第6話 眠り

夢を見ていた。


 俺はまだ子供で、プラモデルを作っていた。


 夏休みで、セミの声が聞こえて、扇風機が回るたたみの部屋だ。


 遠くで風鈴の音がした。


 横を見ると、兄がいた。


 たたみにあぐらをかいて座って、兄は赤いプラモデルを作っていた。


 俺は白いパーツをニッパーでパチパチ切っていた。


 俺は兄に負けないように、いそいで作っていた。


 プラモデルに付属した小さな接着剤で、慎重に足のパーツを接着していた。


 足が完成すると、両足を胴体にくっつけた。


 手も頭もくっつけた。完成した!そう思った。


 俺は完成した白いプラモデルを、畳の上に立たせてみた。


 するとプラモデルは俺を見上げ、俺を指さして「ヘタクソ!」と言った。


 俺は少しむっとして、プラモデルをがっしりと掴み持ち上げようとした。


 しかしプラモデルは持ち上がらなかった。


 接着剤でたたみにくっついてしまったんだろうか。


 「私を救ってほしいのです」


 プラモデルは美人の小さなフィギュアに変わっていた。


 「ねえ、起きてくれる?」







「ねえ、起きてもらっていい?」

 目を開けると赤い髪の女が俺を見ていた。

「起きるよ」俺は答えた。「なあ、さっきのプラモデルの姿は何だったんだ?」


「あなたがびっくりしないように」

 テルルは、当然でしょう。なぜそんなことも分からないの?という顔をした。

「だって、小さな金属生命体みたいな異星人が現れたら、びっくりするでしょ?」


「動くプラモデルだってびっくりする」


「そうなの? でもいいアイデアだったと思うわ。少なくともあなたに恐怖心は抱かせなかった」


「確かに、恐怖は感じなかったかな」


「でしょ」テルルは少しニコッとした。「ちゃんと流行を押さえて最新のを作ったのよ」

「最新のって・・・アニメは見ないんだ」



 外を見ると、かなり暗くなっていて、雨が降っているようだった。どんよりとした低い雲が空を覆い、遠くでカミナリも光った。


「さっきの質問で、ひとつ訂正しなくちゃいけないわ」

「さっきの質問?」

「いつ寝るのか」

「眠くなった時に?」さっきはそう答えた。


「本当は雨の時に眠るの。昔はそうだった。現代の文明社会では、世界は眠らずに動き続けていたから、雨でも寝なくなった」テルルは外の雨を見ながら説明した。「お店はいつでも開いているし、工場は生産し続ける。だから晴れとか雨とか関係なくなった。でも昔は、雨の時に寝ていた」


「晴れが何日も続いたら?」

「晴れは長時間続かないの、この星では」

「続かない?」

「雨も続かない」

「そりゃうれしい」


 テルルがテーブルの上から、ミカンのようなオレンジ色の丸い果物を取り上げた。テーブルの上には丸い果物が4種類乗っていて、横には小さなナイフがあった。

 テルルはオレンジの果物を手に持って、説明を始めた。


「これがトランだとするでしょ、それでこっちが太陽ね」テルルは赤いリンゴのような果物を俺に持たせた。「そっちから光が当たっていると、昼側の中心に大きな雲ができるの」

 テルルは身振り手振りで説明した。

「雲の下は海ね。海の水は太陽に温められて、昼の中心に大きな雲ができる。そして雲は丸く広がっていくの、星全体に。ゆっくり星全体に広がって、夜の側まで行って消える。中心は一回晴れ渡って、また雲が出来て、広がっていく。気圧の高い所と低い所が、波のように常に動いているの。簡単に言うとね」


