第14話 激闘!野球拳!!

 ――体育館。


「さぁ一回戦も残すところはあと一試合となりました。ここまでは恐らく皆様の予想通り、昨年の大会で実績を残している実力選手や予選で大きな活躍を見せた選手が勝ちあがる順当な展開。しかしこの試合は両者共に実力者、どちらが勝つのが全く想像もつきません。茶道部代表の石田選手。それに対する今年は写真部の助っ人として出場しているマドンナ彩姫選手の戦いです」


「まるるん的には石田選手を応援するんっ♪」


「学園のアイドルまるるんちゃんと、マドンナ彩姫さんはライバルですからね」


「そもそも彩姫の奴、予選で雑魚ばっかと戦ってるとかマジありえないわー」


「だからまるるんちゃん、マイク入ってますよ?」


「……るんっ♪」


 そんな解説を交えながら、栗子と彩姫がステージ上に並ぶ。


 着崩したブレザーと極端に短いスカートを着用した女性。豊満なバストがワイシャツから今にもはみ出てしまいそうなダイナマイトガールがステージに立つ。


「ごうぉおおおおおしゃふぉおおおおいやぁああああああ!」


「ほぶひょぉおおおおおおおおうひぃいじゃああああああ!」


「な……何なのこの男子達の異様な盛り上がりは!?」


「何って、彩姫さんがジャンケンするなら当然……」


 彩姫の登場と共に歓声が体育館の中を包む。彩姫は自身のボリューミーな胸をプルンと揺らしながら跳ね上がり、そして審判からマイクを奪い取る。


「野球拳で勝負よ!」


 キィイイイン!


 若干マイクがハウリングするが、男子達の叫びによりそれはかき消される。


「ちょっ、えええええっ!?」


 野球拳。


 通常のジャンケンと違う点は、掛け声が『アウト、セーフ。ヨヨイノヨイ』となるだけでなく、ジャンケンに負けた者は着ている物を一枚ずつ脱いでいくという特殊ルール。


「怖気づいたのなら、棄権しても私は構わないけど?」


「だっ、だってそんな勝負……」


 栗子は尻込みした様子で、躊躇っている。


 それを見たギャラリー達からは、激しいブーイングの嵐が飛び交ってきた。


「おいおい逃げんのかー?」


「逃げても良いけど代わりに誰か助っ人でも出せー」


「助っ人……って、手之内君が出てくるの?」


「彩姫さんは野球拳で男子に負けたことが無い。いくら手之内君でも厳しいわ」


 会場内が騒がしい。


 助けを求めるように栗子は観客席に居る啓に視線を送るが、当の本人は新聞に視線を注いだままだ。


「フッ、彩姫得意の野球拳。数学的に見た理由として、男子は脱がせることに意識がいってしまい集中力が切れる。逆に女子は羞恥心が邪魔をして本来の力が出せなくなる」


「それと、彩姫の奴は羞恥心どころか露出狂の気があるから脱ぐことに対して何も抵抗が無い。つまり本来の実力……いや、それ以上の力が発揮出来るのよね」


「ハッ、まるるんちゃんのようなアイドル気質の人間ならば、このマドンナにも対応出来るのだがな」


「ええ、私だったら楽勝……あ、いやっ、だあめぇ! まるるん恥ずかしいからだめだるんっ♪」


 そんな解説席とは全く空気が違う、ステージ上の栗子。行くべきか、引くべきか。それとも啓に代わってもらうべきか。いや、最後の選択肢は期待するだけ無駄だろう。


「そっ、そもそも特殊ルールは相手が同意じゃなきゃ――」


「ふぅっ、ステージの上って案外照明で暑いのね」


 スッ。


 栗子の言葉を遮るように、彩姫はブレザーと体育館履き。そしてリボンと、さらにはワイシャツとスカートを脱いで体操着姿に。それも学校指定とはかけ離れた時代錯誤な紺色のブルマ姿で栗子に視線を送った。


「汗かいちゃうからこの状態で勝負しようかしら?」


「なっ!?」


 野球拳において衣服の枚数が己の生命線。それを戦う前からわざわざ脱ぐなんて、これは栗子を見下しているかのようにしか思えなかった。


 ウォオオオオオオオオ!


