第16話「怒ってます」






   16話「怒ってます」




 花霞が襲われ拐われそうになった日から、椋は心配すぎるほどに心配していた。


 花霞が仕事がある日は、椋が送り迎えをしてくれた。難しい場合はタクシーを使うように言われていた。なるべく一人での外出はさけるように警察でも言われていたので、花霞は言われた通りにしていた。


 もう少しで知らない男に誘拐される所だったのだ。花霞自身も夜道は怖かったので、椋の気遣いはありがたかった。


 

 蛍はあれから花屋には来ておらず、ブーケ教室にも顔を出していなかった。花霞は心配になりメッセージを送ると「忙しいのでお休みします。すみません。次回楽しみにしています」の返信が来た。警察には顔を出したようで、椋から話を聞く限り普通だったという事だった。



 蛍の事も心配だったが、花霞はもう1人気がかりな人がいる。

 もちろん、愛しの旦那様だ。



 椋が追っていた檜山という男がいた麻薬組織。その残党がいた隠れ家を捜索している時に、椋の後輩が怪我をしたという話を聞いた。

 椋が檜山を追っていき逮捕されたと思った麻薬組織が椋を狙っているのではないかと考えているようだった。そのため、椋の部下、そして花霞が狙われて。そう警察は考えているようだった。


 その事により、椋は責任を感じ、いつも以上に仕事に明け暮れていた。家では、普段通りの優しい彼だけれど、スマホに連絡が来ると、すぐに鋭い目付きになるのだ。


 そして、最近ではほとんど使わなくなった彼の書斎。もちろん、花霞が入室禁止という条件はなく、掃除の時などによく入っている。その場所に籠って、また仕事をするようになってしまった。

 もちろん、書斎に顔を出せば椋は「どうした?」と、いつものように話をしてくれるけれど、花霞は元気がないように感じてしまうのだった。

 彼が元気がないのは当たり前なのかもしれない。

 そして、復讐がまた復讐を呼ぶのも必然なのかもしれない。



 けれど、麻薬によって身を滅ぼす人を増やして欲しくないと思うし、椋にはまた笑顔を取り戻して欲しい。

 そう、花霞は思い彼の事を心配していた。




 椋自身は自分の事よりも花霞を心配している。守られているばかりの自分が悲しかった。




 

 「随分、買い込んだな。パーティーでもするみたいだ」

 「椋さんが最近忙しそうだから。好きなものいっぱい食べて、元気になってほしくて」

 


 仕事終わりに職場まで迎えに来てくれた椋。彼にお願いをしてスーパーに寄り道をしてもらった。一人で外出もなるべくしないようにしていたので、椋と一緒の時に買い物を済ませる事にしていたのだ。

 だが、今回はいつもより多めに品物を購入した。


 彼に元気になってもらいたい。

 そんな風に考えて思い付いたのは、ベタかもしれないが料理だった。

 彼の好物を沢山作ったら、椋は笑顔になってくれるのではないか。そう思ったのだ。


 花霞の考えを聞き、椋は嬉しそうに微笑み「それは楽しみだな」と言ってくれた。



 どんなメニューにするのか、デザートのケーにを買おうか。

 そんな話をしながら2人で手を繋いで歩き、荷物を車に積めた。

 彼が運転席に座り、花霞が助手席乗り込む。すると、椋のスマホが小さな音で鳴った。

 


 「悪い。………メールだ………」



 発車する前だったので、椋はスマホを開いてメールをチェックし始めた。

 花霞はそれを見て、おかしいなと異変に気づいた。椋は今までメールが届いたときはバイブにしており、音は鳴らしていなかった。メールを気にしているのだろうか。

 警察関連の連絡とも思ったが、仕事が終わった椋に連絡するとなると緊急のものが多いはずだ。連絡が来る時は、いつも電話だったと花霞は思った。


 花霞は心配なり、彼の様子を伺った。

 椋はスマホを操作して、メールをチェックしているようだった。何回か画面をタッチした後、彼の様子が変わった。


 目を見開き、明らかに動揺していたのだ。

 花霞からはもちろんメールの内容などは見れない。

 花霞は彼が感情を隠せないほどの事があったのだと思い、我慢できずに彼に問い掛ける事にした。



 「椋さん、何かあった?」

 「え………。いや……仕事のメールだったよ」

 「何か悪いこと、あったんだね?」

 「そんな事は………」

 「…………椋さんがしてる事。何かわからないけど、辛そうにしてるの、私にはわかるよ」

 「…………」




 花霞が椋の仕事に口出ししてしまうのはめずらしい事だった。だが、それぐらいに心配しているし、彼の様子がおかしいのだとわかって欲しかった。

 椋は無理している。

 そして、花霞の誘拐未遂についての詳しいことを何か隠している。


 それぐらい花霞にもわかっていた。



 「………ごめん。君に話すべきか迷っていた事がある」



 そう言って、椋は自分のスマホを花霞に渡した。花霞は、「ありがとう」と言って受け取り、彼が見せてくれた画面を見た。


 すると、そこには驚くべきものが表示されていた。


 メールの受信フォルダには、いくつも「遥斗」の名前が並んでいたのだ。



 「これって………昔のもの、じゃないよね?」

 「あぁ少し前から届くようになった………どういう事なの?」

 「遥斗のメールアドレスを不正に入手し、そのアドレスを使って俺にメールを送ってきているんだ」

 「そんな事…………」

 


