翼もぎゲーム

「翼、もぎ……ゲーム……?」


 土下座からツラを上げたままのマザリアはわかってないようなので、おれは丁寧親切にも説明してやることにした。


「うん。だからこうやっておまえの翼をひとかけもぐわけじゃん」

 おれはそう言いながら右手の強大な力でグワシッとマザリアを翼ごと背中から押さえつけ、翼をスッとひとスジ抜き取った。


「ギャン!」

 マザリアはまた犬みたいな悲鳴を上げる。よっぽど痛いようだ。なるほど、なるほど。


 おれはこのとき気づいたのだが、天使の翼というのもやはり器官である以上構造があって、たくさんのスジに綿のようなものがくっついてこのうっとうしい天使の翼になっているようだった。

 なるほど。便利な構造だ。


「で、もっかいもぐわけじゃん」

「ぁ、いひゃ、い、――ギャン……!」

「アハハ、ヘンな声。そんな痛い?」

「……いいえ、……い、たく、ないです、耐えられます、わたし……」



「おまえの翼のこのスジもぐごとに、あいつらひとりずつ解放な?」

 おれはこのゴミどもにとって、非常に魅力的な提案をしてやった。


「この街の住人って何人よ」

「……さん、びゃく、です。348……」

 ひとつの高校くらいってモンか。ああ。それは、愉快だ。おれの学校の全校生徒もそんくらいの人数だった。


「じゃあ348回な?」

「――ッ!」

 マザリアがこれから来るであろう痛みに身体を震わせた。


「おい、おまえら。これでいいのか? おまえらの大好きな大天使マザリアサマなんじゃねえのかよ?」

 シーン。誰も頭も上げようとしねえ。

 俺はもう一度笑った。


「マザリア、おまえ、こんなヤツらのために翼をもがれるんだぜ? いいのか?


 ……おれさまの奴隷になるっていうんなら、考えなおしてやんなくもねえんだけど」


「いやですっ、たとえどのような仕打ちを受けても魔王の奴隷になどっ――」

「そうか、そうかあ」


 おれは優しく微笑んで、



 ブチブチブチッ!!!


「――ッ、ァ、あぅっ、」

「ちなみにルールの追加説明~。これって痛いって言ったらその時点でこの街壊滅だから。

 痛い、っていうのはギブアップって意味だと思ってな。


 そんで。痛いか? マザリア」


「……い、たくないです、この、くらいは、ちっとも、いたくなんか……」


「そっか。ごめんな、おれおまえがそんな強いなんて知らなくて、めっちゃくちゃ手加減してやってたんだわ。

 そうだよなあ。大天使サマにそんな遠慮はいらないよなあ。強いんだもんなあ。

 じゃあ次は五本まとめて、っと」

 おれは右手の強大な闇のチカラにすこしだけ集中の配分を割いて、五本ボキボキっともぎとった。華麗に、軽やかに。

 とうもろこしを摘むのと似ていた。

 マザリアの身体はまるでイクときみたいにビクンビクン跳ねる。

 エロいというか、こうやって目の当たりにしてみると滑稽だった。

 おれは自然と口の端を持ち上げてしまった。めっちゃ惨めで笑えるんだけど、これはこれで、アリかもしれない。


「――アアアアア!!!!! ア、アぁ、ぁ、いた、いた、いたっ……」


「あ、ぜんぜん痛くもないって? それはごめん。おれ、大天使のマザリアサマに失礼だったよなあ。この程度で痛がるかもなんて。

 まあ、痛いって言ったら、加減しようかなって思ってたけど。でも、おまえ、大天使だもんなあ。

 ごめんなあ。痛いって言わないんだったら、もうちょっとキモチヨクしてやるわあ」


 マザリアが惨めに涙で顔をびしょびしょにしておれを見てる。

「――そん、な、」

「まだまだ、これからだぜ。


 なあ、マザリア」



 おれはにっこり笑った。



「おれともっとキモチヨクなろうぜ?」



 背後には――この街のゴミクズ下等生物たちが348匹もいて、観られる歓びにも事欠かないんだ。




 死んだ祖母がよく言ってたことがある。

 悪い子供は、地獄に堕ちて、永遠に延々と石積みをさせられるのだ、と。

 一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため、三つも四つも祖父母やら兄弟やら……。


 後で知ったことだが、それは悪い子供というわけではなく親より先に死んだ親不孝な子供がやらされることだという。

 祖母の中では何らかの意味の改変が行われていたのだろう。


 まぁ祖母ももう死んだ。おれの十年も前にポックリ逝ったね。


 まったく、理不尽なこって。

 それを言ったら俺は本当に親不孝ってことになるよな。

 飛び降り自殺をして、無事に死ねて、賠償金もアイツらのところへ行く。

 まったくざまあみろだ。



 けど、ばあちゃん――おれは地獄なんかに来なかったぜ?

