廃墟

 あくまでも自由意思で、恩のあるサンタレーナの街をみずから裏切り、みずから進んでおれについてくることに決めた犬娘・ココネ。

 おれはココネを第一の奴隷として、快く迎えることにした。


 おれは第一の命令をくだす。


「そんじゃ、ココネ。ちょっと、おれの仕事手伝ってくれる? ――手伝ってくれるよな?」


 ひえっ、とココネが可哀想な顔をした。



「……みんなー、こっち、だよ、こっちに来れば、助かるよーっ……」

 ココネは尻尾をふりふり、がんばって誘導をする。

 その耳はぺたんとなってしまっている。不満だったが、まぁ許してやろうか。おれは、寛大な魔王になるのだ。


 街のやつらはゾロゾロとやってくる。

 大樹のほうに。

 サンタレーナの聖なるシンボルと言われているらしい、このただの大木。だからおれは、ここに選んだ。

 木材だったら、……よく燃えてくれそうだしな。


「どうしてこっちなんだ?」

「大樹様のほうへ」

「ココネ、まことか?」

「ココちゃん。本当に、私たち、助かるの?」

「……あの子はマザリアさまを殺したのよ」

「嫌だ! 嫌だ、裏切り者の言うことなんか、信じられるか!!」

「落ち着いて! かといって、私たちはもうほかにだれに頼るというの。マザリアさまは、もう……いないのよ」

「許そう、ココネのことを。マザリアさまがそうしていたように。きっとマザリアさまだったら――そうするさ」

「そんな! あんなむごいことになって……!」


「皆の衆! 黙って歩きなさい」

 長老がいまだに偉そうに一喝するのが面白い。


 おれは腕を組んで、大樹の陰寄り掛かって眺めているだけだ。

 ココネはうまくやってくれると信じているから。部下を信じるのも、寛大な魔王の条件だろう。



 羽の生えた生き物たちを、大樹の丘に集めた。

 高い丘だ。緑がいっぱい。

 ここからは、街が見下ろせる。

 おれはやっぱり優しい。こいつらは、故郷の街をじっくり見ながら逝けるのだ。



 空は禍々しい紫色で、おれの色をしている。



 総勢、三百人くらいだろうか。まぁいくらか殺ってしまったしな。ポロポロ抜けや漏れがあるのは、仕方ない。逃げようとしたやつは、その場で燃やしといたし。



 ココネの尻尾は哀しそうに垂れている。

 おれは大樹の裏から現れて、その頭をポンと撫でてやった。力ある右手で。



「おっつかれ、ココちゃん」


 燃やすゴミどもの顔が憎悪と絶望に染まる。

 ヤジが飛ぶ。

 ガヤガヤする。

 逃げ出そうとするハエみたいなゴミが数匹いたから、それは直ちに燃やしておいた。なるべく苦しむように、火だるまになるように。

 そうしたらゴミ山は静かになった。



 まあ、いいか。もう、これ以上別に、ここでなんかしなくとも。……焼却処分には、多少の騒音はつきものだ。

 幸い、ここには騒音の法律や条例を守らねばいけない相手もいないようだし。


 なんか、おれはもう、別にこいつらのことをいじめようとかいう気が、失せていた。

 ゴミにしか見えない。

 ゴミに語りかける人間がいたとしたら、それは頭がおかしいだろう? ……そういうことだよ。



 遊びすぎて腹も減ったし、さっさと済まそう。



 ザッ。

 おれは一歩、歩み出た。



「ココちゃーん、燃やすからさあ、テキトーに見張っといてー」

「……あ…………あっ……」

 ココネはぷるぷるしている。膝も、尻尾も。



「んじゃ、いくよー」


 おれは右手を高々と上げる!

 もう、おれはその力があるって、知ってるから。



 ドンガラ、ガッシャン!

 燃える漆黒の雷が、ゴミ山に直撃する。


 大樹、もろとも。

 大きな漆黒の炎に包まれ、ゴミが燃え始めた。

 最初こそギャーだのワーだのピーだの、声が上がる。

 だが、一瞬のことだった。

 漆黒の炎は、温度が高い。


 ただ、ゴミどもの手足は、最後の最後までウネウネと踊っていた。

 正直、キモかった。



「お疲れーっ、ココちゃあん。すっげーキモいねこれ。ムカデみたいじゃねえ? 笑える」

「……あ、あ、あ、……ボクが、ボクが、……ボクのせい、なの……? み、みんな、ホントに……ホントに……死ぬの?」

「んー? いや別に、疑ってんならお前も入ってきていいよ。


 つか、そっちのが罪をちょっとは償えるんじゃねえ? 大好きなミンナと死ねんじゃん。

 いいんだよー、おれは止めない。お前の代わりなんて、腐るほどいる」


「……ぁ……」


「うんうん、それでこそ犬っ娘のココちゃんだぞっ。そういう弱さ、お父さんだーいすきだかんな!」


 おれはもういちど右手でココネの頭をぐりぐり撫でて、褒めてやる。

 やはり一定の成果を出した部下は褒めなければならない。おれはそうしてもらえなかったから、そのころの反省をこうやって生かすのだ。



 ムカデの脚のように、やつらは苦しんで燃え続けた。

「――ココネーっ!」

 長老の声だった。すげえだみ声で大声。

「生きろ……生きろよ! 神も天使もお前を赦さずとも、私は――」


 おれはムカついたので、長老に右手を向けて心臓をド真ん中から黒い稲妻で貫いた。




 ……パチパチ、パチ……パチ……。

 炎の、燃える音。

 いよいよ、静かになった。



 ココネはぺたりとその場に座り込んだ。



 おれは無人となったサンタレーナの街を見下ろす。

 信じられないほどちっぽけでつまんねえソレも、黒い炎に照らされてテラテラ光れば、それなりに雰囲気もあって見れたもんだった。

 そうか、こうやって、廃墟って作られるのだ。

 廃墟って、情緒があるし悪くない。写真集とかも出てるらしい。

 廃墟をつくっていくというのも良い余生かもな、と思った。



 どうせおれはこの世界で最強だ。

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