エピローグ






   エピローグ





 すっかり空気も冷たくなり、吐く息は白くなる。街はクリスマス一色になり、至るところにサンタクロースやイルミネーションが飾られて華やかになっていた。



 今日はクリスマス当日。

 この日は花屋も忙しい。朝からずっと店内を歩き回り、たくさんの花束を作った。普段は女性客が多いがこの日は別だった。

 男性客が愛しい人へと贈る大切なプレゼント。花霞は心をこめて一つ一つのブーケを作っていた。



 閉店時間を少し過ぎた後、スタッフ達はヘトヘトになりながら帰路についた。

 花霞もすぐに家に帰る。

 けれど、どんなに早く帰っても、椋は居ない。今日は日付が変わるまで仕事なのだ。

 食事もいらないと言われたが、花霞はクリスマスらしい食事を作り、ケーキを買って彼を待っていた。


 イベント事にそこまで興味はないが、やはり一人だと寂しくなってしまう。



 「椋さんにプレゼントもあるのにな………」



 この日のために椋に内緒にしていたプレゼントもある。彼の驚いた顔を見るのがずっと楽しみだった。

 けれど、日付が変わってもなかなか帰って来ない。

 心配になりながらも、仕事の疲れがありウトウトとしてしまう。リビングのソファに座りながら、寝てしまっていると、ガチャンッと玄関から鍵を開ける音が聞こえた。それを聞いた花霞はすぐに飛び起きて、玄関へと急いだ。



 「おかえりない、椋さん!」

 「花霞ちゃん!こんな時間まで待っててくれたんだ………ごめん、遅くなった」

 「ううん。いいの………私がどうしても起きていたかっただけだから」

 


 花霞がそう言うと、椋は花霞に近づき「ただいま」とキスをする。彼の唇はひんやりとしていた。



 「何か嬉しそうだね。何かあったの?」

 「今日はクリスマスでしょ。椋さんにプレゼントがあって」



 花霞は「プレゼントするの、ずっと楽しみにしてたの」と言うと、椋は「プレゼントするのが楽しみなんだ」と、笑っていた。

 椋はスーツを抜いて、リビングのソファに座った。

 花霞も隣りに座り、椋の顔をジッと見つめた。



 「じゃあ、花霞ちゃんのプレゼント貰おうかな」



 ワクワクしている花霞を見て、椋は微笑みながらそう言ってくれる。

 花霞はこれ以上我慢する事が出来なくて、思い切り椋の体に抱きついた。

 てっきり何かを貰えると思っていた椋は、驚いて「花霞ちゃん?!どうしたの?」と、声を上げた。



 花霞は笑みを浮かべながら、彼に顔を近づけて耳元で囁いた。



 「赤ちゃんが出来たの」

 「…………え………」



 花霞の言葉に、椋は驚き固まってしまった。

 椋の反応に、花霞はクスクスと微笑んだ。



 「最近、体調悪くなったり、食欲なくなったりして椋さんも心配してくれてたでしょ?だから心配してたんだけど………病院に行ったら、妊娠してるって………きゃっっ」


 

 花霞が話しをしている途中だったが、椋が花霞を抱きしめたのだ。とても優しく、体を労っているのが花霞にはわかった。



 「………嬉しいよ………本当に嬉しい………最高のプレゼントだよ」

 「うん………私もとっても嬉しい」

 「大切にしよう………産まれるまでも、もちろん産まれてからも」

 


 椋がとても感激した様子で、花霞のお腹を見つめていた。

 彼がそんなにも喜んでくれた事が花霞には嬉しくて仕方がなかった。



 「触ってみてもいい?」

 「うん………でも、本当に小さいんだよ」

 「ここに、命がひとつ宿ってるなんて不思議だ………」

 「そうだね」

 「今度一緒に病院に行きたいな。赤ちゃん見てみたい」

 「ふふふ。一緒に行こう」



 思いがけないプレゼント。

 けれど、ずっと待ち望んでいたプレゼント。

 花霞はまた1つ大切な人が出来た事が嬉しかった。


 これからは3人で幸せになるんだ。

 そんな近い未来がすぐそこまで来ているのだと思い、笑みがこぼれる。



 「2人で守っていこう」

 「うん」



 椋の大きくて温かい手をきっと赤ちゃんも感じているはずだ。

 大切な愛しい人共に、まだ見ぬ赤ちゃんに心から「大好きだよ」と伝えた。













   


   ★☆★





 あれから十数年が経った。

 連れてこられたのは小さな街にある花屋だった。

 緊張する気持ちを、落ち着かせるために深く深呼吸を何回もした。


 それから、木製のドアを開ける。

 すると、ドアについていたベルがカランカランと鳴った。その店に入ると、爽やかな花の香りがした。そして、綺麗に並べられた花が出迎えてくれた。



 「いらっしゃいませ」



 懐かしい声が聞こえた。

 最近はなかなか会えなかった人の声だ。

 大切な人の優しい声。




 「少しお待ちくださ………」



 店内の奥から出てきた彼女は、柔らかい雰囲気と微笑みは変わらなかった。

 そして、こちらを見た彼女の顔が、驚きの表情に変わり、そしてそれもまたすぐに泣き顔に変わってしまった。



 「お久しぶりです、花霞さん」

 「………蛍くん………」



 彼女は駆け寄り、蛍を強く強く抱きしめてくれた。そして、大粒の涙を流してくれた。

 顔を見てすぐにわかってくれただけでも嬉しいのに、彼女は再会したことを、涙を流して喜んでくれた。


 それが嬉しくて、蛍は困った表情を浮かべながらも微笑んでしまう。

 後ろから蛍をここまで連れてきてくれた、花霞の夫である椋が、歩いてきて花霞を慰めてくれていた。



 「花霞さん。前に約束した事、覚えてますか?」

 「えぇ、もちろん。一緒にブーケを作りましょう」

 「はい………」



 蛍は花霞と共にブーケを作った。

 この店にある花の名前や花言葉は全て覚えており、花霞は驚きながらもとても喜んでくれた。


 白い花で作ったブーケを、蛍はジッと見つめた。

 この花はあの人に届くだろうか。

 話したいこと、伝えたい事がたくさんあるのだ。


 少し恥ずかしい気持ちと、不安な気持ちがある。けれど、大丈夫。


 この2人が居てくれる。


 蛍は、花霞と椋と共に高台にいる彼の元へと向かった。


 その時、風がラベンダーの香りを運んできたのを3人は感じていた。





             (おしまい)


 

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