餓鬼
ココネの顔が絶望的に染まっていく。
「そうだよ、ココネ! おまえが、おまえの判断で、言うなればおまえだけの独断で、マザリアを殺してくれたんだ!
まぁ、判断独断ってよか、恐怖心? 水に溺れるのが嫌だったんだもんなァ!? ワハハハハ!!!
しょうがない、しょうがないさ! 犬って、犬かきしかできないんだろ?
そんだったら怖くて天使の一匹や二匹くらい殺しちまうよなあ!??
サイッコーだぜ、おまえ!」
「……え、だって、だって、だって!
……マザリアさまは、て、天使じゃなかったんでしょ?
天使じゃなかったって、言ってた!
そ、そ、それに、ボクじゃないよ、みんなが殺せって――!」
「――けどおれはおまえの判断で決めろって言ったよ?
なあー? そうだよなあー、長老おぉー?」
「……はっ……」
長老も青ざめてやんの。気色悪ぃ。
マザリアの首はゴローンとそこに転がったままだ。
生首。
初めて、生で見た。自分の身体も、線路でそうなったのかもしれんが、自分じゃ見てないし。
血みどろで血が乾いてパリパリになってきた血の乾燥肌。
表情がかろうじてわかる。目をカッと見開いて苦しそうに喘いでいるみたいな顔だった。アヘ顔みたいで、おれはちょっとマザリアのことを許せた気がしたんだ――。
ギャラリーは静まり返っている。
誰も、誰一人とて、そこに触れようとしない。
おまえらが崇めていた大天使様だというのに。
なんか、そこだけは、マザリアもおれと一緒だったなあって今になって思った。
おれも、ブラック会社に使い潰されて殺された。
コイツも、けっきょく可哀想な最期だった……。
思えばコイツはただミスをしただけだ。
おれのこの世界での潜在能力を知らず、哀れな社畜のひとりとして、おれを天国に誘ってくれたんだ。
考えようによっては、仕事をきちんとこなす、良いヤツだったじゃないか。
おれ、いいこと、したなあ。
マザリアの無意味な労働の人生を終わらせてやったんだ。
おれは、この無関心で残酷な街の人間に良いように利用されていたマザリアを、助けてあげたのかもしれない。
そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
……いやまあおれのこの右手の漆黒の力をもってすれば、命くらい、再生できるってわかるけど。
まぁ、有終の美を飾れたし、いいんじゃないかな。マザリア! ありがとう、サンタレーナの大天使マザリア様よ!
おれはマザリアの生首に向かって、エールを送るように小さく手を振った。
ココネがおれのことを穴が開くほど見つめている。やめてくれよ、穴が開いちまう。穴を開けるのは、おまえじゃなくて、おれの仕事だろう? というか、おれに穴を開けても、おまえはどうしようもないだろうよ、ココネ? ……フフッ。
「……えっ……なに、してんの、このひと……」
「おーい、独り言のつもりが聞こえてるパターンだぞー?」
「わっ、あっ、きゃうんっ! ご、ごめんなさい!」
「おれにはべつに謝んなくてもいいけどー? おまえは、マザリアの生首様に一応謝っといたほうがいいんじゃねー?
……勝手に殺してごーめんなさい、って!」
「……アラタ、さま」
長老がでしゃばってきた。
跪いたままだがおれを真正面から見てくる。
ふむ。……おれのことを直視できるとはまぁまだ一応この街のまとめ役のつもりなんだな。
ま……もう、無駄なことだけど。
「……魔王、……アラタ、……さま。
我々に事情を説明してはくれませぬか……」
「んー? 犬にもわかるように、ってこと?」
「……はい……」
「しょーがねーなー」
おれは鷹揚だし、説明責任というのは大事だと思うから、説明をこの可燃物どもにしてやることにした。
「だからさ。別にマザリアのせいじゃねーんだよ」
ギャラリーどもは、ぽかんとしている。
まるで俺の言う言葉が言語として通用しないかのように。
あるいは、せめてそうやって下等生物みたいに演技したいかのように。
「おれさぁ、地球ってとこから来たの。チキュウ。知ってる?
ねえー、地球、知ってる?
……反応がねえよなあ。おいココネ、地球知ってるか地球」
「……気球? お空をふわふわするマカロンみたいなあれのこと……?」
「ハーッ、この世界は何から何まで冗談みてえに出来上がってんだな。気球がマカロンだと? マジかよ。
……まぁそりゃ後でお前に聞くからいいや、ココネ。この世界っておれの気にくわねえことたくさん、あるからよ。
で、話を戻すと、おれは地球って世界から来たんだ。
こことは違う。異世界だ。
おれはそこの日本国というところから来た。
ここみたいに、呑気にお花畑で踊り回ったり駆け回ったりはしない。
そんなことするのは、おれの世界じゃ馬鹿かおつむに何らかの差し障りがあるという。
だから、おれの暗黒のチカラは、ここに到着してサンタレーナの原っぱを見たときに覚醒したんだよ。
マザリアはそんなことまでわかんなかったんじゃねーのか? 馬鹿な偽善のカタマリみたいな女だったから」
「……アラタ様。それは、どういったことなのでしょうか。
どうかわたくしたちめにもわかりますように、説明してはいただけまいか……」
「おお、おお、長老。いいぞお。おれはいま、機嫌がいいんだ。
ねえ、お前ら、『絶望』って知ってる?
……まあ、知らないだろうよ。妖精に天使に犬耳娘だと。しかもそんなんが草っぱらでヤクキメたようによ。
ホント、笑っちまうわ。
お前らが、知るわけねえな。知ってたらもうちょい『この世界はマシだった』はずなんだ……」
おれは、ちょっと、息を吸い込んだ。
「……おれは地球で働いてたことがあった。
通勤途中には、ガキどもが集まる施設があった。
集まって、ただ遊ぶだけだ。ガキは、それでいいんだ。将来があるから、そうやってアホみてえにアホ面で遊ぶことが、仕事なんだ。
おれはガキどもの楽しそうな声を聞かされながら、
毎日、通勤した。
朝の6:48に最寄り駅を出る私鉄に乗って、
満員電車に揺られて、
2回、乗り換えをして、
果てのクソみたいな駅に07:38に到着した。
そこからまた10分歩く。
キッカリ1時間だからいいじゃないキミィとか言うイカレた上司がいる。
始業は09:00のはずなのにおれは毎朝08:00までに来いと言われていた。
クソみてえな職場のクソ掃除をやらされた。クソもクソで、クソミソだ。
ちょうど、その時間帯は、被ってたんだ。ガキの施設と。
……なに言ってるかわかんねえだろ。ほうら。その間抜け面だよ。
同じだったんだ。
お前らがああやって草原で遊んでいる様は、ガキどもと同じだった。おれにそういう印象を与えた。
ああ、殺したい、殺したい、って。
そうでなければ、おれももういちどガキになりたい、って。
どうしておればっかりこうなんだ。
毎朝、涙を堪えてたよ。
……おれはお前らみたいな無邪気さが大嫌いだ。
おれは、無邪気さに殺されたんだ。――そう思ったら!
……そうだよ。覚醒、したんだよ」
おれは、ギャラリーの妖精や天使や犬娘どもを、憎しみを込めた強い視線で舐めまわす。
素朴におびえた顔しか出来ない、幼稚な奴ら。
許せるわけがない。
たとえ、それが、こいつらにとって、理不尽であっても、
おれはもっと理不尽だったのだから。
だから、おれは言い放つ。
どんどん血の気を失い、単なる物体じみていく大天使マザリアの首をぼんやりと見つめながら。
「――なにか、悪いか?」
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