第4話 部活申請


 鳴り響く電子音。布団から手をだして止める。

(朝…)

 朝だと言うのに、どこかじっとりと暑い。夏本番ということだ。髪を撫で付けながら、起き上がる。パジャマを脱いでシャツを手に取る。

(朝陽君と朔君、か…)




 学校に着いて荷物を整理していると、明るい挨拶と共に楓がやってくる。

「倭古ちゃん、あれからどうしたの」

"同好会にしました"

「そっか、そっか」

 そうメモを出した倭古に、にこにこと楓は頷いた。それから倭古の格好に首を傾げた。

「倭古ちゃん、暑くないの?」

 制服のジャンパースカートを指して言う。夏の制服は、フレアスカートでもいいのだと楓は言うが大丈夫だと首を振った。確かにこの時代の暑さには少し驚いているが(じめじめしすぎじゃないか?)、エアコンの冷風にも慣れないので結果これが丁度いい。

 二人で話していると(まぁ私は頷くだけだが)、朔が入ってきたのが見えた。

「あ、新月!おはよ」

「あ、うん…」

「新月も相変わらず長袖か…」

 楓が思わず眉を寄せる。新月はきっちりと長袖のシャツを着ていた。

「赤くなるからね」

 皮膚が弱く、焼けるとすぐ赤くなってしまうらしい。それでも暑いのは暑いのだろう。髪をかきわせて首筋を拭いていた。

「縛ればいいのに」

「女子みたいじゃないか」

 倭古もうっすら思っていたことを楓で言うが、バッサリと切り捨てられた。そこで予鈴が鳴る。朝会だ、と慌てて荷物を片付けた。



「倭古ちゃん、大丈夫?」

 昼休み、後ろからつんつんとつつかれて倭古はうつ伏せのまま片手を挙げた。端的に言うと、勉強は難しい。全然追い付けなかった。自己嫌悪から机に突っ伏していれば楓からフォローが飛んで来る。

「大丈夫、慣れだよ慣れ。間に合わなかったところあるならノート見せるよ」

"ありがとう"

 ここはお言葉に甘えることにする。幾つか板書が間に合わなかった箇所を教わる。 …この時代で生きるのは大変だ。

"ここが、よくわからなった…"

「ん?ここは…新月パス」

「え?」

 楓も手を上げる。確か、ホールドアップのポーズ。仕方ないと朔がノートを見る。そらからページを教科書の最初の方に戻す。

「ここは、こっちの公式を入れるんだよね。倭古さんここら辺やってたとき居なかったから」

 仕方ない仕方ないと朔にまでフォローされる。…嗚呼、親切が心に染み入る。

"ありがとう"

「これくらないならいいよ」

 にこり、と笑う。そうして笑われると尚更姫様にそっくりだった。

"楓さんも助かりました"

「いいの、いいの。ほらご飯食べよ?学食で買う?」

"お弁当があるので"


「朔!」

「新月、関口来てるぞ!」

 後ろの入り口から声が飛んで来る。弁当を持った朝陽が立ってきた。

「あ…関口」

「よ!話があってこっちで食おうかと」

 あっさりと朔の机までやって来る。朔の机に弁当を置いて、その隣の席の人は学食なのだろう空いていた椅子を寄せた。

「いいけど、帰って来たら返してあげなよ?」

「わかってるって」

「ねぇ関口、倭古ちゃんもいる話?」

 後ろから楓に肩を捕まれる。昨日、一緒に学食で食ようと言われていたのだ。

「そ、部活」

「なら仕方ないか…倭古ちゃん、明日は絶対だよ」

 楓に言われて頷く。お昼はお弁当を持参するとはいえ学食、というのも興味があるのだ。


「で、話って?」

「部活にするなら活動経歴が居るって言われてさ。次の文化祭で展示すればいいかと思ってたけどそれじゃ遅いだろ?」

「まぁ文化祭秋だしね」

「部誌でも作るか?」

 二人の会話を聞きながら、お弁当を食べる。ちらり、と見た朔のお弁当箱は、倭古のものより一回り小さかった。朝陽が持っていたプリントを朔が覗きこむ。

「課外活動でもいいなら、枯玉行けばいいんじゃない?」

 朔から出たワードに首を傾げたのに気がついたのか、朝陽が説明する。

「今年の春くらいからな…なんでも湖に怪鳥が出るとかネットで言われ初めたんだよ。まぁぶっちゃけUMA的なオカルトだな」

 UMA、思わずスマホで検索。未確認動物、か。

"UMAも含むの?"

