第8話 決戦!放送部のアイドル

 ――放送室。


 マイクやコンピューター等が置いてある放送室と、その隣には多数の機材が置いてあるスタジオとで二部屋ある空間。


「さぁ本日で予選二日目となります校内ジャンケン大会! 放送部が誇る、お昼の校内放送で有名な学園のアイドルまるるんちゃん。昨日の対戦成績は三勝二敗とまずまずな成績を残していますが、三回負けてしまうと失格となる過酷なルール。五勝するのが先か、それともまさか負けてしまうのか!? 見逃せない戦いは間もなくスタートです!」


 一通りの予告文句を告げると、カメラマンがOKサインを出したのでペットボトルのお茶を飲み始める司会者。


「えー、では対戦順はまるるんちゃんと花一さんが一試合目。石田さんは二試合目の参加でお願いします」


 放送室に呼ばれた文絵は、多数のスタッフや試合の事をどこから聞きつけて集まったのか分からない多くのギャラリーに戸惑いながらも真面目に試合の説明を受けている。


「いやー、アタシもさっき放送部の人と会って勝負しようとしたんだけどさー、何でもどうせやるなら放送室でやってくれって頼まれちゃったんだ」


「だったら俺は関係ないだろ」


 そう言って立ち去ろうとする啓の腕を、ガシッと掴んで止める者が居た。


 誰かと思い振り返ると、それはメガネを掛けた男。どこかで見たことがあるようだが、メガネくらいしか特徴が無いので思い出せない。


「岩本だよ! 君は昨日の熱い戦いをもう忘れたのかい!?」


「手之内さーん。今日はまるるんちゃんが本選に残るかどうかの大事な試合なんで、岩本さんと一緒に解説として出演お願いしますよ~」


 へこへこと揉み手をする司会の男から、何やら面倒事を頼まれる。


 当然そんな面倒な事はごめんだと男に告げる。しかしそれを見越していたのか、司会はガザッとした音と共に新聞紙を手渡した。


「こちら、今日の夕刊です」


「仕方ないな」


「ではではこちらのお席でどうぞ」


 スタジオ内のパイプイス。無駄にクッションなんぞが敷いてあるパイプイス。それに腰掛けながら夕刊を読んでいる。すると司会の男がペットボトルに入ったお茶を持ってきたので、すかさず長いストローを要求する。


「どうぞどうぞ……おっと、所で手之内さん。今日は一応解説者としてお越しいただいていますので石田さんの勝負の時はですね、えっとまぁなんというか解説が勝負の最中に乱入するのもありと言えばアリかもしれませんが、こう何というか……」


「安心しろ。元々出る気なんて無い」


 司会の男が言い辛そうにしていた事を、啓は先に答えてやった。むしろ途中で出ろと言われてもこちらから断りたいくらいだ。


「おおっ、そうですかそうですか。いやはや前哨戦でまるるんちゃんが快勝した直後に、手之内さんのようなあまりに強い方がお相手となると盛り上がりに欠けてしまうのではないかと思ったのですが……いやいやこれは失敬、余計な心配でしたね」


「……前哨戦、か」


 司会の男がホッとした様子で立ち去った後、啓は夕刊を読みながら呟いた。


 そして、司会と入れ替わりに別の人物がやってくる。


「フフッ、手之内君。今回の試合……君はどう思うかね?」


「知らん」


 メガネをクイッ、と動かしながら登場した岩本をスルー。ご丁寧にストローまで用意されたお茶を静かに飲み始める。


「フフンッ、なるほど。君はまだ放送部の部長……おっと、まるるんちゃんの実力が未知数だから結果が分からないと言いたげだな。丁度今から前回のハイライトを放送するらしいので見てみたまえ」


「遠慮しておく」


「いいから見たまえ!」


 半ば無理やり見せられることとなった。


 ハイビジョンのTV画面に映る少女。頭から猫の耳が生えていたり背中から羽が生えている、露出の高い派手な衣装でドレスアップしたミニマム少女。まるるんちゃんだ。


『じゃあいっくるん♪ じゃ~んけ~ん――』


 握った手を相手に見せ付けるようにして、自分自身も上下に揺れてタイミングを合わせている。完全に素人の出し方だった。


『ぽ~ん!』


 グー。

 グー。


 対戦相手も素人だったのだろう。運良くあいこ。


「……くだらん勝負だ」


「フッ、まだ始まったばかりじゃないか。ちゃんと最後まで見たまえ」


 聞き分けの無い輩に断るのは無意味だと学習済みなので、仕方なく見てやることにする。


 あいこ。


 一度それを経由したからか、まるるんちゃんは先程と違う構えを見せた。

『ようっし、まるるん必殺技出しちゃうるん♪』


 両腕を高く挙げ、肘を前に押し出すようにして構える。脇が丸見えになるこの姿勢に、その場に居たギャラリー達は興奮する。


『あ~いこ~で――』


 このグラビア撮影でポーズを取っているかと思えるような構えは上段。


 グーの型のように手を上げてから振り下ろすのではなく、始めからほぼ最高地点に達している所から腕を振り抜くようにして手を繰り出す構えだ。


『しょお!』


チョキ。

パー。


勝敗は決した。


『わ~い、勝っちゃったるん♪』


 過度な愛嬌を会場中にばらまきながら、まるるんちゃんは勝利した。


 素人目に見たらふざけたポーズで戦い、たまたま勝利したようにも見えるが実は違う。


「上段……か」


「フッ、冗談などではない。これでまるるんちゃんは昨日三勝、二敗した相手はいずれも強豪の吹奏楽部Aチームと前年度優勝の剣道部との戦いだけだ。ちなみに僕の見立てでは――」


