第20話「初めての友達」
20話「初めての友達」
「おまえらバカだろ?」
「え………」
蛍は呆れた顔で花霞と椋を見ていた。けれど、花霞はその言葉の意味がわからずに「どうして?」と返す。すると、隣に立っていた椋も苦笑しているのがわかった。
「もう捕まえられてんだ。さっさと逮捕して、警察に連れていけばいいだろ?」
「………それだと蛍くんの話し聞けないわ」
「だから、聞かなくても………」
「蛍くん………」
「わかったよ。遥斗と旦那のためだろ?………話すよ。花霞さんとは最後の話しになるだろうしね」
蛍は悔しそうな表情を見せた。
花霞は反論の声を上げようとしたけれど、彼の様子をみてそれを止めた。
彼が天井を見上げて、目を瞑った。
大きく息を吸い込み、息と一緒に言葉を吐き出していった。
☆★☆
蛍の家族は優秀だった。
弁護士や医者、政治家など、社会的に地位の高い仕事をしている親戚が多く、両親も2人の兄もそうだった。
もちろん、蛍も成績優秀だった。
けれど、蛍が興味を持ったのはパソコンだった。
医者にもなれる優秀さがありながら、蛍は医学部に行かずにネットの世界に飛び込んだ。
そんな蛍の行動に両親や親戚はあまり良く思っていなかったようで、不仲になっていった。
そんな環境変化がありながらも、蛍はソフト開発を夢見たり、ロボットを作りに没頭し研究していた。けれど、友人とちょっとした出来心で、とあるシステムに不正にアクセスしてしまった。それがバレて警察が自宅にやってきたのだ。
学生だった蛍は厳重注意、両親も怒られてしまった。
その事でプライドの高い家族は激怒し、蛍を家から出し、絶縁したのだ。
蛍は急に独りになった。
なに不自由ない暮らしをしていたはずなのに、一気に貧乏学生になってしまったのだ。
家にも住めず、バイトをしながら細々と生活をしている時に声をかけられたのが、麻薬組織の男だった。
いい仕事があると言われついていくと、そこは麻薬の取引をするところだった。
始めは麻薬の運び屋をしていた蛍だったけれど、ネットの知識があると知ると「ネットでバレないようにサイトをつくれ」と言われた。得意分野だった蛍はそれをすぐに作り上げると、麻薬組織の男たちから、大いに褒められた。
人に頼られ、褒められることが少なかった蛍は、とても嬉しかった。
アパートを借りたり、人らしい生活が出来るようになり、蛍は自分のお金を使って大学も卒業したのだった。
悪いことはしている自覚はあった。
けれど、いい仕事をすれば認められてお金が入る。普通の会社よりそれはハッキリしているのが蛍には合っていた。
けれに、組織の人間と仲良くならなくていいのもよかった。裏社会では、裏切りは当たり前。信用していて、裏切られ捨てられ殺される。それが日常だった。
だから、蛍には仲がいい友達など誰もいなかった。
ただ仕事を黙々とこなせばいい。
生きていくために必要な金さえ手にはいればいれでいい。蛍はそうやって生きてきた。
「へー。蛍(ほたる)って書いて、(けい)っていうの?珍しいね」
ある日、突然そう話し掛けられた。
それがその男との出会いだった。
麻薬組織に入ったばかりだという新人が挨拶に来たのだ。蛍の名前を聞いて、ハルトと呼ばれた男はニッコリと笑った。
「ほたるってなんかいいな。ホタル、よろしく」
「………俺、蛍(けい)って名前なんだけど」
「まぁまぁ。ホタルとハルトって何か似てるじゃん。アナグラムで一緒だし」
「………変な奴」
そんな事を言いながらも、ハルトは頭が回る男だとわかった。瞬時にアナグラムだと気づく人など、なかなかいないはずだ。
気をつけなければならないな、と蛍は思った。
けれど、ハルトは蛍を気に入ったのか、暇さえあればハルトの仕事場である古びたビルの3階にある事務所に遊びに来るようになった。
