Ⅱ.第5話 一緒に登校

「お、はよ……ぅ……」


 なんで?って口から出なかった言葉が顔に出てたのか、それともこの状況を見越していたのか、彼は見透かしたように言った。


「迎えに来られたら迷惑だったかな?」


 迷惑だなんて言える人がいる?こんな笑顔を見せられて。

 嬉しさを隠すのが難しいくらい。

 それが私の答えだと、彼は受け取ったみたいだった。


「昨日は、その……少し強引すぎたって反省したんだ。だから、今日はおとなくしてるよ」


「それって、どういう意味?」


「少し焦ってたみたいだ。でも、たぶん……しばらくは大丈夫だから。良かったら、きみのことをいろいろ教えてくれないかな、レイカ」


 やけに丁寧な物言いがあやしい気もしたけど、こんな天使にお願いされたら頷くしかない。


 私ってこんなに素直だったかな、と自問しているところに、結愛ゆあの声が聞こえた。


「レイカ?」


 彼はドアを支えたまま、私を通すため身を引いてくれたから、私は玄関から顔をのぞかせて返事ができた。

「ユア……おはよう」


 今日の結愛は、やわらかい色の髪を緩く巻いてハーフアップにしていた。

 制服も彼女に似合うラフな感じに——シャツのボタンをひとつ開け、ブレザーの代わりにブランドマークの付いたアイボリーのケーブルニットを——着こなしている。


 彼女の言葉で、外からはどういう風に見えるのかってことがよく分かった。

「えっと、そういうこと?……ふたりは」


 彼は、私の友だちに天使の微笑みで会釈している。


 それを見た結愛は驚いた様子で、激しく手招きして私を呼ぶと、サンダル履きのまま出てきた私の腕をつかんで引き寄せる。


「レイカ!ちょっと、いつの間にそんなことになっちゃってるわけ?……彼、うわさの王子でしょ?」


 王子なんて呼ばれて、もう噂になってるの? 結愛の勢いに押され気味になりながら、答える。


「全然、そういうわけじゃないんだけど……」


「もう、昨日なにも言わないで帰っちゃうし。こういうことなら早く言ってよね。……今日の放課後、絶対、女子会だからねっ」


「えっ」

 それは逃げたいかも……

 なんて説明すればいいか分からないし。

 でも、逃げられないんだろうな、この勢いじゃ……。


 少しゲンナリしている私とセレストを交互に見てから、「じゃあ、あとでね」と結愛は手を振った。


 彼はというと、親しげに小さく手を振り返している。


 もうすっかり頭痛はおさまっていたから、体調はかなり復活したといってよかった。

 鞄を取ってくる間、セレストに待っていてもらって家を出る。

 もちろん、鍵はしっかり閉めた上、確認までした。


 セレストは、ただずっとおかしそうに私の様子を眺めていた。

 それから、左手で持っていた鞄をするりと私の手から奪うと、言った。

「いい子みたいだね、きみの友だちは」


「まぁね」と返して考える。

 小学校から一緒の学校を選んできたのは、結愛だけ。私とはちがって利発的なタイプで、キレイだし、彼氏だっている。


 さっきみたいに、たまに面倒なときもあるけど、私のことをいちばん知ってる友だちだ。


 彼は、「ぼくはきみよりがあるんだ」と言って鞄を返してくれない。

 あきらめてお礼を言ったけど、こういうことに慣れてないせいでスマートに対応できなくてなんだか恥ずかしい。


「そういえば、呼び方を変えたの?」

 さりげなく聞いてみる。


「ぼくは人見知りなんだ」

 彼は、冗談のように笑った。


「本当のぼくを見せるときには、特に慎重にならなきゃいけないからね」

 レベルの差はありすぎだろうけど、私も初対面だとどの程度自分を見せるべきかって、考えて臆してしまうことがあるから、なんとなく分かる。


「もしかして混乱させちゃったかな?」

 緩やかに首を振った後、聞いてみたくなった。

「それで、どっちがあなたの素(す)なの?」


「それはきみの想像に任せるよ」

 肝心なときに、はぐらかされてる気がする。


「今日は‟おとなしく“私の質問に答えてくれるんじゃなかったの?」


「そうは言ってないよ。‟おとなしく“きみの話を聞くって言ったんだ」


 昨日は失敗だったけど、今日は随分と言葉の応酬を楽しめていた。

 だいぶ打ち解けたって感じ?

 敢(あ)えて避けていて、間違えて目を合わせてしまった後には、まだドギマギしてしまうけど。


 でも、こんなにも彼の瞳を見たくなってしまうのは、それが物珍しいせい?

 彼の瞳の色が変わるのを、また見たいと思ってしまうのは……。




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