誤解

 マザリアはおれを連れてきたのが自分だと認めた。



 驚きの表情、ギャラリーの妖精どもや天使どもに、じわじわと広がっていく。

 それは即ち誤解が広がっていくということだ。


「……マザリアさまが? 何故?」

「マザリアさまが何かを間違えたというのか」

「シッ、聞こえるわよ」

「しかし、マザリアさまは七大天使の偉大なおひとり。間違うはずがなかろう」

「……でも、だったら、マザリアさまが間違えなかった結果が、こんな……」

「こんな結果」「こんな結末」「こんな世界」

「世界の滅びがマザリアさまのご意思だったの?」

「そんなわけない」「そんなわけはない」「マザリアさまが」

「じゃあ……何故?」

「どうして?」「納得できない」「わからない」


「だって、二択なんでしょう?



「マザリアさまが、


「「「間違えたか」」」


 あるいは、


 マザリアさまが、


「「「世界を滅ぼしたかったか」」」



 ――うん。おもしろいことになってきたな。

 ちょっと様子見、っと。

 おれは手近なちび妖精を手招きした。女子っぽいやつにする。

 ちび妖精は泣きべそをかいていたが、母親っぽい妖精にすがって見上げても助けてもらえず、反対に母親に怖い顔で背中をトンと押されてた。よろけるようにこっちに来る。

 ほんとにちびなやつにした。人間の子どもで言っても、五歳くらいのやつ。


「うんうん、そんな怖がらなくっていいんだぞ~、おぉ、やーらかそうだなお前!

 お前適任だよ~。そっかそっか、泣いちゃってなぁ、……そんなにおれのイスになれることが嬉しい?


 ……よっこいしょ、っと」


 おれはちび妖精をうつぶせにしてその上に腰をおろした。

 ムギュッ、て変な音が鳴る。声帯から発されたなまめかしい幼女の声だ。俺自身が子どもだったころにさんざんイジメで使われたブービークッションを思い出す。


「……まぁ実際イスってよりクッションだなぁ」


 おれの言葉に返してくれるやつはいない。

 さみしい。

 おれは、さみしい。


 ……この世界でも早くなかよしをつくらないとなぁ。

 天使、マザリア。

 犬娘、ココネ。

 どっちかと『なかよし』になれたら嬉しいなあ――おれのこと、すこしは憐れんでくれよ、なぁ。



 まぁ、それはいまからのお楽しみなので。

 いまだってこれからすっげー楽しいショーが繰り広げられる訳だからさ。

 ギャラリーはずっとザワザワしてる。

 マザリアがホントは――『天使』じゃなかったんじゃないかって、ずっと、絶望しそうに話し合ってる。


「……皆の衆、静粛に、静粛に……」


 髭をたくわえた長老がやっとアクションを起こした。ちなみに態勢としては座ったままだ。立ったやつはおれがすぐ右手で殺れちゃうしな、

 しっかしこのジジイ髭のせいで表情がよく見えない。気が向いたら丸裸にするのも悪くないかなと思った。ホラ、七面鳥のチキンみたいに。けど、まぁ、気が向かないかもしれねえな。ジジイ趣味とか流石にハードルたけえーわ。


「……アラタ、さま。私(わたくし)めに発言をお許しいただけますでしょうか。……七大天使、希望をつかさどる大天使マザリアに対して」

「いいよー。おれ、いまご機嫌だから。つか、てめーが言うことこれから予測できてるし」

「……ありがとうございます」

 長老は不本意だろううやうやしく土下座した。……ハッ。


「マザリアさま」

「……なんでしょうか。長老」



「あなたさまは天使なのですよね」


 ……うっわー、アハハ、質問の仕方さー、いじわりー。


 マザリアは、目を閉じた。天使『みたいに』。



「……『この世界で』、天使という存在は無謬性をもちます。

 無謬、とは、誤らないこと。

 天使は、間違わない。……それなのになぜいまサンタレーナも世界も、このようになったのか。

 七大天使、希望をつかさどる天使のわたしが、こうなっているのか……。


 ……きっとみなさまはそれをお聞きになりたいのでしょう」



 沈黙が答えになってるっぽかった。



 マザリアは、フッと息を吐いた。

 もうその身体は血まみれで、羽ももがれて血を出してグロくて、おれをつれてきたときのキレイな天使サマの面影は、どこにもないと言ってもいい。



「……愛すべきサンタレーナのみなさま。

 わたしは、間違えました。



 ……わたしは天使ではありませんでした」



 途端に湧き上がる怒号――。


「嘘でしょ!」「聞き間違いだ!」「もう一度言ってください!」

「いや、でも」「そうだろ」「そうだよ」「それなら」

「それなら説明がつく」「マザリアさまが天使ではないのだとしたら」

「天使でなければ無謬性もないから」「誤るから」

「間違えて」「連れてきて」「選んで」「間違えたのだ」

「ミスだったのか?」「天使なのに」「それだったら」「七大天使って一体何?」


「しかし、ミスで許されるようなことではない」


 苦しそうに言ったのは、長老だった。



「……ココネや」


 犬娘のココネは呆然としてハラハラと泣いている。

 長老は尚も言葉をかける。


「おまえのやるべきことは、わかるな。……おまえは『天使さま』の犬なのだ」



 ココネは肉球の両手を広げてじっと見てた。



「のう、ココネや、良い子や」

「……はい」



「――その女を殺しなさい」



「――ッハハハハハハハハ!!!!!」


 おれは、おもしろくて、たまらなかった。

 ――あぁこうやって悲劇というのは生まれるものなのか、しかしおれにとっては喜劇でしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る