第15話「それぞれの思惑」
15話「それぞれの思惑」
蛍の笑顔は一瞬だった。
すぐに車の男に鋭い視線を向けた。
「この餓鬼っ!調子に乗ってかっこつけてんじゃねーよ」
「…………今、俺のスマホは警察に電話が繋がってる。早く逃げないと捕まるぞ」
「なっ………!くそっ!」
黒マスクの男はバンッと車のドアを閉めると、勢いよく車を急発進させてあっという間にどこかへ走り去ってしまった。
「花霞さん、大丈夫ですか?どこか怪我とか………」
花霞は彼が花霞の肩を引き寄せ、そして心配そうに顔を覗き込んだ時。花霞はハッとして、彼の体を押していた。
「やめてっ!」
「………え………」
花霞のそんな事をされると思っていなかったのだろう。蛍は驚き、切ない表情で花霞を見ていた。
花霞は動揺し、体が小刻みに震えていた。
「ご、ごめんなさい………。蛍くん……私………」
「いえ………俺がつい触れてしまったので………驚かせてしまいましたよね」
「………助けてくれたのに………ごめんなさい」
「花霞さん………落ち着きましょう。俺がいます………さっきの警察の話は嘘ですけど、不安なら本当に電話します」
「……………」
花霞は恐怖により頭が真っ白になっていた。
蛍の言葉も頭に入ってこない。
カタカタと震える体を自分で手で抱き締めるしか出来なかった。
蛍は、道路に散乱していた花霞の鞄の中身を広い、鞄に入れていってくれる。幸い車に踏まれたものもなかったようだ。
「家まで送ってもいいですか?心配なので………」
花霞のバックを蛍から受けとる。
けれど、花霞はどうしていいのかわからずにいた。
一人でまたこの夜道を歩くのは怖い。
けれど、蛍が一緒に家までくるのは………。
花霞はカタカタと震えながら、目を泳がせた。
大丈夫。大丈夫と言い聞かせて、蛍を見上げる。
蛍は心配そうに花霞を見ている。
花霞は、どうすればいいのか………。
彼を見つめるしか出来なかった。
「花霞ちゃんっ!」
「あっ…………椋さん………」
自分を呼ぶ愛しい声が耳に入った。
静かな夜道に足音が響く。その音が近づき彼の姿に椋はホッして顔が緩んでしまう。
花霞はよろよろと彼に近づくと、椋が「よかった……」と、安堵の吐息をもらしたのがわかった。
息を深く吐き呼吸した椋は、花霞に駆け寄った。そして、花霞を抱き寄せながら、「よかった………会えて………」と、耳元で言われる。いつもの彼の声を聞いて、花霞の体の力が一気に抜けるのを感じた。
「怪我はない?………何があった………?」
「と………突然知らない車が近くに止まって、腕を引っ張られたの………それで逃げようとしたんだけど、無理で。そこを、蛍くんが助けてくれたの………」
「…………蛍………。あの………」
椋は花霞から離れて、近くに居た蛍を見つめた。
そして、厳しい視線を彼に注いだ。
花霞を助けた者へというよりは、連れ去ろうとした者への態度のように警戒しているのがわかった。
「あの、俺は………家に帰る途中に花霞さんが危ない目にあっているのを見かけて……」
「蛍さん、だったな。俺の妻を助けてくださって、ありがとう。感謝してる」
「いえ………花霞さんに何もなくてよかったです」
「…………椋さん。蛍くんがいなかったら、私………本当に捕まってたと思う。バックを投げて抵抗しても、力一杯引っ張ってもダメで。体が震えてしまって、上手く動かなかったし………」
「花霞さん………」
花霞は、椋の腕を掴みながは蛍がしてくれた事を伝えた。
彼が居てくれなったら、助けてくれなかったら。自分はあの黒マスクの男に連れ去られていた可能性が高いのだ。そう思うと、恐ろしくて仕方がない。
花霞の必死の訴えに、椋は彼への視線を少し和らげた。
「………俺が助けに来るのが遅くなったのがわるかったんだ………悪かった」
「そんな事は………」
「蛍さん。今は妻も疲労していると思うので自宅につれて帰る。後日また、お礼をさせて欲しい」
そういうと、椋は蛍に名刺を手渡した。
