犬娘

「……ボク、には……ボクの、できる、こと、はっ」


 犬耳犬尻尾の犬娘ココネは、両手をぎゅっと握りしめた。

 手っていうか、肉球。手もちゃんと肉球なのか。こってんなあ。

 まるでおれが来ることをわかっていて丁寧にキャラ造形をしてくれたみてえじゃねえか。

 なんかちょっとそれはそれで愛着わく。

 やっぱおれのための世界なんかな。ここ。


 つーか、その手、マトモにモノをつかめんのか。

 食器もろくに使えなさそうだ。

 それはそれでニッチな性癖だろうが、食事くらい自分独りでしてほしいものだ。汚いし。おれは面倒見んの嫌いなんだよ。ガキじゃねえんだからさ。


 まぁ、そういうことはおいおい考えておけばいい。

 ――どうせあいつもマトモに耐えられる訳がないんだから。


 おれは王者の風格で言った。


「うん。おまえのできることは? なんだい?」

「……アラタさまは、ボクとのお約束、守ってくれる?」


 モジモジしちゃって。

 かーわいいなあー。

 まるでおれの通勤途中にあった幼稚園だか保育園だかのガキんちょみたいだ。


「おまえ、何歳?」

「うぇっ?」

「歳だよ、歳。年齢。まだガキだろ?」


 長老が頭を上げて懇願するように言う。


「そうなのですココネはまだ――」

「あ、てめえに聞いてねえわ」

 おれはあっさり言うと、かるーい調子で右手からの黒い光でぶん殴ってやった。

 周りから悲鳴が上がる。

 長老は無様に転がっていく。おれはそのザマを冷酷に見てる。長老の背中には似合いもしないふわっふわしたピンクやら黄緑やら黄色やら水色やらにクルクル色を変える妖精の羽がある。

 ほかの歳食ってるっぽい妖精たちが必死に転がって追いかけていく。

 ま、あのくらいは見逃してやるか。うるわしいキズナだもんなあ、うんうん。小学校の道徳でめっちゃ教わったわー。おれってば小学校の授業もきっちり受けて、ちゃんと応用して、やっぱ立派な大人なんだなあ。


「あと、口の利き方気をつけろよ? また転がすからな、そうやって」

 ジジイもあとでどう始末してやろうかなあ。

 ま、ジジイに興味はねえけど。後回しだな。


 でも、そうだな、ショタ以外の男とかジジイも、なんかに利用できねえかなあ。

 リサイクルも社会人の務めだからな?

 一見使えなさそうなゴミでも、ちゃんと分別して、再利用する。

 エコは地球の課題だぞ? まぁ、ここ、地球じゃないっぽいけど。


 おれはそこまで考えて興味を失った。

 ま、後でだな、それも後で後で。


「で、ココネ、何歳よ、おまえ」

「――待ちたまえ! ココネ! なにもおまえまで……アニマル族のおまえまでっ!」


 長老がガタガタしながらなんかまだ言おうとしてる。立派なあごひげも汚れたもんだ。あとでツルッツルにしてやろうかなあ。

 おれはキタナイのは嫌いなんだよ。衛生管理も大事だろう? なあ?

 おれは少なくとも会社でだって臭いとか汚いとかで注意されたことはなかった。そんならなんで女性社員たちがあんな目を向けてくるのか頭が割れるほど考えて、衛生面は問題ないって結論になったんだから、おれはやっぱり衛生管理はバッチリできてたんだよ。立派に。

 というかそれ言ったら根本的に殲滅したほうがクリーンかぁー。


 おれはなんとなく興味が戻ってそんなような気持ちになって、右手をおもむろに向けようとした。


「――ココネは齢十、数えで十一ですっ! アラタさま!」


 ココネはボロボロ泣きながらおれに向けてそう言った。


「ボクは、この街のひとたちと違って、フェアリー族でもエンジェル族でもない。

 けど、この街のひとたちは、ボクを優しく育ててくれた……。

 ボクは犬の生まれだけど、このひとたちは、ボクを人間として育ててくれたんだ。


 ――こんどはボクがこのひとたちを守る番だ!

 サンタレーナのひとたちにも、長老さまにも、マザリアさまにも、



 ――ボクが指一本ふれさせない!

 こんどは、僕が、守るんだから……!」



 おれは、ニィッと、笑った。

 滑稽で。

 不愉快で。


 おまえの自己陶酔型劇場の後ろでおまえの守りたいやつらとやらが青ざめた顔して絶望してんの――わかんねえもんなの?



「――ココネっ、やめなさい、わたしのことなどどうでもよいから――!」

「るせぇ。おまえはおまえでうるっせえんだよ」

 おれはそう言いながらマザリアの翼をついでとばかりにまた三本くらいもいだ。


「ひゃぅっ!??」



 ――自分だってケモノみたいな声で痛がるくせに。

 まったく、どいつもこいつも、どうしようもない。



 社会常識あるおれとしては、ゴミの分別を始めなければ、かな。

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