 椋は花霞が持っている彼のスマホ操作して、1つのメールを開いた。

 そこには、『何で助けてくれなかったんですか 先輩』という、信じられない内容が送られてきていた。



 「これは1番始めに送られてきたものだ。それからも、毎日のように送られてきたよ。」

 「でも、これは………遥斗さんが送ったものではないわ………」

 「あぁ、それは俺ももちろんわかっている。だから、無視していた。誰かが遥斗の名前を使って俺に面白半分にいたずらでもしているのだと思ったんだ。けれど、違ったよ。今の部下の誠が爆発により怪我をしたんだ。その後、送られてきたメールには「先輩が一緒に死んでくれないなら、先輩が大切なモノを貰います」というのが届いた。それから、誠が怪我をした事とこのメールは同じ事が原因なんじゃないかって考えたんだ。………全て俺への執着があるからな」

 「…………そんな………こんなメール酷い。遥斗さんはそんな事絶対にしないのに」

 「あぁ。遥斗の名前を使ってこんなメールを送ってくる事自体、吐き気がするほどに怒りを感じるよ。それに誠の事、そして花霞ちゃんが狙われている事もある。何がなんでも犯人を調べているよ。………でも」

 

 そう言って、椋がつい先ほど届いたメールをタップした。もちろん、遥斗の名前を語った偽物からのメールだ。そこにはこう書かれていた。



 『復讐は復讐を呼ぶ。この復讐はあなたから受け取ったものです』



 それはもう、遥斗を語ったものではなかった。椋にメールを送り続け、誠を傷つけ、そして花霞を襲った犯人からの、椋へのメッセージだった。


 椋は花霞からスマホを受け取り、そのメッセージをじっと見つめた。



 「………悔しいけど、これは当たっている。………これは俺が復讐心を持った結果のものだ。………誠と、花霞ちゃんを巻き込んでしまったんだ。全て、俺のせいだ。」



 椋はスマホが軋むほどに、強く握りしめて悔しさを滲ませながら、そう語った。


 復讐は何も生まない。

 昔、警察で働いていた椋にとってそんな事は痛いほどわかっていたはずだった。

 けれど、大切な人を理不尽に亡くしてしまった事が、椋を苦しめた。

 そして、その来るしさを復讐という形で何かに、誰かにぶつけないと気持ちを落ち着かせる事が出来なかったのだろう。


 花霞が、当時の彼の気持ちを想像するだけでも、とても辛いのだ。実際に目の当たりにしていた彼は、どんなに苦しかったのだろう。それを思うだけで、花霞の心は締め付けられた。



 「花霞ちゃん。怖い思いをさせてごめん。そして、黙っていてごめん…………花霞ちゃんは俺と一緒にいる人だから………大切な人だから狙われたんだ」

 「………それ以上、謝ったら………私、怒ります」

 「………え?」



 花霞はそう言うと、キッとした強い視線で椋を見つめた。

 花霞が怒っているのがわかり、椋は驚き戸惑っている表情だった。


 そんな彼に構わず、花霞は椋に向かって手を伸ばし、そして両手で彼の頬にパチンッと軽く叩いた。もちろん、痛さを感じるほどではない。けれど、肌が鳴る音が車内に響く。

 椋は、その音と肌の刺激にビクッと体を動かした。



 「花霞ちゃん?」

 「それは椋さんのせいではないです。だから、ごめんなさいはダメです」



 花霞は、彼を説得するように言うつもりだったけれど、怒りの気持ちが溢れでてしまった。

 その様子に、椋は驚きを隠せない様子立ったけれど、それでもしっかりと花霞の話を聞いていた。



 「それに、私、もう怒ってる事もありますよ。遥斗さんの偽者のメールが届いている事。椋さんが悩んでいるのに話してくれなかった事。気づいてたけど待ってました。椋さんが困っていたら助けになりたいんです。」

 「でも、君に心配をかけてしまう」

 「でも、じゃありません!」

 「ふぁ……ふぁふふぃふぁん?」



 花霞が彼の頬を掴んだため、椋の口から変な声が出てしまう。

 けれど、花霞はやめなかった。



 「私たちは本当の夫婦になったんだよね。………話して欲しかった」

 「…………花霞ちゃん」



 花霞は彼の頬から手を話して、椋の唇に指で優しく触れた。

 その言葉は先ほどまでの強気な物ではなく、切ないものだった。


 椋は花霞の本音を聞き、申し訳なさそうに名前を呼び、花霞の手を取った。



 「ごめん………謝るところを間違ってしまったね。………君に頼らないで一人で悩んでいたなんてバカだったな………。こんなに心強い妻がいるんだから」

 「………なんか、強い妻って恐い気がするけど………」

 「そんな事ないよ。可愛くて強い、自慢の僕の妻だよ」

 


 椋は花霞の左手を取り、薬指にはめられた結婚指輪に口づけた。

 謝罪と感謝を込めて。


 それを見て、花霞は「わかってくれてよかった」と、安心した様子で微笑んだ。


 そして、椋を見てまたニッコリと微笑んだ。



 「けど、大切な旦那様を悲しませた犯人が1番許せないの。」

 「え…………花霞ちゃん?君は何を考えているんだ?」



 椋の疑問の声に、花霞は何も答えずにただ笑顔を見せるだけだった。



 

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