第9話 対決!たたいてかぶってジャンケンポン

 ジャンケン大会予選三日目。


 朝も早くからチーコの家へと向かうと、いつも通りチーコがコンタクトの取り付けで手間取っている様子。洗面所でグダグダやっていた。


「おお、啓か。おはよう」


「ああ、コンタクトは付けられたのか?」


「いやそれがな――」


 パキッ!


 啓の方へと振り向いたチーコの足元。そこから何かが割れる音が聞こえた。


「ああっ!」


「踏んだみたいだな」


 粉々になったコンタクトレンズを拾い上げ、ついでにチーコの靴下に破片が付いていないか確認する。


「あっはははは! こらくすぐるな!」


「予備はあるのか?」


 割れた破片をポイとゴミ箱に投げ入れ、問いかける。


 チーコは首を横に振った。どうやら予備は無いらしい。


「じゃあメガネにしろ」


「うぅ……わかった」


 壁に手を触れながら、ゆっくり慎重に部屋まで歩くチーコ。


 啓はチーコを待つ間に、リビングの食器を流しに入れておく。


「ん?」


 チーコの部屋からバタバタと慌しい音が聞こえてきたかと思えば、すぐにメガネをかけたチーコが姿を現した。


「メガネだな」


「何か文句あるのか?」


「似合わないな」


「うるさいっ!」


 黒いフレームの地味なメガネを掛けたチーコは、普段よりも大人しそうな印象。だが髪の色や瞳の色からどこか浮いた感じになり、どうにもそれは似合っていなかった。





 ――教室。


 頬を膨らませながらチーコが教室に入ると、すぐに友人達が話しかけてくる。


「おぉっ、チーちゃん今日はメガネなんだ」


「あら~、チーちゃん今日はメガネっ娘なのね~」


「うぉおおっ! 千香さんはメガネ姿も素敵っす!」


 口々にメガネを指摘されて、チーコはますます頬を膨らませる。


 どうしてこう不機嫌になっているのか友人達には分からず、それをチーコに問いただしてみた。


「……啓がバカにするから」


「そうなん、結構イケてると思うけど?」


「あいつは文句ばっかり言ってくる! 啓なんて嫌いだ!」


「そうかしら、とってもイケイケよ~?」


「バカエロ啓は似合わないって言ってた!」


「なっ、千香さんに対する侮辱……許せぇええええん!」


 バキィッ!


 手にした鉛筆をへし折り、わなわなと怒りに震えている。


「それで啓が……ん、玉やんはどうしたんだ?」


「ははっ、さぁね?」


 ぷんすか怒るわりには啓の話ばかりするチーコに、友人二人はクスリと笑った。それが癪に障ったのか、チーコはジタバタと手足を振り回す。


「とっ、とにかくもう啓とは口を聞かん!」


「でもチーちゃん、放課後はいつも先輩の家に行ってるんじゃなかった?」


「うっ、そうだ啓がいないと宿題が出来ない……どうしよう」


 頭を抱えてうんうん唸るチーコ。


 やがて何か思いついたのか、ぽんと手を叩いて提案した。


「そうだ、今日はさっちゃん達と一緒に宿題をしよう!」


「ありゃ~……悪いね、あたしら今日は部活あるんだ」


「うう、そうかそれは困ったぞ」


 再び頭を抱えて苦悩するチーコ。


 そうこうしている内に担任が入室し、無情にもHRの時間が始まるのだった。





 ――放課後。


校内ジャンケン大会も三日目ともなればすでに本選出場の条件を満たしている者や、すでに三敗してしまった者が大半となり落ち着いた放課後。


 しかし栗子は初日に四勝したものの、昨日は勝負自体が流れてしまったので未だに本選出場の条件をクリアしていなかった。


「と、言うわけで今日も相手を探して校舎をさすらうよ」


「私もあと四勝しなくっちゃ。じゃあね、手之内君」


 意気揚々と出陣する栗子達とは別に、早々に帰宅の準備をする啓。


 ダダダダダダダッ!


「ん?」


 けたたましく廊下を走り抜ける音。


 キキィイイイッ!


 急ブレーキをかけて、教室の前でそれは止まった。


「ここかぁああああ、手之内啓ぅううううう!」

 力強くドアを開けて教室に入り込んで来たのは、野球部員と思わしき坊主頭の男子生徒。


 何故だか知らんが人の名前を大声で叫びながら、ヅカヅカと近寄ってくる。


「小脇に抱えた新聞紙、冷めた表情、目は死んだ魚、それも旬を過ぎたサンマ。そして覇気の欠片も無い男……さてはお前が手之内啓っすね!」


「……だとしたら何だ?」


「ぶっっっっ潰す!」


 パシィイイイン!


