第10話 ショッピング

 俺たちは旅の途中で、海沿いのショッピングモールに立ち寄った。


 そのショッピングモールは駐車場だけが掃除されていた。キレイに掃除された駐車場の横に、緑にすっぽりと覆われた建物があった。


 駐車場に車を乗り入れ、建物に近づいてみると、建物の入り口のガラスで出来たドアが割れているのが見えた。


「遠くから割れてるのがチラッと見えたのよ」テルルが言った。「ガラスを割ると防犯装置が作動する可能性があるんだけど、割れても放置されてるってことは入っても大丈夫ってことよ」


 俺たちは車から降り、恐る恐る建物の中を窺った。


「侵入感知センサーとか、入ったら反応するのがあるかもしれない」

「それは無いわね、たぶん動物とかも入り込んでるし・・・」

「動物?」


 テルルはキョロキョロと近くを見渡した。そして草むらに何かを見つけた。


「ねえ、そこの棒を取ってくれる?」


 草むらの中に、のぼりの旗を立てる棒らしきものがあった。この店が元気に営業してた頃は、風に旗がパタパタと揺れていたんだろう。


「これでいいのか?」土台のようなものは無く、2メートルほどの棒が3本転がっていた。「全部?」


「2本でいいわ」

「動物対策か?」

「そうよ、怖いじゃない」


 そして2人は割れたドアから足音を忍ばせて店内に入った。床を棒で軽く叩いてみると「カーン」と店内に音が響いた。


「カンカンカーン」

 テルルは棒を連続で鳴らした。耳を澄ましてみたが動物の気配は感じなかった。


 店の中は、スーパーのように棚がズラッと並んでいて、近くにはレジのような場所もあった。天井は高く、太陽に向けて天窓がいくつかあり、そこから弱い光が斜めに差し込んでいた。右が明るく、左は真っ暗だった。


