決闘
おれは犬っ娘のココネに慈悲を示してやることにした。
まぁ、犬だからな。それはそれなりに、優しくしてやらないといけない。と、思う。
弱者に対する容赦というのも立派な大人の人間としての最低ラインだろうからな。
「だったら、おまえがマザリアの代わりに痛みを引き受けてみるか?」
こくこく。と、うなずくココネ。
両手を胸のあたりまで『ファイト!』とでも言わんばかりに持ち上げていて、その肉球は期待するみたいに跳ね上がる。
……まったくなにを期待するというのだろうか、なんもわかってねえ雌犬なんだなホント。
呆れるけど、いまはおれはその呆れを出さないでやる。
「いいぞお、ココネ。おまえはほんっとマザリアのことを助けたいんだなあ」
「うんっ」
こくこく、こくこく。ココネはもっと激しくうなずく。
耳も肉球もピョコピョコ跳ねて、尻尾もブンブン振ってる、……半分人間のカタチはしてるけどどっちかっつうとやっぱ犬の性質とか本能のほうが強いんでねえのか、こいつ。
あ、うん。おれ、わかった。
どうも、言葉がしっくり、こなかったんだけど。
犬に必要なのは慈悲とか容赦ではなく、躾だ、躾の精神だ。
そっちの立場を根本からわからせる、理解させる、それで相応しい立ち振る舞いをさせる。
まぁ、調教とか言ってもいいんだろうが、躾ってほうがより動物のペットっぽいだろうよ。
――じゃあ、良い子にしつけてやんなきゃいけねえなあ?
おれは言い聞かせてやることにする。
「ココネ、二言はないな? マザリアの代わりにおまえが犠牲になりたいっていう崇高な気持ちは、ホンモノなんだな?」
「うんっ」
こくこく。ぶんぶん。
「いい返事だ。――じゃあ、『そういうこと』にするけど?」
「――やめてっ!」
響くのは、翼をもがれ続けたマザリア。
おれは冷たい視線を向ける。
まーだ、こいつ、這いつくばってでも『良い存在』でいようとしてやんの。
「ばーか。どうせ偽善者の翼生えただけの女が、おれさまにそこまで立てつこうとすんじゃねえよ」
「……しかしっ、お願いですっ、ア、アラタ様、ココネだけはぶじでいさせてください、わたくしにできることならもっとなんでもっ――」
「へぇ、なんでも?」
「は、はい、なんでも……なんでもです!」
「ふうん」
おもしろくなってきた、とおれは思った。
いちど言ってみたかったような大悪役のセリフをここで、はい、いってみようかー。
おれ、もう、わかったから。
「いやー、泣かせるねえ、泣かせる友情、キズナ? おれにはそういうのは、よくわかんねえけど。
天使は、犬っころを助けたい。
犬っころは、天使を助けたい。
いやー、いやー、泣かせるじゃないの。
……『それでいい』、んだな?」
「待ちなさいマザリア様、なにかの罠だ――!」
長老の制止も虚しく。
「『それでいい』ですっ!」
マザリアが甲高い声で叫んだ瞬間おれの右手はどす黒い発光をはじめた。
おれはニヤアと大悪党になった気分で笑う。
「……そうか、『それでいい』のか。
だったら、ふたりで決闘だね」
「「……へ……???」」
マザリアとココネは、そろって間抜けな声を出した。
意味がわかってないのかな、おれは親切にももういちど言ってやった、しかも、愛想もよく!
「お互いに、お互いを助けたいんだろ?
はーい、いまから決闘をやりますのでー、それを大義名分にしてお互いに殺されちゃおうとしてくださーい。
お互いに、大事に思ってるんだろ? それなら黙って殺られることだってカンタンだよねえ」
決闘。
そう。
でも、それはおれがこいつらのためだけに考えてやったとても思いやりにあふれたスペシャルな決闘。
お互いがお互いに『殺される』ための、『優しい』決闘――なのだ!
ヒュオオオオ……。
風が吹いている。
いい感じだ。昔に映画で見た西武のガンマンみたいだ。
おれも風に吹かれて腕を組んでいる。気持ち良い。
もっとも、場所は、サンタレーナの町の広場のままだ。
とは言え、かつてはキレイな街並みだったのであろうこの町は、すでにおれの色に染め上げられている。
おれは恍惚となって長閑で平和だったのであろうこの広場を見渡す。
牧歌的だなんて見る影もない。
あちらこちらで未だ燃え続ける白亜の建物。
空は、絶望の漆黒。
町中に満ちる空気は毒々しくも高貴な紫。
おれの色。おれの世界。って感じだった。
おれは毎日満員電車と通勤途中にそんな気分だった。
おれの心象風景を、見事に実現させてくれたのだ。
即興で出来上がったコロシアム。
天使と、犬っころが、お互い呆然としながら向き合っている。
でかい広場。
楕円の決闘場を開けて、円形になった、たくさんのギャラリー。
未だにギャラリーが沈黙してるのはムカつくな。お前らもうちょっと騒げって。祭りだぜ、これは。決闘だぜ。コロシアムだぜ?
「おいおい、葬式みたいにしてんじゃねえよ」
おれは明るくみんなを励ましてやったが、こいつらは黙ってる。
「おい! 長老!」
「は、はい!」
「葬式みたいにしてんじゃねえよってば」
おれは生暖かく言うとニコォ……と笑ってやった。
ヒッと長老が引きつって、慌てて頭を下げた。
「はっ、はいっ、申しわけありません……。
皆の者! ほ、ほら、拍手を……」
パラパラパラパラ……。
「チッ。しけてんな」
おれは舌打ちをした。……まぁ、いいか。これから、もっと楽しい見せモンがあるわけだ。
ココネはぷるぷる震えている。尻尾までがくがくしてる。
「……あ、あのー、ボク、マザリアさまと……?」
「あぁ、そうだ。おまえが、この町の救世主になるんだろ?」
「で、でも、ど、どっちかが、こ、ころ、す、って……」
「――ココ」
マザリアは、なにか覚悟を決めたみたいな穏やかな顔をしていた。
無駄に天使っぽくていい感じだ、笑えてしまう。
「だいじょうぶです、……サンタレーナは、わたしがまもる」
「――ッハッハッハッハッハッハ!!!」
おれは思わず哄笑してしまった。
おれの声が響き渡る。
サンタレーナとかいうふざけたこの町に。
まったく、呑気だ。
あちこちに天使やら妖精やらの死体が転がってるっつーのに。
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