第八話 「哀しみを背負いし漢」
「さぁ皆さんも、どうぞ遠慮せずにかかってきてください」
両腕を広げ、同志たちに歓迎の意を表す。
しかし、一人として台座に上がってはこない。
誰でも俺が目を合わせるとすぐに背けてしまう。
「……なぁ、どうするよ。誰から行く?」
「俺は嫌だぜ。ああはなりたくねぇ……」
「お前行ってこいよ。女だから手加減してもらえるだろ」
「それを言うならあんたこそ男なんだから先に行きなさいよ」
現役テンノであり、普段は彼らに戦う術を教えているはずのマニックが紙くずのように捨てられたのを目の当たりにして、誰しも怖気に囚われてしまった。
無理もないことだ。だが、無理をしてもらわなくては困る。
「国という強大な敵を討ち倒さんとしているのに、たった一人の人間に怯えている場合ですか?」
王権に絶対の忠誠を誓う兵士達との戦いを避けることはできないのだ。
その中には俺ほどとはいかずとも、マニックよりも戦闘能力の高い者は必ずいる。魔法使いだって何人もいるはずだ。
自分より幾段強い相手だから、いくつも武勇を知っているからといって怖気づいていては、傷の一つすらつけられずに殺されるだろう。後続に何も残せずに死んでゆくのだ。……いや、足止め程度にはなるかもしれないな。
契約の上で短期間とはいえ、目に映る命は皆家族である。すでに全員の名前と顔を覚え込んだし、それぞれの内情や生い立ちも調べてある。
だから無駄死になどしてほしくはない。
「心配せずともあの尖り顔以外には優しく指導させていただきますよ。……ですが、承諾なしに家族を囮に使うような真似をした者は容赦なくマニックの上に積みます」
かようなことはするなと軽く脅しつけてから再度一人一人と目を合わせていく、が。
先ほどまでと同じように怯えた表情をする者はおらず、皆一様に真剣な目をしていた。
そうだ、それが見たかったのだ。
「では、改めて申し上げます。……全員まとめてさっさとかかってこい!!」
「やったらァアアアア!!」
「舐めた口利いてんじゃねえぞ新入りてめえッ!」
「金貨なんかいらねえ! マニックの敵討ちじゃい!」
発破をかけると喚声があがり、まずは第一波と言わんばかりに腕に自信のある八人が上がってきて俺を囲んだ。
揃いも揃ってぎらついた瞳で俺を睨みつけながらにじり寄ってくる。
「――ハァっ!」
俺を投げ飛ばそうと正面から迷わず掴みかかってきた二人の手を引っぱたき。
同時に左右と背後からも掴みかかってきたのを後方宙返りで飛び越え、包囲から脱する。
「な、なんちゅう身体能力してんだ……」
「今こっちを見てないのに避けられたよな!?」
「おや、新入り相手だからかずいぶんとお優しいんですね? ……いいや、腑抜けと言った方がよろしいでしょうか?」
「ンの野郎ッ……!」
「もう手加減してやれねえからなァ」
「御託をいいから、さっさと拳を固めてきな――」
――ブンッ、と。
俺が手招きをしようとした瞬間、左頬を風切り音と共に拳が掠めた。
危ない危ない、首が固まっていたら一発喰らっていたかもしれない。
「ほほう」
「チッ」
男は手ごたえがなく追撃も与えられそうにないと分かるや即座に跳び退った。
上手い具合に悟らせずに急接近して拳を放ったこの男はたしか……道場で師範をしていたんだった。道場があった場所は今、国の酒蔵となっているらしいが。
「まさか縮地術を使いこなす人間がいるとは思わなかったよ。たしかアンキロスくん、だったかな。君、ステゴロならマニックよりも強いね」
「……どうも」
寡黙な男だ。
ならば言葉ではなく拳に思いを乗せて返そう。
「それじゃあ……」
アンキロスの肺が萎んだのと瞬きの重なる瞬間、彼からは距離感の掴めない錯覚を起こす構えを保ちながら、最大限の筋力で地を蹴る。
純粋な肉体のみを頼りにした縮地術にて距離を詰め、
「お返しだ」
彼の多くを語らない眼がぎょっと見開いた時にはすでに、鳩尾に拳が打ち込まれていた。
「シッ」
「フッ」
