話しかけたが、間髪を入れずに「シャベルナ」と言われてしまった。
俺は大人しく、スピーカーを見ていた。
ガコンガコン!
しばらく走っていると、いきなり車が左右に強めに揺れた。そしてグググっと長めに左に曲がった。
ロータリーだな。俺は天井を眺めながら心の中で思った。
車はロータリーらしき場所で停車した。そして後ろの扉がバコン!と開いた。しかし俺の体を固定しているベルトは緩まなかった。
「どうすればいい?」俺はスピーカーに聞いた。「シャベルナ!」と言われるのを覚悟で。
「スコシマテ」
スピーカーは怒らなかった。
やがて近くに車の停まる音がした。外のスピーカーがトランの星の言葉で大音量で何かを喋った。
俺は少し動揺した。何かまずいことが起こったのかもしれない。しかし体は固定されている。罠だったのだろうか、俺は軍に不法侵入とかで引き渡されるのか?
しばらくしてテルルが車に乗り込んできた。
「なんかね、ベルトを外す機械が壊れたんですって」
「は?」
「この車も相当久しぶりの出動だったみたいね」
テルルは苦労して俺の体を固定しているベルトを外してくれた。扉の外には大きそうな白い建物の壁が見えた。
「ここは病院でいいのか?」
「研究施設ね、病院の機能もあるけど」
「救急車を使う機会はあまり無いのか?」
「治らない病気の研究が専門だったのよ。病院という意味ではね」
「友達はここで働いてるのか」
「そうね、ここで研究をしてた」
「だから、全ての病気を治す人か」
「降りて、こっちの車に乗ってくれる?」
俺はテルルの車に戻った。ロータリーの横には地下への扉があった。扉には大きく下向きの矢印が書かれている。
テルルが「アスタティン」と言うと扉が開いて下への道が口を開けた。この旅を出発した時みたいなハイテンションなアスタティンではなかった。
車は地下へゆっくりと下って行った。
地下はオレンジの照明に照らされ、下り坂と平坦な道が交互になっていて、車は左回りに地下へと何階層も下って行った。平坦なところには小さな駐車スペースがあり、建物への入り口であろう扉が見えた。扉の上には緑のランプが光っていた。
左回りに何フロアも下ってウンザリしてきたころに、道を半分ふさぐ形で黄色い車が現れた。
車はオレンジの光に照らされていた。
「たぶんここね」
「たぶんなのか?」
「白い車って言ってたけど、黄色よね」
「たぶん白なんだよ」
俺たちは駐車スペースにキレイに車を停め、地下の空間に出た。建物の入り口のオレンジの扉は、たぶん白い扉だ。2枚の扉の上には緑のランプが弱々しく光っていて、俺たちが近づくとそれが激しく点滅して止まった。
ウィンという音とともに扉が左右に開いた。建物の中から白い光が地下駐車場に漏れてきた。扉の向こうには白い通路が遠くまで伸びていた。
建物の中に入ると、ビリビリ揺れながら後ろで扉が閉まった。
建物の中は壁も天井も床も全てが白く眩しく、その空間が清潔であることを主張していた。
右手の壁に受付窓口のような小さな窓があり、小さな木のテーブルが窓の前にあった。
「キタナ、チキュウジン」
どこからか声がした。下を見ると、足元に黒い小さなマネキンがいた。テルルも最初はこの姿だったのを思い出した。プラモデルを着てたけど。
黒い着せ替え人形は、ヒョイとジャンプして受付窓口に飛び乗った。こいつもおそらく18キロぐらいで重いはずだ。
「テヲダセ、チキュウジン」
俺は素直に従って右手を出した。黒い金属製フィギュアは窓口の中から大きな黒い輪を持ち上げ、俺の手に投げた。黒い輪は俺の手首に巻き付き、ピピッと鳴った。
「ニュウカンキョカ」
俺は黒いブレスレットを眺めながら「どうも」と言った。テルルも同じように入館許可の輪を着けた。
俺たちは白い廊下を黒いマネキンについてしばらく歩いた。建物の中は静まり返っていて、どこにも人の気配は感じられなかった。
俺たちを先導する黒いフィギュアは少しづつペースが速くなっていって、途中からぴょんぴょん跳ねながらスピードを上げていった。俺たちは早歩きになり、小走りになり、最後はダッシュしなければならなくなった。100メートルほど猛ダッシュが続いたころ、黒い小さな陸上選手はひとつの扉の前で急に止まった。
俺とテルルは止まり切れず、大きく行き過ぎてしまった。ゼーハーいいながら戻るとマネキンは俺を見上げて「ココダ」と言って扉を開けた。
扉を入るとかなり広めな部屋になっていて、右には病室のベッドのようなのが3列並び、その奥には大きなカプセルが5つ並んでいた。俺が最初にこの星に来た時に閉じ込められていたやつ、そしてテルルが出てきたやつだ。今は透明なガラスがついていて、中には何もない。
部屋の左側には大きな機械がいくつも並んでいて、機械には操作パネルがあり、壁にはディスプレイが並んでいる。テルルのいたラボと同じだが、テルルの所よりも機械が多い。そしてディスプレイの中の一枚には、地球のテレビが映っていた。
「ココダ、ハヤク、タノム」
黒いマネキンは機械の上に飛び乗り、ひとつのディスプレイの前で俺を呼んだ。
テルルの時と同じだ。禁止されている操作を俺にやってくれということらしい。
俺は言われるがままに操作パネルに表示されるボタンを押していった。リストからどれかを選ぶタイミングで、黒いマネキンは少し迷った。テルルが「一番上」と言ったリストだと思う。
