誘惑
すっかり事態を把握したココネが、フラッとよろめいた。
「……う、そだ。うそだよ。
だって、それってボクが……ボクの勘違いで、マザリアさまを……こんな……、
こんなことにしちゃったってコト!??」
「ああ、そうだぞ、ココネ。
物分かりが良いワンちゃんはお父さん大好きだぞお」
「――だ、だれが父さんだよっ! やめろよっ! 気持ち悪いんだよっ!
お前の、そうだよ、お前のせいだろ!? お前がボクたちをそそのかして――ッ!」
「いやいや。おれはちゃんと、お前の自由意思で決めろっつったぜえ?
それとも、なんだ。犬ってのはそうやって人のせいばかりにするのか?
あーあ、だったらガッカリだぜ。なんかお父さん可愛いココネちゃんのこと今すぐ殺したくなっちゃうなあー」
「――ッ!」
「……やめてくだされ。アラタ様。どうか」
長老が口出ししてきた。
「我々は、サンタレーナの希望、大天使マザリアを、喪いました。我々と……そこにいるココネの、勘違いで。
何か要求があれば、我々は従いますじゃ。
貴方様を……そう、魔王とも、認めます。
……まさかあの伝説が本当だったとは思わなんだ……。
……ですので、もう充分ですじゃろう。か弱き我々を、あまり虐めないでくださいませ……」
長老は自らもう何度目かってくらいの土下座をした。
波のように他の奴等も。
羽の色が微妙に全員違うから幼児の飾りみたいで、妙にスカッとする。
「ねーえ、コッコネちゃあーん」
おれはココネにピトッと抱き着いて、尻と頭を撫でた。
尻尾と犬耳が緊張したようにピンと直立するのがわかる。……お。やっぱ、可愛いじゃん。
ココネがとても嫌がっていることが全身から伝わってくる。おれはついでに満員電車の痴漢のように腰と、その下も押し付けた。
おれはセクハラよろしくココネの全身をねっとりと撫で回しながら、愛撫みたいに耳元で囁くことにした。ちなみに人間の耳があるべきところに耳はなかった。ケモにも色んなタイプがいるのだろうが、コイツは犬耳が飾りではなくガチ耳パターンだ。
悪くない。もともとおれは、ケモもイケるクチだった。そしてこのパターンのケモでも、イケるクチだ。
なんか、いままでずっと女に対してやりたかったことを、やろうと思って。
「お父さんさぁ、ココネちゃんのことがさぁ、とってもお気に入りになっちゃったんだよぉ。
だってねぇ、だってねぇ、ココネちゃんってとーっても可愛いでしょ?
まずさぁ、そのさぁ、おみみとおしっぽが可愛いよねぇ。ケモだ、ケモケモ、フワフワフカフカの、もふもふ!
ねぇねぇココちゃんはなんでそんなにもふもふなのぉ? 可愛いなぁ。可愛いなぁ。顔とかアレとかうずめたいなぁ、可愛い!
ココちゃんもふもふ。ココちゃんもふもふもふもふ。
でねぇ、ココちゃんの性格はねぇ、ナマイキなくせに、なんもできない。イキがるけど、失敗する。
それで絶望してフルフル震えるんだよねぇ、やあねぇ、ココネちゃんってえっちぃんだ」
「……な、にを、言ってるんだよっ、このバカっ……!」
「バカじゃなーいよぉ、ココネちゃんのパパだよぉ。ねーっ、ココちゃぁーん。パパってゆえる? ゆえましゅ? ゆってみーぃ?
……もーぉ、そんな怖がらなくっていいんだよぉ、ココちゃん。カワイイなぁ、もう! こいつぅ!
……そんなココちゃんにパパから相談があるんだけどぉ?」
じっとり、と。
……ココネだけに……聞き取れるように。
「……どっちか好きなほうを選んでいいよ。
おまえは、功労者だから、特権をやるよ。
……どうせこれからこの街は焼き尽くすんだけどさあ、」
「!!」
「――この街のすべて裏切っておれと来んなら、お前だけは救ってやんよ」
おれの悪魔的な提案。魔王様の、お誘い。
死ぬか、生きるか。
故郷の奴等に最高に申し訳なく思いながら、けれど漆黒の業火に焼かれてこの街のクズどもと共に炎で溶けてグチャグチャのドロドロになって、一体になって心中するか。
それとも――最悪にヤツらを裏切って、この平和ボケしていたかつての故郷に背を向け、……情けなく這い蹲ってついてきて、やがてはおれの臣下ともなるか?
「どっちでもいいんだぜぇ」
ココネは呆然として立ち尽くしている。ギュッ、と肉球の手で自分自身を抱いていた。
寒いのかい。大丈夫だよ、どうせこの街はもうすぐ、焼ける。っていうか、燃やす。おれが。
身体というのは、焼けるとどうなるものなのだろう。きっと、昔読んだ漫画のようにドロドロと蝋のようになって溶けてくれるに違いない。おれは、そのサマくらいはちゃんと見届けてからこの街を去ろうと思っていた。
おれは、寛大な魔王になる予定だから。
魔王になれる――それくらいのことは、わかるぜ?
この、おれの右手でな。
漆黒の右手。
ナメんなよ――どころか、おれのこの手でこの地をベロンと焼けばそれまでなんだ。
燃え尽くせるんだ。
おれは、なんかそういうことが、『わかる』んだ。
そういえば、なんでだろうな。
おれはずっと弱かったはずなのに、ここでは最強。
……なんでだろうな。ま、そのあたりも、これからこの世界を支配していくうちに――わかんだろ。
自分自身のちからの自覚があるおれにとっては、経緯とかいきさつとかいうものはそこまでたいして意味を持たないものだった。
とにかく、おれは魔王になるのだから。
そして、ココネはここでおれを選べば、――見事栄えある魔王俺様の第一奴隷、って訳だ。
うん、良い話だ。人助けだ。ボランティアだ。
おれはこのワンワン娘を優しく導いてあげようと思った。
あくまでも自分自身の決断にしたかのように。眠れない夜があっても、おれのせいではなく、自分のせいにして震えるくらいに。
そう、おれのように自殺したくなるまで、優しく可愛がってあげようと思うんだ。
おれは恋人にするみたいにそっと後ろからココネを抱いた。
「ココちゃん? 悩んでるのかい?」
「……さ、わ、るなっ……」
「やだなぁ、パパ哀しいなぁ。今ココネちゃんから離れたらさみしくてさみしくて、この手がうっかり熱を持ってしまいそうだ」
「――ッ!」
「……怖いんだろう? いいよ、正直になれよ。
誰も責めない。……誰も責めないよ。お前のことを。
どうせ、あとはみんなで死ぬだけの街だろう?
炎は、熱いぜ? 炎は、むごいぜ?
きっと痛い。
……助かっちまえよ。
それにさ、
ココネ。悩んでるんだろう?
……それが、答えじゃないか。
お前は悩む程度には死にたくないんだよ」
「――っ、わ、う……」
「いいよ。いいよ。
ココちゃんがどんなにサイテーの裏切り者でも、
おれはそこをひっくるめてすべて愛してあげるから。
だから、おれの奴隷になれよ。……なぁ?」
おれは全身で後ろから抱きしめてるからココネの一挙一動が細かくわかるのだが、
ココネはふる、と震えて耳もぺしゃんこにしてうつむいて、
ぽたり、と泣いた。
「……なる。ココネ、アラタさまの奴隷になります」
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