 天国極楽に案内されたよ。


 まあ、おれの手で地獄を作っちゃっただけなんだけど。



 ばあちゃん。

 地獄の話を怖がるガキの俺にしつこくしてくれて、ありがとう。


 いま、すっげえ、役立ってるよ。




「……ひゃくごじゅういち、ひゃくごじゅうに、ひゃくごじゅうさん」

「……あ、う、あ、ああぁぁぁ!!!」


 マザリアの天使の身体がビクンビクン跳ねる。


 マザリアはもう声を上げることを堪えもしない。

 痛がることを隠しもしない。

 たしかに言葉にして「痛い」とは言ってない。

 だが、それではルール違反なのではないか?



「……誰に許可取ってギャンギャン痛がってんだ、よっ、それっ!」

 おれは一気に三本抜いてやった。

「アアアアア!!!!!」

 さぞかし嬉しいだろう。これで三匹もの尊い命が救われたのだから!



「声出すんじゃねえよ。イラつくんだよ、こっちは

 あ、そうだ、いいこと考えた。


 少しでも声を出したら抜いたぶんのゴミを焼却してやって、おまえのぶんまでこのキレイな街を静かにしてるっての、どう?」


 焼け野原の街である。チリチリとあちこちで炎が燃えている。おれの黒炎こくえんだからきっとずっと消えない。

 マザリアは流してもなお涙のたっぷり溜まった瞳でおれを見上げる。


「……ご、み、の、しょうきゃ……く……?」

「アイツら一匹一匹をおまえが声を出すたびに燃やしてやろうかなーってこと」

「や、やめ……やめてください、まちの、ものたち、だけが……」



「――お兄ちゃん!」



 リン、と、声がした。

「……あぁ?」

 おれは、そちらを見る。


 全員土下座させてたはずなのにそいつだけ立ち上がってる。おれの許可もなく。


 そこには、赤い短髪のボーイッシュな雰囲気のメスガキがいた。

 犬耳が生えて、尻尾もにょきっと生えている。

 ケモっ娘だ。街でも何匹か見かけたが、胸がぺちゃんこなことに胸をつぶれば、この世界に来てからケモっ娘のなかでもわりと上玉だ。


「ココネ! やめなさい!」

「かなう相手ではない!」

「マザリアさまはたしかに不憫であるが――」


「みんな、なにを言ってるの!?

 マザリアさまは、ボクらのせいで、あんな目にあってるんだよ!?

 いくら、マザリアさまが大天使さまだからって、なんでひとりであんなことされなくちゃいけないの……!!?


 ――そのぶんボクらがいっしょに引き受ければいいことじゃん!」


 おれは薄く笑った。

 ――ああ。このガキ、わかっちゃいない。なにも、わかっちゃいない。

 自分が引き受ければマザリアのぶんが軽くなると計算したんだろう? ――しょせんはメスイヌのガキのオツムだなあ。


 ふたりぶんになれば、痛みも恐怖も二倍にするだけだっつーに。

 あぁ、累乗でもするか? おれは数学は苦手だったけど累乗のことはおもしろいから覚えてた。

 そうやってさ、一匹オモチャが増えるたび、累乗してく。うん、悪くないな?


「もう、マザリアさまをいじめるのは、やめて。ボクがそのぶん、引き受けるから! だから……!」


 たいしたことを言っているが、よく見ればその尻尾はぷるぷると震えている。

 ――ほう。



「……やめ、なさい、ココ、だめっ……!」

 おれは必死で起き上がろうとしているマザリアの頭を上から踏んづけた。


 にっこり、愛想よく、犬娘のココネに笑いかけてやる。



「おう。――おまえになにができるっていうんだ?」

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