 喋りだした岩本は止まらない。


 まるるんちゃんの過去の対戦相手の情報や、吹奏楽部のように人数の多い団体は複数のチームが出場できる説明などを受けたが、啓には微塵も必要の無い情報なので聞き流した。


「フフン、というわけで……っと、そろそろスタンバイの時間らしい」


 司会の男が手で何やら合図を送り、岩本は姿勢を正して座り直した。


 まるるんちゃんやカメラマンも準備が出来たらしく、キューサインが出る。


「さぁいよいよ決戦の時、まるるんちゃんは本選出場なるか!? 本日は二戦続けてお送りする予定です!」


「みんなー、まるるん今日もがんばるんっ♪」


 頭からはピョコンと獣の耳、背中にはヒラヒラした天使の羽を生やすミニミニ少女。まるるんちゃんだ。


 脇見せピースサインを決めての登場で、会場は一気に盛り上がりを見せる。


「うぉおおおっ! まるるんちゃん応援してるよぉおおおお!」


「ぶひぃいいっ! 萌え萌えぷるんたんと瓜二つのかわいさでござるなりぶー」


「うわー……あの人って確か放送部の部長さんなんだっけ?」


「ええ、とても三年生には見えないけど……本当に私より年上ぇ?」


 様々な反応を見せるギャラリー。


 当然その多くはまるるんちゃん目当てのファンだが、栗子の戦いを観に来た者も少なくはなかった。


「本日は解説として石田選手の師匠であり、先日は助っ人として大活躍した手之内さん。そして数学以外赤点の岩本さんにお越しいただいております。早速ですが岩本さん、今日の勝負の見所はズバリ?」


「フッ、当然二試合目の石田栗子戦だろう。四勝無敗の石田に対して放送部部長……もとい、まるるんちゃんはすでに二敗。数学的にみて石田に勝つのは厳しいかもな。最も、確率だけで言えば昨日の僕の試合とて決して負け――」


 ブツッ。


 岩本の数学的解説を終えて、今度は啓にマイクが向けられる。


「はいありがとうございました。どうやら岩本さんは石田選手有利とおっしゃっていますが、これについて手之内さんはどうお考えでしょうか?」


「さぁな」


「えっ、あっ、そ、そうですよね。勝負はやってみない事には分かりませんからねぇ」


 ガサッ。


 夕刊を読みながらの適当な返事でも、収録は進む。


「それでは第一試合。放送部代表まるるんちゃん対文芸部代表花一さん、準備は良い?」


 生徒会の人間と思われる女子生徒が、両者の中央に立つ。


 まるるんちゃんはニカニカ笑いながら右手を前に出す。余裕の表れだろうか。


「フフッ、花一の対戦成績は二敗。それも大して実績の無い者に負けての二敗。しかもまだ勝ち星は一つも挙げていない。これは数学的に考えても絶望的だな」


 岩本の予想。


 それは会場に居るほぼ全ての人間が思っている事と同じだった。


「……どうだかな?」


「ハハッ、手之内君もVTRを見ただろう。普段は無邪気に振舞っているようにも見えるまるるんちゃんだが、実際に勝利している時は必ず例のポーズが出ている。つまり数学的に考えて、構えを変えた時の実力こそがまるるんちゃんの真の実力なのだよ!」


 数学的かどうかはともかく、岩本の言っている事は的を射ていた。


 実際、まるるんちゃんの実力はかなりの物だ。素人にはまず負けないだろう。


 しかし文絵は、今の文絵はどうやらそれに値する人物では無かったようだ。


「まるんっ?」


 文絵の構えを見て、首を傾げるまるるんちゃん。


 大半の者がするグーの型とは違い、啓に教わったとおりに右手を左腕の肘辺りに置く。


「よーし、準備できたみたいね。それでは、ジャン……ケン――」


「まっ、待って欲しいるん!」


「えー、どしたの?」


 文絵の構えを見て、まるるんちゃんが待ったをかける。これには審判だけでなく、会場全体がざわめきで包まれた。


「まるるんたん、どうしたでござるなりぶー?」


「どうやら、花一さんの構えを見て動揺したみたいね」


「花一さんのあの構え……誰かに似ているような?」


「おっ! それよりまるるんちゃんがいきなりセクシーポーズを披露したぞ!」


 ワァアアアアアア!


