本性
エルフ族だけが住むこの森は、エルフィレーナの
賢森とかいうわりにはふつうに深くて暗い森だ。
鬱蒼とした森は、おれがいた日本の富士山のふもとの樹海を連想させた。
どこかに死体でもないだろうかとキョロキョロしてみたが、べつになかった。
あと、おれは右手を小さく光らせて発動させて、このくらいの森だったらいざとなったら一焼きであることを確かめておいた。
おれの右手。つえー右手。なんかよくわかんないけど、世界最強になれたおれの黒曜の右手よ。
エルフの金髪巨乳騎士という属性盛りまくりのねーちゃんは、トレディアと名乗った。愛称はトレディだとか言ってて、おれは日本にいたころネットで見た、飲み会でまだ場があったまってもないのに自分の呼び方を固定させてしまうイタいヤツを連想した。
トレディアについていって――。
おれと、ココネとチェアは、森の奥へ向かっていた。
エルフの居場所に行くのだ。
エルフの女王様とやらが、おれに会いたがっているらしい。
新しい世界の魔王に挨拶をしたいとは、その殊勝な心がけ、感心、感心。
魔王一行を案内するという大役を担ったトレディ。
トレディはめっちゃ緊張しててもうすでにカワイイ。
あと、意外なことにおしゃべり好きっぽかった。おれのことあれやこれやと聞いてくる、その能力はなんだとか、どのくらいのことができるのかとか、『何が力の根拠なのか』とか。
なんだ意外と女の子らしいんじゃんと思って、おれはその肩を抱きながらいろいろとしゃべりかけてやった。
「トレディちゃんは、よくおれと平気でしゃべれるね~。ほら、おれ、魔王なのに~。怖くない?」
「騎士は、恐れないのだ。いついかなるときも平常心」
「ふうーん。っていうかトレディちゃんってなんで騎士なの? そういう需要のこと知ってて、そういう需要を満たしてくれるの?」
「ジュ、ヨ……? 済まない。なんの話だろうか」
「あー、やっぱこの世界って経済とかも未発達なのかあ。未開で野蛮ってことだよね~」
「――貴殿はやはりほかの世界からやってきたのか。そうだと専らのウワサであるが」
「ちゅーしてくれたら教えちゃおっかなー」
おれは唇を軽く突き出して、トレディの顔を見た。
トレディは真っ赤になり、ごていねいにその剣までカンと持ち上げて顔をそむけた。
「……か、からかわないでくれ。私は、騎士だぞ」
「からかってないよお。騎士だからこそじゃん、おれが女に目覚めせてやろっか~?」
「――気持ちの悪い冗談はやめてくれっ!」
おれは、ニイッ、とアルカイックスマイルをした。
ポンポン、とトレディの肩を叩いてやる。
「それで、いいんだなあ?」
おれの言葉の意味はまだトレディはわからないだろう。――後ろで荷物をぜんぶ持たせて這いつくばるようにして歩くココネとチェアなら、わかるはずだ。
★
魔王アラタとエルフ族の女騎士トレディが前をゆく。
アラタの興味はいまのところトレディにいっているようで、チェアたちは荷物運びに専念できる――はず、だったのだが。
「……ずっとあのでかぱいエルフに気ぃ取られててくださいよ、魔王さま。こっちもすこしはやりやすくて――って、おおい、ココちゃんっ」
チェア――という新しい名前を屈辱的にも魔王から賜ったフェアリーの幼女は、呆れた顔で振り返る。
またしても重荷に耐え切れずバタンと倒れた故郷サンタレーナの幼なじみ、犬娘ココネ。
「……だって、だって、イレブンはなんでこんな重たい荷物運べるんだようぅ……」
「ほらそれ。ちょい待ちですよ。私はイレブンなんて名前じゃないですよ、チェアですチェア」
「……イレブンは、その名前でいいのおぉ……?」
「やめてくださいよココちゃんがチェアのことそう呼んだらチェアがお仕置きじゃないですかやだー」
「……っていうかイレブン――え、ええと、チェア? って、そんなキャラだったっけえぇ……?
