第13話 あっち向いてホイ

 ――ジャンケン大会当日。


 今日は朝からクラスが騒がしい。まぁ何か起こればざわざわとギャラリーが集結するようなクラスなのだが、ジャンケン大会当日ということもあってかクラスの話題はそれで持ち切りだった。


「おい、お前らドコに賭けるよ?」


「そりゃあ去年優勝の剣道部だろ。なんたって今年もエースが、剣野舞が健在なんだぜ」


「甘いわね。吹奏楽部の選手層を舐めない方がいいわよ」


「それと、毎年どこかの部に助っ人参戦してるマドンナ彩姫……この辺りが本命かしら」


 大会の裏ではひっそりとトトカルチョが開かれているそうで、ギャラリー達は選手の情報をあーでもないこーでもないと試合予想に熱が入ったトークを交わしていた。


 しかし自分には全く関係の無い話だと言わんばかりに、啓は例の如く朝刊に目を通していた。


「フッ、いよいよ本選だな手之内君。優勝候補は剣道部、次点で吹奏楽。それと協力助っ人が参入した写真部と、各部から選りすぐりの者達が繰り広げる戦いの始まりだ!」


「朝から騒がしいな、岩木」


「ヌッ、人の名前から棒を勝手に抜かないでくれたまえ。僕の名前は岩本だ」


 朝一番で声を掛けてきたのは岩本だった。名前を間違えられたからか、それからチャイムが鳴るまで予選で三敗してしまったから今日は解説に徹するとの報告を受けたが、非常にどうでもいい話である。


「ハッ、しかし石田はまだ本調子ではないようだな」


「俺が知るか」


 本選当日であるにも関わらず、栗子は教室の隅。一人で机に突っ伏したままだ。いつものハイテンションで絡んでこないのは啓にとってありがたい事であるが、やはり先日の出来事を引きずっているのだろうか。


「…………」


 栗子の元気が無い。いや、覇気が無いと言った方がしっくりくる。


 もし優しさだとか思いやりだとか心配りの出来る人間だったのなら、そんな栗子に声の一つでも掛けてやる所だが啓はそれをしなかった。





 ――放課後。


 チャイムが鳴るなり、ゾロゾロと列を作って体育館へ移動する集団。全校集会があるわけでも無いのに体育館へと向かい、避難訓練でも無いのに速やかに列を作って移動する集団の目的は一つ。


「――さぁーっ、いよいよ始まります部活動対抗のジャンケン大会! 本日の解説は惜しくも予選で敗退してしまった二名の選手。我が放送部が誇るアイドルまるるんちゃんと、数学以外赤点の岩本さんにお越しいただきました」


 ジャンケン大会。


 戦う者は勿論の事、それを見守るギャラリーさえも熱くなる戦い。まさに全校生徒が一体となったイベントである。


「……で、何でお前は俺を連れて来たんだ?」


「いいでしょ、アタシはまだ師匠に勝ち方を教わってないんだから」


 フンッと鼻を鳴らして不機嫌な態度を見せる。


 今朝こそ大人しかったと思えば、徐々にテンションを取り戻しつつある栗子。啓にとってはいい迷惑だ。


「ではここで、解説のお二人に本日の大会を予想してもらいましょう。どうでしょうまるるんちゃん、注目選手はズバリ!?」


「予選でまるるんに勝った剣道部の舞ちゃんがやっぱり気になるんっ♪」


「なるほど、剣野選手は昨年の大会で優勝という大きな実績もありますからね」


 体育館。


 ステージ前の実況席にはパイプイスとテーブル。ステージには優勝候補の注目選手、長い黒髪を後ろで結った女性。道着と、そして赤いハチマキが特徴的な女性。剣野舞である。それに対するは留学生だろうか、長身色黒の大男がすでにスタンバっていた。