 ジャンケン五回分に相当する制服一式と体育館履きを外した途端、会場は必然的にヒートアップ。


「この大盛り上がりの中、ハンデまであるのに逃げるのかしら?」


「や……そこまで言われちゃやらないわけないじゃん!」


 ダンッ!


 ステージで大きな足音を立て、右手を振り上げて構える栗子。


「ハイオッケー。じゃあルールは負けた方が一枚ずつ脱いでいく普通の野球拳だけど、靴や靴下は二つでワンセット。ジャンケンで負けたのに脱ぐ物が無い場合と、本人がこれ以上脱げないと思ったらギブアップしてね」


 パチン。


 審判が指を鳴らし、チラリと体育館上。放送機材がある部屋へと視線を送ると、どこからともなく音楽が鳴り響く。


 テンケテンケテンケテンケ♪


 イントロが流れ始めて、彩姫はリズムに合わせて踊り始めるが、栗子は右手を前に突き出した状態で静かに勝負の瞬間を待っていた。


『やーきゅーうーすーるならー、こーゆーぐあいにしやしゃんせーそらしやしゃんせー』


 ……よし。


 ゆっくりと振りかぶる栗子。


『アウト、セーフ。ヨヨイノヨイ』


「あっ」


 思わず声が漏れた。細く白い二本の指を確認し終えた後から、ワンテンポ遅れてグーが姿を現した。


「はいはーい、後出しは一枚脱いでねー」


「うう、タイミングが」


 悔しがりつつ、栗子は体育館履きを脱いだ。


  テンケテンケテンケテンケ♪


 再び音楽が流れ始めると、今度は間違えないようにと気を引き締める。


『アウト、セーフ。ヨヨイノヨイ』


 パー。

 グー。


「くっ」


「うふふっ、今度は早すぎて何を出すのかバレバレよ」


 通常のジャンケンと掛け声が違うだけ、そう思っているとタイミングが上手く掴めない。独特なテンポで繰り広げられる野球拳に、栗子は翻弄されていた。今度は白い靴下を脱ぎ捨てる。


『ヨヨイノヨイ』


「あっ……」


『ヨヨイノヨイ』


「くっ……」


『ヨヨイノヨイ』


「ええっ!」


『ヨヨイノヨイ』


「ああもうっ!」


『ヨヨイノヨイ』


「よしっ!」


 七回目。


 これまで体育館履き、靴下、ブレザーにリボン。ワイシャツとスカートを脱いで彩姫と同様に体操着姿にまで追い詰められた栗子がようやく一矢報った。ようやくタイミングが掴めてきたのだろう、勝負が始まった時に比べ段々と気持ちも落ち着いてきた。