 まだ勝負が始まる前だというのに、会場内は大盛り上がりだ。


「只の素人だと思ったけど、どうやら違うみたいね……みっ、みたいるんっ♪」


「無理矢理るんって言わなくても……」


 呆れる審判。


 そんな事などおかまいなしに、まるるんちゃんは初手から上段の構えを取る。


「おぉっと、珍しくまるるんちゃんがいきなりセクシーな構えで勝負するようですがこれはどういう事なのでしょう?」


「フッ、弱い相手にも全力で挑むのはスポーツマンのマナーでもあるからな」


 司会の男が、岩本が。そして会場全体がまるるんちゃんに注目する中、啓だけは違う人物を見ていた。


「いやー、流石は学園のアイドルまるるんちゃん。キュートさと色っぽさが合わさって最高ですよね手之内さん」


「少し……腰が高いな」


「いやいや、手之内さんてば腰ばかりいやらしい目つきで見ないで下さいよ~」


「それと力が入りすぎだ、少し脱力したほうが良い」


「えっ? 脱ぐのはまずいでしょ、只でさえ露出の高い衣装なんですから」


 あっ。


 今の啓のコメントを聞いて、文絵は思い出したように構えを正した。


 姿勢を低く、手をぶらぶらとリラックスさせて力を抜く。きれいな中段だ。


 不思議。


 今まで勝てる自信なんて欠片もなかったのに、今は手之内君が支えてくれる気がする。


「……えーっと、そろそろ始めていいのかな?」


 まるるんちゃんだけでなく、今度は文絵まで構え直した為に再度確認を取る。


 両者共にコクリと頷き、今度こそ準備は完了した。


「今度は待ったなしだかんね。ジャン……ケン――」


 手を後ろに構えているまるるんちゃんは、文絵の手元に注目した。


 三つ指立ての中段……全ての手がバランス良く出せる形ではあるが、腕を振るスピードならば上段のこちらに分がある。


 ヒュンッ!


 ポンの声が出る寸前に、文絵は流れるようにその手を滑らせる。


 チョキ。


 まるるんちゃんが手を振り抜く瞬間。文絵の手の形は完全に見破られていた。


 ブゥウッン!


 勢いのある振りで、まるるんちゃんは拳を下ろした。


「ポン!」


 両者の手が同時に場に出された瞬間、誰もが目を疑った。


 グー。

 パー。


「……え?」


 司会が、岩本が、その他のギャラリーが、信じられないといった目でその事実を目撃する。


 まるるんちゃんが出した手はグー。


 そして寸前までチョキの形をしていた文絵の手は、今はパーになっていた。


「はいお疲れー、試合の結果は花一さんの勝ちね。あ、ちなみにまるるんちゃんは今ので三敗したから残念だけど予選落ちねー」


 審判が退場し、まるるんちゃんは文絵に近づいて手を伸ばす。


 ガシッ。


「てっきりチョキが来ると思ったんだけど、まさかそれをフェイントにギリギリでパーに変えてくるなんて思いもよらなかったわ……なかったるんっ♪」


「いえ、あれはフェイントとかじゃなくて……自分でもよく分からないけど、私を支えてくれたある人が咄嗟にパーに変えてくれたんだと思います」


 負けたまるるんちゃんと握手を交わす。


 小さな手、とても力強いグーを放った手。自分一人の力ではきっと敵わなかっただろう。


「うぉおおい、まるるんちゃんが花一に負けちゃったぞ!?」


「さっきの花一さん……まるで手之内君みたいに鋭いパーを出したわね」


「そうね……構える位置や指の形は少し違うけど、まるで昨日の手之内君を見ているようだったわ」


「それがしはまるるんたんしか見てなかったでござるなりぶー」


 意外な結果に驚くのと同時に、鮮やかな初白星を飾った文絵が注目される。


 そして文絵はチラリ、と解説席に目を向けた。


「支えてくれた人……ね、ひょっとして手之内君の事が好きなのるん?」


「まっ、ちがっ、手之内君は私のジャンケンの師匠……だと石田さんと被るから、コーチ! そう、コーチだからそういうのじゃないんです!」


「まぁどっちでもいいわ。恋の悩みがあったらお姉さんに相談するんっ♪」


「だから違いますってば~っ!」





 ――自室。

 まるるんちゃんが敗北したので、栗子の戦いは行われなかった。よって啓は早々に帰宅。そして放送室であらかた夕刊を読んでしまったため、今日は特にする事も無い。


「啓っ! どうしてお前はそんなに五連鎖ばっかり出来るんだ!?」


「自然に」


「そんなわけないだろ! 私にもやり方教えろ!」


 宿題が出されていなかったチーコと一緒に、TVゲームをしている。


 何かにつけて教えろ教えろと言ってくるが、こいつは一体俺の事を師匠と思っているのかコーチと思っているのか気になる所だ。


「おーしーえーろーひーらーくー」


 だだをこねるチーコ。まるで小学生のようだ。


「小学生……さしずめ俺は小学校の先生って所か」


「ん?」


 やれやれと、仕方なく五連鎖の方法を教えてやった。結局チーコは三連鎖までしか出来なかったのだが、それでも本人は満足したようだ。

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