第6話:望まぬ来客
奥様――バーバラさんの計らいで異世界の装いになった私。可愛らしいピンク色の髪は下の方で二つ結び、袖を通すはキュートなワンピース。こんな格好、上京してからもしていなかった。というより、する気力すら削がれていたのが原因ではあるのだが。
着せ替えの終わった私を見るなり、バーバラさんは満足そうに笑みを湛えている。
「やっぱりあたしの思った通りだ、可愛いじゃないか」
「うう……恥ずかしいです……」
「なに言ってんだい、さっきの服装とそんなに変わらないよ。それに年頃の女の子なら誰でもしてる格好さ」
元二七歳の元社畜ですが、この世界では年頃の女の子。うーん、なかなかどうして、気恥ずかしい。とはいえ、成人を迎えるまではこの違和感に耐え抜かなければならない。女子高生時代に色気づかなかった分を取り戻していると思えばなんてことはない。
入社二年目のこと、後輩の前で七連続門前払いを受けてなお弱音を吐かなかった強靭な精神力を思い出せ。私は出来る子だ。
すん、と恥じらいを引っ込める。大丈夫だ、いまの私はティーンエイジャー。この格好こそこの年齢のフォーマル。いや、カジュアルだ。
「お騒がせしました、もう慣れました」
「あんた本当に表情が忙しないねぇ……恥ずかしがったと思ったら真顔になるんだから……」
「すみません、ここに来るまで本当にいろいろあったもので……」
セクハラ、パワハラ、アルハラの三重苦を乗り越えた私だ、精神の強さは常人の比ではない。仕事をしない上司の文句に付き合い、スカート丈にいちゃもんをつけられ、お茶はまずいと
顔に疲れや怨嗟が映っていただろうか、バーバラさんが頭を撫でてくれた。
「可愛い顔が台無しじゃないか。そんなんじゃお客さんの前に立たせられないねぇ」
「すみません、顔に出てましたか……以後、気を付けます」
「本当に言葉が固いねぇ、あんたは。あたしらのことは家族だと思ってくれていいのよ、住み込みで働くんだから」
「かぞく……」
必殺オウム返し。しかし、家族か。思えば、上京してからろくに連絡を取っていなかった。アイドルがより身近になっていて、家族との交流を疎かにしていた節は大いにある。交通事故に遭ったことに次ぐ親不孝だなぁ、なんて思った。すぐに切り替えられないだろうが、無駄死にには絶対にするもんか。強く意気込む。
そのとき、階下から大きな声が聞こえた。それはアレンくんのものだった。驚いた、というよりは、怒っている?
「さてはまた来たね、あのガキンチョ」
「ガキンチョ……?」
「リオちゃん、あんたもついてきな。あたしらにとって厄介な敵だから、よーく顔覚えとくんだよ」
気の良さそうなバーバラさんが険しい表情を見せている。いったいどんなお客さんだろう。ただのクレーマー相手にこんな顔を見せるものなのだろうか? はっきり敵と言い切ったのが妙に気になる。彼女に連れられるがまま、売り場へ降りる。
「まーた来たのかい、退屈な坊ちゃんだねぇ!」
バーバラさんの威勢のいい声。その声の行く先を見て、私は絶句した。彼女が敵だと断言したのは、年若い少年だった。アレンくんとそう変わらない年頃だろう、しかし顔が恐ろしいほど整っている。
リゾート地の海を彷彿とさせる、透明感のある青い髪。前髪は真ん中で分けており、鼻は高い。鋭い切れ長の眼にはサファイアを埋め込んだような輝きを放つ瞳。身長は男の子の平均くらいだろうが、アレンくんより少し高めくらいか。体つきはすらりとしており、身なりは綺麗。というより、高級感のある衣装に身を包んでいる。いわゆる貴族だろうか? 異世界だしあり得る。アレンくんとは対照的に、近寄りがたい高貴さが溢れていた。
坊ちゃん、と呼ばれた少年は顎を上げて鼻で笑う。なんというか、ブルジョワジーのテンプレートを垣間見ている気がして不思議な気持ちだ。
「随分な言い様じゃないか。僕に楯突いたらどうなるかわかっているのか?」
「あんたのとこの援助なんかなくたって、うちには昔馴染みの常連さんがたくさんいるんだよ! 毎度商品買い占められたら堪ったもんじゃないねぇ! 営業妨害も大概にしとくれ!」
「口を慎め、庶民の分際で口応えするな。伯爵子息にそんな態度が取れるほど偉いのか、お前は」
「ああ偉いさ! 少なくともこの店ではね! あたしは店長やってんだ、客を選ぶ権利くらい持ち合わせてるよ! 伯爵子息がなんだってんだい、他のお客さんの迷惑だって言ってんだよ!」
話から推測するに、この店はとある伯爵から援助を受けているらしい。結果として、ご子息の彼が常連さんとケネット商店に迷惑をかけているようだ。一歩も退かないバーバラさんを見て、私は肝を冷やす。さすがにこれはまずいのでは……? と思った矢先、アレンくんが一歩前に出た。
「昔はそんな奴じゃなかっただろ。どうしちゃったんだよ、アーサー……」
悲しそうな声音のアレンくん。伯爵子息――アーサーは怪訝そうに眉を
アーサーはしばし無言を貫き、やはり嘲笑うように口角を吊り上げた。
「立場も環境も変わった、それだけのことさ」
「……っ!」
言い返せないアレンくんを見て、つい――。
「よろしいでしょうか」
声を上げてしまった。なにを考えたのか、自分でもわからない。ただ、見ていられないと感じたのかもしれない。ご両親とアレンくんがまた目を丸くする。驚かせてばかりで申し訳ございません。
でも、この状況は見過ごせない。そう思ったのかもしれない。社畜は自分のことで手一杯。けれど、いまは余裕がある。いまの私は“元・社畜”だ。受けた恩は返せるときに返したい。貴族の相手がなんだ、物怖じする臆病さなんてとうの昔に枯れ果てた。
お父さん、お母さん。私、貴族に商談を持ち掛けます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます