第17話「好きだけど嫌い」
17話「好きだけど嫌い」
★★★
「自分の携帯から情報取られてたなんて悔しすぎますっ!」
事件で怪我をした誠が復帰し、職場に戻ってきた。そして、開口一番に言ったのは、そんな台詞だった。
怪我もすぐ良くなり、爆風で強く後頭部を壁にぶつけてしまった誠だったが、検査の結果異常がないという事だったので、早く仕事に復帰した。
けれど、しばらくの間サイバー課に行きたいと申し出たのだ。
誠が悔しがるのには、理由があるようだった。
1人で飲み歩くのが好きな誠は、数ヵ月前に出会った男性と意気投合したそうだ。その時にかなり酒が入り酔っぱらってしまった。トイレに行く時にスマホをテーブルに置いてしまったという。その間に何かされたようだと誠は話していた。
次の日に、少し異変を感じたけれど、調べても何も出てこなかったので誠は何かのアプリが重くなったのかと思っていたが、その仲良くなった男が誠から情報を盗んでいたようだと話してくれた。
「絶対に犯人を見つけてみますから!」
そう言ってサイバー課に行こうとする誠を椋は引き留めた。けれど、誠は「怪我をしたのは自分のせいです」と、椋が謝ろうとしたのを察知したのか、先にそんな事を言われてしまった。
表情は微笑んでいたが、視線はとても強く、椋に謝らないで欲しいという意思が伝わってきた。
椋は後輩の気持ちに感謝しながら、「いや………調査、頼む」と言って彼を見送ることにした。すると、誠は「任せてください。これでもサイバー課のエースなんですから!」と、手をブンブンと振って、廊下を走って行ってしまった。
そんな姿を見て、滝川が話したスパイは、誠ではないなと、微笑みながらそんな風に思った。
滝川がサイバー課に頼んではいたが、犯人の尻尾を掴めずにいるようで、椋も動きたくても動けない状態だった。
次の本拠地はどこなのか?
犯人は誰なのか?
危険が迫っていないのか?
それらを地道に調べていく日々が続いていた。
花霞に椋が怒られた日。
椋はとても驚いてしまった。
椋に頬を掴み、睨みながら怒る花霞。彼女と一緒に暮らすことになったばかりの頃は、雨にうたれて弱々しく泣いていたり、椋に守られて過ごしていた。
それが、今では「自分を頼って欲しい」と言ってくれるのだ。
彼女の変化に驚きながらも、椋は嬉しくなっていた。怒られて嬉しくなるなどおかしな話かもしれない。
けれど、花霞自身が自信をもっているからこそ、そんな風に言えるのだろうと思うと、今の花霞がとてもキラキラして見えたのだ。
それに比べて自分はどうだろうか。
最近の自分の姿を思い返してみると恥ずかしくなってしまう。
遥斗の名前を語った偽者のメールに踊らされ、気持ちが不安定になり、事件があれば自分のせいだと落ち込む。挙げ句の果てには、彼女が他の男性と話しているだけで嫉妬してしまうのだ。
彼女にはカッコ悪いところばかり見せてしまっているな、と椋は反省していた。
けれど、そんな自分を愛し叱ってくれる妻がいる。それがとても幸せなことだと思い、顔がニヤけてしまう。
いつからこんなに溺愛しているのだろうか。そう考えると、彼女に会ってからずっとだと今更気づいたのだった。
あんな事を言わせてしまったのを反省しつつ、椋は花霞に感謝していた。
けれど、花霞が考えている事がわからずに椋は心配でもあった。
危ないことはしないといいな、と彼女に聞くと「…………大丈夫じゃないかな。でも何かあった時はすぐ連絡するから。助けに来てね」と、言われてしまった。
もちろん止めてくれとは言ったけれど彼女は止めるつもりはないようだった。
彼女しか出来ない事なのだろう………。
心配しつつも、滝川が前に「警察にスカウトしたい」と言った気持ちが少しだけわかったような気がした。
彼女を支えよう。
