第18話「本当の顔」






   18話「本当の顔」





 「やけに冷静ですね。花霞さん」



 蛍はいつもと変わらない表情で冷たく光るナイフを持っている。

 それが現実とは思えない光景のように花霞

は感じた。



 「……今日はすごく嫌な事が起こる気がしていたの。だから、これなのかなって思って」

 「女の勘ってやつですか。……少し早いですけど、店を閉めてください。少しでも変な行動をしたらどうなるか、わかりますよね」

 「………どうしてこんな事を?」

 「それは後で話します。早くしてください」



 蛍はそう言ってナイフの先を花霞の服ギリギリまで近づけた。花霞は「わかった」と返事をして、蛍を店内に残したまま、店のドアを施錠した。



 「終わったよ」

 「では、行きましょう。俺の腕を掴んで歩いてください。離れたり、不審な行動した時はポケットの中の物で刺すので気を付けてください」

 「…………わかった」



 花霞は蛍が言った通り、彼の腕を掴み店を出た。蛍は片手をポケットに突っ込み開いた手でラベンダーのブーケを持っていた。

 日が沈み、すっかり夜になっているが街中は人が多い。花霞の姿を見ても、恋人同士で歩いているとしか思われないだろう。

 花霞はただ彼の隣を歩く事しか出来なかった。


 しばらく歩くと街の中心街から離れてオフィス街が続く場所になる。そこは繁華街とはちがってひっそりとした雰囲気だった。大通りを曲がり、小さな道路が続く場所に着くと、もう周りにも人はいなかった。

 さすがに花霞も恐怖を感じ、足が止まってしまいそうになる。足がすくむんでしまったのだ。

 そんな花霞を見て、蛍は明るく笑った。



 「やっと怖くなりましたか?安心して、とは言いませんけど酷いことはしないつもりなので」

 


 蛍の腕を掴む花霞の手が離れてしまいそうだったからか、蛍は花霞の手首をガッシリと掴んで花霞を引きずりながら歩いた。彼の手はとても冷たかった。


 蛍が向かったのは古びた小さなビルだった。

 いくつかの会社の事務所にもなっているようだったが、ほとんどが空いているのがわかった。コンクリートの階段を上がり、3階の1室の前で蛍は止まった。蛍が鍵を開けて、引っ張られるままに花霞が部屋に入る。すると、そこには広い空間があった。ボロボロの床に、コンクリートの壁、そして古びたテレビとその向かいには大きなソファがあった。窓から入り込む微かな外灯の光で、部屋の様子が少しずつわかってきた。壊れたテーブルの上にらパソコンが置いてあり、床よ至るところにゴミが散乱していた。そして、花も沢山置いてあった。それはすべて花霞に見覚えがあるもの。蛍が花屋に来て、花霞を指名し、花霞が作ったものだった。

 ほとんどか枯れており、無惨な姿になっていた。

 花のお墓のような場所に、またバサッと紫のブーケが蛍によって投げられた。


 

 「お客様には、一番いい場所を貸してあげるよ」

 「あ………きゃっ!!」



 花霞は、蛍に強く腕を引かれたと思ったら、今度は体を押され、そのまま後ろに倒れてしまう。衝撃に備えて花霞は目を閉じたけれど、体はどこも痛くなかった。倒れた先には、昔は立派だったのだろう大きな黒のレザーソファがあった。傷ついて中の綿が飛び出しているところがある。

 花霞が蛍の場所を探そうとした頃には、目の前にナイフを突きつけられていた。



 「さて、花霞さんにはして欲しい事があるんだ。とっても大切な事だ。俺のお願い聞いてくれるかな」

 「………それは、その願い事によるわ」

 「ちっ………俺が優しくしてればっ!」

 「あっ……いっ………」



 花霞の髪を引っ張り、蛍は自分の顔に花霞の歪んだ顔を引き寄せた。彼の息がかかるほど近距離になる。彼の綺麗な顔は、怒ると恐ろしいほどに怖かった。



 「次、歯向かったら腕から順番に切ってやる。あぁ……それとも、服を切って裸にした方が効果的かな?」

 「………」

 「花霞さん。俺があんたに近づいて優しくしてたのは、君が俺を好きになれば操れると思ったからだ。………俺はあんたなんて好きじゃない。惚れさせれば楽だったからだ。………だから、俺を怒らせるなら殺すだけだ」

 


 蛍はそう言うと、また花霞を突き飛ばし、ソファに投げ捨てた。

 花霞は、ジッと彼を見つめた。

 

