第4話 空本 碧
「空本、かわいかったなー」
朝の時とはうってかわって、その男子は何かやる気に満ち溢れていた。
「……そうだな」
「あの可憐な瞳、艶やかな唇……!」
「なんだよそれ」
隣の男子が空本について若干気持ち悪いくらいに熱く語っているのを、
「なんだよ太陽、お前は空本のこと何とも思ってないのか?」
「そうは言ってないけどな、お前がちょっと異常だとは思ってる」
「なんだと!」
「うおっ……、やめろって!」
男子が赤場の襟首を掴んだ。けれど喧嘩をしているようには見えない。朝と同じ、よく見る運動部のじゃれあいだ。
男子が赤場の襟首を掴んだままため息をついた。
「……お前はいいよな。顔もいいし、運動もできるし、おまけに──」
視線が移る。奈月の方を見ている。
「ほんと、羨ましいよ……」
また、ため息をついた。そして手を離す。
奈月と赤場は付き合っている。これはクラス全員が知っている事実だ。噂では赤場の方から告白したらしい。 元々二人は入学当初から野球部に入っていたらしいから、接点はあったんだと思う。
星合高校の有名な、星とお似合いだね、という意味の月と太陽の『星合カップル』として全校生徒の憧れの的となっている。
奈月を狙っていた男子はおそらくたくさんいた筈だ。それでも赤場には敵わないと思ったらしく、潔く身を引いた。
「──でも!」
男子は復活したように声を出した。
「俺は新しいゴールを見つけたぜ!」
「……ゴール? 」
「空本だよ!」
言わせんなよー、とでも言いそうに男子は赤場の肩を小突く。
「でも、今まで休んでたわけだから、明日来るって保証もないだろ?」
「それはそうだけどな……。でも今日来たんだ、明日も来るかも知れねえじゃん?」
そうか? という反応を赤場は見せる。
「まあ頑張れよ。
「それなりにかよ!」
また、男子は肩を小突いた。
けれど、空本の話で盛り上がっているのは男子たちだけじゃなかった。
「男子ってホント馬鹿だよねー」
「かわいけりゃ誰でもいいってか!」
「アハハ……」
二人の反応に困ったように、奈月は苦笑する。
「でもさー、確かに可愛かったよね」
「うん、すっごい綺麗だった」
確かにねー、と奈月も相づちを打つ。
「でもさー、なんで今頃来たんだろね」
「うーん……、親に無理やり行かされた……とか?」
奈月の予想に、姉御感の強そうな女子生徒が顔を歪めた。
「うわー、それはキツイわ。私だったら無理、絶対」
「あたしも、絶対どっかで時間潰して適当に帰ってるわ」
「いや、それも中々じゃない?」
「え? そう?」
どっと笑いが起きた。
聞いている限り、悪口を言っているようには思えなかった。少しの嫉妬と、それでも納得している様子が窺える。
僕にはそれが、どうにも妬ましくてたまらない。何も行動を起こしていない自分が言えた義理じゃないのはよくわかっているつもりだけれど、それでも、あっという間にこのクラスに馴染んだ彼女に、僕は少し敵対心を抱いた。
***
ずぶ濡れの制服を脱ぎ捨て、私はストーブの前に踞った。吐きそうになるほど気持ちが悪い。けれど、叫びたくなるほど衝動が抑えられない。二つの感情が入り交じった精神を押さえ込むように、私は床に伏した。
……なんであいつが、またいる……?
夏休みを経てようやく学校に行く気になれた私の前に現れたあいつは、私が学校に行かなくなった理由の一つだった。
顔も見たくない……。思い出したくない…:。───思い出させないで!
いつの間にか叫んでいたことに、その時私は気づいた。
乾いた制服を脱ぎ捨て、私はベッドに横になった。
傍らにある写真を見ようとするけれど、涙で滲んで見えなかった。
──あいつは、覚えているんだろうか。
そんなことを思ってしまう。忘れていることを知っているのに。
初めて会ったあいつはもう、わたしの知るあいつじゃなかった。
だから余計に腹立たしくて、
***
家に帰ろうと学校を出ようとした時、図ったかのように雨が降りだした。
「うわー」
「最悪」
「天気予報役立たねえじゃん」
僕の周りも空を見上げて、口々に何か言っている。当の僕はといえば、ただ普通にリュックから折り畳み傘を取り出し、そんな周囲のことなど気にも止めず、むしろその間から割って出るように外に飛び出した。
家に帰る途中、僕はずっと空本のことを考えていた。あの日会った空本と、彼女はまったくの別人に思えて、そしてそれがなぜなのか、うーんうーんと眉間に皺をよせながら歩いて帰った。
ある時、同じ制服を着た
そのカップルは一つの傘を二人で共有しているのに、どこかそっけない後ろ姿に見えた。
彼らが同じ方向に向かっていると気づいた時、僕は歩く方向を変えていた。それは、一人で帰っているのを見られるのが嫌だとか、そういう
家に帰ると、僕はずっと望遠鏡で見えるはずもない星を覗いていた。
あの時の
「やっぱり曇ってるから見えないか」
外はまだ雨が降っている。強まることも弱まることもなく淡々と、永遠に続くとも思わせるように空は僕たちに意地悪をする。
「学校、行きたくないなぁ……」
布団に寝転がりぎゅっとタオルケットを握った。それでも毎日学校に行っているのは、なんとなく、まだ何かを期待しているからかもしれない。
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