黒いフィギュアは「サンダンメ」と言った。
俺は言われるがままにタッチパネルを操作した。テルルは俺の後ろでじっと操作を見ていた。
全ての操作が終わると「アリガトウ」と小さなフィギュアは感情の無い声で俺に礼を言った。
そして、そいつは機械から飛び降りてカプセルに走った。
タタタタッとカプセルの前に立ち、カプセルのガラスに手を触れるとガラスが消えた。黒いフィギュアはカプセルの丸い土台の中心に立った。下から黒い液体が出てきてカプセルはあっという間に黒い液体で満たされた。
「あ!」テルルが大きな声を出して、慌てて隣のカプセルを何やら操作しだした。
その横でマネキンの入った黒いカプセルがスーッと透明になった。
中には赤い髪の女がいた。そして裸だった。
彼女の赤い髪は短く、テルルよりも少し暗めの赤に見える。顔はすごく美人だが、テルルより濃い印象だ。
背はテルルと同じぐらいなんだが、テルルよりも全体的に大きい。細身のマネキンみたいなテルルと違って、筋肉が引き締まり鍛え上げられている感じがする。胸だけが柔らかい脂肪をたっぷりと蓄えている。
女は大きく口を開けて息を吸い込んだ。
「うぉぐぁ、ごほごほごほっ、グホッ!グホッ!」
女が声を出した。テルルの時と同じだが、テルルよりも豪快だ。しかし相当苦しいらしく、女は床に手をついてゴホゴホいいながら呼吸を整えている。
「ねえ」
テルルが横のカプセルを操作しながら女に話しかけるが、女はそれどころではないらしい。
やがて女の咳が止まった。テルルが「ねえ」と再度声をかけると、女はものすごい勢いで立ち上がった。短めの赤い髪がブワッと重力に逆らった。
女は立ち上がり、目の前の俺を睨んだ。目もキリっとしていて正面から見ると実に整った顔をしている。女はペタペタと裸足で俺の所まで歩いて来て、いきなり力強く俺を抱きしめた。
「ありがとう!」
女は大声で言った。あまりにも力が強すぎて、俺は返事もできなかった。
「ちょっと!」
テルルが後ろで怒鳴った。女は俺を抱きしめたまま振り向いてテルルを見た。腕の力が少し弱まった。
「服!」
テルルが呆れながら言った。女はやっと俺を解放してくれた。
「ああ、悪いね、忘れてた」
「ここの、私には動かせない」
「作らなくていい、この日のために準備してあるんだ」
女が壁のスイッチを押すと部屋の一部が開き、大きなクローゼットが現れた。
「あっち向いてなさいよ!」
女は俺に裸を見られるのを何とも思っていないようだったが、テルルが許してくれなかった。
女が着替えている間、俺は壁のディスプレイに映った日本のテレビを見て待った。地球では朝7時36分だった。
俺が振り向くと女はメガネをかけていた。黒縁のメガネでガラスに何かが表示されてるようだった。モコソなのだろう。視界に情報が表示される。
「私の名前はマリーだ。マリー・クロム」
「富沢です。テルルはトミって呼んでます」
「トミーか、私はマリーでいい」
マリーは胸の形のよくわかる白黒のボーダーのシャツに紺の短めのタイトスカートという服装だった。引き締まった足がスカートから伸びている。そして上に白衣を羽織っていた。
「強そうだろ?」
マリーは服を俺に見せて言った。地球のドラマを見て服を作ったのかもしれない。強そうな女医の。
「そうですね」
俺は答えた。たぶんこの人はどんな服を着ようと、強そうに見えるだろうと心の中で思った。
「カロリーを取らなければいけないんだ、何か食べよう」
「私たちも保存食ばっかりだったのよ。暖かいものが食べたいわ」
「上に上がるんですか?」
テルルの所のラウンジを思い出した。テルルは食堂と呼んでいた。
「いや、このフロアにもあるんだ。すぐ近くだ」
「食堂ですか?」
「どちらかというと、ファミレスだな」
「ファミレス?」
部屋を出て廊下を歩き、2つ角を曲がるとファミレスがあった。
入り口近くに大きめなドリンクバーがあり、イスとテーブルの形もファミレスだった。
ドリンクバーのようなコーナーには大きな取り出し口があり、ボタンを押すと全ての料理がそこから出てきた。ただメニューを選ぶのはモコソゴーグルを掛けなければならなかった。そうすると空中にメニューが見えた。
旅の途中でテルルがモコソの改良をしてくれていた。全ての料理の名前がカタカナで表示されたが、名前が読めても何の料理かは分からなかった。
フランス料理に行ったって良く分からない名前の料理を注文するのだ。たいして変わらない。最初に行ったラウンジのイラスト付きのボタンが恋しかった。
俺はテルルに少しアドバイスをもらって肉料理とサラダと暖かい紅茶のようなものを頼み、それを食べることにした。
マリーという女性はよく食べた。
最初はゆっくりと食べ、徐々に加速していった。
食べながらマリーはテルルに旅の思い出を聞いた。テルルは俺との小さなエピソードを色々話し、俺は2人に何回も笑われた。
マリーはよく笑った。この体に戻ったのを満喫しているようだった。
その辺の理由、小さなフィギュアの体の話は、旅の途中では話してくれなかった。
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