「ホタルー!お昼食べに行くぞ!」
「いや………今、忙しいので無理」
「なんだよ。そんなこもってるからヒョロヒョロなんだぞ」
「ハルトさんは鍛えてますよね。何かスポーツしてたんですか?」
「バレーやってた。今は筋トレぐらいしかしてないけどな。あと、走り込み」
「あー筋肉バカ…………いったいんですけど!」
ホタルの小さな呟きが聞こえたようで、ハルトの拳がホタルの頭に落ちてきた。頭を抑えて抗議の声を上げるが、ハルトはホタルの手を取って引っ張って行く。
「俺は腹が減って限界なんだ。文句ばっかり言ってないで、さっさと行くぞ」
「………はぁー、しょうがないですね」
ハルトはため息をつきながら財布を持って事務所を出た。
彼の奔放さには呆れてしまう事も多々あった。けれど、自由なところと裏表のない性格。裏社会にいる人とは思えないキラキラとした笑顔と一緒にいるうちに、蛍は彼といると安心すると気づいた。
この人ならば信じられる。
そんな風に思えた。
誰にでも気軽に話しかけ、仕事をさせれば完璧、そして情報力ある。
自分より後から入った部下のような存在のはずだが、誰よりも信頼できる年上の男になっていた。
それぐらいに、ハルトは蛍にとって眩しくみえる存在になっていたのだ。
「なぁ、ホタル。おまえはこの組織にあとどれぐらいいるつもりだ?」
「………え?」
地元のラーメン屋に入った2人は店の1番奥のカウンターに座っていた。
注文したラーメンが届く間、ハルトはそんな事を言ったのだ。
考えたこともなかった言葉に、蛍は返事に詰まってしまった。
「いつまでもこんな所にいるつもりはないだろ?おまえの知識なら、どこの会社でもやっていける。必要としてくれる所はたくさんあるだろう」
「………そんな事ないですよ。俺、まともに表社会で働いたことないし」
「…………俺がいいところ、今度紹介してやる。って言っても、まぁー………驚く場所だろうけど。友達なんだ、俺を頼ってくれ」
ニヤニヤと笑うハルトを見て、蛍は怪訝な表情を見せた。
友達など言われた事もなかったし、そんなつもりもなかった。
けれど、その言葉を聞いて蛍は全く嫌な気持ちにならなかったのだ。むしろ、今まで感じたことのないような、胸の高鳴りを感じた。
そんな気持ちに戸惑いながら、それがハルトにバレないように、蛍はわざと大きなため息をついた。
「俺はここでいいですよ。金さえ貰えれば………」
「ダメだ。………蛍、もっと楽しんだ方がいい。おまえにはこんな場所、似合わない」
「……………」
真剣な表情でそういうハルトを、蛍は無表情のまま見ていた。
また、言われた事などない言葉だった。無慈悲にただキーボードを叩いて、客を地獄に落とす。そんな事をたくさんしてきたのだ。
今更、太陽の下で笑って生活出来るはずもなかった。
こんな男を、必要としてくれる場所などあるはずもない。
「………ハルトさんの方が、こんな所にいるのが信じられないですよ」
「そうか?」
ハルトはニコッと笑って、注文したラーメンを店員から受け取って、「いただきます」と手を合わせた。
自分が裏社会に似合わない、はずなんてない。ここしか居場所がないのだから。
そう思っていても、ハルトの言葉は何故か蛍よ心をほんのりと温かくした。
そんな気持ちに戸惑い、そして少しだけ笑みがこぼれた。
彼の言葉を信じていいのだろうか。
いつか、自分もハルトのように明るく笑って、太陽の下を歩ける日がくるのだろうか。
そんな淡い期待をもてるようになった。
けれど、それも一瞬の事だった。
「ハルトはスパイだ」そんな噂が、組織の中で囁かれるようになったのだ。
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