ものけの姫子と鬼紛い

夢見里 龍

序章    鬼童妖は呪われている

 呪われている。

 悪霊だか妖怪だか、はたまた神か仏にかは知らないが。


 それが、鬼童妖キドウ アヤカが自分自身にくだす、最も的確な評価だった。

 昔からなにからなにまで運がなかった。出掛ければかならず大雨か吹雪になるし、遠足も行事もひとりだけ給食で食中毒になったり熱にうなされたり不慮の事故に巻きこまれて欠席。籤はことごとくはずれ、じゃんけんすら勝てた試しがなかった。

 だがこれほどまでにみずからの運命が、呪われているとおもったことはない。


 どうしてこんなことになってしまったのか。

 燃えさかる座敷のなか、ゆがんだあしをうごめかせて這いまわる蜘蛛の化け物と、扇を構えてたたずむ華奢な人影。彼の理解の範疇から遠く離れたふたつのものがいま、熾烈な戦いを繰り広げていた。

 蜘蛛の化け物は振り仰ぐほどにおおきく、薄闇に八つの眼がぎらぎらと輝いている。

 人影が、たんと畳を蹴った。

 帳のような黒髪が拡がり、真紅の振袖がちぎれんばかりにたなびく。女だった。着物の裳裾からあらわになったふとももは程よくひき締まっており、帯が巻かれた腰も柳のようにしなやかだ。胸だけがこぼれ落ちそうなほどに豊満だった。ほのおに照らされて、女の横貌よこがおが浮かびあがる。

 女は誰もが息を飲むほどに美しかった。

 細い鼻筋から顎に到るまで、月も羨むほどの綺麗な曲線を描いている。艶のある唇はぽってりと濡れ、言い知れぬ色香を漂わせていた。睫毛に縁どられたくっきりとした双眸は、赤。身を躍らせるたびに暗闇と焔のはざまで、眸が流れ星のごとき細い尾を曳いた。

 それだけでも異様なのに、彼女の額には。


「……鬼」


 角があった。


 異形のものが戦い続ける様を、彼はただ、座敷の端にうずくまりながら眺めることしかできない。いったいなぜ、こんなことに巻きこまれてしまったのか。これから彼の命運がどうなるのかも、彼には想像がつかない。

 

 確かなことはただひとつ。

 彼はやはり、呪われているのだということだけだった。

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