 入り口付近の棚に近づいてみると、棚はほとんど空だった。


「何も残ってないな」俺は言った。「完全に閉店って感じだな」

「ここは食品売り場だから。こっちの奥に行ってみましょう」

 テルルは右の明るいほうから通路を奥へと進んだ。


「地上ってのは、急に過疎化したのか?」俺は前を歩くテルルに聞いた。

「急にって?」

「たとえば、ゆっくり徐々になら、商品は全部持ち出してしまって、棚は全部からっぽだろ?」

 歩きながら見える棚には、少しだけ商品が残っている。プラスチックの容器や四角い箱がパラパラとあるが、どれも色あせている。


「閉店セールみたいなのはしたんだろうけど、売れ残りは処分しなかったようね」

「よくわからないな」

「そういう作業をする人がいなかったんじゃないの?」

「やっぱりよくわからないな」


 人件費を払えなくなって従業員がすべて逃げ出したんだろうか・・・


「あるある!」テルルが興奮して言った。


 テルルの前には服屋があった。建物の入り口からはだいぶ奥まったところに、赤い頭のマネキンが服を着て立っていた。


「服が欲しかったのか?」

「そうよ。替えの服が出せないし、あなたも着替えさせたいし」

「臭いか?」

「ちょっとね」

 確かに数日間着替えていない感じだ。夜が無いから数日という表現は違うんだが、どうしても日数で考えてしまう。


「でも、あなたの匂いが気になるのはきっと、遺伝子が少し違うからで、動物的な機能のはずだから気にしないでいいわ」

「動物的?」

「フェロモンってやつよ」

「気にするんだが・・・」

「イヤな匂いではないけど、今の私には生殖能力が無いからね、そんなに気にならないの」

「すまん、変なこと言わせて」

「あ、そういう地球人的な意味合いではないのよ」

「うん?」


 テルルはズカズカと店に入っていった。


「ねえ、男の人のコーナーはここみたい。下着とか地球とあまり変わらないから、好きなのを取ってくれる?」

「サイズは?」

「あーそうか、これがサイズね」テルルは商品をひとつ取って上に張られた小さなシールを俺に見せた。「この記号が多いほうが大きい」

「エルエルみたいな感じか」記号は2つ並んでいた。


「地球の服のサイズって何だっけ」

「S,M,L?」

「それで言えばこれはMだけど、あなたの体形がどのサイズなのか私には分からないから、適当に試着してね」


「金は払わなくていいのか?」

「捨てられた施設の捨てられた商品なのよ」

「わかった、気にしないことにする」


 テルルは他のコーナーに歩いて行って、少しして大きめなバッグを持って戻ってきて俺に投げた。バッグは床を滑って俺の足元に来た。


「それにいっぱい入れて」


 そう言うとテルルはまたどこかへ歩いて行った。俺はTシャツを探したが、Vネックしか見当たらなかった。丸首は無いらしい。あるいは流行ってないらしい・・・

 下はトランクスみたいなデザインばかりで、驚いたことに赤しかなかった。トランクスは赤という法律でもあるのかもしれない。赤以外を履くと捕まるのかもしれない。


「あなたはなぜ赤くない下着を着用しているのですか、実にハレンチです。公序良俗に著しく反しています。よって実刑3年を言い渡します」とか女の裁判官に言われるのかもしれない。


 あるいは・・・いやいい。くだらないことは考えないで詰め込もう。赤いトランクスを詰め込もう。


 洗濯って概念は無いんだろうか。そんなことはないだろう、文化はほとんど同じだろう。何枚トランクスを取ればいいんだろうか。


「なあ、何日分取ればいい?」俺は見えないテルルに聞いた。


「そうね、10枚以上」少し間があってテルルが返した。「それと上に着るものも。徐々に寒くなるから」


 寒くなる? 寒い地域に向かってるのか。

 それとも秋になるのか?

 今の気温は20度ぐらいだろうか、ちょうどいい気温だ。今が秋なのだろうか、いや、木々は青々とした葉をつけている。それにだ、そもそも四季ってあるんだろうか。無い気がする。太陽の位置が変わらないんだもんな。


 俺は上着のようなデザインの服を探した。下着以外の服は全てハンガーのようなものに吊るされていた。折りたたんであるものはひとつも無かった。もしかしたら畳むという文化が無いのかもしれない。だがそれくらいの文化の違いは地球上でもありそうだ。


 俺は暖かそうな大きめのフード付きコートと、Tシャツの上に着る長袖を数着バッグに入れた。売り場には派手なデザインが多かったが、なるべく地味なのを探してバッグに放り込んだ。近くに靴下売り場を見つけて、それもバッグに入れた。足が臭いのはイヤだもんな。