 掌と拳を合わせて戦闘体制に入る野球部男子。


 どうやらえらく興奮しているようなので、話をしても無駄だろう。


 やれやれとうな垂れながら、啓は仕方なくパーの型を構える。


「面倒だから一度だけな、ジャン……ケン――」


「ん? ちょっと待った、何いきなりジャンケンしようとしてるんすか!?」


「何だ? ジャンケンしに来たんじゃないのか?」


 構えを見せてもきょとんと聞き返す所から、どうやらジャンケンをしに来た挑戦者の類では無いようだ。


「年上だろうがあえて呼び捨てにするっすよ手之内啓ぅううう! 貴様が千香さんにした行いは許されぇえん、この俺が成敗してくれるっす!」


 いきり立って怒鳴りつける野球部男子。


 一方の啓は、腕を組んで彼の言葉を理解しようと考える。


「千香……ちか……ああ、チーコの事か」


「そのとぉおおおおおりっす!」


「俺が何かしたか……ひょっとして、この前胸を触った事か?」


 さらりと返答すると、野球部男子は更に怒りを増した。


 ガシィイイッ!


 啓の胸ぐらを掴み上げる。


「貴様ぁああああ! ちちち、千香さんの胸を触った……だとぉおおおおう!?」


 ギギギギギギギギ。


 大きく右手を振り上げ、力のこもったグーを作り出す。


「殺ぉおおおおおおおおす!」


 それを思い切り振り下ろそうとした刹那。


 ガシッ!


 突然グーは静止した。


「フッ、野球部一年の玉やんこと玉城守。怒りに身を任せてケンカするのも結構だが、戦う気の無い者を一方的に殴るのは只の暴力だ。同じスポーツマンとして見過ごせんな」


「いっ、岩本先輩……っ」


 玉城の手を止めたのは岩本。


 鍛えられた太い腕を掴む岩本は、険しい表情のまま言葉を続ける。


「ハッ、事情は知らないが貴様は手之内君に対して怒っているようだが暴力はいけない。どうだ、ここは平和的にジャンケンで勝負というのは?」


「いくら岩本先輩がそう言っても、ジャンケンなんかじゃ俺の怒りは収まんねぇっすよ」


 ふてくされたように告げる玉城。

 それを見越してか、岩本はクィッとメガネのずれを直しながら不適に笑う。


「ククッ、ただのジャンケン勝負なら手之内君に分があるのは数学的に考えても明白。そこでだ、これを使って勝負してみてはどうだろう?」


 ガラン。


 岩本がその場に出したのは、カラーバットと土木用ヘルメット。


「フッ、手之内君のジャンケンの強さ。玉城の運動能力を計算して、公平な勝負を行うにはこれしかない」


「こっ、これはまさか……?」


「ククク、そう。叩いてかぶってジャンケンポンだ!」


 何故か周到に用意されていたカラーバットを啓の右手側に、どこから持ってきたのか分からない土木用ヘルメットを玉城の右へと設置する。


「なるほど……この怒りのバットで手之内啓の頭をぶっ叩けって事っすね」


「ハッ、一年生ながらも入部早々の紅白戦で猛打賞。その武器は抜群の選球眼と、長打を生み出すパワーを持ち合わせた豪打のスラッガー玉城……まぁ、守備が下手だからレギュラー入りは遠そうだがな」


「ちょっ、最後の一言は余計っすよ!」


 叩いてかぶってジャンケンポン。


 通常のジャンケンとは違い、ジャンケンをして相手を負かしただけでは勝利にならない。ジャンケンで勝った方は武器で相手の頭を叩けば勝利となるが、ジャンケンに負けた者には救済措置として叩かれる前に防具で頭を守ればもう一度仕切り直しとなる。


「む、今日の手之内は叩いてかぶってジャンケンポンで勝負するようだな」


「普段と違って勝敗がついた直後の判断スピードが鍵となるこの戦い……」


「いくらジャンケンの強い手之内君でも野球部の運動能力に敵うのかしら?」


「おおおっ、こりゃあ熱いバトルの予感がするぜぇえええ!」


 いつの間に集まってきたギャラリー達が、口々にざわめき始める。


 まぁいつもの事だと啓は気にもしなかったが、どこからともなく集まったギャラリーに玉城は動揺していた。


「なっ、なんすかこの人だかりは!?」


「ただの野次馬だ。気にするな」


 こうなってしまっては後には引けない。


 やれやれとため息を吐いてから、啓は用意されたカラーバットを軽く握った。


「……おい、バットとメットの位置を変えて良いか?」


「ああん? そんなんどっち置いたっていいっすよ」


 啓から見て右手側にあったバットを、逆側にあるメットと交換した。


 その作業が終わると、二人の間に居る岩本がゴホンと一つ咳払い。


「フフフ、準備が済んだようなら始めよう。ジャン……ケン――」


 お互いに床に座ったままの状態だが、啓はいつも通り右手を左肩に置くパーの型を作っていた。


「ポン!」


 ――まずいっ!