仲間の犠牲を無駄にはしまいと、アンキロスが前のめりに倒れ込むのに重なって二つの蹴り上げが俺の顔めがけて襲いくる。
「いいねぇ、そうこなくては」
寸前で避けたからいいものの、当たればまず無事では済まない威力のものだった。
アンキロスを倒したことでいよいよ情け容赦のない、喧嘩などで軽々しく使ってはならないような技が繰り出されるようになった。
危険だからと真剣の使用を禁じた意味がないような気もしてきたが、まぁいいだろう。
「この! 化け物め! 当たれってんだよ!!」
「遅い! それでは牛にすら避けられるぞ! 次!」
「新入りの分際、でぇっ!」
「キレはある、けれどズレが大きい。もっと腰回りの筋肉を意識しろ! 以上だ! 次ィ!」
もちろん優しくはするが、時間内に全員を指導することができなくては困るので、一通り動きを見終えた者から順に顎か腹を打って意識を奪っていく。
「よぉし! リュカにペール、ジェレミーとマナリノも上がってこい! もちろん他の奴も好きにしろ!」
それで次に上がってきた者達の内、半数が木製の短剣を手にしていた。
「いくら腕っぷしが強えつっても、さすがに得物持ちには勝てねえだろ?」
「覚悟決めろよ新入り!」
拳の届く範囲に入るとまずいことを学習した彼らは、俺との距離を一定以上開けながら突きと斬り払いを連発してくる。
そうして避けていたらいつの間にか、後一歩下がったら場外というところまで追いつめられていた。
「どうしたどうした!? 逃げてばっかじゃ指導にならねえぞ!」
「これで金貨十枚は山分けだな」
「ちょろいもんだぜ!」
揃って俺に木剣を突きつけながら、すでに勝った気でいらっしゃる。
場外から見守る仲間達も「さすがにそうなるよな」「もう終わりかぁ」「いいなぁあいつら」などと完全に諦めていた。
よろしい、ならば見せてあげよう。
「ふんッ!」
ビリリと小気味いい音を立てて上着の一部を破りとり。
一枚の細長い布切れとなったそれをひらひらと振るってみせた。
「なんだ新入り? 白旗のつもりか?」
「これが真剣だったら赤旗を振ることになってたぜ」
「上手いこと言うじゃねえか!」
当然布一枚が蛇に見える催眠術をかけているわけでもないので怯えるわけがなく、さらに油断の色が濃くなる。
「真剣だったら、ね。たしかにその通りだ」
油断の色が褪せないうちに、布の一振りにて俺に突き付けられていた全ての木剣を巻き取った。
「ひゃ?」
「へっ? ……いでっ!」
例外なく手元から武器が消えたことによって、皆同じ顔で茫然自失となり。
そんな彼らの眉間に奪い取った木剣を突き刺すように投げつけてやった。
「これが真剣でなくてよかったなぁ?」
「ま、まいった……」
「降参だ!」
「舐めた口利いてすいませんっしたぁ!!」
意識を奪われる前に皆そそくさと台座から降りていった。
布を持った相手に怯えて逃げるのを情けないなどと思ってはならない。実際に布は高い殺傷能力を持つ武器の一つであるのだ。布使いに何度も殺された俺が言うのだから間違いない。
指導を続けていくと、
しかも彼らは台座に上らず、場外や天井に張り付いて、うまい具合に仲間達の間を通して狙い撃ちしてくるので、ますます攻撃の密度が大きくなり逃げ場が狭まっていく。
「ひゅうっ。冷や冷やするねぇ」
「おいっ! そろそろ誰か当ててくれよ! どうして一発も当てられねえんだよ!」
「撃ってるこっちが知りてえよ! 一体新入りには何が視えてるっつうんだ!?」
それでも巨大な魔獣に飲み込まれて、四方八方上下左右から刺し殺そうとしてくる猛毒の触手を捌いた時よりかはまだまだ容易いものよ。
さらに加えて、現在俺は誰よりも深い哀しみを背負っている。
そのおかげか東斗八星の隣に寄り添う死の兆したる青白い星、酷い時には年がら年中視えるそれが今は視えないのだ。
地下にいるせいで空を望むことができなくとも、それだけは確信できる。
「アレン布拳究極奥義――
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