なんか、もっと、こう……かわいくってふつうの女の子だったよね……ボクがあいさつ行ってもいつも11番めの子ですって、お母さんがさ――」
チェアは嫌そうな顔を剥き出しにしながら、ココネに手を差し伸べる。
ココネもおそるおそる、自分より小さなその手を取った。
少女にしては小柄なココネと、幼女らしく背の低いチェア。チェアのほうが、ココネから荷物を受け取った。
チェアの羽の赤色が、もっと深く鮮血のようになる。……力を出すときのフェアリーの羽の使い方だった。
ふたりは、アラタとトレディに適度な距離をもってしてふたたび歩き出す。
「ふん。母は大樹の世界に還りましたよ。家族もね。街のひとも、もうみいんな、です。炎に焼かれながら、ね。
チェアはあのトラウマで性格が変化してしまったのですよ。……まさかマザリアさまの生き首を切り落とすとは。幼き妖精のチェアはもうあのせいで性格も人格もすべてが変化です。だいたいチェアは魔王さまの椅子だからチェアなのですよ? 悲惨じゃないですか悲惨、もはやココちゃんみたく動物ですらないというか椅子って生物ですらない」
「……ごめんなさい……」
「と、いうのは冗談で。……やっぱココちゃんはフェアリーのことあんまりちゃんとわかってなかったのですね。
まあ、サンタレーナはフェアリーの街でしたからね。なんだかんだで、ね。
……ドッグのココちゃんの受け入れのときだって揉めたものです。フェアリーとは、時間の流れ、違いますから。
たしかにフェアリーは羽もつ種族としてはとても短命ですよ。
けど、人間や、ココちゃんほどではないですよ。
……このさいだからバラしますけどチェアはココちゃんよりもほんとはずっとお姉さんですからね?」
「えっうそでしょ」
「ほらその反応ですよ」
「えっ、……ごめん、それはうそだ」
「うそじゃないですう。ココちゃん年齢いくつですか」
「……え、じゅ、じゅうよん」
「チェアじゅうきゅうさいだから」
「え。うそでしょ。いつも五歳ってゆってたじゃん! 歳訊くとさあ、手ぇ伸ばして、ごさいー、って」
「それは妖精換算で、ですよ。私は十九年生きてますからねほんと」
「じゃあなんであんな子どもぶってたの!?」
「――私たちフェアリーは、たしかに弱い。
けど、だからこそ、小賢しいんですよ。
自分たちの年齢のことは、自分たちだけで管理する。
フェアリーは、いつでもどこでもいるかのようで、それだって生き残りの工夫なんです。
……種族の違うココちゃんには、秘密にしときたかったんですよ。
長老さまもそう決めてたましたし」
「……あ。長老」
「というかですよ。ココちゃんだってチェアから見ればずいぶん性格変わってますけど? あんなに元気印で売ってたくせに――って、あー、ああ、ああ。また、泣かないでくださいそんな……チェアだって連帯責任でまーた痛いことされるんですよ……」
泣き崩れてしまったココネ。ごめんなさい、ごめんなさい、と嗚咽のなかで繰り返す。
チェアは顔をぎゅっとしかめながらその肩をよーしよしよしよしと、さすっていた。
「――おおい、おまえらあ、ノロノロしてんじゃねーよっ」
チェアはとっさにバタリと倒れた。
うつ伏せのまま、両手足をじたばたとされる。
「ひゃうう、ひゃうう、チェア、もう歩けないよぉ……」
「――幼子ではないか」
トレディがやってきて、小柄なチェアを――ひょいとかつぎあげた。
そしてココネにも目をやり、一瞬だけ眉をひそめたが――ココネも、もう片腕にかつぎあげた。
「貴殿の臣下。あまりにも哀れなので……運ばせてもらうぞ」
「……うっわ。すごい。なんつーのこれ。女体盛り? とは、違うしなあ……」
★
そして、一行はエルフの治める深き知性と歴史の森、――エルフィレーナの賢森に到着する。
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