「そろそろいい?」


 戻ってきたテルルは、大きなバッグを2つ肩に掛けていた。そして紺のおしゃれな帽子を頭にのせていた。


「いいぜ」


「気に入るのあった?」


 頭に紺の小さな帽子を乗せたテルルが言った。肩に掛けたバッグはパンパンに膨らんでいる。


「いいな、その帽子」

「かわいいでしょ?」

 テルルは軽くポーズをとった。紺の帽子と赤い髪は組み合わせがいいらしい。実に魅力的だ。


「もう1か所見てみるけど、まだ持てる?」

「俺のはそんなに重くないから大丈夫だ」

「私のだって重くないわよ、コートが大きいのよ」

「そんなに大きなコートなのか」

「羽毛よ、地球にもあるでしょ?」

「ダッフルコートってやつか?」

「ダウンコートよ!」テルルがあきれ顔で言った。「しっかりしてよ地球人!」


「ファッションには興味が無いんだよ。それでもう1か所って?」

「行ってみましょう」テルルが店を出て歩き出した。「武器」


「武器?」


 武器って言ったか? こんなショッピングモールに銃とかが売ってるだろうか。


「ここね」


 通路を少し歩いて、薄暗い売り場でテルルが立ち止まった。武器屋前。


 そこは、工具売り場だった。ホームセンターのような大きさは無いが、作業用手袋や金槌やノコギリが見える。


「武器になりそうなやつを探す」

「何と闘う?」

「さっきの棒じゃダメだから。もっと強いやつ」

「ああ、長いやつは服屋に置いてきちゃったな」


「あ、いいのがある!」


 テルルは店の隅に置いてあった台車をガラゴロと動かした。

 そういえばタイヤがついてる。この台車はソファーみたいに滑らない。でも台車では戦えない。


「武器じゃないのか?」

「これに乗せて運びましょう」

「なるほど」


 俺たちは店内を物色し、使えそうなものを探した。鉄の道具はけっこう錆びている物が多かった。

 海沿いの建物で入り口のガラスが割れているのだ。奥まで潮風が入ってくるのだろう。パッケージに包まれていない鉄の工具は見事に錆びていた。


「敵は動物でいいのか?」


 武器って言っても戦う相手を知らないとな。


「うーん、動物か機械か、襲われる可能性があるとしたら何かしらね」

「知らねえよ」

「知らないわよ」


「そんなに危険は無いってことか?」

「そうね、たぶんね」


 俺たちは店内をぐるっとまわって数点の武器になりそうなものを取った。

 バールのようなもの(中)とバールのようなもの(大)と鈍器のようなもの(頭が鉄じゃないハンマー)と1メートルぐらいの長さのマイナスドライバーだ。


 それと闘う時のための作業用ゴム手袋、高そうなやつを選んだ。作業用グローブは地球でも使っていた。力仕事の時に、これが有ると無いとではぜんぜん違う。


 中ぐらいの大きさの詰め合わせ工具箱も拝借した。中にドライバーセットとニッパーとラジオペンチと針金と、ほかにも色々入っていた。道具のデザインが少し違うが、道具の使用目的は地球と変わらない。


「これぐらいでいいか?」

「そうね、出ましょうか」


 俺たちは店内を入り口まで戻った。


 台車は、入り口のガラスの割れた枠を超えられなかった。一旦俺たちは車の後部を開け、服の入ったバッグを積み込んだ。そして店まで戻って、台車の上の工具を車まで運んで車の後ろに積んだ。台車は店内に置いていった。


「車の運転席が・・・」


 俺はテルルに言った。車の運転席のフロントガラスに何やらメッセージが出ている。電源を切り忘れたんだろうか、駐車違反だろうか。


「あれは、充電完了ってこと」

「充電?」

「設備のある駐車場に停めて、車内から人がいなくなると地面から充電のエネルギーが出るの。それを車がキャッチして充電するのよ」


 車の下をのぞき込んだが充電ケーブルのようなものは見えなかった。


「エネルギーウエーブっていうのかしら、地球にはまだ無い?」

「あまり知らないな、電気自動車はあるけどな」

「ケーブルで充電してたわね」



 俺とテルルは旅をしながら話をして、話に疲れると地球のテレビを見た。テルルはCMに関心を持っていた。地球の最新技術がどのぐらいなのかを気にしていた。

 電気自動車をケーブルで充電しているシーンは、CMで見て覚えていたのだろう。テルルは1回見たものはほとんど忘れないようだ。



 俺たちはショッピングモールを出て、また海沿いの道を走りだした。


「着替えましょうよ」

 車が走り始めるとテルルが言った。


 車の後部の生活空間は非常に快適な作りになっていて、いろいろな装備が付いている。着替えるときは天井から布の壁が降りてきて個室を作ってくれる。揺れないタペストリーみたいなやつだ。

