第21話「笑顔の正体」






   21話「笑顔の正体」




 檜山という男は組織内でも恐れられている存在だった。

 幹部という事もあり、力は絶大。仕事も出来、決断力もある男だ。

 だが、気分屋でもあり、感情の起伏が激しかった。自分の思い通りにならない者や、失敗をした者、気にくわない者は全て処分する。

 それが檜山という男の考えだった。



 そんな檜山から蛍のスマホに電話がかかってきた。

 組織に入ったばかりの頃に会ってから、1.2回ぐらいしか会話をしていない。

 どうして自分に連絡が来るのかわからないまま蛍は通話ボタンを押した。



 「はい。蛍です」

 『檜山だ。久しぶりだな、元気にしてたか?』

 「はい。お陰さまで」

 『おまえの仕事の話しはよく耳にする。助かっている』

 「いえ………ありがとうございます」



 言葉優しいものだったが、口調は固かった。

 蛍の仕事をただ褒めるだけで電話をしてきたのではないのだと、蛍は察知し緊張してしまう。

 それを檜山も感じたのか、『悪いが、おまえに頼みがある』と話しを切り出してきた。



 『ハルトが警察のスパイだという噂は知っているか?』

 「え…………」



 蛍は何を言われたのか理解出来なくなるぐらいに困惑した。

 ハルトが警察のスパイ。

 そんな噂は聞いたこともなかったし、疑った事もなかった。

 蛍が絶句し、声が出なくなっているとわかった檜山は『知らなかったか』と、ため息混じりに声を吐き出した。



 「そんな、ハルトさんがスパイだなんて………」

 『あいつは仕事も出来る男だったから、俺も頼りにしていたんだがな………』

 「何かの間違いです!ハルトさんが、そんこと………」



 蛍が声を上げると、檜山は電話口から『そこでおまえの出番なんだよ』と言った。

 檜山が蛍に頼みたい仕事。蛍はなるほど、と思った。



 『ハルトの素性を調べてくれないか。それと行動も監視して欲しい。もちろん、直接ではないぞ』

 「………監視カメラですね」

 『そうだ。………何かわかったらすぐに連絡くれ』

 「わかりました」



 檜山の電話が切れた後、蛍はスマホを握りしめたままPCの画面をボーッ見つめた。



 ハルトが警察官。

 蛍はその姿を想像すると、何故がしっくりときてしまった。誰にでも優しく、明るい性格で裏社会には似合わない笑顔の持ち主。

 ハルトの正体が警察官というのは納得出来てしまうのだ。

 けれど、その考えを打ち消すために、蛍を頭を振った。



 「違う!ハルトさんは、警察官じゃない!俺に嘘をついたりするはずがない………」



 蛍はそう呟くと、すぐにPCに向かった。

 ハルトがスパイだという証拠はない。ただの噂ならば、スパイではないという証拠を見つければいいのだ。




 

 その日から蛍は寝る間も惜しんでPCの前で蛍の事を調べ始めた。

 彼の素性はまったくもって普通のものだった。普通すぎて、気持ちが悪いぐらいだ。警察官という証拠もなければ、スパイではないという証拠は素性ではわからなかった。


 そして、監視カメラを追跡して日頃の生活を追っていった。

 それをとても平凡な生活をしていた。裏社会の人間なので犯罪は日常茶飯事だが、それ以外は女に会うことも友達に会うこともなく、組織の人間とのみ接触していた。椋という組織の人間と仲がいいのか、頻繁に会っているが、それ以外は普通だった。



 「…………やはり、スパイじゃないのか?」



 蛍は安心しながらも、やはり違和感を拭えなかった。ここで檜山に報告して「何も出てきませんでした」といえば、ハルトは檜山に何をされることはないはずだ。

 だが、蛍自身が彼をもっと調べたいと思ってしまった。

 彼が表社会の人間ならば、自分を誘ってくれたのは本当なのではないか。

 そんな事を期待している自分に、蛍はハッとする。


 この組織に満足しているはずなのに、ハルトに声を掛けられた時から何かが少しずつ変わってきているようだった。

 昼間、スーツを着て走り回ったり、昼休みに仕事仲間とご飯を食べて愚痴を言ったり、仕事帰りに飲みに行ったり………そんないつもと変わらない街の様子を、あれから目で追うようになってしまっていた。

 自分もあの世界に入れるのかもしれない。

 そんな淡い期待が知らない間に大きくなっていたようだった。



 「違う………俺は、この世界で生きていくんだ。一人でも生きていける………。でも、ハルトさんは………」



 ハルトがこの裏社会からいなくなる日がくると思うと、また毎日が真っ暗になってしまう気がしていた。ハルトがいるから少しでも笑えて、楽しいと思えたのに………ハルトとは離れたくない。そう願ってしまうのだ。



 そんな時だった。

 ハルトが蛍が知らない人物と接触していたのだ。いつもとは違うスーツ姿で出掛けたので、蛍は不思議に思うと何やら高級料亭に入っていったのだ。組織の取引なのだろうか、と思った。けれど、店から出てきた男を調べると、それは警察の幹部である滝川という男だった。



 ハルトが警察の幹部と話しをしている理由。

 それは何故か。

 答えは1つしかなかった。



 「…………スパイ…………」



 蛍がその言葉を出した瞬間。

 それが現実のものになったような気がした。


 これを上に報告をすれば、彼はどうなるかわからない。

 檜山はきっと激怒するだろう。

 組織の情報が全て警察に筒抜けになっていた事になるからだ。


 蛍は監視カメラの映像や滝川のデータが写るPCを止めようとした。



 「なるほど………これは十分な証拠になるな」

 「っっ!………檜山さん」



 いつの間にか事務所に訪れていた檜山が蛍の後ろに立っていて。オールバックにした頭に、鋭い目付きの瞳、がっしりとした体格の男だった。彼の後ろには数人の部下とボディーガードが立っていた。



 「警察幹部と密会。スパイではなくても、情報を売っていた可能性があるな………。蛍、よく証拠を見つけたな、礼を言う。………おい、ハルトを捕まえろ」

 「はい」


 

 檜山は後ろに控えていた部下の1人にそういうと、その男はすぐにスマホを取り出しながら廊下へ出ていった。



 「待ってください、檜山さん!これは何かの間違えですっ。嘘の情報かもしれませんし………」

 「これはおまえが調べたものだ。警察の資料を盗み出せるのはおまえぐらいだろう。助かったよ」

 「………檜山さん、ハルトさんには何もしないでください!お願いします………」

 「………おまえ、何言ってんだ?組織の情報盗む奴に何もしないで、だと?………ふざけてんじゃねーぞ!」

 「………かはっっ!!」



 檜山にすがり付きながら懇願していた蛍を、檜山は長い足で思い切り蹴りつけた。蛍の体は床に叩きつけられる。



 「………証拠みつけたぐらいでいい気になってんじゃねーよ。………もしかして、あれか?おまえも警察か?」

 「っっ!違います………」

 「だったら黙って俺の指示にしたがってろ!ハルトには俺が話しをする。スパイだった時は俺が始末する」

 「っっ!!」

 


 よろよろと立ち上がろうとした檜山の腹を、檜山はまた思い切り蹴り上げた。

 あまりの痛さに、蛍は声にならない悲鳴を上げた。悶絶し、意識が遠退いていくのがわかった。


 「行くぞ………」



 檜山の声の後に、バタンッと強くドアが閉まるのを聞いた直後、蛍は意識を失ってしまったのだった。













 

 

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