第25話「笑顔のこれから」






   25話「笑顔のこれから」





 



 蛍は警察に逮捕された後は、全てを自供し麻薬組織についても詳しく話してくれたという。


 花霞が車で誘拐されそうになった男も蛍が金で買った男だという事がわかった。その男については、街にいた男に頼んだだけで正体もわからないようだった。


 サイバー課並みの実力だった蛍が組織からいなくなった事により、檜山や蛍がいた組織はほとんどが逮捕され、組織として機能しなくなったという事だった。


 蛍が花霞を誘拐し、そして住んでいた場所は事務所と呼ばれていた所で、普段は使われていなかったそうだ。蛍がそこにまた逃げ込み、配線をいじって他の階の事務所から電気など勝手に使い暮らしていたようだ。

 そこの調査も終わり、荷物はすべて蛍の元へと返されたようだ。

 

 花霞は何度か蛍に会いに行っていた。花の本や自分の作ったブーケの写真を手渡すと、彼はとても喜んでくれた。



 「花霞さんの旦那の後輩が時々俺に会いにくるんだ」

 「え?何で?」

 「なんか、サイバー課でわからないことがあると聞きにくるんだけど。自分に怪我を負わせた犯罪者に質問するって……本当に信じられないよね」

 「ははは。そんな事があるんだね」



 花霞と蛍の面会では、笑いがたえなかった。

 蛍はしばらくの間、遥斗が亡くなった時の記憶や自分がしてきた事でうなされたり、気分が沈んでしまう事も多かったようだ。それでも、少しずつ笑顔が見られるようになり花霞も安心していた。



 「ねぇ………花霞さん。」

 「うん?どうしたの?」

 「………ここから出る日が来たら、俺、遥斗さんの墓参りしたいんだ。………行っていいのかわからなくて、行ったことないんだ。………俺が行っても遥斗さんは怒らないかな?」



 蛍は心配そうな表情で花霞にそう言った。

 花霞は、ニッコリと微笑んで首を横に振った。



 「遥斗さん、喜んでくれると思うよ。一緒に会いに行こう。そして、しっかり報告しなきゃね」

 「ありがとう………。その時は花霞さんにブーケ作って貰いたいな」

 「一緒に作ろう。その方が遥斗さん喜ぶんじゃないかな?」

 「そっか……それはいい考えだね」



 彼が遥斗に会えるのはまだまだ先の話し。

 けれど、花霞も蛍もその日を今から心待ちしていたのだった。











  ★★★






 椋は事件の報告やら後始末があり、その後は忙しく過ごしていた。

 けれど、花霞が体調を崩したり、2人の時間を取れていない事を知った滝川や上司が、椋にある命令を下したのだ。




 「突然、1週間の休暇だなんて………急すぎるよな」



 椋は青い空を眺めながら、そう呟いた。

 日本より暑い気温と、ジリジリと肌を焼く太陽の光。

 椋と花霞は急な休暇を貰える事になり、かなり遅くなったが新婚旅行に来ていた。

 時間もあるのでヨーロッパ辺りでもいいと言ったが、花霞は「王道のハワイがいい!南国のお花みたいなー」とリクエストがあり、南国に来ていた。



 「椋さん。どうしたの?」



 海から上がったのか、髪や肌が濡れた水着姿の花霞がパラソルの下で横になる椋を覗き込んだ。

 黒の水着を来た花霞。白い肌が更に際立ち、ほっそりとした体が露になっており、見る度にドキッとしてしまう。

 彼女の体は何度も見ているというのに、水着を着るとまた違った雰囲気になるから不思議だった。



 「また声掛けられただろ?」

 「……え、見てたの?でも、新婚旅行だって言ったよ?」

 「やっぱり声掛けられたか」

 「あー、椋さん、ズルい!!椋さんだって、さっき日本の女の人たちに声掛けられてたの見たよ!」

 「断ったよ、もちろん」

 「んー……!」



 花霞は怒った顔で隣のベンチに座って、椋が飲んでいたカクテルを口にした。

 そうやっていじける姿も可愛いと思ってしまうし、水着姿も本当ならば独占したいぐらいだった。

 それでも、彼女は海で泳ぐのが好きなようで、先ほどからずっと泳ぎに行ってしまっていた。



 「ほら、そろそろ休まないと疲れて倒れるぞ」

 「えー………もっと泳ぎたいな」

 「はしゃぎすぎだ。それに、いつまでも俺を1人にしてるといじけるぞ」

 「ふふふ。それは困るわ」



 花霞は微笑んだ。

 椋は花霞に大きなタオルを被せて、近くのシャワー室まで共に向かった。


 その後は海沿いにある宿泊しているホテルに向かった。せっかくの新婚旅行なので、泊まる部屋を豪華にすると花霞はとても喜んでくれたのでよかったと思っていた。

 部屋からは先ほど泳いでいた海が一望出来る。それが花霞には嬉しかったようだ。



 「んー………やっぱり泳ぎすぎちゃったかな。眠くなってきちゃった」



 部屋に戻ると、花霞はすぐにベットに横になった。

 そんな自由気ままな花霞は普段は見られない姿だった。新婚旅行がとても嬉しかったようで初日からずっとはしゃいでいるのだ。

 そんな愛しい妻の姿を見れただけでも、この旅行に来てよかったと思っている。



 「ダメだよ、花霞ちゃん。俺はさっき拗ねてるって言っただろ?」

 


