焼畑
玉座は、ふしぎな空間だった。もっと神秘感があって、ダンジョンの奥層感が増した。
まず、暗い。植物やらキノコやらが、淡く光ってる。
全体的に巨大なカプセルのような楕円形の空間。……ファンタジー世界なのに宇宙空間のような?
森を来るときにも、奥に来れば来るほどふわふわと舞っていた光の胞子みたいなものが、もうここではめっちゃ大活躍って感じ。
楕円形の真ん中には、トレディと同じような服装の女騎士エルフの護衛にしっかり囲まれて、
ひときわ金髪も耳も長く、そんで目もめっちゃ青くてめっちゃ美人な、そんなエルフがいた。
……ハイエルフっていうんだっけ、ああいうの?
あと、ちっちゃい王冠つけてる。ティアラっていうんだっけああいうの。
あれだよな、よく同人誌でも小細工で出てくる。ああいうキラッキラしていまにも折れそうなティアラとかいう可愛いモンをつけた高飛車女王を、ティアラを強奪したりあるいはあえてそのままにしたりして、凌辱する。そーゆーときの小道具だなって認識があった。おれのなかでは。
で、それよりなによりいちばんそそるのは――金髪碧眼でもない長い耳でもないティアラでもない、
エルフっぽくない――その知的な黒縁眼鏡だった。
エルフに、眼鏡。おお。おおう。うん、それはおれの認識の範疇にはなかった。
まあたしかに目の当たりにすりゃ、なんか賢いっぽいイメージのここの森のエルフなら、眼鏡かけててもおかしくはないが。……そうか、そーゆーのもアリだったのな。うんうん。
……はー、やっぱ、この世界ってフェチって意味でもよーできてんなあと。
また、目覚めることができそうだ。アラタさま、覚醒!
そんな眼鏡ハイエルフはおれをにこにこと見ている。
おれもにこにこと見つめ返す。や、だって美人だし。美人に見つめられてべつに嫌な気はしないし。
彼女はおもむろに立ち上がった。護衛のエルフたちがざわっとどよめく。
「女王さまが立ち上がったぞ!」
「女王さま! どういったおつもりですか! 相手は……」
「そうでございます、いまここで女王さまが下手に出てしまっては――」
「どうかそのままお座りに!」
「どうぞそちらのかたに対するあいさつはそのままで――!」
すげえな。立ち上がっただけで、立った立ったのやいのなんの。アルプスの少女もびっくりなこの反応だよ。
「いいのよ」
ひと声で場が静かになった。……あー、すげー、鶴の一声とかいうやつだー、すげー。
おれにも前世だったところでこれほどの力がありゃなあ。ま、それも嬉しい
「ようこそ、エルフィレーナへ。
天使女王、エルリアです。どうぞどうぞね、お見知り置きを」
……天使女王?
天使。それって、心当たりがあるぞ。
おやおや? もしかして。
おれを偽善のかたまりでここまで連れてきた大天使サマのあのときの慈愛の顔と、
ガタガタ震えて青ざめていた情けないすがた、信頼していた犬娘に、生首をバサッといかれたときのその、
ホントにマジで単なる物体になりましたみたいなそんときの、顔、顔、顔だよ――あ、思い出した。
にてるね? たしかに。
おれは、あー、とわざとらしく天使女王とかいうエルリアとかいうその耳長エルフを、
思い切り、指さした。
「――あー、おまえってもしかしてマザリアちゃんのお仲間だったりするー?」
「……はい。さようですね」
おしとやかに、笑顔もまあまあ控えに。……生首エンジェルよりももーちょい思慮がありそうで、眼鏡で、生首よりももうちょっと胸がちゃーんと豊かで、
「亡きマザリアと、並ぶ、七大天使のひとりでも、ありますね」
にこっ、とそのときはちょっと笑ってさあ――あー。
――わかった巨乳眼鏡学級委員長に似てんだコイツ。
トレディアは、巨乳金髪エルフ女騎士でなんかいまにもその手の同人で犯されてしまいそうだけど、
なんかこのエルリアとかいうのは、きっと物語的に犯される順番としては、トレディアとかほかのエルフどもの後だろなあって印象が、あった。