「雲はドーナツみたいな輪になって広がっていく?」


「実際には、海流の暖かな流れと冷たい流れの影響を受けて、丸は大きく歪むし、星も太陽の周りを回ってるから遠心力の影響も受ける」


「遠心力?」


「内側より外側のほうが遠心力って強いでしょ?だから内側の昼より外側の夜のほうが強い遠心力を受けて、そのおかげで暖かな海流も星を一周してるんだけど」


「ごめん、分からない」


「いいのよ、普通の人は知らなくて。晴れと雨が交互に来るってことだけ知ってれば問題なく生きていける」


「詳しいんだね」


「学者だから。学者じゃなくても、一般常識だけど・・・」

 テルルは少し恥ずかしそうな顔をした。誰でも知っていることを偉そうに言ってしまった気がしたのか、もしかしたら学校の先生にでもなった気がしたのかもしれない。



「なあ、聞かなきゃいけないことが沢山ある」

「どんなこと?」

「寝る前にそう思ったんだが・・・思い出せない」


「この果物、食べてみて」

 テルルが、さっきまで惑星に見立てていたミカンのような果物を俺にむかって突き出してきた。

「地球のと同じじゃない?」

「見た目はミカンそっくりだけど」

「同じように手で剥いて食べるのよ」


 俺はミカンのように皮を剥いてみた。中にはミカンのようなオレンジの房が丸く並んでいた。そしてそれを真ん中で割り、人房取って口に入れてみた。見た目はミカンだ。


「同じ味?」テルルが興味津々でこっちを見ている。


「うーん・・・」

「違うの?」

「微妙に違うけど、おいしい」


 口の中に甘さが広がった。


「同じ見た目だから、同じ味だと思ったんだけどなー」テルルは残念がった。

「甘いレモンって感じだ」俺は味を説明した。


「レモンの味を知らないから分からないのよ」

「残念」甘いレモネードのような味だが、レモネードの味だって知らないだろうな。「他の果物でミカンの味のやつがあったら教えるよ」


「そうね、知りたいわ」


 テルルは小さめの林檎のような果物の皮を、ナイフで丁寧に剥きながら言った。



「それより、地球からデータが送られてきてるってのは、どうなったんだ?」

「そう、それね」

「データ収集装置だっけ? 名前は何だっけ」


「プラセオね」


 プラセオが地球に着いた。さっきテルルはそう言った気がする。


「そうそれ」


「ねえ、この40年間で地球の文明技術レベルは驚くほど進化したわね。驚いた」

「進化? 確かに40年前と今じゃ、ぜんぜん違うけどな」

「データ量がすごいのよ」

「データって、ネットとかか?」


「テレビ電波と無線電波のデータ通信で、拾えるものを送るようにってプラセオに設定してたんだけど、データ量が多すぎ!」

「無線の通信って何だ、タクシーの無線が多いのか?」

「違うわよ!」


「それで? 多すぎてデータがパンクしちゃうとかなのか?」

「それを言うなら、サーバーがパンクかしらね」

「ごめん、よく知らないんだ」


 テルルはナイフで皮を剥いた果物を食べきり、イスに座りなおして姿勢を正した。


「私が送った機械、プラセオはね、不確定素粒子を使った通信装置でね、送受信できるデータ量に限界があるの。バッテリーが無くなるみたいな感じで。そして補充も出来ないの」


「わからなそうだから説明しなくてもいいぜ」


 不確定なんとかってのは脳が拒絶する単語だ。俺の脳みそが考えるのを拒否する。


「いいえ、するわ。したいのよ、科学者だから」

「そういうもんか・・・」



「ここにミカンが2個ある」

「うん・・・」


 テルルはミカンじゃない味のミカンを2個手に持って説明を始めた。


「このミカンは、枝に対(つい)で実るとする。絶対に対でしか実らない果実ってことね。常に2個で生まれる。素粒子もそうなのね」

「うん・・・」


「それでね、2個のうち1個はすごく甘くて、もう1個はすごくすっぱい。絶対に。両方が甘いとか両方がすっぱいとかは絶対にない。素粒子で言えば、片方がプラスだと片方は絶対にマイナス。他にもトップとボトムとかアップとダウンとか、対になる性質はいろいろあるんだけど、ニガいとしょっぱいとか別の組み合わせもあるってことだと思って」

「はあ・・・」


「でね、ここからが不確定な素粒子の説明なんだけど、ミカンって食べるまでは、どっちが甘いミカンか分からないじゃない。食べたら甘かった。じゃあ食べてないこっちは食べなくてもすっぱいってわかる。でも本当は食べなくても最初から「実は甘い」「実はすっぱい」って決まっていて、それを隠してそこに存在している」

