第15話 協力?チームマルチバトル

 ――二回戦。


 剣野舞や吹奏楽部の面々など、大方の予想に沿った試合展開が続く二回戦。栗子は一回戦での戦いを引きずったまま、暗い面持ちでステージへと立ち上がる。


「――オッケーイ、二回戦も決めるぜ!」


 キュロキュロキュロギュィイイイイイン!


 ダンッ、ダンッ、ダダダダダダダダダダ!


 ピロピロピロピロタララララララランッ!


 ステージの上。そこには文化祭のライブでも無いのに音楽機材の数々が設置されていた。


「えっ、何なの!?」


 目の前で各々楽器を鳴らす面子は軽音楽部。対戦相手の事など微塵も考えていなかった栗子にとって、彼らの音は目の覚めるような爆音だった。


「オウシット! 次こそは憎き吹奏楽部の連中をコテンパンにしようと思ったが、二回戦の相手もソロ。ボッチの相手たぁついてないぜ!」


 中心に立つギターの男は痩せ型で、さらには頭髪まで痩せかけた男だった。ギター男は、乏しい髪をなびかせながら栗子を指差した。


「こちらは三人だ。さぁ、そっちもあと二人用意するんだな!」


「えっ、あっ、うん……ん?」


 突然の事に、理解が追いついていないまま頷いてしまった。が、その直後にこれが軽音楽部の提案する勝負方法だと気が付いた。


チームマルチバトル。


 一対一で行われるジャンケンとは違い、多人数が同時に戦う方法である。負けた者が抜けていき、最後まで残っていたチームが勝ちである。一対一と異なる点としてグーとグー。チョキとチョキのように同じ手であいこになるのは変わらないが、グー、チョキ、パー。それぞれが場に出されてもあいこになるのがマルチバトルの特徴である。


「おいおい、どうやらチームマルチバトルで戦うようだな」


「軽音楽部のショータローこと相子出正太郎。前回の大会でも石田と同様、本選に残った実力者」


「それと、忘れてはならない押切姉弟との息のあったコンビネーションプレイ」


「勝負はチームマルチバトル。手之内君や石田さんは個々でなら強いけど……」


 ステージ上で相手と対面している栗子よりも、ジャンケンバトルに対する嗅覚の優れたたギャラリー達は早速勝負の行方を口々に呟いていた。


「ま、まぁ……師匠も居るしそれでいっか」


「オーケーだ。じゃあ残りのメンバーは誰にするんや?」


 栗子はチラリと後ろを確認。


 当然そこには、死んだ魚のような目をして夕刊を退屈そうに読んでいるあの男が居ると思っていた。


「えっ?」


 一回戦は確かにそこに居たはずの啓。しかし、今はどこにもその姿は見当たらなかった。隣の席にも、後ろにも、そのまた後ろにも。どこを見渡しても居なかった。


「師匠……そっか、師匠だもん。そう何度も助けてくれるわけ……無いよね」


 グラウンドでの岩本との戦い。傷付いた時で助っ人に来てくれた男の姿は無い。ほんの少し前の出来事なのに、今はもう懐かしい出来事とさえ思えてくる。


「……ふぅっ」


 ジャンケン大会の本選は帰宅部の者に加え、予選落ちした部に所属する者なら助っ人として参戦出来るルール。吹奏楽や野球やバスケ。人数の多い部活は当然本選へ勝ち上がる戦力を持っている。即ち、助っ人として呼べる人間は限られてくる。気持ちを切り替えて、観戦に来ていたチーコに声をかける。


「お願いチーコちゃん、師匠の代わりに助っ人で出てよ!」


「わたしはジャンケン強くないけど良いのか?」


「大丈夫大丈夫。あっ、あとそこのお友達は……何部に入っているの?」


「……メガネ部です」


 長い黒髪のメガネ少女の言葉を聞いた栗子は、慌ててトーナメント表を見直してメガネ部が本選に出ていないことを確認。二人の手を引いてステージへと立ち上がる。


 チームマルチバトルにおける重要な要素であるチームワーク。急造チームでは明らかにそれが足りていないのだが、今さら他に人を捜すのも困難な現状では致し方ない。


「とっ、とにかくやるっきゃな……んんっ!?」


 勝負の間合いに入って右手を突き出したまま、栗子は思わず固まった。


 最下段一首狩り。


 ピンと張り詰めた背筋での正座。ただ座っているだけなのに、全くと言って良いほど隙の無い構え。それをやっているのは味方陣営。長髪で黒髪のメガネ少女、栞だ。


「まぁ、やるからには勝ちに行きましょうね」


「うんっ、頑張ろうな栞ちゃん。おい、ぼーっとしてるなおっぱい女!」


 ハッ。


 チーコの声で我に返り、栗子は相手を見据えて構え直した。


「いくでー、ジャン……ケン……」


 ギターのコードを押さえるように、指をくねくねと動かしながら構えるショータロー。しかしポンの声が聞こえる直前。床が独りでに音を鳴らした。


 バンッ!


