第十四話 「亜竜狩り専門家」
互いの存在を確認し合ったところで、岩壁に張り付いたままの
それは軽い威嚇のようなものだが、今までに見た魔獣より一回り以上大きい巨体からくる迫力と声量に、耐性を持たないカレンがビクッと怯える。
「……もしかしてあたし達、ずっと見られてたの?」
「そりゃそうさ」
ここに来るまでに何度も魔獣を破裂させ、断末魔の叫びを上げさせたのだから。
当然それらを取り仕切っているであろう親玉が気付かないはずがない。
「足が震えているじゃないか。怖いのかい?」
「こ、怖いに決まってるでしょ……」
「そうかそうか。さしものカレン婦人も亜竜は怖いか」
実はカレンはここに着くまでに、一爪の魔獣にはほとんど恐怖心を抱かなくなっていたのだ。
大の男でも、魔獣に出遭えば小便漏らして逃げ去るのが普通だというのに。
やはり、その順応力と慣れの早さは歴史に名を残す英傑のそれだ。
会話する余裕があるだけでも素晴らしい。
「……ア、アレンは怖くないの?」
「まぁね。一方的に食われていた昔は恐れもしたが、今では貴重なタンパク源さ」
一時期は亜竜殺しなんて異名が付けられる程度には獲って食ったなぁ。
そんな俺の力を知ってか知らずか、此度の魔獣は次の一手を打ってこない。
できるならば交戦を避けたい、威嚇だけで帰したいといった意思を感じられる。
……だが、ダメだ。
「どう調理してあげようか」
複数の魔獣を従え、平和な村々を襲わせたのだ。
掠奪した分の報いと清算を、命を奪ったのなら命をもって清算せねばならない。
貴様の行動に責任を取れ。
そんな俺の殺意を亜竜は感じ取り、岩肌から剥がれてそれを背にして滞空。
羽根無し共を一方的に蹂躙するためのお得意の戦闘態勢をとった。
バサリバサリと翼のはばたきがよく響く。
「あ……あわ……」
その威圧感を前にして、少女はわかりやすく怯え、縮こまる。
「カレン、ちょっといいかい?」
「こ、こんなときになによ」
「アレをだね、手っ取り早く確実に倒す方法が『ワザと食われて腹の中で爆発する』なんだけど、いいかな?」
「その、食われるっていうのはもしかして……」
「そう、指だけじゃなく俺ごとだよ」
三爪ともなると、勘もいいし頭も働く。
指や腕を投げ与えても素直に食いつかないし、外側から爆発させたとしても、硬い外皮と鱗に守られているので大した損傷は与えられない。
だから俺が直接胃袋に飛び込んで、そこで爆発四散すればよいのだ。
「そんなのダメに決まってるじゃない!」
しかしやはりと言うべきか、これは禁止されてしまった。
先ほどあれだけ「死ぬな」と強く言われたのだ。今日明日はそう簡単には死なせてくれないな。
とはいえここで強力な魔法を放って崩落などの二次災害を起こすわけにもいかないし、そもそも久しく放っていないものは誤爆の虞が……。
となるとやはり、これだな。
「うぇっ! あんたまさか、それで戦うの!?」
「そうだとも」
俺がそれを手に持つとカレンの喉から調子の外れた声が飛び出した。
ついついあんた呼びしてしまうくらいには驚いた。本日一番の驚き様だ。
信じられない、冗談でしょといった顔を露わにしている。
これがそんなにおかしいものかね?
「さすがにあたしでもそれは無茶だって分かるわよ! バカなの!?」
「それは俺が悪いのか、それともこの子が悪いのか」
右手に握った鉄の剣――白骨の彼が持っていたショートソードの腹を指先で撫でながら尋ねた。
魔獣の血を吸わせて、せめてもの無念を晴らしてあげようと持ってきたのだ。
「どっちもよ! 魔法も使わずにあんな化け物を倒せるわけないじゃない! その剣にしたって刃こぼれしてて……ナマクラってやつでしょ!?」
「なるほど実に常識的な判断だ」
普通に考えて膂力と頑丈さで劣る人間が剣のみ、それもなまくら一本を手にして魔獣に立ち向かうとどうなるか。
一爪魔獣なら、よほど運がよければそこらの農夫でも倒せることはある。
しかしこれが二爪以上の魔獣となると、一生分の幸運をつぎ込んでも虫を踏み潰すかのように殺されるだろう。
百人の兵士が束になっても殺しきれないのだ。
至極当然である。
「なら早く魔法でやってよ!」
「そこまで言うなら……《
それを唱えると、カレンを囲むように何十本もの柱が地より隆起し、頭上を覆い、閉じ込めた。
「なっ!? なによこれ!」
武骨な檻の中の少女が格子を掴んで必死に訴えかけてくる。
「お望みの魔法だよ」
「こんなのじゃないってば!」
魔法を所望するカレンのために一つだけ唱えてやったのだ。
もっともそれは亜竜を倒すためのものではなく、カレンを収監もとい保護するためのものだが。
「あぁ、そうか。檻型よりも鳥籠型の方が外を見やすくて良かったかもしれないね、ごめんよ」
「そういうことじゃない! いいから出してよっ!」
「全部終わったら出してあげるから、そこで信じて見ていなさい」
お父さんの背中を。
そう付け加えてから、俺は全ての意識を件の魔獣に向けた。
「――ドーモ、亜竜サン。私は亜竜狩り専門家のアレン・メーテウスと申します」
琥珀色の蜥蜴然としたギョロ目に見つめられながら、俺は恭しくおじぎをする。
正々堂々と殺し合いをする相手に敬意を払うのは大切なことなのだ。
……しかし、不可解だ。
「待ってくれて、感謝するよ」
どうして滞空したままで、行儀よく待っていたのか。
あれほど隙を晒していたのに、攻めも逃げもしないとはどういうことかね?
俺とカレンの会話中を狙って襲いかかった瞬間に、一太刀で斬り捨ててやるつもりだったのに。
かつてはこの方法で君のご先祖様を大量に葬ってきたのだが……まさか、それが君の代まで伝承されてしまったのか?
亜竜狩りをしていた時を思い出せ。
こういう時は何があったか。
こういう時に俺は何をしていたか。
「……そうか、そういうことか」
尚も襲ってこない亜竜の前で落ち着いて記憶を辿り、一つの答えを導き出せた。
たしかにそれならば、納得できる。
「では、いくぞ」
助走をつけ、右の岩肌を駆け上がる。
そして身体を傾けたまま、壁走りの要領で岩肌を横に走り、亜竜の背後にあるものを確認――
「おぉっと!」
だけはさせまいと、ついに翼を振り下ろしてはたき落としにきた。
想定が確信に変わった。
「やはりそうか、そうなんだな。だが安心しろ。先にそれをやるつもりはない」
もう一度、今度は左の岩肌を駆け上がり、愚直にそれを見ようと壁を走る――
「ぃよっと」
と見せかけて、叩き落とそうとしてきたところで跳び、背中の突起を掴んでしがみついた。
亜竜の形状的に、自身の背中に手は届かないので、もがくように前後左右、上へ下へと立体的に飛んで振り落とそうとしてくる。
「ワハハ! その程度で振りほどけると思う……なぶっ!」
「アレンッ!?」
そしてすぐに飛ぶだけでは振りほどけないと判断され、岩壁に叩きつけられた。
痛い。
骨が二十四本折れた。
臓器が三つ潰れた。
でもなんとか、即死にはならない衝撃なので再生は間に合う。
だからといって亜竜が叩きつけを止めることはない。
潰れて折れて治して潰れて折れて治しての繰り返しが続く。時折カレンの叫び声が間に入る。
そんな根気比べを何分も続けていると、亜竜の動きが大分鈍くなった。
子供でも乗りこなせる、はさすがに言い過ぎだが、少し鍛えた人間なら乗りこなせるくらいにはキレがない。
「なんだ、もうお疲れか。結局俺を殺しきれなかったな」
度重なる叩きつけにより計五百本は骨を折られたが、死には至らなかった。
次はこちらの番だ。
すぐに楽にしてやろう。
「よっ! ほっ!」
最も動きが鈍くなった頃合いを見計らって、背中から首の上に飛び移る。
樹木の幹のような首を両脚でガッチリと挟み固定、すぐさま両手で握った剣を右の琥珀に、
「墜ちろ!」
「ギュッ……」
突き立てる。
鉄の刃が眼の奥にある柔らかいものを貫いた、その感覚を受け取った直後に、俺を乗せた魔獣は一切の動きを止めた。
「……墜ちたな」
空中で即死したそれが俺を乗せたまま谷底へ墜ちる。
ズシンという重い衝撃音と振動とがこの狭い空間内で反響した。
「ふぅー……。っと、《
亜竜から降りて、その確かな死を確認した後で、カレンを保する檻に魔法をかけた。
堅牢な檻が細かな砂に変わってさらさらと崩れてゆく。
「ちょっと! 何するのよ!」
それで頭から砂をかぶったカレンが声を荒げた。
「はは、ごめんごめん」
すぐに駆け寄って砂を払うのを手伝ってやる。
「んもぅ。……それで、本当にやったの?」
「もちろんだとも」
足元の小石を拾って亜竜の顔に投げつけ、本当に死んでいることを証明する。
「な? なまくら一本でどうにかなっただろう?」
「どうにかなったって……。アレン以外の人間にはあんな真似できないわよ」
魔法も使わずに壁を走るのとか、あんなに叩きつけられてピンピンしているのは普通の人間には不可能だとカレンは付け加えた。
叩きつけられても平気なのはともかく、壁走りは訓練すれば誰でもできるようになるのだがな。
後で手取り足取り教えてあげよう。
「とまぁ、これで全て終わりだ。だけどもう少しやっておくことがあるから先に戻っていてくれ」
「やっておくことって?」
「この死骸の解体やら後始末やらだよ。カレンも最後まで見ていくかい?」
右腕を刃に変え、それを亜竜の首に食い込ませながら問うと。
「うげっ」
苦虫を噛み潰したような顔を見せて、足早に来た道を戻って行った。
そうして亜竜の身体から首と四肢を切り離し終えると、小さな後ろ姿は完全に見えなくなっていた。ので、一旦解体作業を止めて岩肌の前に移動し。
「……やるか」
死体の解体よりも大事なことをやり残してあるのだ。
それは子供には見せられない、いや、正確には見せたくないし見られたくない。
そんな後ろめたい仕事が残っている。
感覚を取り戻す練習がてらほぼ垂直な崖を素手、それも小指のみを使ってよじ登る。
それで十五メートルほどの高さだろうか。
先ほど亜竜が背にしていた、俺から必死に隠し通そうとしていた場所までくると、やはりそこには大きな窪みがあった。成人男性が複数入る余裕のある穴がぽっかりと空いていた。
「お邪魔します」
やけに薄暗い巣穴と思われるそこに上がり込む。
中の至る所に獣やら人やらの骨が乱雑に転がっているが、生き物の影は見当たらない。
……見当たらないだけで、小さな吐息を、心臓の鼓動を、俺の耳はしっかりと捉えている。
「そこかな?」
左手を切り落として、足元に転がっている細長い骨と組み合わせて点火する。
そんな即席の松明で奥の暗がりを照らすと、
「……やぁ」
怯えを湛えた琥珀が四つ、こちらを見つめていた。
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