「はぁーあ、負けちゃったわね」


「なっ、えええええっ!?」


 プルルンッ。


 体操着を脱ぎ捨てた彩姫の大きなバストから、ブラックの下着。いわゆるブラジャーが目に飛び込んで来る。その下は、無防備な乳が元気に弾んでいるのが丸分かりとなった。


「何を驚いてるの、それより次の勝負が始まるわよ?」


「だっ、だってまだ靴下とか残って――」


 テンケテンケテンケテンケ♪


 彩姫の行動に戸惑う栗子。そんな状況下でも、音楽は待ってはくれない。


『ヨヨイノヨイ』


 チョキ。

 グー。


「えっ?」


「あーん、負けちゃったわー」


 予想外の展開に、困惑した状態でのジャンケン。集中力の切れたグーで、まさかの勝利に戸惑う栗子。そして彩姫はクスリと笑いながら、ブルマに手をかけたその手を下ろした。


 バッ。


 ブルマは微動だにせず、そこから紐のように守備力の低そうな黒いパンツだけが抜き取られていた。


「うぉおおおおおお下着を先に脱いでイクゥウウウウウウウウウウウウ!」


「パパパパパパァアアンツ、ブラックオプァアアアンッツイエスイエス!」


 男子ギャラリーが興奮する中、栗子はグーを出したまま固まっていた。


 それもそうだろう。今の腑の抜けたようなグーに対し、わざわざチョキを出すような人間ではない事は、今までの戦いで把握している。なのに何故負けたのか、その考えが読めなかった。


「うふふっ、次に負けたら貴女もこの姿。どう、見られる快感が味わえるわよ?」


「そっ、嫌っ……」


 テンケテンケテンケテンケ♪


 音楽に合わせて踊る彩姫。ブラジャーの下で二つのスイカが揺れると、男で無くとも目がいってしまう。加えて下着を穿いていない状態での紺色のブルマは、対戦相手の集中力をそぎ取るには十分過ぎる。


『ヨヨイノヨイ』


 グー。

 チョキ。


 勝敗が決した瞬間。栗子は何故唐突にチョキを出してしまったのか、自分でも良く分からなかった。完全に相手のペースに呑まれ、意思とは関係無しに出してしまった手。


「何だろう、この感覚……」


「さぁさぁ早くお脱ぎなさいな。皆お待ちかねよ」


 チラリとギャラリーに目線を向ける彩姫。そこには飢えた狼のような目付きで凝視する男子生徒諸君。まばたきするのも惜しむように、ギラギラと充血した瞳で二人の戦いを見守っている輩が大勢居た。


「うぅ……えいっ!」


 ババッ!


 白い体操着を脱ぎ捨てる栗子。すると当然下着姿。彩姫と比べると随分と小ぶりながらも、胸の形が良く分かるブラジャー姿。


「へぇ、まだギブアップしないの。ひょっとして感じてきちゃった?」


「何かを感じる……師匠や文ちゃんと戦ったときのような不思議な感覚を」


 羞恥心。


 勿論それは感じている。だがそれと同等に、ジャンケンの際に訪れてきた違和感。それが何なのかというのも、気になって仕方が無かった。


 テンケテンケテンケテンケ♪


 音楽に合わせて踊りながらリズムを取る彩姫。

啓や文絵と戦っていた時とはまるで違う雰囲気のはずなのに、感じるプレッシャーは同じく脅威的なものである。


『ヨヨイノヨイ』


 チョキ。

 パー。


「あっ……」


 勝敗が着いた途端、またその感覚が訪れる。


 何故パーを出したのか、相手がチョキで来るのならグーで対抗するのが自分のスタイルではないのか。野球拳という特殊ルール、羞恥心により散漫になる集中力。思ったとおりの戦い方が出来ない、そんなもどかしい感覚。


「こ……これ以上は」


 短パンを脱いだ栗子。左手で下着を、パンツを必死に隠そうとしながら次の戦いに挑む。当然これ以上は負けられない。しかしとてもじゃないが集中出来る状態ではない。


「うふふっ、楽しくなってきたわね」


 妖艶な微笑み。


 この状況下でそんな顔をする彩姫に対し、栗子は絶望的な表情。負けられない、勝つしかないという必死さすら伝わってくる。


 テンケテンケテンケテンケ♪


『――ヨヨイノヨイ』


 チョキ。

 グー。


「っ!?」


「あーら、負けちゃった」


 ババッ!