 テルルが囲まれた空間に入り、俺はその外側で着替えた。窓の外から丸見えだが、幸いなことに窓の外には誰もいなかった。


 着替えが終わるとテルルはニコニコしながらポーズをとって俺に服を見せた。白いスカートの長いワンピースで、上にはオレンジの厚めのカーディガンのようなものを着ていた。

 初めて会ったときはマネキンかと思ったのを思い出した。スタイルがいいと何でも似あう。


「革ジャンよりも上品な感じになったな」

「この前見た映画にこんな服の人が出てきてたの。気になってたのよ」

「作ればよかったのに」

 前にテルルは、革ジャンは作ったって言ってた。


「あ!」


 テルルはサッと後ろを向いてしゃがんだ。そして脱ぎ捨てた服を丸めた。振り向いて俺を見て、何かを言いかけ、そしてやめた。


「脱いだ服は洗濯するのか?」


 俺は自分の脱いだ服を手に取った。


「それでもいいんだけど、コインランドリーみたいなお店はもうないのよ、だからここへ」


 テルルは左側についてるテーブルの下のゴミ箱に服を入れた。なんでも入れていいと言われたゴミ箱だ。


「捨てちゃうのか?」

「ここに入れたものって、取り出すことができるのね」

「そりゃ中に入れたものなら取り出せるだろ?」

「そうじゃなくて、ボロンで作れるのよ」


「ボロンって何だっけ?」

「ソファーとかバッグを出した機械」

「ああ、あれか」


「あれはね、地球で言えば3Dプリンター」

「3Dプリンターって、ガシャガシャいいながらプラスチックを溶かして作るんじゃなかったっけ?」

「それの最終進化版」

「最終進化って」俺は笑った。「どこまで作れるんだ?」


「なんでもよ」テルルは真剣に言った。




 ショッピングモールを離れ、着替えてシートに座ると眠くなってきた。


「1回眠りましょう」


 テルルも眠いようだった。


 外を見ると空には雲が増えていた。また雨の時間だ。

 交互に繰り返す晴れと雨の星。テルルは雨が2回降るうちの1回を眠りにあてた。


 俺もそれに合わせた。感覚で言えば、4時間ほど眠って12時間起きている感じだった。

 雨の続く時間は短い時もあれば長い時もあったから、規則正しいのか正しくないのか、俺には判断できなかった。ただ、テレビを見ると地球時間がわかったし、この星のサイクルは24時間ではないってことは理解できた。


「このテレビの電波は、私のいたラボからこの車に送ってるんだけど、地上は通信網が弱いから」


 テレビは見れるときと見れない時があった。地上は厳しく電波が規制されている。テルルはそう言っていた。星間戦争だ。


 シートをベッドにして俺たちは眠った。眠るときはアイマスクをした。遅い車の静かな振動は気持ちよく眠れた。



 寝て起きて、食べて話をして、テレビを2人で見て、たまに車から降りて運動した。

 旅の中で、外の空気が少しづつ冷たくなっていった。



 テルルはまた歴史の話をした。科学者のテルルの専門は、惑星運動に関する宇宙関連、星系外の宇宙探査、それに歴史と大衆心理という宇宙とは別のジャンルも詳しいらしかった。

 一般大衆の集団心理が歴史を作る。それが彼女の考え方だった。



「家ごとの設置型通信機も、地球で言うと電話ね、それも持ち運べる携帯電話タイプになって、ひとり1台持つようになって、データ通信網も出来て、パソコンみたいな機械も普及して、どんどん機械は進化したの」

「地球と同じだな」

「生活にどんどん新しい機械が入ってきて、便利な世界になっていった」

「地球も俺が子供のころは不便だったが、いつのまにか便利になった」


「40年であっというまに地球の科学も発展したわね」

「そうだな」


「私が小さいころにモコソと呼ばれる機械が登場した」

「これか?」


 俺はゴーグルに変化する黒い板を取り出した。


「そうね、でも最初は地球のスマホと同じ。電話が出来て、メールが出来て、ちょっとネットに繋げてって感じだった」

「スマホだな」


「だんだんそれが高性能になって、みんなが依存するようになっていった」

「スマホ依存って聞いたことあるな」


「今の地球のスマホと同じぐらいに私たちのモコソも進化して、さまざまなアプリケーションがモコソの中で動いて、人々の日々のデータを収集していた」

「データの収集?」


「地球でもスマホはデータを収集してるわよ。その人の興味のあること、興味のあるもの、生活パターン、行動パターン、日常の会話もこっそり聞いてるかもしれない」


「聞いてるぜ、声で話しかけると反応する機能があるんだ」


「私たちのモコソもそうだったの」


「とことん地球と同じだな」


「全ての買い物を、モコソを使ってするようになって、買った物や使った金額もモコソにデータが蓄積されていった」

「キャッシュレスってやつだな」



「そしてある時、ひとつのアプリケーションが作られて、爆発的に普及したの」


 テルルは窓の外を見ながら話していた。太陽は前よりも低くなり、夕暮れという感じになっていた。

 車が長い時間をかけて移動したのだ。

 太陽が低くなったということは、惑星の夜の側に近づいているということだ。


「どんなアプリだ?」


「ジルコンという名前のアプリケーションで」


 テルルは外を見ながら、横に座る俺の手を握った。


「日本語で言えば、神アプリね」





 

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