Ⅰ.第2話 私ってオカシイの?
「ぼくはずっと奴らの動向を追っていた。それで、奴らが話していることを聞いた」
卑劣なヴァンパイア、と彼は言った。
「奴らは、平気で人を殺すんだ。生かしておくとしたら、それは、何かしらの利益がある時だけ」
彼はベッドに座って、私の方を向いた。
青紫色の瞳が、私に危機感を与えようとしているように思える
だけど、私の日常からはどうやったって出てこないような残酷な言葉を聞いても、それは現実味のない台詞のようにしか感じられない。
「奴らのリストを見た。だから、『岸辺麗花』の名前は分かってた。それがアンタだってことは、今朝、確信に至ったんだけど」
荒唐無稽なようだけど、もし仮に、そんなモンスターがいるのだとしたら。
セレストもそうなの?
彼のさっきの行動、瞳の色が変わったことが裏付けているようにも思える。
でも、どうやって切り出したらいいか分からない。
いちばん聞きたいことは避けて、別のことを聞いた。
「リストって?」
「人間だったら、絶対に載りたくないリストだ。奴らの食事メニューだよ」
彼からは静かな怒りを感じたのに、顔は笑っている。冷笑ってこういうことなのかも。
食事……ということは、さっきの『エサ』と同意だな、とぼんやり考えていた。
私が、その一人。
よく不幸が降り掛かったときによく使う言葉だけど、私も無意識に言ってしまった。
「なんで私が?」
でも、不幸だからってわけじゃない。
今まで生きてきて、何かに選ばれるなんてことなかったから。
小さいころから何をやっても平均点。目立つことも苦手。
リストの基準が何であれ、私がそのリストに載れたのが不思議だった。
自慢できるようなことじゃないから、これは口には出さなかったけど。
「こわい?」
虚を突かれて、思わずビクッとしてしまった。
落ち着いた気遣うような優しい声。
ずっと黙ってたから、私が絶望してるって思ったのかもしれない。
セレストはきっと、こんな私を悪いヴァンパイアから守ってくれようとしている、スーパーヒーローなんだ。
彼がいなかったら、私はどうなっちゃうんだろう? ヴァンパイアって血を吸うんだよね?でも、‟餌“ってことは人肉も食べる……とか?
もっと怖がるべきなのかもしれない。
自分のどこかが麻痺しているかのように、正常な判断ができなかった。
「あなたは、こわくない」
正直な気持ちだった。
「……あなたも、なの?」
やっと絞り出した。聞かないままじゃ、夜眠れそうにないから。
彼は、それがまるで面白いジョークとでも言うように笑った。
「ぼくは……ハーフだよ。言っただろ」
あぁ、イタリア人のハーフだっけ。
なんてことない、というように彼が言ったせいで、そう思えてきた。
でも、ハーフ……ヴァンパイアってことだよね。
「本当にこわくない? あんなことしたのに」
「それって、首に触ったこと?」
数分前のことを思い出して、顔が熱くなるのを感じる。
「本気で言ってる?」
彼は眉を顰(ひそ)め、まるで私がおかしなことを言ったみたいに見ている。
「ぼくは、さっきアンタの血を確認したんだ」
それは、そうかもって思ったけど、全然痛くなかったから、自分で否定してた。
だって、考えただけでホラーだから。私にとっては。
もしかしたら、蚊に刺された時に痛みを感じないのと同じなのかも、と思い至って納得がいった。
でも、セレストと蚊を同列で考えたなんて言えなくて、ただ、「そうなの」と返す。
「やっぱり、アンタ、他の人間とは違うんだな」
考え込むような表情の中に真剣な彼の瞳があって、私をドキッとさせた。
ずっと見ていられなくて、ぎこちなく目を逸らす。
違うってことはいいことに思えない。顔を上げられなくて、ベッドカバーのダマスク模様を目でなぞりながら、わざと明るく言ってみた。
「それって、他の人に比べて、私がとてつもなくオカシイってこと?」
3割くらいは冗談だったのに、彼はあっさり肯定したからショックを隠せなかった。
「それは間違いないね。たぶんだけど、普通は少し痛いものだから。でも、無感覚ってやつらにとっては好都合だろ? 気づかれずに、その……できるってことだから」
なんとなく彼が濁したいことは分かったけど、疑問があった。
「私の血を確認して、それで、わかったことって?さっき、言ってたでしょ?」
彼の瞳の色が変わったときだ。
「レイカの血は……」
言いかけてやめた。
彼は、突然立ち上がると窓を開けて外に出た。
「ママを卒倒させたくないだろ?」
質問じゃなかった。答える前にセレストはニヤリとする。
「また後でくるけど、家は出ないように」
そう言って消えた。窓の外に。
窓に駆け寄って外を確認したけど、どこにも姿はなかった。
彼が——セレストが今までこの部屋にいたなんて……
夢だったのかもしれない。
その存在がないと、なんだか信じられなくなる。
外で車の停まる音が聞こえた。
ママだ、とっさにそう思った。
でも、もう、いつも通りの顔をする自信がない。
麻痺してたのが少し薄れたのか、考えると涙が出そうになった。
頭を空っぽにしたくてヘッドフォンを付ける。
お気に入りの曲を選んで、それから音量を限界まで上げるとベッドに倒れこんだ。
夜は迫ってきていた。
彼はまた来るって言っていたけど、私はそのまま眠ってしまった。
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