「妖怪も似たようなもんじゃないの?」

「そうかもしれねーけど…」

 何々…朔には悪いけど、創作された妖怪はUMAに入らないのね。まぁ居た妖怪も居たけど、居なかった妖怪もいたし仕方ないわね。

「だってほら、もしかしたら新しい伝承が生まれる瞬間かもしれないし?こっからなら日帰りで行けるし」

「ロマンチストだなぁ…」

 朔と朝陽の会話を聞きながらお茶を飲む。

(怪鳥、か…)

『気になるの?』

 誰かが換気で窓を開けていたらしい。いつの間に入ってきたのか、風に話し掛けられる。

(まぁ…あの時は妖怪とか、もののけとかいたじゃない?)

 あやかしだとか、妖怪だとか。そういうものは身近にいた時代である。

(なんか…静かだよね、この時代は。昔はもっと自然の声も聞こえた気がした)

 私は風使いであるが、勿論水に秀でた人もいたし土もしかり。

『支える人が居なくなれば、居なくなるわ』

(そうね…)


「倭古さんはどうする?」

 いきなり朔から会話を振られる。

(えっと…)

 話を聞いていなかったが、行くか行かないかという話だろう。別に用事もない。断る理由は無かった。

「いきなり課外活動じゃなくて、新聞とか…部誌とかの制作じゃ駄目なわけ?資料ならあるんだし…」

 むっと朔が朝陽を睨む。

「でもそれじゃあ関口ありきみたいだろ、あの部屋の本だって殆ど関口んちから持ってきたやつだし」

"部になるメリットって、何?"

 つい、と朔の机にメモを置く。

「部費が出たり、あとは正式にホームページとかにも乗るから内申書にも書けるし…」

 うん、世知辛い。目的地はここから数駅、といっても田舎だから30分はかかる。そこから更に山道、となれば日帰りといえど1日ががりになりそうだ。

(朔君達だけ行くのもなぁ…)

 万が一、何かがあった場合心配というか、どうしても保護者的感情を抱いてしまう。

「あ、もう時間じゃない?」

「マジだ、じゃあ部活でな」

 いそいそと朝陽が荷物を纏めて席を立つ。ふと、気になっている事がある。後で聞こうと、朔の横顔を眺めた。





「あれ、関口いない…掃除当番かな?」

 朔と部室に行くが、朝陽の姿は見えなかった。なら都合がいいと、メモを取り出す。聞きたいことは既に書いてあった。

"朝陽君と朔君はいつからの知り合い?"

 朝陽と、朔の態度はどこか気を許しているようで。少なくとも高校で知り合ったのではないのだろう。

「あ…関口とは幼なじみなんだよね。家が近くて、小学校から一緒」

 朔が言う。追撃で、もう一枚を出す。

"なんで、名前で呼ばないようにしてるの?"

「え…」

 メモを見た朔の動きが止まる。そう、"関口"と口にするときに少しどもるのは、"朝陽"と口にしかけているのだろう。

「き、気づいたの?」

 朔は目を丸くしているが、割りと分かりやすかったと思う。

「昔は朝陽って呼んでたん、だけどね。うん…ちょっと俺が気まずくなったって言うか、ちゃんと独立しないとなって」

"独立?"

 椅子に座った朔の、向かい側に座る。

「俺、昔から身体弱いんだ。長袖なのもそれが原因。喘息もあるから体育とか出来なくて」

 苦笑しながら朔が言う。成る程、朝陽がこの部を立ち上げた理由が分かったかもしれない。

「そ、ここの高校に文化部が無かったから"俺のために"朝陽が作ったんだ…朝陽は俺に引け目があるんだと思う」

"引け目?"

「昔だよ?本当幼稚園とかそこらの時。朝陽に引っ張られて遊びに行った山で俺が怪我して…それから気にかけてくれるのはありがたいんだけど…」

 くしゃりと、朔は首の後ろを掻いた。

「朝陽は運動も出来るし、勉強も出来るし…単純に悔しいのもあるんだけど…」

 嗚呼、姫様のように諦めないで欲しい。その横顔は、婚姻の話を聞いた姫様と似ていて胸が苦しくなる。

"朔君は…民話、好き?"

「それは勿論だよ」

 目を細めて笑うところも、本当にそっくりだった。





 今日も今日とて日差しが暑い。どうして、この時代はこんなにもじめっとして、むわっとした暑さなんだろう。

 体育の授業、走り終わってすぐなのもあって、暑い。ドキドキと、心臓が五月蝿いので深呼吸。もっと、動けたと思ったのに封印の影響か、単に最近の運動不足か足が思ったより動かなかった。ちゃんと、走り込みからしないといけないかもしれない。