……ふふん。おれの分析力も、なかなかのもん、かな。
おれは提案してみる。
学級委員長みたいなその、ハイエルフに。
「ねーえ、エルリア。お隣座ってもいいー?」
「お隣、ですか? ……そうですねえ、あいにくここにはスペースが足りないのですけれども……」
「あ、おれは椅子持ってるからだいじょぶだいじょぶもーまんたい。おーいチェアー」
「ひゃっ、――ひゃうんっ、アラタさま、チェアをお呼びしましたかあ~?」
「呼んだよ、椅子と言ったらおまえだろおまえ。早く来いよ椅子妖精」
「ひゃうんっ、アラタさまーぁ、ごめんなさあ~い」
幼女妖精椅子がとてとてとペンギンみたいな歩き方でやってくる。
「おい早くしろなんだその歩き方! 減点!!」
「やーん、チェア早く行きますう」
とてとてとて、こけっ。……こけたよ。おい。
おれはさすがにちょっとイラついたので黒い雷一発落としてお仕置きしておいた。
なんか入り口にチェアといっしょに待機させてたココネがジト目でチェアを見ているし。
たしかココネはチェアには目下のものに対するっぽく優しいイメージがあったのだが、この旅の道中で仲違いでもしたのだろうか。それはそれで、ホントにそうなったら殺し合ってほしいものである。
というかおれを取り合って決闘ごっこくらいさせてえよな。あー。それ、たのしそー。
で、まあ、おれはチェアを椅子にしてエルリアの隣に座った。
「チェアがんばってよー、さいきん四つん這いの練習足りないんじゃないのー」
「はいすみませんアラタさまチェアがんばってイスやるからチェアをみすてないでください!」
「うんうん、チェアの座り心地がチェアとしてイイ感じだったら、けっして見捨てたりはしないよ~」
で、すぐ隣にはエルリアちゃん。
おれはその腕をきゅっと掴む。
するとおおっ、びっくり、――エルリアもおれの服のそで掴み返してくれたぞ。
「なッ、――エルリアさま!?」「なにを!?」「危ない……!」
「いいのよ」
また、言った。……なるほどこれがこの女の決め台詞かあ。いいのよ、ねえ――まあまたずいぶんと高慢さのある文言でして。
場は、静かになる。
エルリアが、……おれにしなだれかかってくる。そして手を伸ばして、おれの頬やらどこやらなんやらぺたぺたさわさわしてくる。
明らかに色目だ。発情感やばい。
おお。早くね? 薄い本的展開、嬉しいけど、早くね?
「……ねえ、アラタさま、きっとあなたはさみしいのだわ」
おれは返事をしなかったけど、……うーん、まあ?
「エルリアが慰めてあげます……」
お。おお。あんなとこ。こんなとこな。
手が。手がな。白くて細っこい、巨乳エルフの女の手がな。
いやいや早くね? 36ページ本で4ページ目で開始するくらい、早くね? まあ即物的で非常によろしいしおれはそーゆーのむしろアリかなタイプだけど……ここ現実で……あー、いや現実じゃねえのかここは、そういえば。
「――ここだけのはなしだけど、」
エルリアは、おれの耳もとでそうっと囁いた、
「……エルリアは、魔王さまの、賛同者ですわ。聴いてくださいます?
ねえ。このエルフィレーナの森は、もう、停滞の時代に入ってしまっていますのよ。
魔王さまを案内させた、トレディア――あの子が、かろうじて、外部から来た新しい風だったのですわ。
そこでですね。
ふるい書物をあたったところによりますと、――魔女裁判、といういにしえの風習がございますのけれども」
快感さえも、伴う声で、――エルリアは、そんなことを言った。
だからおれも知的に返した。
「……まあ、焼畑農業、ってとこだな」
エルリアはおれの高度な知的ジョークが理解できなかったらしく、コクリ、と笑顔で誤魔化していた。
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