大人

「おい、マザリア」

「ひゃっ、ひゃいっ」

「返事もまともにできないのか。かわいそうになあ。っつーかよお。ノリ、悪くねえ?」


 おれはにやにやしながら言った。DQNみたいに。


 DQNってこういう気持ちだったのかな。おれはヤツらへの憎悪を思い出しつつ、DQNのことがすこしわかった気がした。こりゃ、楽しいわ。やめらんなくなるわ。やられたほうはたまったもんじゃないけど。

 いまここではおれ強者だし。なんの問題もないね。


「なあ、空、きれいだなあ」


 空はまがまがしい紫色だ。雲は光化学スモッグみたいだ。光化学スモッグの正確な意味など知らんけど。

 その色はおれの聖なる右手の色とおなじだ。

 だから、――刑罰をしていいんだ、って思った。

 俺はここでは間違いなく圧倒的強者なのだから。

 現実と、違って。


 マザリアは這いつくばったまま空を見上げた。

 空を見上げた横顔は聖女みたいできれいだった。

 おれはその顔を容赦なく右手で正面からわし掴んでやった。

 まんじゅうのように両頬からぎゅうっと潰すように掴んでやる。


「なに、見惚れてんだよ。サブカル気取りかよ。きもちわりいな。いまどきサブカル女なんて流行んねえっつーの、カワいくもねえくせによお」

「……は、はい、さぶ……?」


 マザリアは泣きそうな顔してる。

 おれはじっと冷酷にその顔を見つめてやった。

 マザリアは泣きはじめた。赤ん坊みたいに。


「……はあ。いいよ。もういいよおまえは」

「……アラ、タ、……さま……アラタ・アンドウさま……」

「は?」

「なんでも……なんでもしますから。わたしが犠牲になることで民が……サンタレーナの民が救われるのであれば、なんでも、なんでもしますから、お願いですから罪なき民だけは……!」


 顔を潰れたまんじゅうみたいにぶちゃっとさせながら聖女気取りかよ。おめでてえ。ハッ、どこまでも脳内お花畑のお馬鹿さんかよ。


「やー、ぶっちゃけ、もうだいぶ死んじゃったっぽいし? 俺の炎に焼かれてウェルダン」

「……それでも、まだ、生き残っている民がいるでのあれば、わたしは……」

「バーーーカ!!!」


 ぐじゃっ。


「おまえが殺したんだろう!?? おまえが俺をこの世界に同情なんかして連れてきたからじゃん! 自業自得! 自分で産んだ不幸に勝手に引きずり回されてさあ、滑稽だよ、滑稽すぎるよおまえ! 天使っつーか道化師じゃねえ!!???」


 マザリアは絶望に目を見開く。



「おまえはどうせ自己中メンヘラ女だ。おれにはわかる。メサイアコンプレックスなだけだ。そうやって聖女気取りしてられんのもいまのうちだからな。――おい虫ケラゴミクズども! おれはいまから愛されマザリアを虐待してやるからな」

「――! どうか、それだけは、アラタさま……」


 おれは退屈そうに長老に黒い光線を当てた。白い毛髪の上のあたりが焦げておおげさに熱がっている。あんなんべつになんともないっつーの。ただつむじの髪が哀れなことになってからかわれるくらいなだけだろ。


「やっ、だって、おれじゃねえよ? マザリアが自分で進んでてめえらのために犠牲になりたいっつってんの。お涙ちょうだいじゃんー。聖女マザリアさまを信じて見といてやれよ、――ぜってえおもしろいから!

 な? マザリア。……できるよな?」


 おれが優しく言ってやるとマザリアはぶんぶんこくこくうなずいた。

 ……ふーん。

 おもしろい。



 おれだって自分の力まだちゃんと把握してないワケだし。この聖女ぶったサブカルメンヘラクソ女天使で、実験しよう。

 まあ言うなればチュートリアル。けどチュートリアルから、おれは容赦は、しない。



 おれの目の前にマザリアはひれ伏して涙目でプルプル震えながらおれを見上げてる。

 おれは言ってやった。


「さっきのよお、おれのこと、この世界に連れて来たときの余裕はどこに行ったよ!? おれのことカワイソーだとか言って同情しやがって、許さねえからな。同情なんていらねえんだよ。こんどはおれがおまえに同情してやるよ。わかったか。返事は!」