「第一試合からいきなり剣野選手が登場しましたが、岩本さん。この試合はやはり剣野選手で決まりでしょうかね?」


「フッ、数学的には当然そうだと言いたい所だが本選は一本勝負以外にも両者が合意の上なら対戦形式が選べるという特殊ルール。剣野舞が勝つと言い切るのは尚早だ」


 なんて解説をしている内にステージに立つ両選手と、間に居る生徒会役員らしき人物を交えて何やら会話が飛び交っている様子。


「おー、優勝候補の余裕だねー。アッチム選手、勝負の方法を決めちゃってー」


「アッチムイテホイ、アッチムコレが大得意ダヨ!」


 そう宣言した刹那。会場内に歓喜と嘆きが交じり合った声が飛び交っていく。


「おっ、あっち向いてホイならアッチムにもワンチャンあるぞ!」


「まじかよ、絶対ガチガチのド本命で剣野勝利が危うくなったじゃねーか!」


「わーい、大穴狙いでアッチムに賭けといてよかったー」


「それはどうかしら、このルールでも剣野舞なら……」


 あっち向いてホイ。


 ジャンケンに勝つだけではまだ決着は着かず、ジャンケンの勝者は「あっち向いてホイ」の掛け声と共に指を上下左右のどこかに差し、敗者は顔を上下左右のどこかに向ける。指の向きと顔の向きが同じになれば指差した側の勝利。逆に指とは違う向きに顔を向けていたら仕切り直しとなるルール。


「アッチム選手が得意とするあっち向いてホイ。何と言ってもボクシング部で鍛えた優れた反射神経を持つアッチム選手ですから、これで勝負は分からなくなりましたね」


「いや、有利なルールにしたからって勝てる相手じゃないのよ。あの女は……」


「その~まるるんちゃん……今マイク入ってますよ?」


「ままま、まるるんどっちが勝つか全然わかんないるんっ♪」


 かくしてあっち向いてホイが始まった。


 アッチムは両手に握り拳を作り、身体全体を右へ左へ揺らしながら構える独特のスタイル。対する剣野は右手の二本指を左手の中に納めての、まるで居合いのようなこれまた個性的な構えで迎え撃つ。


「ジャンケン……ポン!」


 パー。

 チョキ。


「!?」

「あっち向いてホイ!」


 チョキの握り。


 二本の指で上を差し、顔はそれと同じ方向を向いていた。


「ソ、ソンナバカナッ!?」


 バタン!


 そう言い残し、アッチムの黒い巨体はそのまま無残にもステージの上で仰向けに倒れこんだ。


 瞬殺。


 ジャンケンで勝ち、さらには相手の顔と同じ向きに指を差さなければならない特殊ルール。それがあっち向いてホイ。長期戦になると予想されていたが、それを一撃で決めてしまったのだ。


「おおっ、やはり強いぜ剣野舞!」


「アッチムの動体視力と同等……ううん、きっと剣野さんはそれ以上ね」


「特殊ルールがあるとは言え、ジャンケンで勝たなければ意味が無いからな」


「そうね、しかも剣の心得がある剣野さんに反射神経で敵う者は中々居ない」


 ギャラリー達は口々に試合の感想を述べる。やはり剣野舞は期待されているだけの事はある。それは一回の勝負で十分に理解出来る。


「……ねぇ師匠。師匠から見て私と今の人、どっちが強い?」


「比べるまでも無い。あれだけの実力があれば、お前でもチーコでも一緒だ」


「くっ!」


 ぎゅっ。


 手が痛くなる程に、強く拳を握り締める栗子。


 悔しい。


 力が無い自分が、敵わないと知った事実が。この埋めようの無い実力差が。


「師匠、ちょっと来て」


「嫌だね……つっても無理矢理連れてくんだろ?」


 栗子と啓は体育館を抜け出し、テラスへと移動した。


 外は風が強い。短いながらも、栗子の髪がなびいていた。


「まだジャンケンの勝ち方が分からないのか?」


「そうだよ、だから教えてよ!」


「勝ってどうするんだ?」


「どうする……って?」


 ジャンケンをする理由。


 ある者は給食のプリンをゲットする為。またある者はかくれんぼの鬼を避けるため。他にも豪華客船で大金をゲットする為に勝負する者など様々だ。


「この大会、本選に残った部は人数が足らなくても同好会落ちしないってくらいだろ。いつだったか岩本から聞かされたが、お前の入っている茶道部は五人以上居るし文化祭だって展示をちょっとやるだけらしいじゃないか」


「うん……月に何度か活動するだけの小さな部活。本選に出られなくても、別に部が無くなるわけでも活動出来なくなる事も無い。でも私は師匠に、そして文ちゃんに負けて悔しかった。もっと強くなりたいって思った。悔しさだけじゃ、勝ちたいってだけじゃダメなのかな?」


「…………」


 啓は答えを口に出さなかった。


 しかし、代わりに一つヒントを与える。


「本選にはお前より強い奴ばかり居るだろうからな、そいつらがどう勝つのか良く見ておく事だ」


「どうやって……か、よっし!」


 グッ。


 栗子は拳を握り締める。悔しいからではない。それはやる気の現れである。

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