司会


「うわあ……おそら、ちかいよ……」

「いやー、すごいですねこれ。いやーすごい。あっいま雲動いた。うわ。すごい。こんなとこまで。もくもくー。うわあ……」

「……あ。もう、イレブ……チェアちゃん、いつまでも空に見惚れてないでよお。やっぱそういうとこ子どもみたい」

「は? 見惚れてないですしー。こういうの状況確認っていうんですしー。

 てゆうかココちゃんだって見上げてたじゃないですかいま。ほら。ほらほら」

「……やっぱホントの年齢がなんだって子どもは子どもなんだ」

「はあ!?」


「っていうかなんでちゃんづけ? いにしえの名前ではずっと呼び捨てだったのに」

「いにしえってほど前じゃ……なくない?」

「いやいやチェアにとってはそのくらいいにしえですけど?

 っていうかココちゃんはあの平和なレーナの街といまがまさか近いとか? おっしゃる?」

「そうは言ってないよお……なんかやだあ……チェアちゃんほんと化けの皮剥がれてからこわいよお……」


「いやそりゃだってアンタが街ボロボロにしたんでしょうが。多少は怖くなりますわ。

 チェアだってそもそも上の年齢がいれば子どもらしくふるまえたんですよ――って。あー。……あーあー、泣かないでくださいよほんとまた。ちょっとは平気になったかと思ったけど、まだダメでしたか……」


「ダメに決まってるでしょっ!? ばか! ばかばかばかばか、イレブンのばかっ! しんじゃえ!!!」

「……そうできればね、どんなにかね、私もアンタもよかったことか。

 ……ほら。司会のお仕事がはじまりますから、お顔、あげて」


 天空に浮遊する、

 コロシアムは、

 ……魔王一行を除き、エルフ族だけで、ガヤガヤと賑わってきている。



「……えー。マジでなんですか、これ。

 ……こんなのどうしろっていうんですかね魔王さま……」




 ブツッ。

 魔王の魔法の力でマイクが入る。


「えと、えとあの、れでぃーす、えーんど、じぇんとるめ……?」

「ばかココっジェントルいないでしょっマイクよこせですっ」

「えっ、いまばかココって言った!? ひどい!!!」


「なにかしら、司会が喧嘩しているわ」「犬耳と妖精のおちびちゃんたちね」

「フェアリーが犬耳などに負けてどうするというのだ、なあ」「その通り。いくら羽をもつもののなかで、もっとも低俗で短命といえども、それでも羽もつ種族なのだ、おおかたまだ百年も生きていない幼体であろうが獣人に負けていては――」



 ピシャン。

 空中庭園のコロシアムにせり出した司会席の真ん前に、アラタの漆黒の雷が落ちたのだった。

 ココネはひゃうんと声を上げて頭を抱えてうずくまり、さすがのチェアも笑みをこわ張らせて棒立ちになっている。わずかに、その手は震えている。



 司会席の対面上、しかしもっと段差が上のこのなかでも最上の、いちばん高貴な席から、

 こちらを見下ろすのは王様椅子に座ったアラタと――アラタの身体に絡みついているエルリア。


「おいココネ、チェア! エルフのみなさんから苦情が出てるだろお!? もっとちゃんとやれちゃんと! 興ざめだよ……ヒック!」

「まあ、まあ、アラタさま。……幼子のすることではありませんの、ねえ」

「えへへ、エルリアちゃんは心優しいんだなあ」

「はい、従順なお心でございます。……さ、さ、もっとお飲みになって? エルフの森の蜜酒ですわ」

「なんかいかがわしそうだなあ。それっ!」

「あっ、もう、アラタさまったら……」



 チェアは顔をしかめた。

「……いやなんですかあれ、ねえココちゃん。

 って。あー。ココちゃんもう駄目だな。いいや。イレブンがやろっと……」



 こほん、と咳ばらいをひとつ。

 ぴっかり笑顔をかわいらしく振り向いて、その羽はぱっと広げて爽やかな水色に染めて。



「はーい、エルフのみなさんっ、はじめましてえ。フェアリーのようじょのチェアですう。

 チェアっていうのはね、あのねそのねっ、魔王アラタさまのイスだからそういう名前なの!」


 わー。ひゅーひゅー。ぱちぱち。


「チェアちゃん、今回、司会をおおせつかったから、ちっちゃな妖精だけどがんばるの!

 フェアリーからすれば、……エルフのみなさまって、ずっとずっと長命でとっても頭がいいなって、おもうの!」


 そりゃそうだ、といった感じの苦笑いとぱらぱらとした拍手。


「こんかいのお、戦いはあ、みんなで魔女裁判ってして――」



 と、そこでヒュッとチェアの手からマイクが消えた。

 チェアはその笑顔のまま、かたまる。



「……へ?」



「ダメだよ、みんなあ、ダメだよお!」


 ――マイクを奪ったのはココネであった。



「ダメッ! この村も、ボクたちの生まれ故郷の――エルフィレーナみたいに、滅ばされちゃうよお!

 だめ、だめっ、そこのひとに従っちゃ、だめだよ!

 いまからだって遅くないからやめっ――もぐっ、もがもがっ……!」



 場は、しらけたように、しん、と静まり返る。

 チェアが顔を真っ青にしてココネの口を塞いでいた。


「なにしてんですココちゃん、馬鹿ですかアンタほんとに!? ほらマイク! よこして!

 ……あ、あはは、いまのはその、余興で……」



「あー、いいよチェアちゃん」


 アラタの、声が――ご宣託が、飛んできた。




「ココネも魔女裁判に参加させるから。そんで帳消しにしてやるよ」

「――ひっ!?」


 ココネはガクガク震えはじめる。

 チェアは、頭を抱えた。


「……ココちゃんのおばか……!

 ……アンタがエルフの頭脳のバケモノどもと言い争いで勝てるわけないでしょっ!?」



 エルリアは妖艶ににやり、とアラタを見上げた。


「……でも、ちょっと、犬の仔にそれをやらせるなんて、あんまりにもハンディキャップがあって可哀想じゃないですの?」

「うーん、そうだなあ。じゃあなんか考えるか……」



 ……ざわざわ、ざわざわ、とエルフたちも盛り上がってくる。

 いろんな意見が――飛び交い始める。




 そもそも、エルフたちは、これはイベントのようなものだと思っている――エルフ族と魔王の、同盟セレモニーのようなものだ、と。

 アラタのほんとうの強さは、

 ……さきほどその天使女王としての能力でステータスを開示した、エルリアと、

 ……そこに結果として同席していた、ココネとチェアしか、知らない、



 すくなくとも彼らはそのつもりであった――のぞき見していた女騎士、トレディアの存在に、気がつかなかったから。

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