「ひゃっ、はっ、はい……!」


 おれは薄く笑ってマザリアの頭を軽く蹴っておいた。


「引きつったように笑いやがって気持ちわりいんだよ。引き笑いかよ。キメえ」


 さて。

 どこまでガマンができるかな? いい子ぶりっこの聖女ちゃんは。

 おれの右手の真価も試さなくてはならないしな。


 とりあえずおれは右手に精神を集中させてみた。こういうのはバトル漫画でいくらでも読んだから得意だ。

 黒く輝く右手。おれは左手を添えてみた。バトル漫画の主人公じゃん。おれってかっこいー。

 集中すると光はもっとどす黒く強くなった。

 なるほど。

 おれの思うがままらしい。


 ――おもしれえ。やっと、おもしろくなってきたな。おれの人生。ハハッ……、



 おれは前ぶれもなくマザリアの金色の髪の毛を右手でつかみ上げた。

 右手はすげえチカラがあるので腕力も増しているらしい。髪の毛をつかむだけで本体のほうもちゃんとくっついてくる。

 マザリアの身体を高く上げる。足がプラプラしてる。ハッ。滑稽だな。オモチャみてえでやんの。あるいは首つり自殺死体?


「……ぁ、あ、あぁ……」


 マザリアはめちゃくちゃ痛いだろう。苦悶の表情に顔を歪めている。


「おまえの髪ってとうもろこしみたいなのな」


 おれは爽やかに笑って褒めてやった。


「おれさあ、むかしさあ、とうもろこしって好きだったワケ。おれの実家さあ、千葉のド田舎のほうでさあ。まあ田舎なのよ。そんで夏はバアちゃんがとうもろこしとか食わせてくれるワケ。でも、食えなくなっちまったんだよ。なんでかわかるか?」


 マザリアが苦悶の表情で返事もしないのでおれはその腹に思い切り蹴りをキメてやった。グホッ、とマザリアが天使らしくもなくむせる。ハハッ。蹴りをこっちから入れたのなんざはじめてだが、意外とキマるもんじゃんかよ?


「おい、返事しろよ、おれを無視するなんてさみしいなあ」

「……ご、ごめんなさい、そ、の、なにを言ってるかわからなく――ギャン!」


 蹴り、今度は反対の脚でもう一発。ギャンとかイヌかよ?


「さみしいなあ。おれ、また無視されちゃったのか。さみしいなあ。さみしいなあ……」

「……と、とうもろこしであれば、わ、わたしたちの世界、サ、ンタレーナ、にも……なります、夏の時期には、豊富に……きれいに……あの、きれいな、サンタレーナの雄大な自然に――」

「おおそうか。そうか、そうかあ」


 おれは寛大だから寛容にうなずいてやった。



「――おまえらの自慢話とかひとっつも聞いてねえわけだけど!?」



 おれは叩きつけるようにして叫ぶと、マザリアのとうもろこしヘアーをつかんでいた手を前ぶれもなくパッと離した。

 ガン、とわかりやすい音を立ててマザリアが落下する。顔も打ったか。

 うずくまったまま立ち上がってもこない。


 おれはニヤニヤした。


「……おう、どうしたよ、マザリア? こいつら街のゴミのために、がんばるんだろ? もう、ギブアップか? さみしいけど、しょうがないなあ、それだったらこの街ごといますぐ――」

「――やめてください!」


 マザリアは、苦しそうにあえぎながらおれを見上げてた。

 顔にはキズやアザだらけだ。天使サマは、ずいぶん汚いツラになった。

 もう、余裕しゃくしゃくのあの仮面は消えた、殺意ギラギラみたいな顔で。


「……わたしが……まもります、ので」

「そんなおめえ汚ねえツラしやがってよ!!! 天使ぶってもキメえだけなんだよ。ウゼえ。天使ぶりやがって。殺されてえのかよ。ハァ、死ね、死ね、てめえが生きてられんのだれのおかげだと思ってる? おれさまだろう? ……あ、


 ……あぁ。そうだ」


 おれは、いいことを思いついた。


「だったら、おれがさみしくないように、ゲームをしてくれよ、マザリア。

 おれさあ、むかしから、天使ってキレーだなーって思ってムカついてたんだよね。クリスマスのときとか。

 良い子ぶりやがってさ……。……あぁ。こっちの話だよ。てめえなんざにわかるわけねえわ。


 だから、ずっとやりたいことがあった。おれのオリジナルの創作ゲームなんだけどさ」


「……なんで、しょうか」


 おれは再び爽やかに笑ってやった。



「翼もぎゲームしようぜ」




 ゴミに向かっても笑顔を忘れないおれは、やっぱり流石、責任を果たした立派な大人だ。

 だっておれは通勤途中の幼稚園のガキどもを殺さなかったくらい、しっかりとした大人なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る