第3話 高校
三
「それでは、転校生を紹介します。神坐倭古さんです」
7月。私は高校へと足を踏み入れていた。
あれからみっちり勉強をし、何度も本屋や図書館を往復した。取り敢えず父に恩を返す為にも、学校には行くべきだ。科目でばらつきは有るも、ここまで出来れば問題ないと父に言われた。
制服というのも慣れないし、同い年に囲まれるのも正直慣れない。(そう言えば私の友人は皆年上だった。)
教師の女性の言葉に、一礼をして予め書いてきたメモを渡した。
「これ呼んでいいのね?えーっと、初めまして神坐倭古です。私は事故で首を怪我してから声が出ません。昔の記憶も、曖昧なところがあります。ご迷惑をかけると思いますが、宜しくお願いします…皆さん、助けて上げて下さいね」
記憶喪失、というのは病気の診断もそうだし(まぁ私が何にも反応しなかったのでそう判断されたのだが)それが無難だろうと父も言った。お辞儀と共に鈴が鳴る。制服に安全ピンで着けさせて貰った。
私の席は窓側の前から二つ目。最初一番後ろだったのだか、私の身長を考慮しここに落ち着いた。
「私、佐藤楓よろしくね」
朝礼も終わり、授業中は邪魔になるかと鈴を外したところでつん、と後ろから背中を叩かれる。ふわふわとした明るい茶色の髪の毛をツインテールにしている女の子。彼女ににこり、と口角を意識して頷く。父いわく、声が出ないことに慣れたためか表情を変えない癖があるらしい。確かに、無表情は印象もわるいだろうと意識する。
「学級委員なの、何かあれば聞いて?名前の順でも近いし、きっと色んなグループが一緒になると思う」
"ありがとう。よろしくおねがいします"
「敬語じゃなくていいよ。書くの大変でしょ?」
楓さんはそれから私の隣の男子を指す。
「そっちが男子の学級委員の…」
話されている、と気がついた彼が読んでいた本から顔を上げて此方を見る。
「あ…新月朔です。よろしくね…」
黒髪をさらりと揺らして、微笑む。その瞬間、ドクリと身体が強張った。日焼けしてないのか、肌は白い。肩に着くくらいの長さの黒髪はそれでも清潔感があるように整えられている。
(姫…)
第一印象は、それだった。彼はそれだけ言って、再び本に視線を戻す。黒髪、というだけではないだろう。何故姫様を連想したんだろう。
(いやいや…そんな)
少し垂れ目な所も姫様に似ているが、父に続きそんな都合が良いことがある筈がない。
そうあって欲しいという私の願望だろう。
「ね、部活はどうするの?」
(部活…)
確か、放課後等にする教育活動の事だったか。まだ考えていないと首を振る。
「うち、部活必須なんだよね。運動、好き?よかったら紹介するよ」
"佐藤さんは、何部なのですか?"
メモを出す。
「私、女子バスケ部だよ」
成る程、私と頭一つ身長が違うわけだと頷く。(私は150程しかないのだ!)けれど運動部は無理だろう。運動は嫌いではないが全くイメージが掴めていない。家での家事を幾つか担当したいと父に言ってあるし、時間が縛られないのがいい。
「文化部だと…うちは吹奏楽と、美術部と…調理部だけど」
吹奏楽や美術部ではまた出費が出てしまう。調理部は、魅力的ではあるが食材や料理の知識が無いのは少し危ないかもしれない。記憶が無いのでなるべく勉強したいと、やんわりと伝えれば佐藤はそうだ、と新月の肩を叩く。
「新月の所は?同好会だよね?」
"同好会?"
「うちだと部員四人から部活申請が出来るの。同好会は三人しかメンバーが居なくて、好きにやれるけど学校が予算からでなかったりするの。一応、同好会に入っているのもOKだから」
新月が本を閉じる。邪魔をしてしまって、申し訳ないなと倭古は思った。
「えっと、俺は伝承民話同好会ってのに入ってるけど…倭古さん、興味ある?」
殆ど何も活動してないし、と新月は苦笑する。
"ある!"
バッとメモを出す。伝承と民話…。もしかしたら皆の事も何かしら残っているかもしれない。
「決まりじゃん!新月、案内して上げてね」
「う、うん…分かった」
「伝承民話同好会って実は四月に作ったばっかりでね、一年しか居ないんだ。部長も一年だよ」
放課後、新月と廊下を歩く。活動場所は教室のある教室棟から、渡り廊下を移動した特別棟の隅。道具倉庫と化していた空き部屋を整理したらしい。
「部長は隣のクラスの関口朝陽って言うんだ」
ここだよ、と新月が扉を開けた。
「お、朔!お疲れ!」
「お疲れ、関口…入部希望者だよ」
「希望者?」
中には関口、と呼ばれた少年。何処か赤の入った茶髪をしている。新月が髪が長いからか、短髪が際立った。髪質も正反対にツンツンと固い印象だった。
部屋は倉庫として使われていたらしいが、教室の半分ほどの広さがあって、窓もある。片方の壁には天井までの本棚がある。もう片側の壁には黒板があり、その前に肩程の高さの箱形のロッカーがあった。
折り畳みテーブルが二つあり、彼は椅子に座っていたが、立ち上がって、倭古を見てくる。
「俺のクラスの、転校生の神坐倭古さんだよ」
「ああ!噂の!神坐さんちの娘か!」
「ちょっ…あ、関口!」
みんなそこには触れないで居たのに!と新月が声を上げる。クラスでやたら名前で呼ばれたことから、うっすら気がついていたが皆父のことは知っていたらしい。
「わ、悪い…」
ふるふると関口に首を振ってメモを出す。
"父は有名人なの?"