「そりゃそうだろ」


「でも素粒子は、誰かが食べた瞬間に、誰かが食べて甘いって知った瞬間に、別のミカンはすっぱいミカンって確定されるの」

「うん?」


「甘いかすっぱいか確定しない状態でこの世界に存在することができるの。確率50パーセントで」

「はあ・・・」


「大切なのは、このミカンの距離が40光年離れていても、地球で誰かが甘いミカンを食べた瞬間に、こっちのミカンは絶対にすっぱいミカンに変化するの。瞬間にすっぱい100%になるの。まったく同時に」

「同時ってどういう意味?」


「光の速さを超えるって意味」


「いいの?」


「この宇宙では許されてるの。素粒子には」


「はあ・・・」


「でね、プラセオって通信装置は2個セットで作られる。こっちに1個、地球に1個ね。中には不確定な素粒子がたくさん入っている。その素粒子を通信に使ってるの」

「なるほど・・・」


「使い切るまで通信できるの」

「それで、使い切った?」


「まだよ。でも地球に向けて飛ばしたのはすごく小さくて軽いタイプだったの。スピードを優先したから、速度を出すために一番小さいのを飛ばしたのね」

「うん」


「スイングバイとレーザーブーストで」

「何?」

 また知らない単語が出てきた。


「それは後で説明させて。それで、小さいプラセオの話だけどね、あなたのデータで80パーセントを使ってしまって、もちろんそれでいいんだけど、20パーセント残るって計算通りなんだけど、そのあとにキャッチした地球の通信データの量が多すぎて、もうあまり残ってないのよ」


 俺はミカンの房が8割がた食べられてしまって、残りの房の中のつぶつぶミカンを想像した。


「何個?」

「何が?」

「不確定な素粒子」


「知らないわよ!10パーセントよ。あなたスマホのバッテリーの残り10パーセントを見て電子あと何個だなって考えるわけ?!」

 はじめてテルルが怒るのを見た。


「たくさんよ、個数ならね」

「それで?」


「データ通信は重複も多いし参考にならないデータも多いから、これからはテレビだけ送ってもらうことにしたわ」

「テレビみられるの?」

「見たい?」

「見たいかも」


 自動録画をセットしていた番組を思い出した。くだらない番組だが、それが好きだった。自動録画ってここでも出来るんだろうか。ああ、きっと全部を録画してるんだこっちで。


「そういえば、テルルがさっき怒った時に・・・」

「何?」

「スマホって言った。昭和しか知らなかったのに」


「そうよ、現代の知識を手に入れたわよ」


 テルルはニヤッと笑って言った。


「現代の知識って言っても、この星より科学が進んでるわけじゃないんだろ?」


 地球には他の星系の惑星に、情報収集の探査機を飛ばすなんてことは出来ない。いや、出来るのかもしれないが、光の速度を超える通信装置も開発されていないはずだ。それにだ。


「40光年の距離を光の速さで機械を飛ばすなんて、地球人には出来ないぞ」


「光の速さで飛ばしたわけじゃないわよ。でも地球の科学は、もうかなりのところまで私たちに近づいている」テルルはみかんを食べながら言った。「けれど、機械を宇宙で加速させる技術は、科学力とは関係ないのよ」


「そういえば、レーザーブーストって言ってたな」

 テルルはさっきの会話の中で、何かを「後で説明する」って言ってた。たしか、何とかとレーザーブーストだ。


「スイングバイとレーザーブーストね」


 テルルはラウンジに並ぶ自販機の中にある、子供向けの菓子が出てきそうなやつの前に行ってボタンを押した。

 戻ってくると手には菓子箱が握られていた。絵柄には黒い丸い絵が描かれている。中には何かの種が入っている。

 地球でもおなじみの菓子だが、食べたらきっと別の味がするんだろう。


 テルルは菓子箱を開け、中の菓子をテーブルに転がした。黒い菓子は表面がデコボコしていてかなり大きめだった。全部で10個ぐらい入っていた。


「これが太陽ね」テルルは1つをテーブルの真ん中に置いた。「そしてその周りを惑星が7つ回ってるの」


「この惑星は第六惑星だっけ?」


「そうね、地球のスイキンチカモクみたいに太陽の周りを回ってる。私たちのキリア系は内側から、スーヘ、リイベ、ボクノフ、ニオン、ナーヌ、トラン、マグ、そして小惑星帯があって、すごく遠くに第八惑星の小さな氷惑星、アルミンがある」


