前世

 もういい加減あんなくだらない世界のことは、前世と割り切っていいと思うのだ。

 前世。そう前世。

 というか、この世界で最強になって、

 かわい子ちゃんたちに囲まれるための準備段階だと思えばいい。そう思う。


 なのにおれはなぜかやっぱり前世の地球の日本の東京のブラック企業と独り暮らしのアパート、というそんなくだらないことを、

 そうだな十に一くらいは思い出して、しまうんだよ。

 以前はあんなクソみたいな、というより糞そのものの生活がすべてだったわけだから、

 そう考えれば今はマシだ。マシだ。



 ……本当にくだらない会社だった。

 上司を犯す光景を妄想していたことは、前にも思い出したし今も鮮明に覚えているが、

 その上司たちというのはもうほんとうに最低だった。



 古臭い体制。古臭いノリ。説教したいだけの時間。

 汚い笑顔。汚らわしい言葉。

「だからお前は駄目なんだよ」が口癖のヤツら。



 なんかヘンな水の信仰が社内中に蔓延っていて、それは社長の宗教というか社長が言うにはそれは「感謝の理念」とかいうゲロ吐きそうなモンだったのだが、

 ともかく、ガランとしたオフィスには至るところに水が置いてあって、

 その水にまでも挨拶をせねばいけなかった。「おはようございます」「ありがとうございます」「お先に失礼します」……。


 で、なんか悪趣味な、オバサンの好みそうな観葉植物もあって、

 始業前一時間に出勤して、そのうちの三十分くらいは、

 おれはそういう水だの観葉植物だのの世話に追われた。



 眠すぎる目で、通勤電車で疲れた脚で、

 ジョウロに水を汲んで、ひたすらに与え続ける。

 備品ですらない、インテリアにしたって無駄すぎるそーゆーたぐいのものものに。

 ……なに、してんだって、思ったわそりゃ。

 おれは植木屋にでもなるのか、って。


 サボってるとすぐに怒られた。

 ハゲバカの社長も、ヒス出っ歯の専務も、ガリ陰気の課長も、デブ無責任の部長も。

 皆年代も見た目も違ったが、それぞれ醜いという共通点だけはバッチリ一致していた。



 なにより。

 おれを怒るときの口の動きが、全員同じだった。

 まったく、同じだった。


 グロテスクなモンスターだった。

 赤と舌のうえのカスが動き回り、ぬめぬめと濡れる。唇がよくわかんねえモンでテラテラと濡れる。唾も汚い。サイアクだ。



 おれはそうやって説教されて反省したかのように俯いているとき、

 ……こんなヤツらでしか、もはや興奮しなくなってしまった、

 そんな自分を思いっきり恥じた。

 サイアクだった。

 本当に、もう、……サイアクだよ。



 おれの正常な欲望はどこにいった。ずっと、そう思ってた。

 だからやっぱり、ここだったんだな、――ああおれの愛しき異世界。



 おれは、ここでちゃんと、女の子たちを可愛いと思うことができる。

 そして、興奮することが――できる。

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