魔
おれはココネに声援を送る。
ココネは足をガクガクさせて震えている。尻尾もフルフル震えてる。可愛いところもあるんじゃねえか。
「ココネー、そんなの、殺しちゃえ殺しちゃえー。フレフレー。
あ、でも、決めるのはおまえ自身で決めるってことだけどー」
ココネは絶望的な顔で死神のカマを見下ろしていた。
ギャラリーからも「やっちゃえー!」「裏切り天使なんて用なしだー」という声援が届く。
うんうん、いい雰囲気だ。この町はやっぱり仲がよろしいようで素敵だなぁ。
ビビッ、っと大きな電子音みたいな音が鳴った。
宙に浮くまがまがしいデジタル時計版は09:00台になった。
ココネがくだらないことで迷って悩んでいるあいだに、決闘の貴重な10分のうちの1分を使ってしまった訳だ。
可哀想なやつ。まさか犬だからそのあたりもわからないのだろうか? それだったら本当に可哀想だ。
けどおれは寛大で気が長い支配者でありたいから、不機嫌になることもなく加えて応援してやることにした。
「ココネ、そんなに悩むのなら殺さなくていいぞ!」
ココネは一転、パァッと顔を輝かせておれを見た。
「おまえが自由に好きに自分の自由意思で決めれば、それでいいんだからな!
べつにそのクズ堕天使と心中するっていうならおれは止めないからな!
おまえと、マザリアと、仲よく水に沈めてやるから!」
「……水、に? だって水に沈められたら……息もできなくて、死んじゃうよ、ボク犬かきしかできない……」
「死ぬんだよ? てか、殺すんだよ?
やっぱおまえも犬みてえに水って苦手なの?」
こくり、とココネはうなずいた。
「じゃあ決まりー。水だなー。
べつにおれはそれでもいいんだよ。
そしたら次の決闘が始まるだけだし。おっ、これ良いアイデアなんじゃね?
サンタレーナ・コロシアム。おっ、キマるじゃん。すげえ。おれの好きだったゲームみてえ。
……溺死って苦しいって言うよなあ。
たぶんカマでさくっと首をやられたほうがよーっぽど、楽だよなあ。まぁ首って生首だけでもしばらく生きてるとかいうけどさ、アハハッ。
でも溺死はねー、やべえよ。おれさぁ、ガキのころに映画で見てからトラウマなんだよねー。
だから溺死だけはしたくないって思ってたわー。
電車に飛び込んでみてよかったぜ、ハハ。
それに天使だから翼も水吸って膨れるんだろうなぁ、」
ココネの動きは一瞬だった。
まさしく犬、ケモノの俊敏さがそこにあった。
おれのプレゼントした死神のカマを小柄なくせにかるがると持ち上げ、
マザリアのほうに駆けていき、
ふりかぶり――
「――あああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
吠えながら、
――ちゃんと天使の首をサクッと斬り落とすことが、できた。
血しぶき。ころりん。悲鳴。絶望の悲鳴がたくさん。
おれはニヤッとする。
うん。
やっぱ、ココネにして、よかったわ。
大変、よくできましたね。花マルをあげよう。
おれはマザリアの斬れて投げ出された生首を観察してみた。
生首を実際に見るのは初めてなので、ちょっと緊張したし、興奮した。
生首になると本当に小さなものだ。ボールみたいだ。蹴って遊べそう、などと思ってひとりで笑う。
首の投げ出された方向に、ダクダクと血が溜まって真っ赤な道が出来ている。天使の血もちゃんと赤いんだなあって思った。
キレイだったはずの金髪がその血溜まりに漬かって、ゴワゴワになっていく。もう、キレイじゃねえな。
ふうん。ホントにアニメみたいなモンなんだなあって思った。
ギャラリーは阿鼻叫喚になっている。
皆それぞれ最大限に衝撃を受けて悲しんで絶望しているって感じだ。
――ギャーッ!
――キャーッ!
――グワーッ!
――ウオーッ!
悲鳴の種類もよりどりみどりだ。いいカンジじゃん。
おれのクリエイトした紫色の空と黒い太陽が、
町の牧歌的な中心広場であったはずのこの即席コロシアムによく似合う。
「……ひっ……うっ……えぐっ…………」
あ、このイスもどうにかしてやんなきゃ。
おれは立ち上がった、四つん這いのままのイスちゃんに優しく微笑みかける。
「あ、イスちゃん、お疲れー。おれもう行くからママのところ戻っていいよ」
「……え? ふえ? ほんとに……?」
「おれがウソつくと思う? つかないでしょ。だってマザリアちゃんも死んだでしょ?」
イスになってた幼女はおれを怖々見上げると、ギャーッ、とカエルが潰れたみたいな幼女らしかぬ汚い悲鳴を上げて、親妖精のもとに帰っていった。後ろでぷるぷる揺れるピンク色の羽をおれは慈しみの目で見送ってやった。
……さて。
次の慈悲は、ココネに向けて、だ。
何せ、あいつは功労者だからな! いちばんに、ねぎらって労ってやらないと。
カツン。
おれは、コロシアムのココネに向けて歩き出す。
ココネの足元には今もおれの与えてやったカマが転がっている。心なしか、カマも誇らしげだ!
そうだよなぁ。仕事をやり切るって、気持ち良いことだって、おれの前職の上司もいつもそう言ってたぞ!
「ココネーっ」
言いながらおれは気やすく黒曜の右手を上げた。
ココネはとてもゆっくりとおれのほうを向こうとする。
あー、返り血ばかりで汚れちゃって。そうだ、あとでおれが洗ってあげよう!
魔王たるおれに全身を洗ってもらえるとは、ココネというやつも運がいいなあ。
おれは強くなったおかげですっかり余裕ができていた。
やっぱりこれは――真面目に社会人をやりきったおれへのプレゼントなんだって確信を、おれは強めていた!
ココネは、ゆっくり、ゆっくり、ほんとうにゆっくりとおれのほうを向くのだ。
おれは急に駆けた。
ココネのところにすぐに来れる。
「なーんだよ、ココネ、そんなもったいぶってさっ」
おれは友だちみたいに来やすくその肩を叩いた。
返り血、血の臭いもする。その茶髪と犬耳がそうやって汚れている。
「……ぁ……」
声を漏らしたその顔は絶望一色だった。
「……あ、くま……」
「違う違う。おれ、魔王だから」
おれは右手の黒い発光を戯れで少しばかり強くした。
その右手で、今度は頭を二度、ポンポンとしてやる。
「――ッ!」
「お疲れさん、ココネ!
おまえは本当によくやった!
罪のないマザリアを勘違いしてわざわざその手で殺してくれたんだからな! サイコーだよ、お前!」
「……え……?」
ココネの顔が今度は絶望的な呆然に染まる――。
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