土下座

 おれはマザリアの仲間の顔を見るべく、マザリアにすぐそこにある街に案内させた。ファラシトーンという名前のその街はエンジェル族を中心にフェアリー族やエルフ族などが暮らしているらしい。


 マザリアが調子づいたのか口をぱくぱくさせて音楽を愛する者たちの都だとか言い出したんで、テキトーに一発右手で顔を殴っといた。泣きそうになるのをこらえる顔が、滑稽でおもしろいけど、ムカついた。


 おれは学生時代に最初にいじめられたときに泣いてしまったのが敗因だったといまでも思ってる。まあマザリアが泣くのも時間の問題だろう。



 マザリアの両腕をおれの右手を縄の代わりに拘束して、適度に後ろから蹴りを入れてやったり暴言を浴びせたりしてして脅しながら、一瞬で焼け野と化した草原を進んだ。あたりには天使の死骸や焼け焦げた翼のカケラとかが散らばっていていい眺めだった。


 死にかけてたヤツにはおれが慈悲として右手を向けてやった。そうすると黒い光線が出て、ヤツらの息の根を止めてやることができた。いい感じに丸焦げになってる。


 おれはマザリアに自慢した。


「ア、……アハハ、なあおれいますっげーいいことしたな、すっげーいいことしただろ? 苦しんでるヤツの苦しみを取り除いてやるなんて、ハ、ハ、おれは、神か、ホトケか? ――おいマザリアおまえ、なに下向いてんだよ、アァ? おれの話聴いてた? ちゃんと聴いてたワケ? あ? わかったら返事しろよこの愚図!!!」

「……はい……」

「きこえねえよ!!!」

「……アラタさまは、た、大変、……神みたいなことをしたと思います……」

 なんかをこらえてるみたいな顔がまた滑稽だったからもう一発蹴りいっといた。キャン、と痛みで声を上げるのが犬の鳴き声みたいでちょっとかわいげがある。



 そんなこんなでファラシトーンとかいう街に着いた。中世ヨーロッパみたいな街だ。

 そこの広場に住人を残らず呼ばせた。

 おれを見るとどいつもこいつもひれ伏した。どいつもこいつも翼やら羽やらが生えていてまったく気に食わねえな。


 おれの目の前にはファラシトーンの住人たちがずらっと揃った。エルフ族だという長老が言うにはさきほどのおれの右手の爆発で半分近くの住人が死んだという。

 マザリアはおれのうしろで静かに待機させてる。コイツは今後も使えそうだからな。うっかり殺しでもしたらもったいねえ。

「へえ、よかったじゃねえか。ちったあこの街もきれいになって偏差値上がったんじゃねえか? おれ見たぜえ、ガイジみてえなアホばっか遊んでたとこ!」

 おれがそうやって褒めてやると長老は目を剥いた。女のエルフならもっとかわいがってやったが、いくらエルフでも男のジジイに用はねえ。



「……なんかさあ、おれの右手、すごいんだって?」

 シーン。

 おれは右手を広げてファラシトーンの住人たちに向けた。おれの右手は黒々光ってる。ギャアッと天使や妖精らしくもない声を上げて戸惑う住人たち。

「なに逃げようとしてんだおまえ!」

 逃げようとしたちび妖精がいたんで黒い光線を出して背中の羽を焼いといた。もんどりかえって苦しんでやんの。ざまあみろ。

 おれから逃げようとするからだよ。


「あーあ、さみしいなあ、おれ、ここでもひとりぼっちだってわけ? おれさあ、なんも悪いことしてないじゃん、まじめにこつこつ生きてきただけじゃんよ……」


 おれの言葉にだれも答えない。


「……おもしろくねえな。つか、なに。なんでおれをそうやって見るわけ? 客寄せパンダじゃねえんだよこっちはよお! おい、おいおいおいほれほれ、これだろ? お? このくろーい光がほしいんだろっ、おまえら!!!」


 おれが右手の手のひらを水平にしてそいつらの腰のあたりをレーザービームみたいに分断するようにねっとり動かしていくと、いくらかはぱっくり上半身と下半身が割れてきれいな鮮血が見れたけど、長老が「しゃがめ!」と言ったので大部分は地上に近づく格好になるだけだった。

 彼等はしゃがみ込んで呆然とおれを見上げている。

 俺は、にたあ、と笑った。



「ああ、さみしいなあ……さみしいなあ……おれはさみしいだけなのにそんなふうにみーんなひどいのなー……」



 反応がないから、親切にもアドバイスまでしてやることにした。


「……おれの故郷でさあ、誠意見せるやりかたってーんがあるわけ、知りたい?」

「……は。なんでございましょう……」

 長老が返してきた。

「つか、ジジイに用はないんだけど。そうだな、似合わねー女装でもしてそこでクネクネ踊って芸のひとつにでもなりゃ生かしてやってもいいけど、そうじゃなきゃ邪魔だから死んでくんね?」

「……ご容赦を。なにとぞわれらをおゆるしください……」

「ふーん。じゃ、俺の言う通りにする?」

「……命さえ助けてくださるのであればなにごとでもいたしましょう……」

 はーん。

 おれには、そんなふうに助けてくれる上司なんかひとりもいなかったけどな。


「あ、っそ。じゃあさ、こうやってさ」

 おれは言いながら正座してた長老の頭を足でつぶすかのようにして、無理やり下を向かせた。

 グエッ、と長老が変な声を出した。……アハハ。カエルみてえなのな。


「そんで、こう、こう、こうっと。はーい、立派な土下座のできあがりー。ジャパニーズドゲザー」

 おれは場を盛り上げるために率先して拍手したのにだれも反応しない。

 だからおれはもっと大きく拍手しながら、言った。


「おめえらも拍手すんだよ! 長老がカワイソウなんだろ? だったら拍手してやれよ! ほれ、こーんな中小企業の社長みたいなナリしておれに土下座したっていう勇気をたたえてやれよお、ったく情のないヤツらだなあ!!!!!」



 拍手は、パチ、とガチがしようとしただけで、起こらなかった。

 ただ、年長っぽいヤツらが、長老とおなじく土下座をしはじめた。



 ひろがる、土下座の、連鎖。



「……ふぅん」

 まあ……悪くはない眺めだけど。広場いっぱいに翼やら羽やらもつファンタジー種族の土下座の波。しかもそれはおれがつくった。このおれが、だ!

 ……だが。



「……みんなおれの言うこと聞いてくんないなんてさみしいなあ……」



 ――おれは、不服だった。



 この街の住民ぜんぶをこうやってひれ伏させても、おれは、不服だった。



 だから、刑罰を執行することにした。

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