Ⅱ.第2話 蒼と青

「彼女の匂いが薄れた」

  蒼(ソウ)は苛立ちを抑えようともせず、乱暴にコートを放った。置かれた花瓶が倒れ、テーブルクロスを濡らした水がテーブル下まで落ちていく。


 夜の散歩から帰宅した彼は、忌々いまいまし気に言い放つ。

「あのハーフの仕業だ」


 くっ付いて来ていたのなんてお見通しだ。

 こんな邪魔さえしなかったら普段は歯牙にもかけないのに、あんな小物。


 青(セイ)は、ソファでその様子を笑いながら、ベルガモットの香る紅茶に口を付けた。

「ソウ、落ち着きなって。彼女は僕らのものだって事実は変わらないんだから」


 蒼をなだめる気なんかない。

 何を言ったって、いったんいた彼の火を消せはしないことを知ってるから。

 収まるのを待つしかない。

 

 それまでは、ひとり、ティータイムを楽しもうと青は決め込んだ。

 ハーフをどうやって追い詰めてやろうか、と考えながら。


「セイ様……」

 部屋に入ってきた彼女はソファに滑るように座ると、素肌の露わになった長い脚を彼の腿(もも)にピタと寄せる。


「あぁ、君か」

 ここに来る途中で見つけた、美しくてかぐわしい‟おやつ“。

 ティータイムを過ごすのは、別にひとりじゃなくてもいい。

 彼は考え直した。


 悠然と微笑んだ青が、彼女の肩を掴み抱き込むようにしたので、ブラウンの長い髪が青の胸元にさらさらとこぼれた。

 現れた白い首筋を見つめ、持っていたカップをソーサーに戻す。


「ソウはどう?」

 親切心で誘ってみる。


「いい。好みじゃない」

 吐き捨てるような短い返事。

 まだ怒ってるのか。

 隣の部屋に移って、騒音に近い音を立てて何やらやっている。


「まったく。兄さんは……」


 青は目を閉じ、首をぐるりと回した。その顔が正面に戻ってきた時、先程までの穏やかな少年の面影は立ち消え、酷く冷たい眼をしたヴァンパイアになっていた。


 そして、彼女の首元を優しくでながら、彼女の唇を求めた。

 ブラウンヘアの彼女はもう既にうっとりと身体を預けている。彼はその唇を首までわせると、優しくんだ。


 そして、彼のおやつを美味しく頂いたのだった。






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