 本当は恐怖で体が震えだしそうだった。

 「助けて」と叫びたかった。


 けれど、これは花霞が決めたこと。

 自分が椋のためにしようと思ったことなのだ。


 花霞は、涙を我慢するために両手を強く握りしめた。爪が食い込むほどに強く強く握った。



 「おまえに好意を持ったように近づくために花が好きなんて言ってたけど、俺は花なんて大嫌いだよ。特にラベンダーなんて見るだけで吐き気がする」

 「……………」

 「反抗的かと思ったら次はだんまりか。まぁ、いいさ。俺は………」

 「麻薬組織の1人、何でしょ?」



 花霞の言葉を聞いて、蛍の目は大きく開いた。けれど、それはすぐに戻りニヤリと笑みを浮かべ、蛍はサラリと髪をかきあげた。耳につけているピアスが光る。

 花霞は彼の本当の姿を始めて見たような気がした。



 「なるほど。………俺の正体を何となくわかっていたから冷静でいられたって訳か。いつから気づいていた?」

 「………始めから。初めてあなたと会った日から」

 「…………何故?」

 「花屋に来たら花を探しているのだから、まず花を見るわ。けど、蛍くんは先に店員を見てた。……だから、始めは誰か探しているのかと思ったの。………それと、あなたから少しだけど薬の匂いがした。麻薬か何か、だよね?1度嗅いだ事があるからすぐにわかったわ。仕事柄、香りには敏感だから」

 「なるほど。初めから警戒されてたって訳か」



 ハハッと笑い、蛍は持っていたナイフをユラユラ揺らした。

 花霞は緊張しながら言葉を紡いだが、蛍は怒っていないようで、一安心をした。


 花霞は、拳銃で撃たれた事件の後、何回か取り調べを受けていた。その際、事件の時に薬の事を聞かれたのだ。こういう白い粉はなかったか。匂いはどんなものだったか。その時に、ドラッグと呼ばれるものの香りを少しだけ嗅いだ。それに、事件の時もラベンダーとは違う香りを感じたので、覚えていたのだ。

 匂いは記憶を呼び戻すきっかけなると言われている。それを花霞は身をもって体験したのだった。



 「それなら話しは早い。花霞さんにはお願いしたい事があるんだ」

 「………ねぇ、その前に1つだけ聞かせて欲しいの」

 「何だよ、まだ何か………」

 「蛍くんと遥斗くんは、どんな関係だったの?」

 「………っっ!!」



 花霞の口から遥斗の名前が出た瞬間、蛍の顔色が変わった。空気を短く吸って、驚き、そして視線が鋭く重いものになった。



 「………どうして、あんたがそれを………」

 「やっぱりそうだったんだね。……麻薬組織に居たって事は、まさか蛍くん……あなたも警察じゃ………」

 「警察なんかと一緒にすんなっ!!」

 「………っっ!!」



 大きな声を出し、花霞を言葉を否定した。そして、激怒した蛍は、花霞の口を片手で多い、頭をソファに押し付けた。そして、持っていたナイフを花霞に突き付けた。



 「おまえは俺を怒らせたいらしいな。だったらお望み通り、怖い思いでもさせてやろうか?」


 そういうと、花霞の上半身にナイフの先を向けた。そして、ブラウスのボタンの糸をプツンプツンと切っていく。ボタンが上から順番にソファや床に転がって落ちていく。

 花霞は恐怖で言葉も出なかった。次に声を出したら、本当に殺されるのではないか。そんな風に思えるほど、ナイフの光りは恐ろしかった。



 「動いたら、その白い肌に傷つくぞ」

 「………っっ………」



 切れ味のよい小さなナイフを向けられ、体が固まってしまう。そして、ブラウスのボタンが全て切り落とされ、前が開く。キャミソールの肩紐も片方切られ、あっという間に下着が露になる。



 「お前が余計な事を言うからだ。次に何か言ったらすぐに肌を切り裂くからな」

 「…………」



 目の前の男の低く怒った声に、花霞はコクコクと頷くしかなかった。

 蛍は、大きくハーッと息を吐いた。冷静になるためだろう。蛍の視線は先ほどよりも強くはなくなったけれど、花霞の事を警戒しているようだった。



 「…………何故、遥斗との事はどこで知った」

 「…………蛍くんのメールアドレスからよ。ブーケ教室に入会するために教えてくれたでしょ?その時に何となく見てて気づいたの。蛍と遥斗………アナグラムだって」

 「………………」



 花霞が気づいたのは、本当に偶然だった。

 蛍はローマ字にすると、hotaru。

 遥斗は、haruto。

 似ているなと思ったのだ。そして名前の後ろには4桁の数字があった。



 「蛍くんのメールアドレス、hotaruの名前の後ろには4桁の数字。………遥斗さんが亡くなった日だってすぐに気づいたわ」



 名前が似ていると思ったのは偶然。

 けれど、命日は椋と亡くなった場所に行き手を合わせ、毎年欠かさずにお祈りしようと2人で決めていたのでしっかりと覚えていた。



 「………わかった。その話しはおしまいだ」



 蛍は花霞の言葉を聞いて、一瞬悲しんだ表情を見せた。だが、その話しは聞きたくなかったのか、すぐに話しを変えてしまった。



 「おまえがする事を教える。今から、お前の旦那に電話をして檜山を殺せと伝えろ」



 蛍の言葉は、今までで1番殺気だっていた。

 そして、予想しなかった蛍の言葉に、花霞は息を飲んだのだった。





 


 

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