「惑星は8個?」


「そう。でも外側を周る小惑星はもっとある。どこまで小さいのを惑星にカウントするかで個数は変わるけどね。そしてこの星トランは大きい惑星の6番目」


 テルルは手を開いて5本の指を見せた。右手の5に、左手の人差し指を添えた。この星の人間も手の指が5本ある。本当に異星人なんだろうか・・・


「きれいな手だな」


「そお? でね、さっきも言った気がするけれど、キリアは小さい太陽なの。質量で言えば地球の太陽の10分の1ぐらいね、私たちからすれば、あなたたちは10倍も大きい太陽の強烈すぎる光で進化した。地球人はどうしてそんな紫外線の強い環境で進化できたのかすごく不思議だけど、それは宇宙の神秘ってやつだわ」


「それは、太陽から離れているからじゃないのかな?」


「その通りね、私たちの星系は地球の太陽系に比べれば、ものすごく小さいのよ。私たちの星が太陽を1周するのにかかる時間は、地球時間で約12日」


「12日って、1年が12日ってこと?」


「そうよ、だから私たちの感覚では、1年は1週間みたいな使い方をしている。この説明で感覚が伝わるかしら。地球みたいに新年を祝うような、お正月みたいなのは無い。わかる?」


 テルルも地球人との感覚の差異を説明するのに苦労しているみたいだ。しかし説明はすごくわかりやすい気がした。頭がいいんだろう。


「それでね、惑星の周期を地球時間に変換してみたんだけど、内側から言うとね、スーヘは1年が36時間、リイベは58時間、ボクノフは96時間、ニオンは146時間、6日ぐらいってことね、ナーヌは9日で、トランが12日、マグが20日で、一番遠くのアルミンは85日ってことになるんだけど、理解できる?」


「太陽系の一番内側の水星は、何日で太陽を周ってるんだるろう」


「88日。だから、それよりもすごく太陽に近い場所を周ってるわけね、こっちの惑星は」


 太陽系の知識を他の星系の異星人に聞くのも変な話だが、それに答えてくれる異星人ってのもまた変な話だ。

 ここの星系の一番外側の小さい氷惑星が、85日で1周するという。小さな太陽の近くを12日で周っているというこの惑星。


「だから潮汐ロックする?」

「その通り。学んだわね」テルルはにっこり笑った。

 久しぶりに先生に褒められた気分になった。何十年かぶりに味わう感覚だった。


「私たちのカレンダーは地球人には少し複雑で、潮の満ち引きに合わせて作られたんだけどね」

「潮の満ち引きって、月が起こしてるんじゃなかったっけ」


「地球ではね。ここでは隣の惑星が近いから、トランだと、隣のナーヌとマグが接近した時に大きな満ち潮になるの。他の星も小さな影響があるけど、内側のボクノフとニオンとナーヌがすべて近づいたときに一番大きな満ち潮になって、その周期を使ってカレンダーを作っている」


「見れる?」

「何を?」

「カレンダー」

「見てもいいけど、カレンダーじゃ何も分からないわよ」

「そうなのか」


「日曜日は無いし、日にちっていう概念もない」

「日にちがない?」

「昼と夜のような区切りがないから」

「うーん・・・」


「あ、外の太陽を見て。黒いのがあるの分かる?」

 テルルは太陽を指さした。いつのまにか雨はやんで、雲に隠れてうっすらと太陽が見えた。

「黒いしみがあるな」

「あれがスーヘ。一番内側の星ね、あれが太陽を横切る時刻が、地球で言えば1日の区切りになる」


「スーヘの1年は何時間だっけ」

「36時間」

「1日は36時間ってことか」


「それより少し長いわね、こっちの星も移動してるから」

「なるほど・・・」

「難しい?」

「かなり・・・」





 

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