受け取った蛍は「警察………」と、言葉をもらして、名刺を見つめていた。
「連絡先は………花霞ちゃんは知ってるよね?」
「うん。フラワーブーケ教室の申し込みの時に聞いてるけど」
「そこから連絡してかまわないか?」
「えぇ。大丈夫です………。花霞さん、ゆっくり休んでくださいね。」
「蛍くん、助けてくれて、本当にありがとう」
花霞が蛍に深々と頭を下げてお礼を言うと、蛍はいつものようにはにかんだ表情を見せてから、帰っていく。
花霞は、心の中でも蛍に何度も何度もお礼をした。自分からも何かお礼をしなければと、頭の中で考えた。
「花霞ちゃん、帰ろう?」
「うん……」
椋は花霞の手をしっかりと握りしめると、夜道をズンズンと歩き始める。
いつもならば花霞の歩調に合わせてくれるが、今日の彼は違っていた。
とても急いでいる様子だ。自分を早く家に連れて帰ってくれようとしているのだろうか。
そんな風に思い、花霞は黙って彼の後を小走りで歩いた。
2人の自宅に戻り、玄関の扉をしめた途端。
椋は、花霞の体を引き寄せ自分の胸に閉じ込めて強く抱きしめてきた。
突然の事に、花霞は驚き目を大きくして彼を見つめた。けれど、彼の温かい体温と早くなった鼓動、そして香りを感じた途端に、目から大粒の涙が溢れ始めた。
自分の家に戻り、大好きな人の腕の中にいる。その安心感が、花霞の緊張の糸を切ったのだろう。ボロボロと泣きながら、先ほど起こった事を思い出しては、また体をブルブルと震えさせしまう。
「………怖かった……………椋さん………」
「もう大丈夫だから。花霞ちゃん………俺がいるよ」
「…………来てくれて、すごく嬉しかった。」
「ごめん、遅くなってしまって…………」
花霞は泣き顔のままに彼を見つめる。
すると、椋は頬や目尻に溜まった涙を指ですくってくれる。
その表情はまるで、椋が花霞を傷つけたかのように、申し訳なさそうに悲しむものだった。
「あの………椋さんのせいでは………それに、蛍くんが来てくれたし………」
「あの男が花霞ちゃんを助けたのはわかった。蛍って奴がいなかったら………って考えると恐ろしいし、感謝しないとって思う。だけど…………」
「椋さん?」
椋は花霞の頬に手を置いて、瞳を見つめたまま、苦しんだ表情で花霞に訴えかけた。
「お願いだから、他の男にやさしくしないで。俺だけを見ていて…………」
「…………椋さん」
「君はとても優しい。………誰でも優しくするのはいいことだけど、それに勘違いをする男もいるはずだ。…………これ以上、君に嫉妬してしまうと、俺はどうにかなってしまいそうだよ」
「ごめんなさい…………」
「俺を困らせる花霞ちゃんには、またお仕置きが必要かな?」
「椋さんっ!」
椋は冗談なのから本気なのわからない事を言葉にするが、少しだけ表情が和らいだのを感じて花霞は思わず微笑んでしまう。
心配で仕方がなかっただろう椋が、花霞を気遣っての言葉だとわかり、優しさを感じた。
花霞は彼が自分に嫉妬してくれるのを嬉しいと感じながらも、申し訳のない気持ちにもなった。
もし、花霞と椋の立場が逆だったとしたら。
それを考えると、椋が後輩の相談をしているのを目撃してしまった事を思い出してしまう。
その時は、不安になり激しく嫉妬したものだった。
彼にもその思いをさせてしまっているのはわかっている。
けれど、花霞にも考えがあるのだ。
少し考えたのち、花霞は彼に謝罪するだけで言葉を止めた。
「俺も………本当にごめん。危険な目にあっているのにすぐに駆けつけられなくて。電話に出ないことから少し不安だったから急いで自宅に戻ったんだ。…………花霞ちゃんが無事で本当によかった」
「…………うん。心配かけてごめんない」
2人はお互いに謝りながらも、頭の中ではそれぞれに考えを巡らせていた。
どうやって解決していくか。
その思いだけは同じだった。
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