 花霞が寝ている所に、椋は覆い被さるように花霞を閉じ込めて、そのままキスを落とした。

 花霞はそれだけで、うっとりと目を蕩けさせる。



 「まだ昼間だよ……椋さん………」

 「新婚旅行なんだ。いつでも君を求めていいはずだろ?」

 「そうなの………?」

 「………花霞ちゃんは、嫌?」

 「………嫌じゃない……」




 花霞の了解が出たので、椋は花霞の頭を押さえて深いキスを落とした。まだ少し濡れている髪が冷たい。



 「花霞ちゃんの水着姿、本当に可愛くて何回も連れ去りたくなってたんだよ?」

 「………私も、椋さんの水着というか、その………かっこいい体見て、ドキドキしてた」

 「本当に……?」

 「うん………」



 花霞から初めて聞く言葉に、椋は嬉しくなり思わず微笑んでしまう。

 花霞に褒められたり嫉妬されたりすると、椋は彼女を強く抱きしめたくなるぐらいに嬉しかった。

 彼女はとても魅力的で、いつも周りの男達を魅了してしまう。蛍がいい例だ。誰にでも優しく微笑み掛ける花霞はとても素敵だけれど、椋はハラハラしてしまう。


 もちろん、花霞が自分だけを愛してくれているのは十分に伝わっている。

 けれど、好きだからこそ不安になってしまうものだった。



 「………本当はね。ずっとずっとこうやって椋さんとくっついて居たいの。抱きしめて欲しいし、その………椋さんを感じたいとも思ってて………でも、せっかく新婚旅行に来たんだから、楽しまなきゃいけないとも思ってて………だから、海に入ったりして我慢してたんの………」



 顔を真っ赤にしてそう言う花霞の姿に、椋はドクンッと体が震えた。

 彼女を好きになって何年も経つけれど、花霞はいつもこうやって椋を惑わせる。

 可愛くて、愛しくて、そして椋の心をかき乱す。



 「………花霞ちゃん。その言葉はズルいよ…………」

 「ん………椋さん………」


 花霞の唇を舐め、更に深いキスを落としながら、彼女の体を撫でるだけで甘い声が上がる。

 椋からの甘い誘惑を待っていたと聞いたら、椋がそれを止めるはずもない。



 「俺も同じ気持ちだったよ。………だから、ずっとくっついていよう」

 「うん………椋さん……」

 「愛してるよ、花霞ちゃん………」

 「私も、愛してます………」



 うっとりとした瞳で名前を呼ばれ、自分を求とめてくれる。

 それがとても嬉しくて、椋は何度も何度も彼女の唇を求めた。


 2人の旅行はまだ始まったばかり。

 いつもとは違った、ゆったりとした甘い時間が流れていた。










   ☆☆☆





 フッと目が覚めると、部屋はすっかり暗くなっていた。窓からの月や星の淡い光が部屋に入り込んで幻想的な雰囲気に包まれていた。



 「ん………椋さん………?」

 「あぁ………起きたのか」

 「うん。椋さん、ずっと起きてたの?」

 「いや、少し前に起きた所。花霞ちゃんの寝顔眺めてた」

 「………恥ずかしいよ。起こしてくれればよかったのに」



 まどろみの中、そんな話しをしながら2人は「おはよう」と言いキスをした。



 「………なんか、幸せだな…………。椋さんと結婚してから、毎日そんな風に思うんだ。こんな風に過ごせるなんて、昔の私には想像出来なかった」

 「………沢山不安にさせると思ってたよ。危険な事もいろいろ経験させた。………俺が君を幸せに出来てるかな」

 「そんな事ないよ。私は椋さんがいるから幸せなの。………あなたがいなかったら、今の私もいない。椋さんが、大切なんだよ」



 いろんな事があった。

 彼を追いかけたり、蛍を守りたいと思ったり。泣いたり、悩んだり、傷ついた日もあった。

 けれど、それは全て椋が笑っていて欲しいから。椋と幸せに暮らしたいから。

 椋は花霞をたくさん助けてくれた。幸せにしてくれた。そして、愛する事を教えてくれた。


 そんな愛しい人と暮らせるのが、何よりも幸せなのだ。



 「私を見つけてくれて、ありがとう。椋さん」

 「………俺を愛してくれて、ありがとう。花霞ちゃん。今よりもこれから幸せにするよ」



 椋の優しい微笑みと声、そして言葉が花霞を蕩けさせる。

 これからも、ずっと彼と幸せな日々を過ごそう。


 花霞はそんな夢のような現実を噛み締めて、椋にキスを落とした。






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