 ためらいも無く、ブラジャーを脱ぎ捨てる彩姫。そこから見えるは、左腕だけでは覆いきれない巨大な乳袋。下には紺色のブルマ、何故か未だに装着している靴下。


「どうして……どうしてチョキなんか出したんですか?」


「観客を沸かせるのも、勝負を長引かせて私の体と貴女の体。大衆にさらけだす時間をすぐに終わらせてしまうのがもったいないからよ。だって、その方が面白いじゃない」


「面白……い?」


 テンケテンケテンケテンケ♪


 もう何度目になるだろうか、この音楽に随分耳も慣れてきた。


『ヨヨイノヨイ』


 パー。

 グー。


 負けた。


 パーだと気付いた時には、チョキに変える術などなかった。完全なる敗北、だけど……。


「うふっ、貴女はこれ以上脱げないでしょう。残念だけどさっさとギブアップして――」


 ガバッ。


 栗子はブラジャーを外し、左腕だけで胸を隠した。


「まだまだっ、やっと戦いらしくなってきたから。だからこれからだよっ!」


「この娘っ……いいわ、いいわよすごく!」


 テンケテンケテンケテンケ♪


『やーきゅうーすーるならー、こーゆーぐあいにしやしゃんせー。そらしやしゃんせー』


 ぷるるんっ。


 音楽に合わせて揺れる胸。思わず目が行ってしまうそれも、今は惑わされる事は無い。


 チラッ。


 紺色の。刺激的過ぎるブルマが目に飛び込んでくる。でも、もう動じない。


「……よし」


『アウト、セーフ。ヨヨイノヨイ』


 音楽が流れていく中、ゆっくりと高く昇って行く右手を一気に振り下ろす。


 相手が何にするかなんて関係ない、出す手は一つだ。


「…………」


 パー。


 栗子は手のひらを大きく広げたパー。


「ねぇ、どうして貴女はそれを出したの?」


「彩姫さんは、勝負を楽しんでいるように思えたから。だから次はきっとあいこにしてくると思ったから、アタシの得意なグーでくるかなって」


 グー。


 握った手を見つめたまま彩姫は静かに笑った。


「そうね、確かにその通り。でもさっきまでの貴女だったら、この雰囲気の中でパーを出そうなんて思わなかったでしょうけどね」


 そう言ってツカツカと審判に近づいていき、マイクを要求する。


「アー、アー……もう脱ぐものもないしギブアップするわ」


「ええっ!? だってまだ靴下があるんじゃ……?」


「うふふっ、バカね。靴下を脱いだらファンに悪いわ、私は学園のマドンナ彩姫。学園中のスタアなんだから、そんなマネは出来やしないの」


 かくして決着が着いた。


 会場内では男子生徒たちの嘆きの声が、しばらくの間止む事は無かった。





 一回戦は辛くも勝利を収めた栗子。だがその表情はとても勝利者のそれでは無かった。


「師匠や文ちゃん……それと、彩姫さん達と戦って分かった事があるの」


「そうか、だがわざわざ俺に言う必要ないだろ」


「ジャンケンで勝つ方法って……自分が相手より強い手を出すだけじゃなかったんだね」


「いや……お前人の話を聞――」


「相手の手を操って、それで自分より弱い手を出させる。これってさ、師匠達が使ってる戦法だよね?」


「…………」


 ジャンケンの勝ち方。


 一般的には相手の手を読んで、それより強い手を出す。しかしもう一つ、相手の手を自分の手より弱くさせる方法。戦いの中でそれに気づいた栗子は、啓に真相を問い詰める。


「やり方は全然違ったけど、師匠も彩姫さんも私の手を操って勝った……これが、残りの五十点の答えなんだよね?」


「そうだな。分かって良かったじゃないか」


「よくないっ! こんなん出来っこ無いじゃん!」


 相手を突き放す、冷酷な手を繰り出す啓や文絵。その場の空気を支配して、決して相手のペースにさせまいとしてきた彩姫。


 とてもじゃないが栗子にはそんな真似は出来ない。文絵と戦った時と同じ、圧倒的な実力の差が遺憾に思う。


「…………」


 励まし、慰め。それらを一切放棄して、啓は悔しがる栗子から目を逸らした。

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