「ポン!」


 グー。


 栞の目の前に出された手はグー。通常のジャンケンならば、パーを出している栞がこの時点で勝つはずだったが。


「ヒューッ、助かったぜ直美。それに直樹もな」


 チョキ。


 二人の出していたそれで、勝負は一旦仕切り直しとなった。


「おいおい、あの正座している一年生……」


「ああ、一対一なら今のでショータローが瞬殺されていたな」


「でもこれはマルチバトル。周りの人間も同時に相手しなければ勝てない勝負」


「息の合ったバンドメンバーに対し、急造チームの三人じゃ……」


 あいこ。


 たった一度のそれで、栗子の心臓はバクバクと跳ね上がっていた。


 強い。


 栞が見せた啓に勝るとも劣らない手の速さ。しかしそれに上手いこと対応する軽音楽部の三人組。どちらも全く侮れない。


「よし次いくぜ。あいこで……」


 ショータローの指がくねる。栞の手が床を鳴らす。そして直美と直樹がそれをフォローする中、栗子は何も出来ずに居た。


「ファッキュー。粘りやがるぜこの女……」


「はぁ……はぁ……どっちかというとオイラ達のほうが粘ってるみたいですぜ」


 何度目かのあいこが続き、ショータローのフォローに回る直美と直樹に疲れが見え始めていた。


「……そろそろですかね」


 クイッ。


 五本指を大きく広げた状態でメガネのズレを直す栞。


「あいこで……」


 バババンッ!


 全員の手が出る寸前。それまで一つだった床の鳴る音が、今度は複数聞こえてくる。


「しょっ!」


 パー。

 パー。

 パー。


 広げた手の平が見事に並ぶ中、栞は二本の指を見せつける。


 鮮やかに相手の手を一つにまとめ上げ、その上で勝てるチョキを繰り出す栞。しかし、勝負はまだ着いてなどいなかった。


「あっ……」


 グー。


 栗子が出していた手。これさえなければ勝敗は決していた手。まさに戦犯。ギャラリーの中からヒソヒソと非難の声が漏れていた。


「ごごごっ、ごめん」


「…………」


 つかえない。


 栞の唇が、そんな風に動いた気がした。


 顔は笑っているようにも見えたが、メガネの奥では怒りを秘めているのかもしれない。致命的なミスを犯してしまった栗子は、拳を握る手が震えていた。


「よーしよしよし。仕切り直しだぜ!」


「ねぇ、ショータロー。あの子超やばいって、チョベリバって感じー」


「うるせぇ、勝ちゃいいんじゃ勝ちゃあ。あいこで……」


 ババババンッ!


 まただ。一瞬で床を叩く音が複数聞こえてきた。


「しょっ!」


 パー。

 パー。

 パー。


 再び相手方の手は全てパー。しかし今回は栞自身もパーを出していた事と、もう一つそ異なる部分があった。


「……えっ?」


 パー。


 栗子の手。それは大きく開かれていた。最初から出す気なんてなかったパー。まるで体が操られたかのように、気付いたら出ていたパー。


 開かれた五本の指を見つめながら、栗子は呆然としていた。


「これで私の……いや、私達の勝ちですね」


「やった、やったぞ勝ったー」


 チョキ。


 この場で唯一異なる手を繰り出していたのは、チーコ。


 ぎゅっ。


「やったやった、わたしの一人勝ちじゃないか」


「あわわわわ、小谷さんっ。そんなに抱きつかれたら……もうっ」


 照れくさそうに微笑む栞に、無邪気にピースサインのままはしゃぐチーコ。しかし栗子は、到底勝ったチームの者とは思えない落胆した表情。


「ファッキュー。負けちまったが、なかなかいい勝負だったぜ」


「…………」


 かくして決着は着いた。


 勝負を見届けていたギャラリーは、皆同じ気持ちを抱いていた。


「おいおい、あの一年やるじゃないか。どうして大会に出てなかったのか不思議だぜ」


「全くだ。最後は小さい女の子以外の手を道連れにしてたしな」


「もう一人の一年生の子がチョキを出すってバッチリ読んでの、見事に息の合った一手ね」


「それに比べて石田さんの活躍と言ったら……」


 お荷物。邪魔者。足手まとい。役立たず。


 客席からそんな言葉がちらほらと舞う中、栗子は五本に開かれた己の指先を見つめていた。


「ねぇ、どうして……こんなに強いのに、どうして大会に出なかったの?」


「私の所属するメガネ部は部長が代表で出てましたよ。まぁ予選で一勝も出来ずに敗退しましたけど」


「貴女が出れば本選……ううん、きっと上位にだって残れたはずなのに」


「ウチはかるた部や将棋部なんかが合併して出来た部なので人数も足りてますし、別に無理して勝つ必要も無いので。それに部長や小谷さんと遊んでいる方が、私は楽しいので」


 むぎゅっ。


 チーコを抱きしめニヤける栞。


「……っ!」


 そんな栞を見て、栗子の中の自信。プライド。今までの実績。その全てが砕け散った。


 力の差。


 冷たい氷のような手で、相手を突き放すようにして手を繰り出す啓や文絵。場の空気を制して、こちらの思うように手を出させてくれなかった彩姫。圧倒的な力で出す手を変えさせられた栞。それらは決して超えられない、大きな壁があるような気さえする。


「アタシのグーが……あ、あれ?」


 栞の力によりパーを出させられた手が、未だにぷるぷると震えている。

恐怖。


 右手が脅えている。グーを出すことに。また別の手に変えられてしまうのではという弱気な考え。また、負けてしまうんじゃないかという事を恐れて震えているのだ。


「おかしいな、グーを出すのが……怖いよ」

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