次こそは彼女を守るのだ。
彼女に危険が及ぶ前に、犯人を見つけるのだ。
そう決意して、椋は仕事に臨んだ。
☆☆☆
穏やかな時間が流れる。
花屋はもちろん忙しいし、いつも動き回っている。けれど、フッとした瞬間、視線に花があると安心する。
花霞は、いつもより緊張した面持ちになってしまう。
何となく、今日何かが起こるのではないか。そう感じていた。女の勘、というものだろうか。そんな風に思いながらも、その時を待つしか花霞には出来なかった。
大きな注文もなく、花の注文をしたり、ブーケを作ったり、店内を清掃して過ごした。1週間の中でも客足が少ない曜日のため、慌ただしすぎる事もなかった。
その日の遅番は花霞だけだった。
残り数十分のみは店内で花霞は1人になる。
少しずつ閉店準備をしながら仕事をしている時だった。
店に来客があった。視線を送ると、そこには久しぶりに見る彼の姿があった。
いつものように綺麗に髪をセットしており、ニコニコと穏やかに微笑んでいた。
「花霞さん。こんばんは」
「蛍くん。………ずっと会ってなかったから心配したんだよ」
「すみません………いろいろと忙しくて」
「ううん。元気だったらいいの。………前は、助けてくれて、ありがとう。本当に助かったわ」
「いえ。花霞さんが何ともなくてよかったです。………今日もブーケを作ってもらってもいいですか?」
「えぇ、もちろん」
花霞はそう言うと蛍からどんな花がいいのかを聞く。けれど彼は「今日は花霞さんが自由に作って欲しいです。花霞さんが好きなものを………」と言った。
花霞は頷いて、「かしこまりました。ちょっと待っててね」と返事をして、店内の花の中から花を選んでいく。
「この花………」
「蛍くんも知ってるよね。ラベンダーの花。私、このお花が大切なの。………それに、助けてもらった事もあって。だから、大好きな花は?って聞かれると、自然と「ラベンダー」って言っちゃうの」
「………そうですか。………俺は、本当は嫌いです。嫌なことを思い出す」
「……そうなんだ」
花霞が持っていたラベンダーを元の位置に戻そうとすると、「花霞さんが好きなのを作って欲しいからそのままで」と言ってくれたので、花霞はそのまま想像していたブーケを作っていく事にした。
今日の蛍は口数が少ないな、と思ってちらりと彼を見ると、蛍は花霞の事を見つめていた。
とても悲しそうな瞳で。
花霞と目が合った瞬間にそれはすぐに笑顔に変わってしまったけれど、花霞はしっかりと見てしまった。
「………おまたせしました。ブーケ、出来上がりました。」
「ありがとうございます。今回もやっぱり色合いが綺麗ですね。………花霞さんは、すごいな」
「そんな事ないですよ。まだまだです。」
「お代は………」
「今回は私からプレゼントです。前に助けてくれたお礼なので」
「…………そう、ですか。じゃあ、ありがたく頂きます。花霞さんからのプレゼント、嬉しくので」
そう言って、花霞から蛍は花を受け取った。
けれど、蛍はその場から去ろうとせずに、花霞を見つめていた。
「蛍………くん?」
「………花霞さん。仕事が終わったら、僕の時間をくれませんか?いえ、来て欲しい場所があります」
「………ごめんなさい。今日は夫と予定があるから………」
「…………ダメなんです。………花霞には来て貰います。絶対に………」
その言葉は、微笑みの中に尖ったものがあり、そして冷たいものだった。
その言葉と同時にポケットから何かを取り出して、それを花霞に向けた。
キラリと光る鋭利な物。
蛍は花霞に折り畳みナイフを突き付けたのだった。
彼は不思議といつもと同じ落ち着いた表情だったけれど、花霞には冷たさを感じた。
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