恩
「言っておくが。
いちおう、決闘だから、制限時間があるぞ。
そうだな、10分以内にどっちも生きてたら、おれがどっちも殺すから」
ふたりともその言葉に反応は違えど動揺してた。
ココネはわかりやすくびくっと肩をふるわせる。ただでさえしおれている犬耳が、これでもかってほどぺちゃんこになる。アハハ、変なの。あとでからかってやーろおっと。
マザリアといえば、見ために変化はないが、その表情がもっとけわしくなった。
穏やかな顔から、キリリってした顔になる。
無表情とかとは違うし、さっきみたいに痛みを必死にこらえてるみたいな顔ではない。
なんつーか、覚悟決めました、みたいな?
じっさい、そうなのだろう。
まぁ、いまは、いいや。
そういう、聖女ぶったカオしてても。まあ天使なんだし。七大天使のひとりとかゆって、大層な天使なんだろ。
せいぜい天使ぶらせてやろう。
だって崩す積木はデカいほうが愉しいじゃんよ。
おれは、いまは、簡単に呆気なく『積木』を壊すことができる。
そのチカラが、あるのだ。
その実感は、この右手に宿る黒々した力で、ちゃんとわかった。
ちょっと、小指の先を向けただけで黒い光線がそいつを焼き殺す。
悪意みたいな力だ。
けど、悪意はどんなに満員電車で
悪意を生前ずっと抱いてたおれだからこそ、この右手のチカラはホンモノなんだって、わかる。
それに。
おれは、マザリアには――『恩』が、あるのだし。
あ。
そうだよ、この『恩』のお礼、言っといてやろ。
――どうせコイツはもうあと『ココネを殺す』か『ココネに殺される』か『おれに殺される』かで、三択なんだし。
三分の二は、生存してないわけだし。
お礼はちゃんと言いましょうって小学校でも教わったわー。役に立ったなー、あの教え。そのあと中学や高校でイジめられたときも、ブラックで社畜やってたときも、「ありがとう」って言えるかどうかって、すっげー大事だもんなー。
「……うん。じゃあ、はじめるけど。
マザリア」
「……は、い」
「ありがとうな?」
おれは、ちゃんと、お礼を言う。
「おれをこの世界につれてきてくれたのって……フフッ……おまえなんだよな、ブフッ、ア、アハハ! おまえの自業自得、この世界の惨状は、すべてぜーんぶなんもかもんも、おまえのせいなんだよなぁ!!!
おれの手ぇ引いちゃってさ……おれがカワイソーなヤツみたいだったじゃんよ……おまえ……おまえさぁ、あのさぁ、こうなるってわかっててやったの? はぁ。ばーかだよなあー!」
おれがしゃべってるうちに、ギャラリーが急速にどよめき始める。
「……どういうことだ? マザリアさまが……つれてきた、と?」
「……このようになることをわかっていながら……」
「いや! そんなわけはない、きっとマザリアさまそこまでの予測は……」
「しかし、マザリアさまは、七大天使のおひとり……」
「では、なぜ」
「なぜ?」
「マザリアさまが、なぜ」
「まさか」
「いや」
「まさかだろう」
「そんなの、まさかよ」
「でも……」
「でも、そうじゃないと説明できない」
「たしかに、おかしいと思ってた」
「私も」「僕も」「じつは俺もだ」
「じゃあ――まさか」
ギャラリーは一斉に不審の目を七大天使のマザリアに向けた。
マザリアが守るべきギャラリーの視線が、一気に、刃物みたいになる。
――あぁ。なんだ。そういうことだったのか。
これ、めっちゃ、おもしれーことになりそー……サイコー。
長老がためらいがちに、しかしよく通る張った声で言った。
「……マザリアさま。アラタ、さま、を、つれてきたのは、あなただったのですか……?」
ココネも不安そうに言う。
「……え。マザリアさま。え……? うそ、でしょ。そんなわけないよね?
……だって七大天使さまは、すごいんだよ……? 善いことしかしないし、慈悲深くて――間違いなんてぜったいにおかさないんだ! ボクのことを拾ってくださったのだってマザリアさまだった……だから、ね、ね、マザリアさまが、そんなことしたわけないよ。
ねっ、そうでしょ、ねえ――マザリアさま? ねえ?」
マザリアはうつむいてる。
金髪で表情が見えない。
「おーい答えてやれよー! ヒューヒュー!」
おれは応援をしてやった。
マザリアはしばらくうつむいてた。
けど、顔を上げた。
……あー。また、聖女っぽいカオしてやんの。ムカつくなー。
「……アラタさまを、つれてきたのは、」
お。言うか?
「……つれてきたのは……」
わくわく。
うつむきかけて、
顔上げて、
またうつむいて、
顔を上げたら、涙が飛んでた。
「――わたし、マザリアです」
――ハッ。
言った、言った。馬鹿正直に言いやがったよこの女――!
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