「倭古さん…運動できるんだね…」

 タイム計測係りの朔が苦笑した。日差しですぐ赤くなるからとジャージの上を着込んでいる。メモを持っていないので、そう?と首を傾げる。割と駄目だと思ったんだけど。

「いや、早いよ…」

 一緒に走った楓にも言われる。と言っても先程の計測で勝ったのは楓である。

「負けるかと思ったもん…こりゃあ運動部の勧誘がくるわ」

 え、と思いながら列に戻れば楓の予想通り運動部からの勧誘を受けることになった。



 お昼休み。例によってこちらに来た朝陽と朔を交えたお昼だ。倭古は楓との約束があったのだが、楓の方が部活があるとかけて行ってしまった。

「え、倭古 運動できるんだ…」

「ほら関口もそう思ったでしょ?」

 マラソンの事を話に出して朔が笑う。こうも予想外みたいな反応をされるのは心外だ。走るだけなら兎も角、球技はルールがわからないのでなんとも言えないところもあるのだが。

「そうだ。はい、これ」

 朔がプリントを朝陽と倭古に手渡す。

「何これ?」

 朝陽がプリントと朔を見比べる。倭古もプリントの文字を追う。目的地への行き方…?

「ちょっと調べた。枯玉への行き方とか場所とか」

「お前なぁ…」

 苦笑する朝陽と目が合う。地図に目を通す。駅から山まであるいて、そこからは湖までは登山道。標高はさほど高くはない。まぁ、日帰りならちょうどいいんじゃないだろうか。そこでふと顔をあげると、眉間にしわを寄せた朝陽と目があった。

「じゃあ、次移動だから…」

 何時もより15分ほど早く、朝陽が席を立つ。くい、と目で廊下を指されたので朝陽をお茶を飲みながら見送って倭古も席を立つ。少しきょとんとした朔だったが、倭古がハンカチを出せば納得してくれた。


 廊下に出れば、朝陽はすぐに見つかった。その横に並ぶ。

「悪いな、朔。言い出したら聞かないんだ」

 苦笑する朝陽に首を振る。どちらかと言えばオカルトが好きな方が意外だった。

「あいつ、オカルト好きだった時期あったんだよ…」

 朝陽はまたブームが来たなぁとため息混じりだ。

"だから伝承民話だったの?"

「朔から聞いたか?」

 そう言う朝陽に一つ頷く。

"新月君が好きそうなの、選んだんだ"

「文化部、女子向けのしかなかったからな」

 頭の後ろで腕を組んで、朝陽が言う。

"関口君はやっぱり反対なの?"

「反対ってか…今回のも、まぁ…気になってたんだろ、好きそうだし…ただ、登山道ってのにいい思い出がないだけ」

"怪我、させたってやつ?"

「あ、そこまで聞いたんだ…」

 ちょい、と朝陽が首の後ろをつついた。その様子に、ふと昨日の朔が重なった。

「子供のころってさ。自分が出来ることは皆出来るんだって思ってて。朔が外であんまり遊ばないのも身体弱いのも分かってなくて…遊びに連れ出したんだ。裏山に行こうって、大きな岩によじ登って…」

 ふぅ、と一度朝陽が息を吐く。ちらりとみた手は、固く握られていた。

「俺が出来るから朔も出来るだろって無茶させて…でも朔が滑って転んで、頭打ってさ…凄かった。血が沢山出てたし…」

 昨日の朔の言い方では軽かったが、かなりの大怪我だったようだ。昨日、朔がその話をした時に首を触っていたのは、朝陽も同じ位置を触っていたからそこを怪我していたのだろう。

「トラウマなんだよ…流血系の映画未だに見れねぇ…」

 だからどうしても朔には怪我をして欲しくないと言う。…二人して、わかりにくい。お互い傷つけないように慎重になって、結果お互いが傷ついているのだ。朔が、この計画を進めたがっているのは単に朝陽からの独立の一歩だろう。しかし、その一歩は朝陽の過去のトラウマである。

 大丈夫だろう、なんて軽々しくは言えない。

"行こうよ"

 メモを渡す。こう…姫様への罪悪感ではないと信じたいのだけれど(少しはあるのだ)朔にどうしても肩入れしてしまうしコウの子孫だという朝陽との仲を取り持ちたい。

"新月君がやりたいって言ってるなら、やらせてあげたいよ"

 今回の道も、さほど険しくない。朔なりに自分の実現範囲内を考慮しているのだ。ならば、過保護に走るのは違うだろう。

「ま、そうだよな…悪いな、気ぃ遣わせて」

 朝陽に軽く首を振ったところで予鈴が鳴った。朝陽を見送りながら、一つ倭古も決意する。

(…よし、筋トレしよう)

 地味に今日の体育の成績を気にしている。山に行くことだし、かつてのような鍛練とまではいかなくとも修行する必要はあるだろう。万が一の時は、朔を抱えて逃げられるくらいにはなりたい。

(私も頑張らないとな…)

 朔に怪我をさせたくない、というのは彼に姫を重ねる倭古も同じだ。

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