「皆知ってるよ。神坐さん、結構有名な職人だし地域のイベントもよく仕切ってるし…」
「長年一人だったからな…遂に再婚したのかって」
「関口!」
本来四月から登校する予定だったため、最初の名簿に私の名前が乗っていたらしい。神坐、なんて珍しい名字に皆遂に父が子連れの女性と結婚したのではと噂されていたらしかった。
"ごめんなさい、私 養子なの"
メモを見せれば新月が慌てる。
「こっちこそ、関口がデリカシー無くてごめんね」
「本当、ごめんな…」
気にしてないと伝えて、ここを教えて欲しいとメモを出す。新月が、脇に避けていた折り畳み椅子を二つ並べた。
「まぁ座ってよ」
"ありがとう"
「紹介っつてもまだ大したこと、してないんだよな。まぁ日々の活動は図書館で調べたり、あとは土日にその場所に行ってみたりしたいんだけど…」
「部費もないからね。普段も課題とかやってるし、期待外れだった?」
首を振る。勉強が出来るのは願ったり叶ったりだ。
「関口の家が、ふるさと館でね。正直、そこくらいしか要素がないんだけど」
"ふるさと館?"
「この地域の伝統とか民芸品とか展示してんだ。うちのメンバーなら一般公開してないのも見れるぜ!」
「それで釣らないでよ…」
得意げな関口に新月が苦笑する。そこから、ついと新月は倭古を見てきた。
「どうする?文化部、見に行く?」
新月の気遣いに首を振る。
"ここがいい"
「いいのか?倭古が入ってくれるなら部活申請も出せるし助かるけど」
「無理しなくていいよ?」
気遣う関口と新月に笑う。ここがいい。今を生きると決めたけれど、皆の事、何があったのかを探るくらいは許されたい。でも流石にそれは伝えられないのでペンを走らせる。
"というか、私も課題とかしたくて…"
「あ、記憶喪失なんだっけ…大変だね」
一つ頷く。今日の授業も、着いては行けたが精一杯だった。中学での経験ありきだと、分からないところも多々ある。
"いろいろ聞くかもしれない"
「いいぜ。朔頭いいし」
「一位が言うなよ、一位が…」
二人の会話に首を傾げる。
「関口、こう見えて頭良いから…中間総一位だから」
「数学は朔の方が出来るぞ」
…一年で同好会を立ち上げる行動力で気がつくべきだったかもしれない。この二人、なかなかにハイスペックだ。
「入部届け今日出しに行く?職員室なら案内するよ」
「じゃあ俺も部活申請届け貰うかな…」
二人に教わりながら、入部届を埋める。今日はもう帰ろうかとついでに帰り支度をして、ふと気がつく。
"もう一人は?"
私で部活申請が出来るということは、既にメンバーが三人いる筈だ。けれど、あれからここに人は来ていない。
「一人は幽霊部員っていうか。あ…関口が無理やり入れた奴で、忙しいからあんまり来ないんだよね」
「まぁ、そのうち来るだろ」
そうなのか、と鞄を背負った。
「はい、受けとるわね」
担任に入部届を渡せば、すんなり受理された。それからそうだ、と呼び止められる。
「追加の教科書が届いたの。辞典もあるから重いんだけど…どうする?」
分けて持って帰るかと言われて、そうしようかと考えた所で頭上から声がする。
「あ、俺持つよ」
部活申請届を貰ってきた関口が立っていた。
「俺と朔、彼女の家の前通るので」
"いいの?"
「神坐さんの屋敷だろ?ついでついで」
にこりと関口は笑った。
「お帰り…大荷物だね」
職員室の前で待っていた新月が、関口が持つ教科書を見て言う。
「倭古の教科書だって。神坐さんちの前から帰ろうぜ」
"え、遠回りなの?"
「曲がる場所が変わるだけだよ」
関口が歩き出す。良いのだろうか、と新月を見るが、苦笑して後を着いていくので倭古も慌てて歩き出した。
倭古の前を関口と新月が歩く。それを一歩後ろから眺めた。
(ねぇ…朔君って、姫の子?)
『そうねぇ…同じ感じはするけど』
(知らないの?)
父の事はどこか感づいていたので風に聞くが、ぼやけた返答だった。
『こっちだって倭古が封印されている間は意識がぼやけてて…祐一は巻物を触った直後だったのか、あの時はっきり読み取れたのよ』
(そっか…でも似てるとは思う?)
『何処かしらで交わってはいるでしょうね』
(なら…いいかな)
姫様に姉弟は居なかったから、少しでも姫様を感じるならそれは姫様の子孫で間違いないだろう。良かったと思う。彼女が無事であったと言うのなら。
『隣の子も似てるわよね』
(え、誰に?)
『コウよ』
(え…)
関口朝陽が、コウに似ている?髪色…は似てなくもないが、今まで直感的に感じるものがあったために信じられない。
(だって…そうだとしたら…)
姫様は、コウと結ばれなかったというのか。もしも、私の事件が発端だったら。あの後、村の復興の為だかで姫様の結婚が押されたのだとしたら。
(あぁ、そうだ…)
きっとこれは、私への罰だ。
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