 かけ声と同時に、玉城が啓の手を認識した。パーだ。


 反射的に空いている方の左手を土木ヘルメットに伸ばした瞬間。


 ――バシィイイッ!


「てっ!?」


 まだお互いが何の手を出したのかを確認出来るかどうかという時。すでに啓の左手はカラーバットを素早く振り下ろしていた。


 パー。

 グー。


 啓が、岩本が、ギャラリー達がお互いの手を確認したのは、すでにバットで叩いた音が聞こえ終わってからだった。


「勝負あったな」


「ななな……卑怯っすよ! 今の絶対ずりぃっす!」


 不正を訴える玉城。


 だが、啓は新聞紙と鞄を持って帰り支度を始めている。


「大体今のはジャンケンと同時にぶっ叩いたじゃないっすか!」


「フッ、そうとも手之内君はジャンケンで勝つ絶対的自信があったからこそ、勝敗を確認する前にバットを手にしていたのだ」


 玉城の前に立ちはだかり、説明を始める岩本。


「ハッ、勝負の直前にバットを左に置き代えたのも、空いている手で少しでも早く攻撃する為。ジャンケンでの勝利を確信していた為だろうな」


 その言葉を聞いて、玉城はガックリと肩を落とした。


 勝利の自信。微塵もお手つきを恐れない思い切りの良さ。どちらも涼しい顔をしてやってのける啓に、玉城は完敗した。


「おおおっ、やはり強いぜ手之内啓!」


「叩いてかぶってジャンケンポンでも、その強さは揺ぎ無いな」


「誰か手之内君に敵う人はいないのかしら?」


「特殊ルールでも素早く適応する手之内啓……やるわね」


 ざわざわざわ。


 勝負の感想を語るギャラリー達。


「クソオオオオオオオオスッ、すまん千香さん……貴女のラヴリーなメガネ姿をバカにした愚かな男を倒せなかったっす!」


 ダンッ。


 玉城が拳を床に叩きつける。


 そしてその悔しさの叫び声が響き渡った直後、どこからともなく笑い声が聞こえてくる。


「ハーッハッハッハ! メガネに対するその愛情、しかと聞いたけん!」


「!?」


「とうっ!」


 ギャラリーの中から姿を現したのは女子生徒。いや、体格や制服は確かに女子生徒なのだが、只一つ普通の女子生徒とは違う点があった。


「うぉおっ仮面だ、仮面を着けた女子生徒が乱入したぞ!」


「仮面だな、まるで正義の味方が正体を隠すような仮面だな」


「仮面ね、しかもド派手な色使いの仮面ね」


「仮面だわ、どうして今までギャラリーの中に居て気付かなかったのか不思議なくらい目立つ仮面だわ」


 突如現れた仮面の女子に対し、驚きを隠せないギャラリー。


 そんな反応などお構いなしに、仮面の女子は啓に向けて手を伸ばした。


「人とフレーム十人十色、心のレンズも磨けば光る。曇るのだけは勘弁してやとメガネが言うたらあーしの出番や! メガネ仮面、度の無いメガネでただいま参上やけん!」


「…………」


 度の無いメガネは伊達メガネだろうと一瞬考えさせられるが、女子生徒の着けているそれはどう見ても仮面だった。


「さぁ、メガネをバカにした罰としてあーしに負けるが良いけんね」


「嫌だね」


 ガララッ。


 メガネ仮面の横をスッと通り抜け、教室から出る啓。


 それを見て慌てて回り込み、両手を広げて通せんぼするメガネ仮面。随分と必死である。


「ちょい待つけん! これを見ても同じ事が言えると思ったら大間違いや」


 スッ。


 黒フレームのメガネ。どこにでもあるような、しかし最近どこかで見たような地味なデザインのメガネを啓に見せ付けた。


「ふふふ、これで戦う気になったやろ?」


「いや、意味が分からないんだが?」


「んなっ!?」


 今度こそ帰ろうとした啓に、メガネ仮面が腕を掴んで食い下がる。けったいな方言だかなんだか良く分からない言葉を使って食い下がる。


「これは一年の小谷千香とかいう女子のメガネやけん! お前も知ってる奴なんやけん、誰のメガネかくらいわかってもよかやん!」


「ああ、言われてみればそうだな」


「ふふふ、大切な物を奪ったあーしに対し怒りがこみ上げる手之内啓。そして決戦の舞台はメガネ部の部室で行われる運命やけん!」

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