第5話 休憩
「地球人を救うって言ったか?」
「間に合うのならね」
テルルは少し遠い目をして外を見た。赤い夕焼けのような空を。
「なんか、偉そうなことを言ってるわね私。でも、プラセオを地球に向けて飛ばしたときには、そう思ってたのよ」
「地球に宇宙人でも攻めてくるのか?」
「そうじゃないけどね」
テルルは何かを考えているようだった。思い出しているのかもしれない。その時の感情を。
俺たちは結構な種類の食べ物を二人で平らげた。大半がテルルの口に入ったが。
地球の食べ物と似ている見た目の食べ物ばかりだったが、全てが想像とは違う味がした。食べ物の味について話は思いのほか、盛り上がった。
「ねえ、少し休憩。プラセオが地球のデータをたくさん送ってきているの。それを整理したいの」テルルが立ち上がって言った。「だから、ちょっと休憩にしましょう」
「かまわないけど、俺はどうすればいい? 知らない星での時間のつぶし方が分からない」
「いっしょに地下のさっきの部屋に来てもいいし、ここにいてもいいけど・・・ここで寝ててもいいわよ」
「夜が来ないんじゃ、君はいつ寝るんだい?」
テルルは少し笑って答えた。
「眠くなった時に」
それは自由でいいな、でも眠りすぎてしまいそうだ。地球人とは生活習慣が大きく違うらしい。
「じゃあ、ここでのんびりしてるよ。食べ物もいろいろ味見してみたいしな」
「わかった。じゃあ、ごみ箱はあそこ。食べても食べなくても、器ごと全部中に入れちゃっていいわ。全て再生装置に入るから気にしないでね。もったいないっていうのは、今のこの世界には無いの」
「リサイクルってやつか」
「リサイクルって、英語?」
「そうかな」
「それと、トイレはあそこの奥。地球のと同じものを作ってある。水洗便所ってやつね」
「作った?」
「テレビで見てるから大丈夫よ。トートーね」
「なるほど」
「それと、ソファーをここに置くわ」
「ここに?」
「この建物には、私とあなたしかいないから、気にしないで」
「そうなのか?」ほかの人間はどこにいるんだろうか。「で、ここに置くってどこから持ってくるんだ?」
「作る。あそこで」
テルルはエレベーターの扉に手のひらを向けた。正確には、エレベーターの横の黒い壁に手を向けていた。手にはいつのまにか黒い手袋がはめられていた。そして手袋をはめた手を、自分の胸に引き寄せた。空中の見えない何かを引っ張るように。
「おいおい」
エレベーターの横の黒い壁まではけっこうな距離があるが、その黒い壁からヌルっとソファーが出てきた。黒い革張りのソファーだった。
「奥にしまってあるわけじゃ、ないんだろうな・・・」
「そして、こっちに」
テルルは手を下に向けた。足元に引っ張るように。するとソファーは床を音もなく滑ってこっちに来た。
「なんかすごいな」
「そうでもないわよ」
テルルは黒い手袋を外して革ジャンのポケットに入れた。
「その革ジャン、地球のと変わらないな」
「地球のよ。テレビでいいなって思って作ったの」
「どうりで」
テレビショッピングみたいな感じで、テレビを見ていてこれいいなって思った物があったら作れるらしい。電話しなくていいらしい。
「じゃあ、少し地下に行ってくるからここにいてね。何かあったら大声でテルルって叫んで。話せるわ」
どこかに通信機か何かがあるのかもしれない。
「やっぱり日本人でよかった。こういう時、アメリカ人は建物を飛び出して冒険に出るのよ」
「そうなのか?」
「テレビだとね」
そしてテルルはエレベーターに乗って消えてしまった。
テルルが消えてしまうと一人になった。
とりあえずトイレに行った。テルルが作ったと言ったトイレは広かったが、昭和なトイレだった。
小便器が並ぶそのタイル張りの空間は、小学校のトイレを思い出させた。そして並んだ個室の中は、和式便所だった。俺は昭和生まれだ。問題ない。
用を済ませて戻った俺は、自販機を見て回った。そして気になる絵の描かれたボタンをいくつか押し、出てきた食べ物を試食した。
中に、魚の絵の描かれている機械があった。試しにひとつ押してみると、焼き魚が出てきた。この星にも魚がいるらしい。サンマとアジの中間みたいな見た目で、味はサンマだった。
ステーキの絵の機械もあった。ボタンを押してみると、焼いたサイコロステーキが出てきたが、何の動物か分からない。少し迷ったがひとつ食べてみた。
味付けは焼き肉のたれで、肉は鶏肉のような味がした。
野菜の絵のボタンを押してみると、緑の新鮮な野菜のサラダが出てきた。食べてみると少し甘くて、何かのハーブのような癖のある匂いがした。
いろいろ機械の絵を見ていくと、カテゴリー分けされて設置されているようだった。メインディッシュ、サラダ、スープ、デザート、それに保存食か何か、パッケージに入った食べ物、あきらかに子供向けの絵が描かれたコーナー、これは菓子だろう。
コーヒーが飲みたくて探したら、それっぽい機械もあった。押してみると紅茶っぽい匂いの黒い液体が出てきた。これはこれで悪くなかった。
この星の食べ物は、地球とあまり違わないらしい。それはそれで不思議な気もしたが、食べられないよりはいい。ありがたいと思わなければ。
しかし、これだけの食事する設備があって、これだけのテーブルが並んでいるということは、それなりの人口があるはずだ。この機械の中にセットされている食材を取ってくる人だっているだろうし、料理は機械まかせなのかもしれないが、このビルに誰もいないってのは気になる。
それに、いろいろと話した気はするが、大事なことは何も聞けていない気もする。何を聞けばいいんだろうか。
新しい単語がたくさん出てきた。トラン、トランはこの星だ。太陽は何だっけ、キリアだ。キリア系、第六惑星って言ってた。ということは、内側にまだ5個の惑星があるってことだろ? それなのに主星に近ければ自転しない、潮汐ロックだって言ってた。どういうことだ? 俺にはさっぱり分からない。
そして大事な問題。俺は、地球に帰れるんだろうか。
大事な問題だと思ったが、よく考えたら、別に独身だし恋人もいないし、誰も待ってる人いないし、ここならさっきの美女と一緒だからいいか。そこだけは救われたな。もしもあれが気持ちの悪い宇宙人だったらどうなってたんだろうか。
逃げ出してるね、きっと外に冒険に出てるね、アメリカ人みたいに。
あと情報収集をするって言ってた機械、なんて名前だっけ。今の地球のデータを送ってくるとかなんとか。うーん・・・プラスチックみたいな・・・プラセオだっけ?
でも今の地球のデータっていってもだ、光の速さで40年かかるから彼女は40年前のテレビを見てたんだろ? 光の速さって超えられないんじゃなかったっけ・・・
それに俺は40年かけてこの星に連れてこられたわけじゃないって事だろう。俺が40年かけてこの星まで来たのなら、テレビに映ってる番組も古くないはずだ。電波と同時に地球を出発するんだから、タイムラグは無いはずだ。
なんだか訳が分からないな、何を聞いていいのかすら分からない。分からないことだらけだ。
食べ物を色々食べたからか、それとも難しいことを考えたからか、少し眠くなってきた。
ちょっとだけソファーで横になってみるか、そう思ってソファーに寝転がると、俺はそのままストンと眠りに落ちてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます