Ⅱ.第6話 名前が大切


 学校に着けば、他の生徒の物言わぬはずの視線が突き刺さる。

 言いたいことは十分伝わってる。

 だけど、私にはどうしようもない!


 セレストは私を壁側にして歩いて、視線から守る盾になってくれているようだった。


「日中は安全なら、一緒にいる必要ないんじゃないの?」


「そうだけど、そうでもない」


 彼は言った後、私の不思議そうな顔を見て笑ってから真面目な顔をした。


「人間を操れるんだ。その、本当の名前さえ知っていればね」

 彼は、音(おん)だけじゃなく字を知っている必要があると言った。

 つまり、日本なら漢字で、欧米ならアルファベットの綴りってこと。


「それで、私の字を聞いたの?私を、操るために……?」


「きみに聞いたのはリストの文字との照合のためだよ。本当にきみか確認するためだ」


「リストは漢字で書かれてるの?じゃあ、私を——」


「そう。やつらは、きみを操れる……」


 まだ見たこともない悪魔みたいな人たちに、そんなことされたくない。

 一体、どんなことをされるか……

 あれ?

「セレストも私を動けなくしたよね?あなたが名前を呼んだら、私……動けなくなって……」


「あぁ……」

 そんなこともあったか、と遠い目をしている。

 まさか、ごまかそうとしてる?!


「きみの書いた漢字を正しく認識できたか確認したかったんだ。ほら、ぼくは漢字には慣れてないし」


 お得意のイタリア人ジョーク?

 もう少しマシな言い訳はないのかな……と思ったところで、彼が言った。


「彼女がきみのこと待ってるみたいだよ」


 前方で結愛がこっちを楽しそうに見ている。

「ぜったい勘違いされてるよ……」


 セレストもなんだか楽しそうだ。

 昨日、すごくイライラしていた彼とは別人みたい。


「とにかく、あいつらが送り込んだ人間が紛れ込んでるかもしれない。気をつけないと」


 言ってから、付け加えた。


「あの子は違うみたいだから安心していいよ。でも、放課後はやめておいたほうがいい」

 視線の先は結愛だった。


「それと、ぼくは勘違いされても構わないよ」


 理解が追いつかなかったけど、意味が分かって思わず彼を見つめてしまった。

 失敗した……と思った時には手遅れで、そのキラキラな笑顔に私は赤面するのを避けられなかった。



 待ち構えていた、という表現がぴったりの結愛に、あれこれ質問攻めされる前に言っておいた。

「ランチのときでもいい?」


 結愛は何かを察したような顔をした。

「そっかそっか。……放課後は都合悪いよね、いや、大丈夫、わかってるから」


 全然わかってないし、大丈夫じゃないでしょっ!

 どんどん深みにはまっていってる気がする。

 正直に言おうと思ってるのに、否定するのが難しくなりそうだった。




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C8H7N3O2-luminol(ルミノール)ー 天翔 凪咲 @hemichromis

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